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2008年2月24日 (日)

思いつき

 金閣焼亡事件を巡る小林と三島の受け止め方の違いが、傍から見ること、只中であることの違いを示している。こうして、魂は恐らく、一切の酸いも甘いもその只中の体験で噛み分けるしかないのだ。今、神である者すらも。 尻拭い主神と、育たず天上、と反抗的魔の勢力と。 彼等には、大自然による潰しも、地獄の責め苦も効き目がない。 一方超神ならば、自己反省が絶対的で、害が返ることもなかったのだ。 億年の成功も、幸福も、文化営為も一切が虚妄で・・・ 突発的に倫理的に虚になるのも必然で・・・ しかし、善悪に自由意志で転ぶのは、善にも悪にも固まっていない中間者なのだ。なのだ。善行が取り合えず不能ならばそれは責められることではなく、善行に固まっていることも特別、自慢になることではない。 誰一人の除け者にするな。神以上に愛し合っていた昔を蘇らす為に。 しかし、自分に頭の下がらぬ優者は取り合えず外らすんだ。 しかるに一方、一人は神をも含めた他の全体を、自分からの除け者に出来る可能性でもあろう!

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