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2019年8月 9日 (金)

仏教者の愛情について。

 貪りを断ち、怒りを断てば、それが自然に周囲のためになっていて、またそうして心の平静(涅槃)を実現出来れば、それも周囲の好感を呼ぶことにもなるにである。そこでその時仏教者の心には、自然に他への愛が滲出するのである。さらに一切本来無分別の悟りにより、その心境確立を我が事だけにせず、広く他に広げて行こうと努力する時、彼の心の愛は、さらにさらに滲出して行くのである。こうして仏教の発展の極で裏側の愛の宗教キリスト教と帰一して行く子細が誰しにも納得できるのではないだろうか。一方キリスト教はその、隣人愛し合う、を常にそれぞれの内核人格にに安らぎあるものへと、高めて行く訳なのである!

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