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2019年1月10日 (木)

テネシーワルツ、友人が恋人を

奪って行った、その思い出の感傷の感覚、は、小林が冨永からランボーに乗り換えて行ったその思いでの感傷の感覚と変わらない、旋律も、文章表現も、魂の深い在処、を証明して。 並列合唱を、一人で直列交替唱する能力も秘められている、そう、テネシーワルツをも。 救世主の命を幾ら奪っても心満たされぬ者達、お早う。それはそうだ、君達にとっては救世主も、ワンマン社長にベンチャラな奴等位にしか思えまいから。 芥川だって彼等が褒める反抗者だ。当市の幻の華、夢見る女流前衛画家と同じく。 スポーツ界の女のような男と、男のような女が当国の国民栄誉賞を取って、彼等の嫌がらせは行き着いた、らしくと言いたい向きは、自分の言う鉄槌神懸かり、で言え。 震災前から働いてくれていた小さい目覚まし時計がこの頃流石に、天寿を全うした。同じく働いてくれている、懐中電灯は、さぞかし悲しんでいるだろう。だからと言って自分は自分の何倍もの年収でピーピー言っている人の気持ちが分からぬ訳ではない。こうして物に心を宿させる根拠として、絶対に物質粒子はそれも人間に気を遣って正体を眩ましていた、神霊粒子、だ、地雷や核兵器に使われ続ける不興への忍耐に自と限度というものがあるだろう、もっとも自分は制裁は、神霊粒の科学法則撹乱より、別個に実存する神霊による超法則的関与(今次の震災のように)が優先と思ってはいるが!

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