2019年6月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

« 会長は人格問わぬ能力主義 | トップページ | 農から学的農への転容を »

2018年10月15日 (月)

思いつき。

 子供に、超神のように頭を下げる親でありなさい、子供の子供としての実体験は伺い知れなくなっているから。 ナチ支配時に亡命者が続出した。自分も震災当地にはいられない、と思った。同じく霊界の彼等の手に落ちたのは間違いない。 界隈の引き込もっての世界敵対者を何時も想定していなさい。 引きこもる者の苦しみは、さにあらざる者の、世界からのその苦しみを取り除いてやる苦労に匹敵しているから、それをしない者は引きこもる者に低姿勢でいなさい。 その引きこもる者を何時も気遣うのが、我々が超神に帰り着く必要条件となる。 理科室が歴史の経過を感傷させる。沸き上がる水も。 固定的に流動する家こそ、神よりも超神よりも遠く、非在の圏にあって我等の郷愁を誘い出すものだ。或いはバタイユも郷愁し、ヘーゲルを反知性的に媒介しようとした、一切概念の絶対連続の境涯へと!

« 会長は人格問わぬ能力主義 | トップページ | 農から学的農への転容を »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 思いつき。:

« 会長は人格問わぬ能力主義 | トップページ | 農から学的農への転容を »