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2019年8月19日 (月)

インド・テリトリーの仏教が

極東日本で幅を利かすことになったには、その昔蘇我馬子という、天皇を民族神の継子とも思わぬ、日本魔王界出で唯物無神大物政治家の走りであるものが、極東日本の儒教・神道の伝統も構わず引き入れてしまったからなのである。ここに日本宗教史の、それだから日本史の悲劇は始まり、ろくに政治を善導出来ることなく、中世、かの戦国時代に突入してしまったのである。その戦国を経過して、仏教が衰弱し、儒教が興隆したことはいいことだった。また、明治期、廃仏キシャク、により当国から仏教気が徹底払拭されようとしたのもいいことだった(但、神道は常に極東儒教の統制の下にあって、極東協和に資するべきなのである)。それが、この時代下生した、副神(副仏)大川隆法が、態態、その望ましく衰弱した仏教を再興するという愚挙に及んで、刻々、霊天上界の顰蹙を買っているのである。それ故、近々の台風神までに来た、制裁自然神よ、彼がこの先、そこのところに無反省である時には、悪しき国土のみならず、彼自体にも容赦なく、厳しき報いを与えよ。序でに当国衰退仏教は本家本元の地の、インドに帰る支度を、トットとすべきなのである!

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