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2018年1月19日 (金)

存在は、

肯定否定の矛盾同一の非在へ向かって弁証法的(古典浪漫交互的)、仕切神が仕切への反抗を止揚出来ぬ、此の星が、点景に見える。 カントルが、無限空間をさらに囲繞する異次元無限空間が存在し次々する存在相の可能性を示した。 農業の生産力が伸展したところで、一部人間が土地を兼併して、作物のかなりの部分を自分と囲う文化人のために獲取して、必然的に文化精神と庶民の精神との分裂、雅楽と民謡の分裂、を作り上げ、マルクスも仕切神も憤らせ、折角一旦の広きのその是正の共産化も破綻させ反動でさらにその階級分裂を高じさせて当国近々まで来てしまっているのだ。そこで知識も文化も新たな信仰ある自由共産理念の下、改めて知識、文化にして百姓も可能であるがごとく精神逞しいことを証明する努力を始めよ。 冬に休む生物と、冬に強い生物と、冬も休まぬ生物と、人間も同型に対応して!

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