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2018年10月15日 (月)

思いつき。

 子供に、超神のように頭を下げる親でありなさい、子供の子供としての実体験は伺い知れなくなっているから。 ナチ支配時に亡命者が続出した。自分も震災当地にはいられない、と思った。同じく霊界の彼等の手に落ちたのは間違いない。 界隈の引き込もっての世界敵対者を何時も想定していなさい。 引きこもる者の苦しみは、さにあらざる者の、世界からのその苦しみを取り除いてやる苦労に匹敵しているから、それをしない者は引きこもる者に低姿勢でいなさい。 その引きこもる者を何時も気遣うのが、我々が超神に帰り着く必要条件となる。 理科室が歴史の経過を感傷させる。沸き上がる水も。 固定的に流動する家こそ、神よりも超神よりも遠く、非在の圏にあって我等の郷愁を誘い出すものだ。或いはバタイユも郷愁し、ヘーゲルを反知性的に媒介しようとした、一切概念の絶対連続の境涯へと!

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