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2008年5月18日 (日)

不安で依存的な幼児を

その外形的現象だけを見て存在的に馬鹿にしながら身勝手に可愛がる親と、その幼児とでの、存在的優劣は自明的に判明する。この場合真に存在的に優越するには、幼児の方である。形(現象)としての優者に酷い扱いを受ける劣者は、存在的に、真の優者である。それは、神と被造物との間でも異ならない。真に存在的な優者である、形(現象)としての劣者は、その真実を形(現象としても)示すであろう。それが反抗、さらに当領域の覇権の奪取ということになるのである。 既成儒教と違って、上下超えて、対等礼節・実質礼節だ。   非普通人(ヤクザ候補等、)=存在的、普通人よりもの優者、によって、普通人皆が福祉の修行だ。

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