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2019年12月 1日 (日)

芸術家が感覚的なばかりだと、

自分を廻る現象の論理を厳密に辿ることからは遠く外れてしまう。この人(秋野)は文明を批判しながら、その恩恵も受けている(交通手段や絵本のための諸製造)ことに気づけない。彼が反社会へと傾いたについては恐らく当の社会の構成が共産なる構成から外れて行くしかない。勢いを見せたからなのだと思われる。霊天上界は自然心を重んじる緑の霊光線系列があって、自然と人間生活の一体化を理想とする余り、その光線系列の辺縁の者は、極端な社会否定論者ということになってしまっている。一方、紫の実業の霊光線系列もあって、これらの者は、人間は社会生活あってこそ人間という認識を手放さないのである。そしてこれらの相対立する主張の付き合わせどこへ行くか、というと、人間の社会生活はそれが自然と調和し自然心と社会心が自在に相互を交通させ得るべく、常にその共産構成を実現し保ち抜くべき、ということにでもなって行こう。そして言わずもがな実は、当今、台風大雨までの自然変動が、自然による、日本社会へのさらには世界への大いなる促し、ということになってしまうのである!


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