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2019年8月18日 (日)

生産を差配する知性と

精神力に長けた者と、実際に生産に従事する者、との比較において、前者少数を後者多数をそのような知性や精神力の丈の違いにより、差別してその結合による社会構成を怪しまなくなる時、マルクスの所謂、階級社会の文化観念形態、が形成されてしまうのである。そこにある美術は均なみに、表現が精緻ではあるが、多数の生産者の、心の汗、情、とは無縁で冷たいものとなり、人を感心させはするが、人を感動させるものとはならない。それで一体、誰が、人間に生産活動、を仕向けていることになるのか、だ。このことが、有史以来、長く気づかれずに来たそのこと、をテッケツして序でに宗教も階級的あったが故に全否定し去り(これは勇み足だった)、唯物論により、史上初の広域の共産国家の共産文化の樹立に繋げたのが、マルクスだった、これが大正当であることは、美、こそ、諸部分の感覚的共産、に他なるまいからである!

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