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2009年1月 2日 (金)

フォーク・ニューミュージック。

 音が、百姓の実らす我々にとって掛け替えのない、大地のエネルギーを宿した米粒のようには感じられないね。百姓ではないが、百姓のように働き、子供にも百姓の子供のように勉強させるのではない親が安易に小遣いを与えて音楽を買わせたからだろう。つまり既に、仕事の一切が米粒と正しく交換される共産社会から遠く外れた社会の音楽だったのだ。 同じように、学問認識も共産社会の米粒のようであらせよう。 愛は常に深く謝る、それが未だ絶対でないことを。ごめんね、皆、それなりに一生懸命やっているのに。楽をしたい人も多いのに。しかし、不公平や犠牲は良くない。しかしそれ以上にこの星の神の方に、自然には楽をしたい者も多い人間に思いやりがないと言うべきか。そんな彼を決して許さない奴等もいるが、皆はとりあえず許してやって。 途上国民は、先進国民にとって殆ど無償で生活を支えてくれる神の如き存在になってしまっている。自分達民族ばかりが勝手に共産的労働者から退行して、他の民族を無理やり神のように仕立ててしまってはならなかったのだ。

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