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2019年8月19日 (月)

仏教はインド・バラモン教の

流れの中に現れた改革宗教で、顕著なのは、バラモン教の教えにある、バラモン以下の階級差別に従った転生を否定し去ったことであった。つまり、階級所属と、仏に向かうべくの霊格の高低は無関係といい放ったのである。しかし現実には階級対応に霊格の高下が実現されることが、インド民族神に期待されていたのである。しかしそれが有名無実化してしまった時、改革者の釈迦が、霊格が階級とは全く無関係という行き過ぎた主張してしまったのである。彼が先ず修行を反世俗に錯誤させてしまったことと大いに関係していて、彼がいい意味で還俗出来なかったことは、彼の死後の続いたのが小乗の流れでしか無かったことにも現れている。また、教えが極、抽象的で俗離れしていることにも現れている。その後の大乗改革の流れでも、要は涅槃確立を、全体に及ぼすべくの、諸法無分別智、を噛み砕いて説くべきところを、ここでも極、抽象的な庶民にが理解しがたい論議が教学、として流布してしまった。大乗・中観派の竜樹、の教えを継ぐと言われる、当国奈良仏教三論宗は、その所謂、空論、を永遠に変化しない実体はない、という意味に教えているらしいが、それがその通りなら、それは全く愚説、と言わねばならない、何故なら、それが伝えられた日本国自体、確かに具体内容は変化させていておも、抽象的な意味での日本国は何時も民族神の下、一義に存続して来ていた筈だから、そこで空とは、むしろ、存在がいかにも、空、しいように思われるが、普遍実体である根本仏の慈悲心、となすべではないだろうか。そしてそれより一切の、色(具体存在)、が立ち現れるとなすべきではないだろうか。詳説はこの後に譲ろう!

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