2018年9月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

« 創世記講解。 | トップページ | 人格の疑似体験は »

2008年12月19日 (金)

魚の取り過ぎ、

食い過ぎ(寿司の食い過ぎ)、も御不興の種だ。冬場の漁や、遠洋は出来るだけ差し控えなさい。醜い漁場の争いは止めなさい。 役に立って(経済活動内の霊的なものの発展、そして結果としての経済発展そのもの、そして一人一人の帰天(天上帰り)の保障)いない宗教家(傍観瞑想三昧の衰法は?)に寄進する余裕があるなら、今不況で生活に困っている人に寧ろ恵みなさい。 尤も、生活は霊的正当が優先だし、極々低い生活水準での生活可能が刻々証明されている。そこで豊かな国の者の生活の霊的正当とは、実はその貧しい国への支援を優先に生きること、いうことになるのだ。大自然にこれ以上行使、を蒙らない為に。

« 創世記講解。 | トップページ | 人格の疑似体験は »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/183983/43462390

この記事へのトラックバック一覧です: 魚の取り過ぎ、:

« 創世記講解。 | トップページ | 人格の疑似体験は »