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2010年8月22日 (日)

衰法は、自分はガリ勉の

ピカ一の優等生だったと自分の経歴を語っている。一方は同じ時代に、能力性格劣等に生まれて来た深く気遣った形跡は無いのでる。これはそのまま、この星の主神・副神の霊的体質をも物語っているかに思える。自分は、内容優等は、内容劣等に何時も、視力優等者が、無視力者=盲者に対するように対せよと、提唱して来た。その生活の労苦に鑑み、前者が自分の能力で頭を下げて御奉仕して、後者を能力者同等にするまでは、前者は、自分が後者より偉い、と思ってはならないということだ。そしてそうしないで、御奉仕も足りず、また、自分の方が偉いと勘違いした分、前者は後者に対して悪を働いたことになるということだ。これは当然、神と非神との関係でも同じ理屈になる。この星の神は労働能力不具者に対して、自分が御奉仕して働いて遊ばせてやることをせず、反って馬鹿にして労働を強要することをやって来た。つまり視力に引き直せば、盲者を視力最低と馬鹿にして、無理無理字を読ませるようなことをやって来たのである。こうして自覚されぬ大悪に、大悪が返り続けていた!

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