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2018年4月24日 (火)

キリスト教の諸錯誤について。

 寓話として創世記が最早、現代的に通用しないのは無論であろう。法王ならば、生物進化の事実と整合する新たな創世記をものし、多数信者の呪縛をこそ解け。人類の原始が労働不用の木の実の採集で足りたという事実も現代学問的に認識されてはいまい。また自然変動により、労働必須に移行したということも。そこでその媒介となった始祖アダム・イヴの原罪の教義なるものも全く荒唐なもなってしまっている。そしてアダム等追放後の旧約の、古代オリエント史対応の記述も、現代歴史学で諸齟齬を指摘されざるを得ないものとなっていよう。極めつけはその黙止録にある未来観であろうが、救世主の再臨と、死者の蘇りと審判の後の、救世主・善人集っての楽園の復活と永生の未来というものも愚昧な信者以外、誰も信ずる者はいまい。またこの地上の他に霊界というものがあるとすれば、両者を架けて転生というのが、古代ギリシャにも古代エジプトにも古代インドにもあって諸文明間にあって多数派なのだし、身体細胞の性染色体と性気質を矛盾させる、性的同一性障害、も、この転生観とよく整合するのである。こうしてキリスト教なるものは、古代オリエントのその時代その地域の世界観・歴史観に相応しい教義において確立された宗教が、諸認識の歴史的発展につれて教義を改変発展させられることなくここまで来てしまっている、その限度での、狂信集団(同じように、ユダヤ教もイスラム教もヒンズー教も仏教も儒教も)ということになってしまうのである。然るに、思想的風雲児マルクスが科学的唯物的にそれを否定し去って、現代欧州の混迷だ。因みに進化論と神の関与とを両立させて教義とする、我が極東の大川隆法・幸福の科学は、現代知識人の多くがそれを信じている、人類発祥の太古アフリカ由来とはまた違う主張(恐竜時代からの共存)をしていて、我が教も基本的には、それを踏襲するのである!

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