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2019年4月11日 (木)

ナポレオンがなまじの聖職者より

輝いて見えたので(当代のゴーンみたいに、決して善人ではないのに)、ヘーゲルの、理性(神)の狡智、だ。ベートーベンだって、英雄交響曲、ダビッドだって、戴冠式、だ。自分ならば、キリスト教を発展させんがための、超理性(超神)の狡智、と言うだろう。因みに放浪者ランボーも、ただ一つ、驚異の放浪詩人の自己に言及するまでのことは出来なかったが、歴史は、超神繰り広げ詠い出す、叙事詩、と言い切って後、若年限りの詩的生命を抹殺して果てたのだった、歴史は美しい、と言い置いて、追って当国批評家の心臓をも鳴動させることとなって。これが19世紀西欧文化の枢軸、だ!

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