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2010年8月18日 (水)

資本とは本来、

仏国土衆生の共有物である。そこで個人で資本を私有するとは、他者の共有持分を大量盗取して一人富裕生活をするということになり、かかる者達が跋扈する非仏国土(非共産社会)根本を、逆に根本仏が撲った(ブッタ)ということになるのである。唯仏論と革命、の推進が必要な所以なのである(因みに、我がラヴミドル教=根本神仏天教、には、政治機関として、革命的自由共産同盟、が付属している)。 アフガンの岸壁仏像は根本仏像ではなかったので、タリバンの容易な破壊を蒙ったし、その昔インド仏教も、イスラム教の侵入に容易く屈したのである。因みに、魂の戦闘性は、平和時には、旺盛な発展性に転化し得る!

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