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2019年2月16日 (土)

自由主義憲法の自由について。

 これは必ず、公共の福祉実現との兼ね合いにおいて言われるものであって、その公共の福祉とは仕切神への信仰心と共に観念されるべきである。つまりそれは私利間の衡平と言った類いの唯物的なものであってはならず、精神性宜しい経済発展、それ故永続的な経済発展の実現、またそれだから徒に物資過剰にする経済発展ではなく、一定の物資をより少ない生産者により生産し、残余を先祖学(遺伝子解明もその一環)への学的生産者へと振り替えて行く経済発展ということでなければならない。そこでその前提での自由とは、その公共の福祉と整合する限りでの、意志自由な個々国民主体の許された自由選択(それ故現今、勘違いにより横行する単なる我儘ではない)、と観念すべきであろう!

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