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2020年2月16日 (日)

我が憲法12条にある

人権抑制概念としての公共の福祉とは、一説による社会内部の諸私益の調整、と言った類いの消極的なものではなく、同じ憲法の前文の人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚する、の一節に徴して、伝統の道徳を実現しての、経済活動、そしてそれと連動する、文化活動、と観念すべきであろう。そしてかかる観念を前提にとする人権抑制条項が虚仮にされて、自由の履き違えが横行してしまっているのも、震災鉄槌神がの御不興の一内容であったことは間違いない。教導すべき、憲法学者も政治家も一体何をやって来ているのだろうか?かかる公共の福祉というものを意識することなく、人権の行使はそもそも許されないことなのである。また学生が自分は政治と関係ないなどと愚劣な言を吐いているが、貴方の日常は実は政治の諸々の目に見えない統制の下にあって、政治ということに一部分をなしていて、それに他ならないのである。ところで、今現在、当国の公共の福祉とは何たるか?それは速やかにそれぞれが目に余る消費の浪費を止め、一方企業がそのように消費品行が相成った消費者に徒な競争に向かうことなく、仲良く頑張って供給することである。こうすれば、家計に必ずや金銭の余裕が生まれ、年一人当たりの所得の数百万円から数十万円を財政赤字解消へと回し、一人当たり約一千万円の赤字解消営々たること容易いことになって行くであろう。無論、この時震災鉄槌神、感染菌・ウイルス発出神、の心も鎮まって行くのだからね。早く、言うことを聞きなさい!


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