その死自体は、真夏ではなく、
人生の真夏の死、歴史の真夏の死、としての観念の諸次元で、真夏の死、として、完備することは出来ていない、ほろけ、ようだった。しかし、このほろけようが、反って、弱者故、固く引きこもって、これは、人生の真夏に、心の死=発狂、を遂げる者への無意識の音信、ともなってしまうものだった、此の星の神よ、歴史の真夏に、自身が繰り返し、鉄槌断絶自死、を強いられて来た者よ、貴方の人間に求める、人生の、眞秋、の心の稔りと共にある、死、は、多くに拒絶されていて、貴方の実態を余りに判明させてしまっているのだ!
« 豊饒の海とは、超仏=空=原理、 | トップページ | 垢抜く、神抜く、居直りの »
コメント