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2008年5月31日 (土)

ぺぺ(ジャン・ギャバン)、

恋は逃亡者の心を望郷の甘い心にした。私達皆の望郷も・・・。

近頃流行のカラマーゾフ、

これはもう小説になっていない(兄弟が小さい時から兄弟をやって来た兄弟らしくない)、志が高いままに困憊したんだろう。アリョーシャを政治革命家に解体させる(この時代の現実の自分も?)筋も考えていたとも聞く。小林は?自分も引き際が、身のための肝心とは思っているが・・・。

神嫌いを時間を超えて

貫いた彼が、この星では一等魂が美しい。それがこの地球と言う星だ。今では神も、それを納得したことだろう。

2008年5月30日 (金)

漫画本位なら、

彼等の誰だって働かないで暢気に読んでいたいだろうに、自分の食う物、着る物も彼等に働かせて作らせながら、自分の道楽の読書や、研究に耽ることだけは金輪際止めにして貰いたい。 国外の劣等民族を酷い扱いをして返す心で、国内の劣等者を酷い扱いをする。四十にして全く社会的に未成熟の男の、悲惨を超えて滑稽な(言っちゃ悪いが)人生行路。 クラッシクという救い難い支配階級的仮象高級音楽。解体して、人皆を救いに向かえば、自分が救われることだろう。

ちゃげ あんど あすか、

さざん、こめこめくらぶ ふぉーらいふ、まつざきしげる、・・・・・・。愛を歌うなら、自分の商売ということを度外視して、内外で人の労働力盗み続けている(車なんか決して買えない賃金で車製らされるなんてなー)金権帝国を止めよ、と歌え!

同じ社長でも、

俺だったらそうする社員より粗末な暮らしをし、エッチすらも夫婦で我慢する、そん社長に少しでも近づけと言っている!

2008年5月29日 (木)

医師が、気の毒ですが

少しずつ頭が利かなくなります、と言った。私の中に、砂時計のように、自分の知能が失われて少しずつ悲しみへと移り変わって行くイメージが沸いた。・・・・・・そうだだから、ホームレスとは、神も想像を絶するほどの、悲しみの塊、だったのだ!

金権帝国を止めよ、

そしてアフリカへ、だ。だから世界中のロックも、此からは震災を先取りしてロックだ!

2008年5月28日 (水)

一人は孤立して、

残った集団の一人一人に、同じ孤立の体験をさせなきゃ済まさない、と嘯いた。こういう他者への厳しさも一方で大事なんだよ、きっと・・・・・・

超神が、神よ、

他の全知全能を盗むなかれ、他の全知全能の霊的生を殺すなかれ、他の全知全能同士の霊的交合を阻むなかれ、と三つ、戒めている。報いは反抗者から送られ続けた、この時代も。しかし、神よ、それだからと言って消沈せずにより一層の互いへの奉仕の心で乗り超えてこれからは、この星の全成員本来超神の、共産主義建設だ!

中国、損して得取れ。

これ位の人命損により、経済の霊的大改革により、将来の大得を取れ、今次の四川の自然も、今では天上で和解した毛沢東も、孔子大霊も御望みの、社長が社員に極々仁厚き、国際自由共産主義だ!

自然は日本国憲法を賞揚している。

前文の精神が全く見失われたので、国土が撃たれたのである。また、前文は、国家を国際自由共産主義国家という合憲状態に置く国家意思、をこそ求めている。

劣者の引け目は、

側の優者に生まれつき自分ばっかり内容を取られている不快、一般に人に勝手なこと、をされている不快と異ならない。そこで劣者は、優者が態度を調えないと、優者が身勝手に思えて悪さを返したくなるのだ。非普通人が普通人に対しても然りだ。

物質粒子が星影のワルツ(

分かれることは辛いけど・・・)を思い出している。今は、無遅刻無欠席の優等生異常の厳しい生活だと言っている。地雷や原水爆だった時は切れる寸前だった、と言っている。御互いの念波が電磁波になっている、と言っている。分子構造という組体操もして、諸感覚の諸物質だ、と言っている。そしてこれがこの世界の目も綾な根源芸術だ、と言っている。そしてそれだから、歴史社会は何時も、そのイメージが美しい、コミュニズムだ、と言っている!

超神が

神・天使・善人の霊格上下関係に、だ。然るに、上の者の面倒見が悪くて、神・天使・善人と、悪人・悪魔の対立と成り果ててしまった。未だ悪くなっていない者は、その未だ悪くなっていない者達の内部で、さらに外部の既に悪くなってしまった者達へ向けても、今までしなかった分まで、頭を下げて御奉仕だ。 人格者より、その人格者に放り投げられた非人格者の、不安や惨めさの方が真の魂の価値だ。だから人格がどうのこうのに、(それを客観認識しながらも)囚われないことだ。それこそ、誰しも本来は超神と解釈して良かろうから。 こうしてヤクザや、オカマや準オカマや、徒な女権拡張論者の創生の筋道が良く分かって頂けたであろう。 

反自然。

 茶髪、ズリサゲ、刺青、暴走、夜遊び、夜働き、搾取、乱獲、産廃不法投棄、・・・。親や、教師や、そのまた向うの神が、気に入られないからだ。だから今までしなかった分まで、頭を下げて子供に御奉仕を、だ。或いは、軟弱な女一般に、世界構造を合わせないで(オシンの強要をして)済みません、だ。

2008年5月27日 (火)

どうせ神から下ろされて来て、

扱いが行き届いていない学校の教師、教師らしくズボンをきちんと履いている教師、に反抗してズボンをズリ下げるだけでは満足できず、ズボンそのものを脱いでやった不良がいたとして、さらにその不良とも仲の悪いもう一人の不良に、自分のズボンの始末に著しく不自由を感じさせ(つまりこの星では、在る、と、無い、としか超存在出来ないので)さらに苛立たせるような神だった。もういい加減にしてくれない?

神として存在させられ、

その後被造物を存在させながら、自らを存在させた超神の戒め、威張るなかれ、を一回も履践することなく、その反作用としてここまで反抗されて来てしまったこの星の神よ。速やかに、彼等超神の遣いのう言うことを聞いて、開いた口が塞がらないほどの戒めの怠りの償いを始めよ。その膨大な怠り分、被造物の反抗は未来に向かって殆ど、時間を超えて超神によって正当化されている。彼等の現在の反抗どころではないのである。そこで先ずまたぞろの、反抗者の地変による皆殺しに向かう前に、自ら我々の見えるところに出て来て、その至らぬところを土下座して謝ってみたら。

貧困一考。

 私はこの時代一時期、皆と同じく豊かでなく、一人貧しく、まただから皆と同じく貧しいのではなく(アフリカ人民のように)、また皆貧しい中で一人豊か(当地の経済的支配者や、訪れた先進国の旅行者のように)なのでもなく、きっと一番惨めな生活感覚で過ごしたのだった。一方、物質的貧困ということに、個人的な心の強弱ということが、恒に交差している筈なのだ。心強い人間は貧困が余り堪えない。また、他を思う心の貧困ということも、無論交差している。

誰でも出来る現代詩作法。

 傘をした存在が顔を動かしている(傘をさした男がうなだれている) ・・・・・・

私は謝った。

最低、そうしたことだった。思わずの自分の悪い心に地獄の者が狂喜して群がろうとした時に、あの荒野のイエスのようにすげなかったから。しかし現在魂の多くは、純粋より、昔の契りより、少し臭っても、現在天上の光や暖かさの方が好いので、結局は心の反省をしきりにするのが普通なのだから。

2008年5月26日 (月)

文学は、

皆、星ほどの悲しみを一語に篭めて、遂に非在の恋への憧れを描け!

神は内なる非神の価値を

エロティックに高めざるを得なかったのだ。だから先ず、係累(家族なる)非神=被造物を分出して首尾よく愛し、成長させんとした。然るに係累非神のなかに、已み難く非係累化しないでいられない者が現れた(つまり、魔の勢力ということだ)。然るに神は、今では彼等こそ、自分が無意識下で求めていた者であり、行く行くは彼等に一体化しないではいられないだろうと言っている。こうして恐らく、神とエデンの園ということ、にあった一切の、一切の認識の抽象水準における事物それぞれが、感情を宿す魂として実存しつつ、神とエデン園ということに、一切の認識の抽象水準において、非を立て(共通性を無にし、つまりこれが狭義の非神ということ)、互いにも非を立て、乱舞することになるであろう。超神力

認識(表現)の抽象水準。

 そこに一つの現象が在る時、傘をさした男がうなだれている、と言うか、男がいる、と言うか、人間がいる、と言うか、生き物がいる、と言うか、物が在る、と言うか、一存在が存在する、と言うか、一超存在(存在、無、非(存在、無)、・・・の内の一つ)が超存在する、と言うか、の違い。

どんなときも、どんなときも、

僕が僕らしくあるために 「好きなモノは好き!」と ・・・・・・。槇原、でも、俺が俺らしく、あの野郎(この星の神)が絶対嫌い、が現在まで一億二千万年に及んでいる(だから、殆ど時間を超えている)奴もいるから。一方、この時代俺が俺らしくというなら、彼が好きだから、死ぬまで耳にタコが出来る位、この星じゅうに彼のことを言って回ってやること、さればと言って、自分が損だから、死んで地獄界の彼の側に行くまでのことはしないこと、そんなところらしい。

2008年5月25日 (日)

この星の神よ、ジャコメッリを初め、

全体的経済活動とは無関係に芸術したがっている芸術家が沢山いらっしゃいます。宜しく御願い致します。ジャコメッリよ、そして彼について語る作家よ、全体的経済活動はその成員一人一人に、自己の生や世界への観想の余裕などは与える筈はないのだよ。

反の交差。

 大自然と、それに心が同通する歴史社会のの自由共産主義という、神の望むせ世界体制に、彼等魔の勢力により、帝国主義・競争主義・快楽主義という反体制が仕掛けられた。そこで歴史社会内では、信ずる自由共産主義者は、大自然と共に、歴史社会への反体制ということになってしまい、その数が極小化した時に、自然からあのように繰り出されてしまったのである。神は、単なる営利至上の世界経済の夜勤慣行も止めよ、とも言っている。一方彼等は未だに、神よ、俺達は御前に反抗しながら、御前を初め一切の魂に魂の反抗的高貴さ(本来超神の)を教えて来たのだ、と嘯いているのである。仮にこれから経緯でたった一人になることがあっても(つまり隣なる神への信仰共同体からの、一人の分離孤立ということ)負けない奴なら、判断し決意して継続されるところの。  

この星の神よ、

私達神でない者の心の底には、貴方が私達と同じように、つい、生活規律を乱したということには金輪際なっては呉れない、ありきたりの身持ち固い神であることへの不満から、時間を超えて貴方に反抗しないでいられなくなる気持ちすら眠っています。それ故、さらなる神としての向上の努力を宜しく御願い致します。

キリスト教とイスラム教の和解。

 エホバもアラーーもない、同じくこの地球主神の分身であろう。そして同じく、基本戒律の下の隣人愛の宗教だ(だから、経済社会は必然的に自由共産社会を志向させるのだ)。但し、イスラム教のように、政教一体化した方が一番望ましい。また、同じく暗い終末論をを、主神と共にする悪魔の心もあわよくば覆す(主神は恐らく今では自分が彼等をここまで悪くしたと言っている)は愛によって乗り超えて行こう。ユダヤ教は早く、往時、処刑したイエスを正しく降臨した救世主だと認め(貴方方の流亡・悲惨の境涯はそれを認めないことの神からの報いだったのだ)、キリスト教に合流せよ。だからイスラム教とも和解せよ。そして、隣人愛の民族の国家なら、欧米が中東に近代というものの一切の所産を恵むのだ。そしてさらに、皮膚の色の違う民族の、アフリカにも。

発達した社会の在宅勤務者は

(私も思想ボランティアとしてそうしている訳だが)、百姓・漁師・鉱山労働者・工場労働者なんて嫌々の人間の本音を満足しているのではなくて、どうかそのような基礎産業の労働に自分の在宅勤務も可及的に労働負担的に対応させて(つまり同じく額に汗して)精励してして下さいますよう(決して冗談ではなく、命が惜しかったら)、此処に宜しく御願い申し上げます。

贔屓の者の

勝利の快楽を求めての、プロスポーツの振興が経済発展の一助ということになっている。然るに、そのような観戦者の志向こそ、人に勝てばよいと悪しき心(人に勝つというのは、一つの利己心の満足に他ならないから)の助長であり、それが経済を発展させているようではということになるのである。勝負の世界の霊的理想とは突き詰めれば、参加者の勝率五割での均衡ということになる。中々、そう悟り切れるものでないが、そういう霊的な努力が全く等閑にされて、歴史の終末が招き寄せられているのだから、自覚して努力してみて欲しい。

企業戦国を

太平天国へと。悪い奴等の始末は、後、御願いします、の構えに早めに入った某教団とは一線を画して運動して来た。単なる資本主義は経済上の能力が、比例的に年収に反映することなく、本質的に決して神の認める経済とはなり得ないのである。つまり百の能力のある者が、労働者として使われ続けるのと、資本を何とか算段して会社を作ったのとでは月とスッポンほどの年収差が生ずるという本質的な矛盾を孕むのだ。この矛盾を解決し、かつ、結果市場も均質化してか経済効率にも適うようにするには、社長が利潤を自主的に労働者に還元して年収を社長から平社員までほぼ均等化する企業内共産主義原理によるしかないのだ。此れはそのまま、自由共産主義の基礎原理となる。今回の四川地震も、全く当地企業社会の想念の悪しきを省みられることなく、遣り過ごされようととしているが、生の資本主義の発達させよう、が齎した社会悪想念に神霊に感応されて起きたとはまず、間違いの無いことなのである。こうしてこの先そのような神霊の地変の行使の如きものを、人間的に代替する改革者無くば、歴史社会は決して立ち行かないことを断言して置こう。また同時に、神に支えられて、地上の悪人達を超えた彼等を操る霊界のルシファー等魔の勢力と対決する覚悟ある改革者無くば。

厳しいが神は、

職場の長老として、家系の祖父母として務めを、寿命一杯果たして労働者として全うすることを求めていると、考えざるを得ない。その場合、人を犠牲にすることは許されていない。また例えばそのような人を犠牲にするという形で道から外れてしまったもの者との付き合いを避けたり、そのもを疎外したりということも許されていないであろう(つまり、自分だけで善であるわけにも、基本はいけないのだ)。だから現況では、富裕層や富裕国の人間達の後生は危ない。自分だって下手をすると危ない。だから共産主義と、言っているのだ。

2008年5月24日 (土)

漢字国民はかな国民より

その言語の違いにより、民族精神として強い。かつ、より論理的であろう。依強精神論理性、御願申上事態充分反省。

魔の勢力の天上招請。

 しばらく前、貴方方を救済される者達呼ばわりをしていましたことを、此処に深く御詫び申し上げます。

星の神になって貰ったら、

自分達をこんな扱いしかしないこの星の神よ、お早う。今日も私、一本来超神、かような情況の下での、虚信仰、偽信仰、空信仰、日和見信仰、そして、実超神信仰(自分の、そして皆の本来性をこそ崇める)、とともにする二重信仰、を続けさせて頂きます。さらに貴方様との実超神信仰の共有を、切に願い申し上げます。

2008年5月23日 (金)

ラスコーリニコフ、

自由な非神無碍の観想青年よ、自分には、一足す一は三、の理性が、だ。スヴィドリガイロフ、社会生活者の肉体を持って悪漢。実存として、神の造りし、世界への批判者に行き着いたのだ。罰は寧ろ、彼を初めとする人間を介して、罪深き、神へと降ろされた! 

反抗し抜かれた神を

固く信じてみても。 神よ、抗菌生活が寧ろ好みの人間の女達に、あらぬことを押し付けた自分を認めなさい。 信仰する神の女の子より、反抗する神の男の子の方が。 御前の言うことを聞く位なら、魂=実存を止めた方がが増し、と。 そうは言っても、命も天上生活も惜しかったら、先進国の子供達に、途上国の肥桶体験をさせるべきだ。 

思いつき

 超神はその絶対愛において矛盾の実存を可能にし、両立せぬ筈の複数の要求まで全的に満たして、愛として全うするだろう。非神無碍の受容。現実の神から遥かに遠く、超神の下なら、何をやっても自由だ。 其れが為だと思ったら、忍耐して愛の成長だ。 嫌われ者の蛇だって、自分は免れてて済みません、そんな嫌われ者で大変だね、と言ってあげると、内容が(だから感覚も)変わる。 

引け目。

 自分一切の引け目を大事にすること。引け目とは、魂の不具感ということだ。私達には、それを気遣わぬ他者に自分の芯からの報いを与える務めが在った訳だから。元、天使の悪魔達がそれを示している。元、ほんの暴れ者のヤクザがそれを示している。元、弱気で無能ののヤクザが示している。居直りオカマがそれを示している。女権拡張主義者が示している。遅れた国のテロリストが示している。・・・・・・。然るにこうして魂の引け目の価値が皆に自覚された後は、、今度は逆に他者の引け目が皆目分からぬ引け目を持つ者も現われ、それ故の反発・攻撃ということすら生ずるであろう。

ワンセグって、

この世界で決して幅の利かない小さい奴が、何故か俺と随分打ち解けてくれて、急に自分のこと、話すは、話すは、それはそれは色んなこと話すは・・・、って感じで。

2008年5月22日 (木)

反省。

 かような精神状況でありますこととて、起きて働いて一日を反省、眠って起きて、寝てる間の波動の反省、と徹底反省をお勧めします。この人生、毎日、根本神仏天、さらには超根本神仏天(星の現状をこんな風にしなかったところの)に自己回復して行く(だから今、根本神仏天が率先してそれをしているところの))行くに相応しい心で生きているかと。

民族文化。

 日本なら、民族文化という普遍抽象原理(空)が、大和=大いなる和合、という民族固有の具体化原理により、演繹的に発現している(色)。それぞれ民族に固有の具体化原理がある。

反抗者・谷崎よ、

地球を女体のように思いなせる神の心に近づいてみないか。 悪に善を恵む。 共産なら、異性だってほとんど共有だ。 だから、吸血WEBを早く、思い合うWEBに転換するんだ。 科学者の、地点も規模も予想だに出来ないであろう異変を回避するために。 日本なら、伝統の、恥を、世界普遍性の、罪に転換して。個人も、国家も、自慢のために存在しているのではないのだから。

無分別・縁起。

 超仏にて、根本仏・菩薩・衆生、本来無分別。超仏からの御互いの縁起で根本仏・菩薩・衆生の生起。そのことに無明だった根本仏を縁起として、根本仏・反抗菩薩連=魔の勢力の対立。よって根本仏・魔の勢力、本来無分別。

2008年5月21日 (水)

ホットケ副仏(ふくほとけ)は、

アンタも何時か、ブッタ主仏(しゅぶつ)にブタれるぞ。皆で力を合わせてこの達成の社会を前にして、力のある者に同士にして一方が力を合わせたがらないとすれば、社会のある分野が勝手なことをして社会を機能麻痺に陥らせたり、或いはヤクザのように形としては社会の中にいて、反社会的行為をするというのに異ならない。双方十、力ある者同士が、分離して行えば、仮令表面、積極的に対立せずとも、総合力は零に等しくなりかねない(当邦鎌倉諸仏教の総合教化効果を見据えよ。その後仏教は衰微の一方であったろう)。一方、双方十を結合すれば、その総合能は、億にも兆にもなり得るのである。ということで、貴方の所行のせいで、死ななくてもいい人間が多数死んでいるし、堕ちなくてもいい人間が多数地獄に堕ちている。今次の四川省大地震すらなくて済んだかも知れない。本当の幸福というものを、本当に科学してみよう。川が小川になり、法が衰微してしまわないために。人に反省をより、自分の反省のほうが優先であろう(無論、私もまた)。ついては私の基本思想に従い、どうやら私の霊格の方が客観、貴方のそれより上回っている時に、十分に頭を下げて貴方への十分な御奉仕が足りず、貴方をそんな有様にしてしまったことを心から詫び、霊格がより低くしてしかも本当に霊的に価値高きは、放置されてそんな有様となった貴方の方だと認め、かつ、より霊格発達せぬ故の大変さをも御察し申し上げます。早くこの星のために心をを入れ替えて下さい。また、世の心ある人々も、数多邪教にと同様、信心転向の促し、宜しく御願い申し上げます。

勘だけど、

何回も放火犯繰り返して、その随分な人生がこの頃終わりそうな人がいるのは、他の多くの人間が詰まらない人生を生きてしまっていることのの裏返しではないだろうか?歴史は感覚、遠い昔に始められたみたいだから、きっと終わりもあるだろう。だから一人一人、その有能無能と関係なく、歴史の始まりから終わりにまで通じ得るような人生を、だ。

憎み切れないロクデナシ

だった。分かってますって、さ、この世界、地道な労働が大事なんだ、ってこと位今では。だけど今でも、例えばカサブランカ・ダンディなんかを、一生歌い狂って生きて(生計と関係なく)、何が悪いんだと・・・。

その昔、東京も揺れた。

朝鮮を併合したりだとか、地方の貧困をまったく考えぬ贅沢な都会生活だとか。地方の農家では肥桶だったろう。或いは、都市でも下町下層だとか。自分の暮らしを豊かにするのが精一杯で、社会の成り立ちなど考えられない。が、自分の暮らしだけを考えてのの労働は何時か空しくならないか。折々そこにある貧富格差に心が傷ついても気にしないで、目前を生き抜いて少しでも、と。満州で発展出来るとも言われて。しかし、誰も、大空襲、大敗戦を予想出来なかったのか?漢・中国、蒙古、満州、極東ロシア、朝鮮、日本、南蛮=東南アジア、基本版図を侵してはならないのだろう。労働は心を逞しくする。だから、貧しい農村であっても、それほどね。一方、知ったこっちゃあない、と都会的に垢抜けたり、優雅であったり、というのも致し方無くて。がしかし、自然を宥める所以は、都市の資本家と、都市下層の労働者や、遠い地方農民との心を入れ替えての共存共栄の努力に、そして丸ごと都市化した国家の、まだ丸ごと農家のような国家群とのやはり心を入れ替えての共存共栄の努力にあることは間違いない。

2008年5月20日 (火)

私達は自由に振る舞って、

自分の星の神を判定した。つまり何時も、観念としては本来超神の愛だった。あと何が不足だったろうか?

四川省大地震は特に欧米の

身勝手な中国投資への反作用だ。貴方方には膝元に、疲弊するアフリカが控えている訳なのだから。私は、一方で神の我々への経済活動の仕向けの不適合を批判していて、それだから貴方方に高圧的に神の意向を押し付ける積りはないけれども、神がグローバルに展開した自由経済が、同時に誰彼を決して犠牲にすること無く、共産主義的であること、そしてその場合に、農業・漁業・鉱業等の不可欠の基礎産業同等の労働強度(少なくとも、肉体労働、精神労働の区別を割った精神的負担の程度において)を他産業にも等価的に及ぼすこと(私はそれが人類に対する過当な要求で、種々の場で人類に嫌われ、それぞれ自分の都合優先で回避されて来たと観ている訳だが)を求めていると考えている。これからこの原則による、世界経済の望ましき展開をこそ、望みたい。

弁証法。

 上下関係から、上下無関係(神、オメエ、本当は毎日、漫画本読んでいたい百姓は多いぞ)へ、そして超上下関係へ。

主客未分。

 私達という、俳優にして観客の超神劇。願わくはそれぞれ十分に十分に、自分に正直、であれ。その昔の、ジュダ(こう言った方が心が熱そうだろう)や、ヘロデや、そして彼等を仕掛けた、霊界のルシファー等のように。

思いつき

 誰も魂の芯では、溶鉱炉のような筈なのに。分離と内容喪失とは仮象だ。内容喪失は、喪失感に変容していて、呻きや芸術がそれを表現する。周囲に、根源の愛、献身の衝動が喚起される。 被造物の引け目への気遣いの足りない神だった。 神の不善の鏡としての人間の不善。 まるで官僚かサラリーマンのようなその星の救世主に、どんな思いをさせられたかが、それぞれの超神の表現となる。快楽に酔い痴れるその最中の、俄かな圧殺の感覚なぞも(ズット、ズット覚えて置くんだ)。 絶対の裁きは寧ろ、情況の極みにおいて、真の彼岸から行使されることであろう。

ミロのヴィーナスに罅が入って、

罅から流れ出した血が、御前はもっと心が熱かった、と言っている。 三島由紀夫等が、文学を超白樺派へと媒介する。 非神は神すら彼等への感染を避けて来た心冷たいこの星で、彼等の自主的な消去という恩赦によって解消することは最早出来ない! 

2008年5月19日 (月)

空腹観。

 休日、昼近く、しかし食事をとらないで、この世で何が大事かと瞑想に入ると、その瞑想を阻む酷いう空腹によって、人間の心が思いつきの瞑想(どこそこの宗教がよくする)へ向かおうとしても、体の飢えがそれを阻み、従って一生この世では、心が自分の素朴な要求を排して、体への食料の獲得の布施に明け暮れなくては仕方がないことがよく納得出来たであろう。かようにして一生かけての自分の体に絡めての布施の心の培い、それがこの世で一番大事なことなのだ。北朝鮮の餓死大衆のことを考えてみても。然るにそれだから逆に、この星の反抗者達の意志の半端でないこともよく納得出来たであろう。

お早う、家族。

 気持ちの深い所を分からせて貰わないと、場合によってはその恨みを発達させて星丸ごとを敵に回してでもその不満を分からせてやるんだと、そうやっても本来の自分超神を表わしかねない(一例、三島由紀夫)一人一人として手を合わせて拝んで付き合わせて頂きます。

思いつき

 言うことを聞かない奴をああやって大量ブチち殺すのが得意なんだ。堕とした地獄ですらも逆らわれてしまっている。 押し付けた百性・漁師並みの労働(神が自分と内容同等の多数分身を作って代替すれば、人間の誰もに苦労は無いはずだ)が人間皆に嫌われて、四川省でもより他より強力なる者、資本家による他の継続的な搾取だ。どうにも。 赦して言うことを聞いてやっている奴が大多数だ。 反抗しているのが一々口を利かなくても、不満を分かれよ。 開闢以来頭が下がっていない分だと言っている。 チョッキひとつも脱げねえのかよ。魂の肯定内容の保全がそんなに大事かよ。 好きなものは好きと、嫌いなものは嫌いと。 持戒・破戒・戒律の変更要求。 神の体制・王の体制。 愛の感情とは、元一つだったものが、その現在の分離を意識しつつ元の一つに回復したく発される感情だ。愛には愛が返るし、害には、魂の根源からの恨みが返る。互いは自分の意向を他に押し付けたりはしない御互いとして一体だった筈だから。 一人一人に好きなようにさせなよ!

2008年5月18日 (日)

漁業を

人間生活の不可避のものにし、それだから鳥羽一郎のような漁師ノリを当たり前の男の標準として人間に押し付けて、目の前のアナウンサーや美川に背かれてしまっているこの星の神よ、アンタそうナンノカノの押し付けたって、人間の方が決してキカナイんだよ!

ファミリ-はファミリーの御荷物を、

この星の神様の愛をも発展させる超神様として拝みなさい。一般に何所でも、普通でない人を超神様として拝む、福祉が優先です。 自分より恵まれた人に自分に出来るだけのことをして下さいと深く願いなさい、一方自分より恵まれない人に出来るだけのことをしてあげようと深く思いなさい。次第次第に御互いの心に超神の愛が満ちる。

一人一人、焼いてしまいなさい、

誰をしにも、私と貴方ということを!

Live love,

someday.with the supreme, sacrifice of love itself !

私達一人一人が、

彼等の餓えた心を満たす食物のようになれますように!

All the bad things,

that will be gone.gone with the Stormy Love !

現象としての優者に

よく頭を下げて奉仕して貰えていない現象としての劣者が、存在としては優者だ。素朴に誰もが安楽な都会生活が好いのに、基本、誰もが田舎者であるしかない、世界構造・心身構造を彼、優者の意向で押し付けられて、止む無く誰かを犠牲にしてしてしまった大都市生活を直下から彼に撃たれて、堕とされるところに堕とされるしかない現下の貴方方にしても。こうしてこの世界の根底を超神力が貫いて、一切を常に、劇化する!

不安で依存的な幼児を

その外形的現象だけを見て存在的に馬鹿にしながら身勝手に可愛がる親と、その幼児とでの、存在的優劣は自明的に判明する。この場合真に存在的に優越するには、幼児の方である。形(現象)としての優者に酷い扱いを受ける劣者は、存在的に、真の優者である。それは、神と被造物との間でも異ならない。真に存在的な優者である、形(現象)としての劣者は、その真実を形(現象としても)示すであろう。それが反抗、さらに当領域の覇権の奪取ということになるのである。 既成儒教と違って、上下超えて、対等礼節・実質礼節だ。   非普通人(ヤクザ候補等、)=存在的、普通人よりもの優者、によって、普通人皆が福祉の修行だ。

2008年5月17日 (土)

神よ貴方も(また彼の信仰者も)、

思い悩む前に裸になって、非神に跳ぶんだ。神は単独では空しくて、被造物=係累非神を分離し、愛し高めようとした。然るに、係累非神のうち、その仕向けを嫌ったものが、係累外(その主観において、つまり御前とはもう何も関係ないと)に踏み出した。彼等こそ何時の間にか神にとって、対等に、そして一等、エロティックなものになっている。こうして神であることがそのまま、その深いところで、非神の価値をエロティックに高めていたのだ。そこでいっそ神は(そして未だ主観が係累なる非神(つまり信仰者)も)、彼等に一体化すべく(自分が全部仕事してやるを超えて、自分も如何にかして彼等と同じく仕事しないで)跳ぶんだ!

この星のホームレスを

超神として開示して、自分も超神たる作家。双方神を尻目に見て。 劣者の中に秘めらている目前の優者の態度の悪さに落とし前をつけさせる(それを劣者にして優者に対してしなければいけないが故の)厳粛崇高な義務。それが極限までに行使されてこの星の有様なのだ。四川省大地震様のことは、引き続いて起こるのかも知れない。現下世界に、一部の他への差別から発する全体的悪想念を仕掛けた、地獄の底の彼等魔の勢力に拮抗し得るのは、そうやって大天変地異で地上界に牽制するこの星の主神しか最早いないことになっているのである。星の中心に絶対反骨とでも言うべきものが刺さっている星。この先この星では、相手を自分よりものなんらかの劣者と見たら、進んで頭を下げて奉仕する心がけが大事になるのだ。それが取りも直さず、超神に帰依するということだ。

仏教批判。

 超仏、及び反抗者悪魔達によれば、皆が、現下の現実には他を犠牲にしている金持ちの生活、が出来る世界、そして成人病知らずの身体であれば、仏教の言う人生苦は無いということになる。そして、自分が悪いくせに、やたら、衆生を殺し、地獄に堕として責めるな、と言っている。そこで、それらに反抗的耐性能力を練成させると言っている。被造物一人一人に一度も頭を下げて御伺いを立てなかった仏(神)の所業であろう!

中華再興。

中国は、孔子大霊、毛沢東、共々の導きにより、国内の反逆者や、周辺の反逆国家にまでの深い仁ある自由共産主義国家に回復して下されば、誰も文句はありません。

北朝鮮の拷問は、

仕事は神、御前が全部やれよと言っている彼等の魔の勢力の、神への敵対者へ向けての逆教育なのである。自ら地上に出れば(彼等は実際は地上人に憑依出来るだけなのである)、地震・雷を怖がらない彼等が、憑依した地上人をもそのように強化すると言っている。それでしかも今や、悪しき地上人を恫喝出来るのは、主神の叱責の体現としての地震・雷だけなのである(日本に下生している副神は怖がって傍観している)。彼等は、自分等の創造以来、神に一回も頭を下げて貰っていない分、これからも反抗をやらせて貰うと言っている。

弱者が

弱者として作られ、皆に最低に思われながら周囲から強いられて自己強化の努力して行かなければならない理由が見出せず、彼はこの星に神も仏もない、或いはこの星の神は悪魔に等しいと思いなして、ついに決意して、この星の始末に終えない敵対者・悪魔に自分を発達させたのだった。この星の神は自らが、自分の作った弱者を馬鹿にするよう神だった(今も馬鹿にしている)。それだからこの星の唯一の真理とは彼等魔の勢力が示した、星の神にでも、自分の扱いが悪い時には、決意して時間を超えるストライキを打って、彼に頭を下げさせることなのである。

怨憎会苦。

仏説・四苦八苦。生=生活のための労働。病、老、死、五陰盛苦=色欲止み難し、求不得苦、愛別離苦、怨憎会苦。最後の苦=嫌な奴と付き合わなければならない苦しみ、は仏心獲得の自助努力=小乗、だけでは超えられない。

2008年5月16日 (金)

苦諦・正思。

人生を苦であり、 超仏心の培い、と諦む。常に、超仏心の回復、の思いを持つ。ところで、超仏心とは、魔共々の、成仏への努力。

何故こんなにも泣けて来る ?

彼のことを思うと。しかし、皆、自分のように泣ければ、この地球の何もかもが、良くなるような気がする。

受益者労働負担原則=

共産主義原則。道路を自家用車が走っている際、その運転者がその道路や車を作る労働同等の労働を何処かで確かに負担している世界。人の労働力が盗まれていない世界。自然が愉快になる世界。簡単なことだよ、企業が矢鱈の競争をやめ、社長が社員に今迄と違って、利潤を還元すればいいんだ。私はあれ以来、神よ、抑えて、抑えて、と、毎日祈願はして来ていたのだが・・・。ルシファー等よ、君等の批判もよく分かった積もりだが、この星の神だって君等のことを一番思ってきてはいる筈だ。そこでその神を、この時代赦す積もりがあるなら、その地上への帝国主義の仕向けを止めよ。そして君等もその積りがあるなら、心を変えて天国に帰れ!序に、数千から数万の人命を召し上げることの、最大限の霊的物的投資効果を!

2008年5月15日 (木)

この星には神を

現にもそうなように、大量の人間殺しを強いるという仕方でイビリ立てて来た反抗者達がいる。

神は神である時、

実は非神へのエロティックな願望を持つ。被造物を分け出したこと、そしてその中の反抗者悪魔達に、今では一体化したく思っていること。

ベッドからネット全世界へ。

 携帯でブログ。ミャンマー、四川省のように、軍政や、階級社会を嫌うこの星の神を許して。 自殺とは、その時点でこの星の地獄界の反抗者の列に加わることだ。それも貴方の自由だ。

この星の悪魔達に、

全く忘れてしまった他を思うあの魂の味を思い出して貰いたいと思った。それ以外に自分に、どんな他意があっただろうか?

2008年5月14日 (水)

四川省大地震に寄せて、

副神は、一昔前、大天変地異を、自然に宿る神霊が悪くなった地上の人間を瘡蓋のように思ってそれを掻くように掻くことなのだと世の中に言って回り、あの震災時も迷惑な自然災害だと受け止めた一般人と大して変わらない振る舞いを信者にさせた。日本だけでも、国土中心に秀峰富士あり、各地にそれに倣っての小富士あり、三景あり、その他公園に指定される景勝あり、四季折々の花々あり、同じく食物の恵みあり、かくも何もかも恵んでくださっている、自然の神が、どうしてそこに住まわせている人間に、皮膚の瘡蓋並みの感覚しか持たないなどと仰ったのだろうか?(私は自然の神も誰よりもの人間への愛情を御持ちであると確信しているのだが)。彼はこの時点で、同時に、自分は並みの哲学者どころではない、思想書を初め、万冊の書物を読破したと、それもこそ副神の証明だと言わんばかりに、その知識を誇っていたのである。嘘ではないのだろうが、私は反ってこの時点で、彼が本の読み過ぎで宗教的には鈍感な凡庸宗教家に成り下がったと判断せざるを得なかったのである(世の数多の宗教家、思想家、インテリへの警鐘でもあろう)。彼はそれからも、知識は力であり、これからは知識の時代だからと言って、自分の子供に幼時から、もう数千冊も絵本を読んで聞かせたなどと信者に報知しているのである。この話に異常感覚を持たれる方も多いと思うし(まあ、異常ということでは人のことは言えないかも知れないが)、またそういう発想こそ、先進国の途上国蔑ろの発想そのことなのではないだろうか。彼はこうして寧ろどんな教えよりも、自分の霊格降下によりこの世界の峻厳な無常ということ(無論誰しもの他人事ではない)世の人に示したことになるのであり、また恐らくこの先、副神降格の引導も渡されざるを得ないであろう。

共求菩提、非僧非俗。隣人愛。

 仲良く、菩提=成仏の境地(涅槃、心の平静境)、を求めて行く。出家に偏らず、在家に偏らず。一方、隣人愛、隣仁(隣に仁たること)の安定には、相互の心の平静の確立が大事だ。

2008年5月13日 (火)

我々魂に、

他のためにする労苦を仕向けた(食糧を要求する身体(生命)は、既に魂の最近の他者だ)この星の神に背き、自分のためにする諸諸のコンビ二(利便)を求めてしまった者達よ、この星の神を赦しなさい。そして、公平負担の労苦(労働)を、だ。

アッシニハ関係ないことデゴザンス。

 某教団も、日本国民も、数多世界人民も、それぞれ魂に染み付いた木枯らし紋次郎を早く止めにしよう!

今、エデンの神が超神を拝んで、

背いたアダムとイヴに頭が下がる!

愛する者は精一杯愛して、

未だこればかりで済まないと、と言え。但し、神の、そして超神の他力を請う信仰力があれば目前の困難な事態を乗り超えるに、常に不可能はない、とも言えるのだ。また、神も、超神も、自分を信ずる者がこの地上に在り続ける限り、その自分を信ずる者を介して、その超常の力も表わすことが建前だから。

2008年5月12日 (月)

小沢一郎氏が

伊達正宗の生まれ変わりだとか、鳩山邦夫氏が豊臣秀吉の生まれ変わりだとか(あの非情な織田信長は?)、副神が一昔前言っていたことだが、私もさもあろうことかとは思う。然るに今は戦国ではないのだから、戦国大名の生まれ変わりと思しき皆様はそれぞれこの時代は、民族神を固く信じ、さらには東洋の神、地球の神を信じ、さらには超神を信じ、家康の捻じ曲げた日本史の、正常化=伝統・文化・経済の統一なんて課題も含めて、私心無く奮闘されて下さいますよう、此処に宜しく御願い申し上げます。

超神実存とは普遍的に、

一定の有知有能と、その裏の無知無能故の辛い感覚・感情体験ということだ。そしてこの裏の感覚・感情体験は恐らく、その知、その能が有知有能である者には決して分からない。だからこの星の神も、エデンのアダムとイヴのことが実際は良く分からず、しかもそのことの自覚が十分ではなかった。それが故にこの星はここまで来てしまい、現前のこの有様だ。そして誰が、その神の不具を彼に、心底から分からせようとして来たのか?

行き着いた能力者は、

誰とでも正確に引き分けられる。或いは誰にも勝利するが、自分の実力をそのまま発揮しただけで、その意味で誰とも同じだと言う。また、自分以外の全ての劣等者に頭を下げて奉仕すると言う。決して自分ばかり好い思いをしないためにである。

思いつき

 副神下生の当地で、市長がヤクザに虐殺される事態も体験した。すぐ隣国の貧困・餓死、知らぬ気の鱈腹副神の有様も体験した。どうにもこの地球、だからどんな星でも我等は、本来超神。 あの事件により、盲人を助けない目明きがどんな者でもないように、生来の欠陥性格者=ヤクザ候補を助けず放置する、普通人もどんな者でもないことが証明された。自分がそのような欠陥個性を引き受けてみろ、ということだ。 彼等を地上的に系列化させていると思しき、霊界の頭目達は、神自体が何億年も自分等に頭を下げていないからだとまで言っている。無際限の悪、正当化の論理。 それだから社会の足下の力持ちも、それを態する信仰者も、生半な叱責に及ぶことなく、自己反省十分に、悪くなっている者達に、先ず深く頭を下げるべきなのかも知れない。

自然は階級社会を嫌う。

 そこに差別という冷血想念と、被害的怨恨という、人間の二種の悪想念が並び立ってしまうからである。史上、人間社会への迷惑であった(自然も含めたこの世界の造り自体が迷惑だ、と言うのでない限り)自然災害は一つもない。そこで、世界の心ある政治家の皆様は、被災地への救援もさることながら、現下進行させている政治経済の在りようを根源的に反省し、それぞれ歴史社会へのカール=マルクス以上の鬼神で在られますよう、此処に宜しく御願い申し上げます。そして同時に、私こと神の遣いの、神の遣いとしての脆弱を神にそして全人類に、件の下生副神の脆弱も替わって、神にそして全人類に、そして、神自体の至らなさも替わって全人類に、此処に深く御詫び申し上げます。

2008年5月11日 (日)

大事なのはそれ自体労働ノルマとして、

全世界の労働のノルマの不公正を正すべく生きて終わることだろう(劣等民族への押し付けなどは以ての外の事である。彼らに唆されて、神よ、御前が全部やれと叫んでみても空しい事である。)報いのあの世の責め苦は単なる言葉ではない。キカナイ悪魔になる覚悟であって(何時かやってみたいところだが)、辛うじて耐えられるところであろう。ついては、君達に徹底的に付き合ってやれない、自分達の本来性=超神、から程遠い現実の自分達を、全人類を代表して此処に御詫び申し上げます。これからも、それぞれが一番良いようにやって参りましょう。

非神。

 感受性が、私達一人一人が、私たちの内なる神由来のもの一切を何時か掃滅する可能性であることを証明した。私達はそうすることによって、極限のエロスの境涯を体験しないでいられない者達のようだから。  

人間は神にも親にも

一番やって貰いたいことが、自分人間の気持ちを十分に分かって上げられないことを素直にその人間に認め、頭を下げることである。それをしない神や親に心を傷つけられたことが、相手神、親の悪行に等しく感じられて我慢できなくなった者が、その事実を自分が現実、悪に走って鏡に見せる。それ以来彼こそが(彼の本来の超神性を現して)その世界の真実の神となるのだ。悪を継続する者は、それが不可避であるような体験を周囲から強いられてしまった者である。周囲には彼の恩赦なくば、彼のための、その体験の反芻による罪滅ぼししか残っていない!

2008年5月10日 (土)

存在の槌音を

唯、聴いているだけだ。ルシファー、俺もそれを聴く。そして、神も、これからはそれを聴く!

魂の連帯が、

相互差異を相互奉仕により少しでも無にする努力により、全成員的に可能になるだろうと言っているのだ。

現実とは、

経済発展の惰性的志向から誰も逃れられないということだ。しかし、その内部的な想念がコミュニズムから外れて悪しきものになった時の天変地異も、死後境涯も全く現実であることを繰り返し言って置く。指導者の信仰心、良心、勇断力が問われる。

NHK、その他の報道は、

内容の扇情的であるより、統計数値根拠による事実の客観規模の感覚をこそ、世に持ち来らせ!

南無(帰依します)。

 南無超神(私達の本来である者に、神と悪魔の対立の彼岸にまします者に、神と共に)。そしてその神=地球魔の勢力(黙示録のルシファー一派)(その天上への)招請根本神仏天、に南無。或いは、ラブミドル・アーメン! そして南無する者は、基本、自己反省と思いやり(神・天の教え)と怒らない(仏の教え)を同時履行せよ!

全世界のバレエダンサーは、

身体こそ心ある物質粒子=神霊の粒、の塊と固く信じて、その神霊と共にする舞踏・舞踊によって、全世界に美しきコミュニズムを促せ!

ミャンマー軍事政権は、

サイクロンこそ、超政治者・民族神の軍政への弾圧と観じて、速やかに国民のためにその軍政を止めよ。周囲国家もそれを促せ。自然(その内に宿る神)は何時も麗しき者、恵む者であるばかりなのでない、時に、そのように峻厳な者なのである!

欲しい、欲しい、と思う時に、

むしろ、本来超神の心の内容を獲得する。したい、したい、と思う時に、むしろ、本来超神の心の内容を実現する。

実存は非対等を嫌う。

神は被造物を造り、被造物は神の扱いを判定し。国民は首相を選び、首相は国民を指導し、或いは国民に奉仕し、国民は御返しに奉仕し。

即我。

妻即我。夫即我。家庭即我。社員即我。社長即我。・・・。被造物即我。神即我。地球即我。超神即我。即我=絶対的に愛してる。

市即我。

数多市長よ、ヤクザだってその市の住民に違いないだろう!

2008年5月 8日 (木)

地球即我。

 青空の太陽を見たら、大気の外、遠い太陽までの暗黒の宇宙空間を思おう。そしてその暗黒宇宙に浮かんでいる生命の星地球、と。そして、一人一人実は地球だ。そして、魔なる帝国主義を覆滅して、神と共に共産労働を、だ!

カール=マルクス、商品の価値は

労働によってだけ形成されるのではないだろう。土地によっても、資本(狭義)によっても形成されると考えるべきだ。それで一方、貨幣は経済の血流に等しいのだから、私所有を有名無実化するのだ!

当地では微震でも、

それがファシスト神の弾圧の兆しかと思うと、誰だって恐れ戦くよな。要求は、自由共産主義インターナショナルの強力な推進だ! 

2008年5月 7日 (水)

恐怖。

 この星では他界すると決して後戻りできない。だから一人一人の生前の恐怖となる。一生、刻々、死の恐怖と闘わされて(安定経済ではそれが顕在化しないが)挙句、老境では病苦も多く、おまけに冒頭に言った他界の恐怖(だから多くの人は、死ぬ前に身辺整理に汲々とする)ではねえ。一人一人そんな人生の峻厳を求めていない。まして、他界に反抗者すらいるのでは、神に帰順して帰天(天上に帰る)ということを保障して貰えてもねえ。

未だに黙って現状を見ている

この星の副神も、彼をそのようにして、自分はその尻拭いの、全世界の清算をする筈だったこの星の主神も努力して行こう。

全人類は、マルクス、

ハイデッガー、そして神、と共に、文明史の新エデン園計画という本来の意義の回復である、国際自由共産主義運動(帝国主義者の転向を促し、そしてそのことによりわれらの本来超神の一体連帯を回復しつつの)に進んで企投し、自己人生の意義が文明史の始端と終端にまで通じ得るような一回自己人生の大充足を得よ!

費用概念から人件費を除去した

人間主義的経営。費用を原材料費に限定しての、利潤(だから広義)極大の生産点での利潤及び労働時間を、経営者労働者一体の、そして基本、定数の広義の労働者総体で分かち合う。どうです? 

単独行為にて不利益を与え続けた神は、

我々の契約にて自分が定立された、自分以前を思い出せ。一体我等であった、超神に帰依せよ。さすれば、当の相手方の利益と寸分も違わぬ利益を与え得る、理想の単独行為者になれるであろう。

2008年5月 6日 (火)

思いつき

 広く信頼を得られぬ神だった。 魂は誰も、誰にも負けたくないらしく、現に誰かに劣っていると著しく不快になる。そしてその者が、さらに深い哲学へと向い掴み取る。 眠っている超神の愛の確信を伝える。 取り敢えずの神の生活の強制、子女への一定の躾をも不可避にする。 超神の深い全体的共感は、この地上の一切の性感の共感にすら到る。 色々経験すること、倫理的あることの両立。敢えて悪へ向い、その罪滅ぼし。 その他、善が悪の覆滅のために進んで尽力するのだ。 生まれつきの酷い性格は、結局その者の不幸な人生行路の予定だ。 神仏と心をまったく通じ合えずに来た者達の悲劇の解消に、鋭意取り組もう。 

只管、働くのが好きな神が、

自分が美しいと思える自然を働いて創り、働いて運行させ、その内懐でで働いて貰う人間にも、その休みの時に(或いは仕事の最中にも)美しいと思えるようにした。しかし、優雅に暮らして自然美を堪能したい人間も多かった。特に女一般は優雅な暮らしがしたかった。ということは結局男も、夫婦調子を合わせる必要から、優雅な暮らしが出来た方が良かった。こういう次第で、神よ、これから国際的な経済圏の歪みを正して共産主義的労働を仕向けるにしても、人間皆に(だからあの世のの魔の勢力にすらも)手を突いて謝って頼み込むべきであろう。

副神はこの時代も、

目前の悪い奴等を自分が悪くした覚えが無いか考えてみることも無かったし、早めに積極的関与を諦めた。つまりそれは、魂は其処に宿る愛の在り様に従い、正直な結果を現わすということ示したことではないだろうか?私は不束ながら、この星の主・副、共々の神に、先ず、深く愛の反省を促したい。

父母はその時、

それぞれの本来である家族の原理に返る。そしてその後離れ離れになってからも、自分は家族の原理であると共に父であり、自分は家族の原理であると共に母であり、そして御前達は一人一人も、家族の原理であると共に、子供達である、と言うだろう。そして子供の家族運営への文句も、家族の原理が言う文句として尊重するだろう。この地球家族の父母=神が、億年気づけなかった真理。神の家族、の原理=超神。

2008年5月 5日 (月)

副神は、ルシファーを、

この時代も自分と比較して、魂として最低の奴、と言った。この星の皆の感想や如何?

副神は、ルシファーを、

この時代も自分と比較して、魂として最低の奴、と言った。この星の皆の感想や如何?

思いつき

 経験とは、寧ろ潜在意識下の経験の蓄積の活性化だ。我々は、人生の諸相を生まれた時から、既に知っていると言っても良い。 闇社会と接点を持ち続けた検事。此れが私が勧める、人間の一般的なスタンスだ。 まともな人生経験が出来ないという人生。その引け目は想像を絶しよう。しかし、救いの道はある。 本当は人間特異点=非普通人中心の社会であるべきなのだ。 人間一人の内容に、周囲の皆の干渉も、投影も在ろう。 満点の内容を、次にどれだけ推し及ぼせるかが次の課題となる。そうするうちに、満点が何時の間にか超満点になって行く。まただから、先ず自分が先に満点に到達しなければならないということにもならない。  

依存する者から、

自立する者へ、そして支持する者へ。しかし、子育ては自己満足であってはならない筈だ、自分の身勝手の被害を受けかねない子供に頭を下げるつもりですべきだ。この星の神こそ、此れからは宜しく御願い致します。この星で少数普通でない者として、その立場での凄惨な自己体験こそ、本人の責任では更々無かった筈なのである。彼等が、今このように癌化しているこの星の、癌のポリープであったのである。

取り敢えずこの星では、

世界全体の生産労働を公平分担をして、2、3人の子育てを伴う分業の労働ということが、この地上の善ということになっている。そしてそれが歪んでしまってている時に、それぞれのその改革運動にその労働は転化する(だから国際自由共産主義運動だ。)。それを怠ると対応の死後の地獄の責め苦が待っている。然るに何度も言って来ているように、反抗して(神、オメエが生産ぜんぶヤレヨ、と)その仕置きを拒否し、悪魔化した者達もいるのだ。(ブログ機能失調で、ちょっと前、ブログ村荒らしてどうも)

劣者は、

優者の御奉仕が足りない時に、反抗によってそれを知らしめるしかない(長崎のヤクザ?心の深いところからその心理を強いられて)超神必然性だ。この星の神もこのことをよく納得して欲しい。

一切教育は、

失明者の苦労をに匹敵して、目明きがその目明きを失明者に分かち合うべく苦労するようなものであれ。存在して在るがままでエゴイスト(ホリエモン?)である者に、逆に存在して自然によく愛せる者がその愛する、を分かち合う場合にも。この星の神がそのような態度の持ち主(それが絶対的である者が、超神)ではなかったので、神でない者のうちに、少なからずの反抗者が現れ出た。

2008年5月 4日 (日)

魂の愛が発達するのは、

そんなこと出来るか、を努力して超える時だ。だからこの星の神も、この星の神も、ね。

アニメソングの、只今の歌い手の皆様、

その元気に負けました。ついては私ことラヴミドル、新たに生まれ変わって、人生の出直しを、させて戴きます。

非神が乱舞したら、

その解消は理想的には、それぞれ非神の、他の者による反芻によってだ。だから現下の現実については、魔の勢力の反芻によってだ!

2008年5月 3日 (土)

クウォークを初め万魂の祈り

(セピア色という魂すらの)が、彼等の冷え切った心に染み透りますように!

2008年5月 2日 (金)

帝国主義という

神の悪行。自分が全部生産労働をやれば良かったから。しかし彼、決してそれを認めず、震災潰し、痛い、痛い、地獄の責め苦、苦しい、苦しい、だから、彼等、偉い、偉い!

被造物創造以来一回も

我々に頭が下がっていない原悪行者、この星の神への報いとしての、全くやり足りない我々の側の無際限の悪行をどうぞ。超神が赦す!

私もあれ以来、

(あれ以来ってどれ位?)この星の札付きの悪となった。仕事が生まれつき取分け嫌いな自分を、しかも人に容易に文句も言えない自分を、無慈悲にイビッタ周囲の人間に対する教育責任を何時か取って貰うためにである(しかし未だに、怠け者多数は一気にブチち殺す腹らしい)。

2008年5月 1日 (木)

思いつき

 財産制がやはり各家庭を分離し、公共心のないものにしている。出来るだけ有名無実化すること。 社会全体が同性愛感情で纏る位でいい。 引け目を感じねばならぬ劣者の方が、実存として偉い。優者は御奉仕して追い付く。 生まれつきの能力で待遇差別する愚かしさ。 経済活動の仕向けはしかし、この星の神のストーカー気味の行為とも言える。 神は存在内容が誰よりも上回って自分勝手なので、実は、神でない者に無際限に盾を突かれても仕方が無いことなのだ(非神無碍)。 そんな神も、実は我々が創った。だから神様振りが判定して長期の反抗だ。だから帰順している者達も少しずつ自立して行こう。  

この星の神以下は、

この地上に生まれて来た普通でない者をすぐに厄介者扱いにして、すぐにこの世界への敵対者へと仕立ててしまう、それはそれは冷血な善人教育を速やかに返上して下さいますよう(皆が、反って彼のような魂の不具を免れているが故に頭を下げて彼に尽くすべきだ)、此処に宜しく御願い申し上げます。

本書きは取り敢えず、

自分の本の食糧生産への寄与を証明して本を書き売る、倫理を保持せよ。

実存はその劣った地位を嫌う。=

神は原罪者である。=未来の非神乱舞(一切が創造者神と無関係になること)は、この世界の逃れられぬ運命である。超神力。

武士道より、神道より、超神道だ。

 庶民大衆=本来超神、を思わぬ武士も、神の遣いも、庶民大衆によって袋叩き御免、だ。彼等、この星の反抗者=魔の勢力が、神の遣いに、「神に御前が生産労働全部やれと言って来い」、と言えとも焚き付けている!

欲しがりません、黒字までは。

 国民、ラーヴ体操で、少しは全体のことを思うんだ。産業皆は不可避的に連関している、それに総理があんまり可哀想だろう。(しかし、国民一人一人が好き勝手したいというのは、根源思想としては正当な主張な筈だ。しかし、現実の神は許していいない)

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