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2007年8月31日 (金)

魔の勢力の救済。

 神に天使が支えられ、天使に善人が支えられ、この世なら彼の帝国主義者達の、そのまた向こう、あの世のルシファー以下この星の魔の勢力に、を促しに行く。同じく本来超神である者として!

恩赦としての労働。

 多くが食って行くための、食わして行くための不可避の、そして好い加減が赦されぬ一生の労働を自分の望むところだったとは言わないであろう。この星の神が自分の好きな崇高な労働者振りを人間に押し付けて来て、反抗する者も現れ、自分が超神の超崇高から程遠い凡俗神であることを証明したのである。制度の矛盾を露にして、一説によると米国のブルジョアの年収が最高で二十兆円、中国農民が二万円というまでの格差を生じさせてしまっている。そしてかような凡俗神に教育されて悲惨な我々を、物の道理として本来は神以上の超神と解釈せざるを得ないのだ。あからさまに反抗するのでないならば我々は本来超神である我々の彼への恩赦として、彼、神の、我々への裁きを免れるために彼の望む共産主義(但し自由経済の範囲内での)を世界に実現しつつ一生働き抜くしかない。

たった一人の

暗い心の持ち主を煙たがって側で明るく元気に生活しその者にもそれを強いようとする薄情者達、この星のこれまでの神が育てて来た善人もどき達。その光明強制ファシスト達には、その心暗い者が何時か決定的な報いを与えるであろう。人は一人の心暗い者のために、その暗い心が消えてなくなるまで、その暗い心を分かち持って上げねばならない。

出会った男女の

それぞれの心の中に、それまで付き合ってきた他者の全体がいて、しかもその他者の心の中に、と人間がフラクタルに連鎖している。つまり御互いが地球なのだ。人は自由共産主義社会で、昼に他者の総体のために働き、夜に他者の総体を内に秘めた伴侶と抱き合い、心をこの星の神のそれへと同通させよ!

親の身勝手、神の身勝手。

 この地上世界で、成人した男女は自然な恋愛感情による結びつきで夫婦生活を始める。また此れも自然の成り行きで、二人の間に愛の結晶を存在させたくなる。しかしこれは、親の方の一方的な感情なのである。生まれてくる子供は、親を好むとは限らない。生まれて来た家の造作を好むとは限らない。また生活をしているその社会を、それを包み込みそれを超えたこの地上世界を好むとは限らない。つまりそのような子供に気遣いのない親は、大きに身勝手と言うことになるのである。そこでその身勝手を弁えて抑え切れなかった自分達を常時子供に謝っているべきであろう。一方実は、子供はあの世で成人である者が(あの世には成人霊しか存在しない)この地上の誰彼の子供になって人間関係の(隣人愛の)の修行をするというこの星の神の設えた制度の建前になっている。しかしそれ自体が人間の有無を言わせぬものであるのでこの星の神に一種の身勝手なのだから(だから反抗者も現れている)、この星の神はこの際、人間皆に謝るべきであろう。今、副神と自分がこんなことになったので制度運行が動揺しており、幼児虐待のような不手際、悲劇も起きている。この星の主神、副神に成り代り全人類に御詫び申し上げます。ついてはそのような子供達の救済に従事する現場の福祉関係者の方々には、宜しく御願い申し上げます。

2007年8月30日 (木)

キリスト教紀の永遠回帰。

 蛇がアダムとイヴを誘惑した。これは何度もそうあった悪魔ルシファー等の、神の新たに創始した歴史社会への悪の仕掛けの喩なのだ。そしてキリスト教紀は彼の黙示録的終末で完結することが予言されれている。あたかもその時の到来が近いこと言って来た。然るに仮にイエスが再臨して新しい歴史が始まったにしても、その新宗教紀も結局、前宗教紀=キリスト教紀と同じ帰趨を辿るだけではないのか私の観測なのだ。終末断絶というキリスト教紀様の永遠回帰、この悪循環を敢然、根絶せんと企てる、主神と私による空前宗教だ!!

アンチ・デカルト。

 庶民大衆が食わしてくれるから、我有り、我の思い有り。我の哲学意識は庶民大衆の生産労働意識と一体である。そして、生産労働を自由共産主義化しを信仰と道徳性と、隣人愛性に満ちたものへと調える務めを果たす。一方ハ教授は、生産的現存在と、自己=哲学的現存在とを自覚なく分裂させ、それを一体化している筈の本来の自己=実存から頽落した、当時第三帝国哲学講壇の世人教授連(現日本帝国にも数多存在する)に連なっている自身を無意識に当書物内で自己批判したのである!

錯誤せる政治理念、

帝国主義、スターリニズムに導かれた二十世紀の学問は殆どが誤謬である。真は善と即するいうてそれ自体真なる哲学原理があるのだから。これからの時代、善とは、国際自由共産主義だ!

2007年8月29日 (水)

思いつき

 自分の諸々の不具故の悲しみをかみしめて、それを決して想像出来ぬような相手に教えて上げよう。 写実絵画という,対象への無私なる奉仕の呼び覚ます感覚。写真の即興感覚や、デフォルメの自己感覚とは自ずと違うのだろう。 本当に世のために生きてこそ社会的成熟だ。今の時代、世直しする者の方が・・・。 存在と非存在=超神、間の極限のエロス、誰しもにも秘められらた神の他へのそれ以上の。 また本来超神の裁きとしての、神の愛の拒絶ということもある。 仮に神に配食して貰っても、この地上では体を動かさないと心身の失調を来たすというハザードもありそうだ。そこまで仕向けられている。 格差ということとが人生の格差(私の知人のように、所謂普通の人生になってない)にまで及ぶ社会は、やはり直すべきだろう。

カール=マルクスという超時間者。

 彼はあの通り、史観を立てたのだから。しかし、虐げられし者達だけを愛して従って超空間的ではなかった。今その他、虐げるに者も、地上自然にも、霊界人にも、霊界にもそして過去にも、未来にも分け隔ての無い超空間者にして超時間者の、この星の主神による、フリーコミュニズム・インターナショナルが立ち上がる。彼は本当は、マルクスどころでないこの星の男の全てを去勢して致すことの出来るできる程の超猥褻な愛のエネルギーの持ち主でそれを昇華しているのだから!!

欠性態。

 世界が調和を喪失し欠性態と化した時、隠されていた本質的な意味連関が暴露された。反抗者達が超神を開示した。 私の信ずる神は、それぞれから他に撃たれて八チの巣になっても悔やまぬ愛の喚起を促す神だ。 徒に自分に敬虔にならず(世界の不調和は先ず誰よりも自分の責任だから)、反抗者にしてそれだから独立不羈なる者達を救済に行けと言っている。無限者も自己の掌中のものと出来る、本来の我々、超無限者として!

2007年8月28日 (火)

これからは反リーダーの

意識を我が事と出来るリーダーの輩出を望む。今のところ悔い改めた思しきこの星の主神以外、この星には皆無であるところの。 地獄霊が一体でも存在するうちは、自分も犠牲的に地獄霊に転向して地獄に住まい続けるという救済的超善霊の輩出により、皆で同時に天国に帰ってこれますように。つまりそのうち世間を一旦、山口組で覆ってしまう位でいいのだ。

思いつき

 何が頭が悪くちゃ、意志が弱くちゃ、人間は救われないだ。先ずあるがまま、どうにもならないのに。 不具者は勇気を出して権利として、具有者に介助を御願いしなさい(受け容れないなら、取り敢えず神を拝み支えられ、彼に彼と違う神の態度を教える)。 品質最悪の俺が、御前が魂の絶対理想かの一番の判定者だと嘯いて・・・。 相手の気持ちを我が気持ちとすること。 頭脳明晰でも絶縁体のように鈍感。この星の哲学者よ、芸術家に擦り寄りながら、感性を、感性をと探究しなさい。 人間の他を愛しながらの努力精進が、ある時、神の境位へと爆発的に発展する。  既成の仏教も儒教も魂の物つくりのようで、魂の全体価値=愛、を覆いえない。それで、縁無き衆生と言ったり、君子は危うき近寄らずと言ったりする。 宗教家の協働を拒絶する者は、この星の癌のようなものだ。いい加減にしてくれ。 俺達も法的資格云々を超えて、この都市を郷土とする市民だ、と怒鳴っている。 存在している魂の上下において、引け目はしかし、相互的と考えられていい。劣った者の気持ちこそ寧ろこの世界で貴重でしかも優れた者には中々窺い知れないのだ。 

源氏物語は所詮、階級文学だろう。

 貴族達が、多く人間達を差別して顧みない精神であることを作中の使われている家の子が登場する場面でよく感じ取るべきなのだ。それが出来たら、この作はもう読めたものではない。それを看過してしまうとすれば、貴方自身がこの現在、支配階級的に存在しているのことを十分自覚できないからだ。尤もその向こうにこの星の神が設えてしまった根本矛盾もある(つまり、神が家の子を代わってやらーいいじゃねーかーという)ことも縷説した。それはともかく今朝も報知された、還元共栄ということを考えず、遅れたアフリカ途上国から一方的に非鉄金属を持ち来たらんとするような国際間の支配階級的蛮行を速やかに止め、その支配階級性を解体し、この星の神の御裁きをどうか免れて下さいますよう、此処に心から御願い申し上げます。

眩暈とは私達だ。

独楽のように回転すれば、私達を互いに穏やかにしている包帯が、見る見る解けてしまうのが分るだろう。そしてその後に、嵐のように愛し合えるだろう! 今朝は一方で窓の外の、雨、タイヤの軋り、がまたぞろ私達を証し立ててもいる。

ちょっと暴れだすと、

御前は俺の子供ではないと言い出したり、他の兄弟にこいつは俺達の兄弟ではないと言わせたりする神なんておかしいよ。本当に人間の幸福を考えて下さる神様の遣いははこう言う奴等を自分の都合優先で除者にする霊的に余りに非科学的なことを早く御止めになって下さいますよう此処に心から御願い申し上げます。(ついでに、今迄決して殺されたことのない救世主、自慢をもです)。

2007年8月27日 (月)

美男子の美顔の中で、

眉も、目も、鼻も、口も、共産主義している。神はこうしても語りかけて下さっている。

松井よ、大リーグ史上初めて、

自分は不意に投手の故郷の少年の顔が目に浮かんで、投手に華を持たせたくなったと言え!

これからはオカマという

男気の生まれつきの不具者達を気遣って頭が下がる超男達が増えてくれ。宜しく御願いします。

働かせ神に

文句を言うよりやはり、先ず遅れた国の疲弊を皆で取り除く努力をしよう。報道は寧ろ高級テレビに貧しい国の様子を多々映して、豊かな国の国民に、その矛盾(高級テレビと放映内容との)を解消する愛の心を呼び覚ますべく刺激してくれ!また今刻々人生途中で死ななくてもいいのに死んでいかなければならない者達を思って、今悔い改めるべき者は速やかに悔い改めよ!

2007年8月26日 (日)

日本語は母音が多い。

言語芸術という石の芸術。私達は一音によっても卒倒できる存在だ。それが確かに、一巻の終わりを感得させる音なら。 甘えていると言われるのは、その世界で、一定の精神緊張が当為とされているからだ。誰がそうしている? 自由共産主義。企業の公共心のある経営。官僚の天下りも使いようなのか? 先ず仲良くする。 魂に肯定価値の色塗りをしているばかりではねえ・・・。 この星の神は枯葉だった。神の風上にも置けない奴? 救世主を殺して堕地獄の体験をしている奴が幾らでもいる。超神の劇らしく。 自由な実存は神の超神度の判定者として本来超神なのだ。だから、どれだけ自分を偽らず純粋であるかとか、どれだけ他を愛する者であるかとかいう価値評定に優先してしまう。つまり魂の程度ということは最早あまり大事なことではないのだ。また程度に関しては、表裏両価値が考えられるのだから。願わくはその自由が互いに愛し合うことに帰一しますように!

超神は存在の一々へと

方向を切り開き、そのものとの遠ざかり、を鋭意奪取せよ。特にこの星の神は、彼等との極端な遠ざかりを!頽落せる世神を脱自し、神の生の死へ向けての良心ある者として、本来の自己=超神として企投して!

存在する者は、

超神に劣った者である。例えばこの星のベンチャラ(もっと上の神に)主神=統治無能力者(超神の認定による)のように。自分がベンチャラ者では、それを遥かに免れてしまっている彼等の反抗を決して収拾することは出来ないであろう。まして状況傍観中の副神以下は、既に殆どこの星での存在理由はないのである。そこで悔い改めぬなら、この星の記憶からもその存在の過去を消し去って無に帰して貰いたい。 傍観副神以下・尻拭い主神・反抗的魔の勢力以下。 神でない者にく頭を下げる謙虚さ全く欠き、それだから神でない者に何をされたって仕方がない神だ。しかし大多数はその力に恐れをなして言うことを聞いてきた。 いま生まれて来た普通でない者(不良、弱者に)それ以外の者が全く頭が下がっておらず(人一倍、人生大変になるのだから)放置され、此れまでのこの星の神がこうしてしまったこの星への彼等の存在論的破壊権が(米国の、コリアンの銃乱射少年のように)刻々生じていると言ってよい!

2007年8月25日 (土)

イエスを殺させた、

マ二を殺させた(ゾロアスター教の改革のために、ゾロアスター自身がマニとして生まれ変わって容れられず処刑された)、それもこれも神以下に神以上の深い愛を悟らせるためだと言っている。そして、この時代には?

思いつき

 この国では政治家の御蔭で、一年の仕事が、遊び半分、になっている者も多い。働かせ神に抗って、人間の誰彼がその配食願望を他を犠牲にして満たしてしまっているのだ。 しかしやはりこの星の神の御意向に従いまして、通信インフラだとか、技術研究者の生活物資だとかの生産を恐らく途上国民に押し付けてのウエブ(はっきり血を吸っていることになっている)になっている所が問題であろう。何とかウエブを逆手に取って・・・ 思想の一致が連帯の条件だ。 ヤクザの心は周りに迷惑と言うことに尽きるのではない。 明日から盲なんてとんでもない。これが盲と普通の人との差だ。何時も手を合わせて置くと自分の功徳になる。 一時代、社会成員の精神現象学。 観想した世界像を、身体中心で直覚する。 弱者保護のために、悪魔憑き達に脅し、賺しで心を入れ替えさせる。 ノーベル賞作家を馬鹿にしたら、国際問題にしてやるぞ。 あくまで完全を求めて、結果不完全に甘んじる。 部分を全体のように言う大きな誤り。 この星の神は畢竟、自分と違う不具の神でない者を明日から自分がやれるかどうか自分に問うて謙虚になれる神ではなかったのだ。   

 

遇想(続)。

 真・善・美の価値三点体を、前述の限界空間対応の価値多点体にまで拡大して前述の拡大された宇宙に付着させておく(尚、聖・俗とは、一般に価値の完全具有と価値の貧寒との対立ということになる)。 前述の宇宙空間を時空を超えた、多様間結合(空間、時間、第三間、・・・)で考えておく。同時に、関係ー空間、変化ー時間、と言った間対応概念も創出しておく。 またこの宇宙に成立する諸感覚も、五感以上に拡大しておく。 宇宙=存在に対して、それを超えた、無、非(存在、無)、・・・、と包摂する超存在領域を想定しておく。 こうしてこの宇宙を肯定者として統べる神の下で、実は超神から然らしめられて、折々非神乱舞という(広義の)否定態を差し挟んで、発展の弁証法が大展開するのだ。

遇想。

 数・空間表=数(1、2、3・・・)が空間(1次元、2次元、3次元・・・)を作り、空間が数を作り(1次元数=実数、2次元数=複素数、3次元数=3元数、・・・)、こうしてさらに、空間のa(a は実数)次元、数のa次元数=a元数、なども考えて行く・・・。 無限、の増産=可算の無限列に、可算の無限から並べて可算の無限番目の無限まで増産する。出来た無限の列に出来た無限から初めて、その無限(可算の無限番目の無限)番目まで増産する。此れを可算の無限回繰り返して増産される無限を極大無限と称する。 最初の数・空間表の試行をこの極大無限回繰り返して、限界数、限界空間を限っておく。 我が現実3次元宇宙を、この限界空間宇宙に拡大して考えておく。 また、基礎粒子の内部にまた宇宙が広がっているフラクタルに考えておく。そのフラクタル列を・・・-1、0、1・・・に擬した上で、上の限界数にまで拡大して考えておく。 霊界、物界を、・・・超霊界・霊界・物界・下超物界・・・、ように拡大した上で、同じく、・・・-1、0、1・・・に擬した上で、同じく限界数にまで考えておく。

2007年8月24日 (金)

思いつき

 神にすら思って貰えなかった者が多い星。しかし彼等はその只中で、自覚を深めたのだった。 星の神の世の平均的慣わしに埋没して本来の自己を見失って来た世神、この星の神、そしてその下のサラリーマン救世主達。そこで反抗者達によって本来の自己が啓示される始末になったのだ。世界の、存在の死へ向けて。私は少しでもそんな御仲間から脱け出たい。 人間差別の甚だしかった神。配食を願望する者にも働かせる神。神でない者少しも頭が下がらない神(近くはアラーの神が最たるもので、当地はあの様だ)。理解の無い神。まして神でない者の真似をして慣れ親しんでくれることなど決してしない神。その態度が人間の男の人間の女に対する態度に投影している(此の頃の女権の不健全な伸長も、神に反抗する彼等の働きかけなのだ)。 こうして私達は彼等に仕向けられた件の勤行へ向けて潔く歩を進めて行こう。

手の無い奴なら、

普通の奴の方が彼に頭が下がるだろう。不具と言うなら、善意の不具にだって労働意欲の不具にだって同じでなければならないのだ!

この星の此れまでの神よ、

この星の、心の実際の愛、の全てを結局空しいものして来た彼等の恨み心(それは観念としては、この星で最も深い愛だった)の覆りを、天上で待っている、そして待たせている、神としての愚行を金輪際辞めよ。私達は本来皆超神として、そんな心冷たい者達ではなかったのだから!

緊急。

 日本相撲協会の皆様は、一勝負の世界にも深い愛が存在し得ることを全人類に示して頂きたく、此処に心から御願い申し上げます。

ゴールドバッハ教授、

偶数の一徹な親達=素数、を(2=1プラス1、4=1プラス3、6=1プラス5、8=3プラス5、10=3プラス7・・・)突き止めることに一生を御捧げになった貴方よ。数すらこうして深く愛し合っているのに、と全人類に大声で言ってくれ!

他者の悪行の、

側にいる、側にいない、自分の責任を考えたがいい。また悪行はその者の自由意志より免れ得ぬ魂の傾向の方が過半だ。 文学者は平凡な道徳家がすぐに殺せと命ずる自分の悪い心の偏愛から自分の他への博愛ということを始める。そして発達した道徳家は人間の悪い心の博愛も必要だ(博愛の徹底)と気づく。 引け目を噛み締めているとやがて自尊心と同時成立する。務めとか約束とか言う言葉も浮かんで。 常にどんな場合も理想の中道へ行き着くための御互いと言えないか? 自分が神様だったら、あるいは超神様だったら出来るのにと思って、それが悲しみになる。 然るに神だって大元ではストーカーだ。ただ、仮に相手に嫌われたら、愛しているから我慢して自分から距離が置ける。  

2007年8月23日 (木)

アマント、

心の愛の永遠掘削だ。 例えば、「気に食わねぇ、今日から配食神に成れっ!」、て勇気を出して言えば、彼をさらに超神に近付けてあげられる。 神でない者は皆超神様です。 神でない者に頭を下げなかった第一種の神にして第二種の悪魔と、それを鏡に見せた第一種の悪魔にして第二種の神。 こうしてこんな星の魂皆の個性的な体験に頭を下げる。一人一人が地球だ。 田舎に引っ込んで世の中の様子を窺っている副神の言うことを聞く者は、それぞれの職場でも隅の方で全体の様子を窺うことになる。寧ろ、主神よ、私が貴方に代わってやらせて貰います、だ。(えっ、何を?) 魂はつくづく、品物でばかりはないのだから・・・。 

2007年8月22日 (水)

奉仕の層構造。

 学校で不良に皆で奉仕する愛の教育にする。社会で社会的不良に皆で奉仕する愛の営みにする。国際社会で不良国に対してそうする。前提において強権支配主義を覆滅する。

制度矛盾。

 生まれつきの性悪者を疎外して結局、精神病院や刑務所に送り込むいうこの地上社会の通有の原理らしい仕方は、彼等への福祉こそが、社会の中心の営みであるべきだという正当思想に反しているので、その疎外者の中から、強力に反社会的な革命者を作り出してしまうという根本矛盾を実は表してしまっていたのだ。此れは地上のみならず霊界でも同様の連関で、この地上の精神病院や、刑務所に等しい霊地獄界で同じ矛盾により当領域の埒を破って地獄界の底の底に伏魔殿を作って魔の勢力を営む者を存在させてしまった。つまりこうしてこの地球の混乱の根源因を作ったのは、彼等のような性悪者への関与を後回しにしようとした、この星のこれまでの神の星の統治者らしからぬ浅見だと認定せざるを得ないのである。この星のこれまでの善も愛も終に空しい!

ファシストか、奉仕者か?

 自由な貴方は、この地上で身体生命継続・従たる生活空間の充実のための共産主義的労働の引き受けを願望していますか。願望していない者が多数であるなら、それを仕向けているこの星の神は明白にファシストということになるのです。共産主義的理想から外れた現下世界に対し統治者神の天変地異を駆使しての歴史社会の清算(必ずしもそれを人間への弾圧とは言えない。人間の中の共産主義的労働支持者が、本来は多数派かも知れないから)が始まろうとする気配だ。このような流れの中で、この星の神に感謝するのも帰順するのも(或いは面従腹背するのも)、関わりを拒絶するのも、反抗するのも、貴方の自由だ!

2007年8月21日 (火)

NHKのニュース。

 知能の低い姉と見ていた。彼女にはきっと分るはずのないアナウンサーの語り。その際のきっと沸いて出ているだろう悲しみを分らせて(共感させて)貰おうとして頭を下げてそうしたならば、その功あって彼女の深い悲しみが急に私にも伝わって来た。私の具わっている頭脳を彼女との共有にせねば済まぬ厳粛な義務感を同時に衝き上げさせて。具有者の不具の体験への共感といことはこうして、自分と違う不具の体験をを漠然と想像して相手を崇敬する態度になった時初めて立ち現れる。

仲間なら、

つい除者にしてしてしまった者の、除者体験を、他の全員一人一人が反芻体験してそれから和解しよう。除者して降参させ詫びさせるのでもなく、皆で迫って復帰を促すのでもなく。そして生まれつき除者になるしかなかった者にも同じく、想像的に追体験して。 逆に、人が敢えて除者になりたがる気持ちも理解しよう。また、それぞれ一人になりたい気持ちも尊重する仲間でもあろう。 人の引け目がよく分ることも魂の価値だから、その引け目のある当人を反って立てる。 仏教徒はあの手この手で成仏の境地を伝えて、寧ろイエス様の心に近づけ!

グッドバイ。

 いっそ一人一人、この星で何時でも何所でも、一匹狼をやって行ける根性を練成してみよう。 左翼ヤクザという超神の体験もある。 自由に一人の生活をさせてくれ、随意に好友を配してくれる神では無かった(尤もあの世ではそうさせて貰えるらしいが)。また一切犯罪責任の肩代わりをしてくれる神でも。不良と一緒に終に皆で旅に出る校長(勿論、この際廃校にしてだ)のような神でも。一生一穴なんて堅いことを言わない神でも。 こうして此れからこの星にはこんな神との有期契約信仰が流行るだろう。 某教が社長に悪魔が憑いていると認定している某出版社は村上龍や中上健次を出版しているので私は好意を持っている。ついては当出版社は某教、我が教を両睨みしながら、自らの身の振り方を御考え下さいますよう此処に心から御願い申し上げます。

思いつき

 神の思いの範囲をはみ出した者達は、神も知らない涼風を体験している。 魂の内容御粗末な者はその卑小体験を噛み締めて自尊心に転ずるんだ。その内容御粗末は自己の責任ではないから。 福祉家は、助ける者に、魂の内容が正反対であることを謝れ。福祉とは自慢することではないのだから。 古来から哲学や悟りの修行も道楽であったことも多く、またそれだから中毒者も多い。 悪い心は征服の満足を与えてくれる者として感謝。 銃殺をやらかしたコリアンの少年の世界への敵意。周囲がこの世界の彼にとっての出来具合を示したからだ。 旧社会主義国の疲弊は公共責任と言えないか? 非市場的職能の甘さ(自動的給料なので)、市場的職能の甘さ(自然の裁きを考えに入れていないので)。 世直ししつつ、直った社会に組み込まれていくのだ。 

食わすという男らしいことと、

思いやるという女らしいことが、広い意味での愛の要素として重なり合っている。強くてしかも思いやりのある大自然(そしてそれをさらに超える者の思いも)が、私達を取り囲んでいるのだから。

愛する者皆には、

失いし者の悲しみがある。テネシーワルツを想い起こす女のように。それも御互いが赦しあうことにより超えて行けるだろう。どんなに長い時間が掛かっても。この星の神の愛の至らなさを長く赦さないで来た反抗者達も、少しずつ彼を赦す気になってみてくれ。そしてこの星のそれは長い、長い、そして辛い、辛い、追憶、が、少しずつ、一人一人を祝福して行けますように!

2007年8月20日 (月)

マラソン。

 選手達よ。私は次の一歩にこの星への深い愛念を込めて、何時の間にか時間が消えた

神が相手でも、

長く、その時に背中がきっと淋しいだろうとしか思えなかった者達よ、これから神が気張って必ず御前達の凍らせてやると言っている!

生きている価値のある者を殺すなかれ。

 人は、その人なりに他を愛する務めを引き受けてこの世に生まれて来て、それに従いその人のそれ以上生きてられるかの価値を神が判断する。信ずる者はそれを学んで自分も判断する。

2007年8月19日 (日)

固く信ずる者は凡人でも

鉄人でも我儘になった奴の攻撃に神に支えられて対抗出来るであろう(或いは神から直接反撃が下されることもあろう)。しかしこの星の神が自分の前に悪魔を存在させてしまい、その心を長く覆せないで来ていることも縷説した。鍛錬といった類以外の努力が必要なのだ。因みに他を愛しながら、向上を求めるとある時点から爆発的な発展が始まると思っている。つまり愛の神の、同時にそうである無限の全知全能へと向かい始めるのだ。

超!

 私達(神以下全ての魂)は本来超神です。それで現に皆超神に成らぬ間は、何時でも全員バラバラになる可能性でもあります!

阿弥陀仏は

帝国主義悪国民を未だ大ブツことは為さらないで赦して下さっている。されど、薬(阿弥陀仏の赦しの慈悲)あるとて、毒(悪行)を好むな!

私の愛至らず、

させてしまった嫌な思いに耐えて下さった貴方方は超神と拝む神。彼に帰依して私の神と私の愛至らず・・・貴方方は超神と拝む私。 普通でない者を切り捨てない福祉が社会の主なる営みであるべきだ。彼等の人生の成功が、そのまま社会のその他の成功だ。彼等の蔑ろが嵩じてストライキを打たれないために。 普通以上の人間を褒め称える人間達は、その褒め称えられた超普通人共々、非普通人を切り捨てている。そこで成功と言っていることが真の成功なのか? 第一種の悪人(生まれつきの悪の傾向のあるものを意志的に切り捨てる人)、その結果である第二種の悪人(生まれつきの悪の傾向を少しも周囲に気遣ってもらえず、結果周囲に積極的に悪を働き始めた人)の対立の構図がこの星ではずっと続いて来たのではないのか?

2007年8月18日 (土)

ヤクザと言われる人達も、

一般世間が安易に除け者にして悪かったと謝れば、その一般世間への広い恨み心を覆して、その広い心のままに天使や菩薩に成り変ってくれるかも知れない。生まれつき性質の悪い人間に対する寧ろ彼に頭を下げての周囲の務めというものがある。

諸行無常。

 逆に常有るものは、悪魔達のの陥れの悪意と、それを覆滅すべく超仏を掴んで一般衆生すら共に彼等の救済へと赴かせる仏の、悪魔達への救済の慈悲だ。何処其処の仏教家のように悪い奴を切り捨てながら、一般衆生を導いてはならない。この慈悲を我が心のものとしてこそ、人は心に超仏=仏悪魔未生以面目を表して真に涅槃寂静に入る。

アイ アム アンハッピィ,

ビコーズ ユー スティル リヴ, ノット アト オール ラヴィング バッド パースンズ バイ ネイチュア. ザッツ ユア アブソルート デュウティ イン ディス イアラ,  イズント イット ? スタデイ ハッピネス モア サイエンティフィカリィ オア ウルトラサイエンティフィカリィ !

不具者。

 神は神でない者の理解ということでは根源的な不具者だ。特にこの星の神は今迄威張ってばかりいたのでそれが甚だしい。神が仕向けている共産主義的労働を、実はこの星の人間の少なからずが望んでいない。そこで急な制度変革が無理だというならば、この星の神はここで滅多なことを考えずに、人間皆にとりあえずの忍耐を頭を下げて頼み込むべきだろう。 その感情が宿る相手と固く結合しないでいられなくような感情も超神から生まれた。超神から生まれ出たすべてのもの(神も、悪魔も、・・・)を何時かまた自分に還帰させる為に。 向上は自分に奉仕的である人に導かれて淋しくないように。 奉仕を仕向けて支配へと叛かれたのは、この星の神自体の他への原たる奉仕心が十分でなかったからだ。。行儀を強制してばかりのような。 所謂VIPの皆様のイズムが私の語る、愛、になりますように。

思いつき

 命を場合によっては幾らでも捨ててもいい思いが平和な日常にも表現出来る。イエス=キリストの日常とも言うべき。 愛さぬ者が根源的に不幸だと憐れむ気持ちがこの星の此れまでの神には無かったのか?魔の勢力の救済を二の次にして来た。反抗の継続は彼等の超倫理の全うだ。それだからこの星のこれまでの神・天上は彼等に超倫理性において劣る怠慢者だった。これからに期待しよう。 魔の勢力の方が人間の本音を良く分っている。 これから十数億年はかかる天上界をクラスに分けての彼等の体験の反芻という星全体の勤行は不可避だが、そのために疎外して来た彼等に少しずつ慣れて行こうということだ。 こんな世界に存在させて済みません、こんな世の中に生まれさせて済みませんという謙虚さが何時も必要なのだ。 真のリーダーの人生とはリードされる者達の人生と一体だ。 中道の知識量。 神に対して男の子、女の子の中道。 人生経験、しかし潜在経験というものもあるから。若い奴にして老年の経験は既に無際限なのだ。 帝国の差別的構成が恋愛を悲劇的なものにする。住む世界の違う者達が反って惹かれあって。 存在は俺の伴侶だと誰もが言えるんだ。だからこの星の現状を「三文神の愛」と題しよう。人格・能力が高い者がそのまま魂の価値が高いという人間品質観で洗脳されてしまっている。そんな三文人間教育は 早く返上にしてくれ。  

思いつき

 一人一人が自分に対する他の愛の深さを判断出来るんだ。相手が神であっても。 哲学するんなら、それ自体の倫理性を直覚してだ。今講壇での哲学は、反倫理だ、真知は掴めない。 極限の無明と究極の悟燵との等価。非僧非俗での追究。自分なりに世のため、人のために尽くす意思で人生を始める。 より分っている人は、より分っていない人に出来るだけ教えてくれ。しかも寧ろ、頭を下げて。 哲学は究めて、自己の生活無能力の批判に至る。飯を食わねば哲学意識も有った物ではなかったのだ。つまり身体生命継続への精神の奉仕により、精神が最低の功徳を得ているのだ。それが神からこの世界に人間精神と物質が作られる意味だ。神の愛の精神に回復して行く。 超絶対精神=超神、絶対精神=神、反絶対精神=悪魔、極小相対精神=唯・構造的不安情念=ホームレス。ホームレスの嗚咽という極限のサウンド、その他反知性的ロックサウンドも、裏から厳密に知性的に解釈出来る。 しかし、人間がしたいようにさせるためにより苦労するのが、神の人間へのより深い愛であったことであろう。

自由共産主義=人民資本主義。

 市場の寡占分割で均衡を目指す(従ってマイクロソフト等どは複数分割して貰う。その昔、マケドニアが分割されたように)。市場に道徳的乃至隣人愛的な消費を広める。同等精勤・同一日当(生活給として補正も考える)。収益の関与成員=経営者・労働者・株主、への均等分割。財貨・用役の生産が過剰になったなら(一般生活の苦楽中道(労働と快楽のバランス)を破壊して)生産労働を段階的に縮減して、文化生産の活動に転換する。健康労働、等。

2007年8月17日 (金)

全世界の宗教者も、哲学者も、

今すぐ修道院を捨てよ、サンガーを捨てよ。講壇をを捨てよ。そして新しい統一信仰ある、同じく新しい我がフリーコミュニズム・インターナショナルにだ!

私は超神という原理で

一切魂現象をを発現させている者です。貴方の中にも眠っていて貴方と固く結合して貴方という現象を発現させていた者です。それが貴方の前に現れて私としているのです。そこで私はどんな貴方の恋人より強い愛情で貴方と結合したく思っています。然るにこの絶対的な愛情の感化により、あなた自身が同じ超神という原理に成り変り、同じように他者に対してしてあげられるようになるでしょう。こうしていつかこの世に超神一体の絶対愛が満ちるでしょう。

歴史を紐解くのは

その教訓を現在に生かすためであろう。そうだとすれば、関東大震災後の歴史の悲劇を紐解くことは格好のことであるはずだ。東京大空襲による多くの爆死とは言葉ではない、実際の想像を絶する苦痛であろう。つまり、それが現実の大悲劇ということで、国家社会はその教訓に学び、この現在の阪神大震災後の全体運営に生かさねばならない。一国中央の大天変地異はその国の全体的想念の悪化の故と、此れは宗教家にとっては常識なのである。そしてこの想念悪化の根源因は、私に言わせれば関東大震災時と同じく、経済的に関係のある他国との関係が望ましくなく、自国ばかりの利益を考えて身勝手になっていることにあるからなのだ。だからそれを先ず正すことを世に提唱する。

被造物はその劣った地位を嫌う。

 この星の神はどうか地球悪根絶のために、被造物一般に深々と頭を下げて下さいますよう此処に心から御願い申し上げます。被造物一般に頭が下がらぬ神は、謂わば別種の悪魔で、被造物の誰彼がそれを鏡に見せます。

一人変なことをして

他の多くの普通の人間達に後指を指されて辛い思いをする奴が、魂が皆、本来、神以上の超神であることを証明する。何故ならその辛さは全知全能の神にも直接、与り知れないものものだからだ。一方、普通人・平凡人の自分がそれだけでしかないことへの空しさにしたって。こうして私の信ずる神は、魂の全体を率先して本来超神=本来、神の全知全能と逆に神でない時の辛い諸感情の体験を深い愛によって兼ね備えている者、として拝む。

2007年8月16日 (木)

人生の厳しさは

この星の神が人間に食糧生産・獲得の厳しさを強いているからだ。それが一切の職業に連動する。そうして、その厳しさに絶え得る労働者に練成しようとしているのだ。しかし私達はその有無を言わせぬ仕向けを受容れていいものだろうか?受容れられない者が不可避的に悪者になって来た。長く継続している者もいる。そして受容れてこの星の神の望むしっかりした労働者に成長して頭を撫でられている者達を卑怯者と罵っている。

思いつき

 悪魔達より自分達が魂の価値が上と錯覚して来たこの星の神・天上。 下生した副神は体を張って、北朝鮮に改革開放を迫るくらいのことはしないのか?中東では、なんでもない人民がそうしているのに。 労働を押し付けてオマエガ全部ヤレと言い返されてきたような神だ。地獄の底に腰を据えている反抗者達のことをことを思えば、この際滅多なことはしないで、頭を下げて頼み込むのが筋だろう。 人民はその品質だけが問われる国家社会を構成する物体素材ではない。 魂の変容も向上も、掛かって隣なる者の相手への深い愛に、相手が同じく愛として応えることによってされる筈だ!

時間の刻々を

超時間に超深奥から企てて、結果何をして来たことになっても悔やまず、何をすることになっても恐れず。 今自分の年齢なりの社会的地位に感慨を催し人生を思う人と、そういう人達の地位欲・金銭欲と裏腹の薄情によって当たり前の人生すら奪われて(決してそれは自己責任ではない)想像を絶する引け目の只中にある者との対照の前で、私は人生とは一生涯一人一人が自分の罪深さを考え続けることだと結論せざるを得ないのだ。それ以上に、そういう人達を傍観することしかしない副神と、そんな副神にしてしまい自分が彼等をこれから暴力的に裁くことしか出来ないこの星の主神の神でない者達への罪深さだ。魂の罪がその昔一切が泣き別れした時、この星で自分が一番忙しくなるだろうとは予感していたと今言っている。

会社勤めが

仕向けられているから、詩も劇もそれに結び付けてオマンマを食わないと、この星の神に言わせりゃ価値がないということになる。ナニトンデモネー(会社勤め嫌い、勤め人嫌い)という奴は結果虚無を掴み、その虚無を愛しんで、この星の神の思いの外で、無償に文化をすることだろう。或いは天からさりげなく皆に、食物が恵まれる星を夢見て!

2007年8月15日 (水)

劇という逆説。

 あの野郎、おまえにこのセリフだって言ったくせに。あの野郎、帰ってくりゃすぐ大天使だって言ってたくせに。劇団の内情が、自分の会社の内情と何も変わらないと分っている観客が増えている。はっきり、皆が堕ちて行くクレバスを見ている奴も。血が最初に泣き別れしていたと思い出した奴も。

抱き合っている、

エデンの園と、神って何のこと?の荒野が! 懺悔道としての神の行路。 ファシストに抗う人民戦線は場合によっては、この星の神に対しての星全体の、この世もあの世もかけてのものでであっていい。 この星の神が一人一人に固有の自由を保障してくれるのは何時のことなんだ?従ってさらに、その自由が抵抗となる者もいるだろう。 中東の人民は、悪魔ルシファーに修羅道へと誘われて、命を捨てることも、堕地獄も、その場所での責め苦も恐れることなく、その中東の民をも現下自分の社会のヤクザ境涯の人間のことをも知ったことではない、虚妄ななヌクヌクした平和主義者、市民主義者の日本国民と奇妙な対象をなしている。 私という自由な超神が、私固有の善を考えて、その星の神をも悪魔と認定し得るのだから!  

ユー トゥー、ブルータス?

 イエスがカエサルのものと神のものとが違うと言ったからだ。暗殺された者の痛苦という意味。それだから私は暗殺された者の痛苦という魂にもなれるし、そしてその者として地球の幸福を願うことも出来る。カエサルのそれであった時、無論イエスのそれであった時(広い意味で)、それから・・・。つまり私、そのことの痛苦は、本来の我々の他への夥しい犠牲心というものを啓示するのだ!

U.S.Aは先ず、

黒人の故郷の西アフリカも圏内に含む、西世界自由共産共栄圏を作ってみないか?主を信ずる、イエス様を信ずる民族の神も、あの世の歴代の大統領も願うところの。

悪徳政治家

(学校時代に皆に疎外されたと思しき)が、有能な官僚や技術者を使って、国中に無駄な物を乱造させた。これからは学力重視より、生徒への愛の行き届いた学校教育を宜しく御願い致します。

大臣は、

これからは下層の者に気遣いが他である人物の選択を宜しく御願い申し上げます。

個性的に。

 人は先ず何よりも、個性的に他を思う情熱であれ!

弱者を害した者を

必ず強い神の遣いや強い神が、その弱者の前でその者を弱者が心行くまで懲らしめてくれる。その者に同じ弱者になって貰うためである。

愛の不具者は

(捕まった社長達のように)その人生誰よりも大変だが、愛の達者が愛の達者らしく彼等の不具の大変さを思いやって深く愛すれば彼等も速やかに愛の達者に生まれ変わって貰えるのかも知れない。

思いつき

 神と悪魔と私達の乱交パーティのように、全体仲睦まじく。 官民それぞれの原理の相互浸透。官の民への降嫁(善き意味での天下り)、民の公共誘導。 金権政治家と左翼小児病者は五十五年体制下の魔の勢力だ。彼等の末裔をもしかし、切り捨てず。 生まれつきの優者には生まれつきの劣者に対して自主的な奉仕の務めがある。優者がそうして奉仕者に徹すれば、世の著しい年収差別も正されて実質共産主義化(よって消費の均一化による経済効率向上)するだろう。程遠い現実だが。 能力・人格が高い者がそのまま魂的に価値があるという、男性的に偏った価値視点が正され(つまりホームレス候補が別の意味で偉いのだという)なければならない。

2007年8月14日 (火)

正しく経済活動をしないと、

大地の底から大変よ。ダケド神にあくまで文句があって勇気がある方は、「超(俺は超神だ)!」と言って思っきり地面を踏みつけにしてやったら。

ゴサッタドン(ゴッドとサタンの絶対一体)。

 ゴサッタドン=スーパーーゴッド。全地球(地上も霊界も無い)の営みは、主神の、ゴサッタドン=神も悪魔も無い、という超時間の愛の念唱を態せ。悪魔を悪魔にしているのはその前の彼に全く愛薄き別種の悪魔、自分だと!

全キリスト教徒への質問状。

 神は誰が造ったのですか?。愛は誰が造ったのですか?時間や空間や差異や同一や分離や結合や創造や破壊・・・やらの一切の概念は誰が造ったのですか?なぜ神は造ったエデンの園の居心地についてアダムとイヴにお伺いを立てなかったのですか?なぜ神はアダムとイヴに一切の労働を免れさせてやらなかったのですか?何故わざわざ嫌われ者の蛇を造ったのですか?なぜ神の前に悪魔が存在してしまうのですか?素粒子は誰が造ったのですか?科学法則が誰が造ったのですか?遺伝子は誰が造ったのですか?進化論は認められないのですか?何故聖職者が、貴族と一緒に労働者・農民を搾取していたりしたのですか?特に、終末が来て滅ぼされることになっている悪人達に、貴方方は現に悪人であるにしても少しも深いところで仲間意識を感じないのだろうか?

千の風の、歌は、歌舞伎町の

ヤクザの心を傷つける。生まれて来てその生まれつきの性質ゆえ誰にも相手にされず、今人生が煮詰まっている。唯自分達が出来るだけ居心地のよいように、世間も適度に心汚れていて欲しいのだから。どうか世間様、何時までも心の清らかさなぞに憧れませぬように。本当に彼等の心に凍みるまでの千の風の歌は、彼等と人生の苦労を共にするほどの心の者にしか歌えまい、この星には指で数えるほどしかいないないところの。

ヨーロッパよ。

今度はやり直して本当に当地のためにするためにアフリカに向え。中東へ向え。中央アジアへ向え、中央世界自由共産共栄圏を作るのだ。またそれは相互の文化の統合的発展のためでもある。それぞれの源流前文明はヨーロッパがアトランチス文明、アフリカがゴンドワナ文明(こちらはその崩壊後新たな文明段階に未だ十分に達していない)として違っている。人類進化のミッシングリングを探しても不毛である。人類は既に億年以上も、文明人として文明史を何千、何万回も盛衰させている。文明史は基本的に、新エデンの園計画(生態系と原始人社会の再現)として完結することになっている。

国民よ、実は小泉院政だということになったら、

現内閣を見直さないかい。人間は、その時代の神近き宗教家、神近き思想家、神近き政治家から、ホームレス候補まで、自己の今ある器に安んじよう。因みに、歴史絶対精神=歴史への神の催しは、その時代、帝国ならぬ自由共産国の実現の求めだった。自然絶対精神=自然に宿る神との協働で、帝国を然からしめようとする反歴史絶対精神=魔の勢力の催しを愛により覆滅せんとして。そしてこれからは確と、絶対精神と反絶対精神の対立の彼岸の超絶対精神=超理性=超神に帰依し、催されて。

2007年8月13日 (月)

超神。

 内なる絶対愛によって、神と、多様な神でない者を同時成立させてある。神と、多様な神でない者が、同行に愛し合って行き着く。その過程で、それぞれ本来超神を魂の表(持てる価値)裏(持たざる悲哀という価値)総計の価値として表して超神等価だ。 神でない者を、自分と違う不具者として頭を下げて拝む神。 本来超神、現には非超神として、具有せる部分で、不具なる者にその悲哀・不自由を頭を下げて拝んで理解させて貰いながら奉仕し、不具なる部分でその悲哀・不自由を噛み締めむしろ具有者には分からぬことしてそれを誇り、しかしそれに留まらず、それの分からぬ具有者を反って憐れみ頭を下げて拝んで理解させてあげて、さらに彼の具有による自分への奉仕を促す。

2007年8月12日 (日)

大義は

城山の遺志を継いで、絶対に国際自由共産主義=愛星心、だ。東洋近代、清・露の我国への帝国的我意を天祐が防ぎ止めた。そしてこの現代、新しき大東亜の共栄実現に邁進する国家をこそ、天は祐けるであろう!

アダムとイヴが

自分をどう受け止め、エデンの園の周囲をどう受け止めるか良く分かる神ではなかった。悲しいがそれが事実だ。そしてその罪滅ぼしが待っている!

自然には適わないとすぐ言いたがる人達は、

何時かこの星では除者にされる。彼等による地cube(非球)策動も始まっているからだ!

美とはコミュニズムである。

それだから君達は何故この帝国で例えば絵を書き続けるのか?貴方達はそれだから、芸術家の端くれと言いながら、美それ自体の心を傷つける者以外の何者でもない。然るに生活の美のために自分の何物をも犠牲に供する者をこそ、美は何時か祝福して自分自身の真正な使徒とすることであろう!

繰り返して言う、

私が意味の一切を造った。私達が意味の一切を造った。そしてそれぞれが今は、一纏りの意味を担って(例えば、救世主、破滅型、等々・・・)実存だ。自作自演だ。そしてそれだから、その原脚本に出来るだけ違わぬこと、つまり自由であること、が優先の倫理になる!

交合。

 居直る者達の交合と、差別されて物侘しい者達の交合と、一切の交合を自己に禁じている筈の者の超交合、の向こうを地獄の底のバタイユが郷愁している!

民族の神の無能が反って

、能を幽遠なものにした。或いは和歌を超古今に。 悲しい、という言葉だけではでは到底掴みきれず、また喩えることなど知らないので、大声の嗚咽ということになった。或いは、一切の言葉を一気に破砕して。文学を知らぬ者の、そして逆に文学者の何も知らぬ超文学。 感覚は存在をどんでん返しするほどに、研ぎ澄まされていい! 

2007年8月11日 (土)

生まれつき男らしい男は

同じ時代生まれて来た到底貴方のようには出来ない女らしい男と付き合いながらに、人間への思いやりというもの(これは実は、女の方がより発達している)を学ぼう。愛する者は恐らく、中性を目指すべきなのだ。

人生の価値。

 この時代、人間世界を支えるこの星の自分、神の、人間の平均寿命対応の一生の価値は人間の誰よりも劣っている、と言っている。特に、少年に無残に焼き殺されたホームレスは遥かに勝っている、と言っている。優者が多く、エゴイストに成り下がってしまったこの時代に。 全知全能の神は、半知半能の神でない者達の心が分からない。だから、謙虚に深く愛し合って、皆何時か、超神の 超全知全能に行き着くんだ。 静かに絶望していた者を初め、何時か神をも必ず堕落させてその愛を全うさせると言っている。。 星の神なぞ、幾らでも替えが利くからと・・・。 

ユダヤ人。

ユダヤ人は、往時救世主イエスをそれと認めず処刑した、流浪の境涯はその因果なのだと言われる。しかし、キリスト教の側はそんな彼等にも寛容が建前で諸国で受容して来ていたのに、ヒトラー・ナチスは全く寛容でなかった。彼等の行為は無論正当化されないが、唯、ユダヤ人とキリスト教国家との関係は前提に弁えられていい。また、この星では、神もこれまで、生産労働を押し付けるファシストであり、それに抗う者への大虐殺者であったのだから。

事魂。

一切の事は魂に転じ得る。同一、差異、時間、空間、変化、反復、関係、結合、分離、形象、数、順序、法則、認識、行為、運動、運行、創造、想像、言語、感情、感覚、真、善、美・・・(抽象事)。素粒子の運動、原子・分子の運動、・・・人間の嫉妬、・・・、自然の運行・・・(具体事=一切の物と結合しての事)。私達はかみに神に神による一切の被造物(クウォークからエベレストまで)のその外に、それと結合して、しかも何時でも魂に転じ得る被造具体事に、さらにその具体を超えて同じく何時でも魂に転じ得る、被造抽象事に囲まれて、彼等によっても互いの愛の喚起による大調和を願われているのである。

学際的研究。

 我国有史以来の政治世情と大天変地異との関係・無関係を正確に明らめよ。その刻々の努力により学的に根拠付けられた現国情国民の悔い改めが、大いなる地鎮めとなるように!

超神仲間の

神の全知全能が一つ喪失されるごとに、対応する喪失感情に転化し、こうしてそれは無知無能のホームレスの構造的なるが故に極限に煌びやかなる、唯喪失感情(喪失感情だけ)の体験に至る。こうして下層民衆を掴んでのフォークロアは、客観、超聖書化されることになる筈だ!

2007年8月10日 (金)

思いつき

 貴方の死の時、自他は死んでいるか?とんでもない、ここは帝国ですよ。 帝国の特権的現実原則(準快楽原則?)が、神の求める国際共産主義的現実原則を批判している。 私はその不逞不逞しさの根拠を示して来たのだった。 ホンの天変地異くらいでは・・・。 上下・優劣未生以前ということがあるのだから。 神は自分の自由が、一切他の自由に寄与できる者へと進化しないと、そのうち超神仲間の除者になってしまうぞ。 がしかしとりあえず神は、自由経済・共産主義・民主主義を求めているし、虐げる者を虐げられる者の前で虐げてみせることも考えているのだから、詩が神の使徒たらんとするのなら、一語に自他の死への深い祈りを込めよ!

根源悪とは、

自己と差異ある他者を、共存させてしまうことだ(つまり、そこに不揃いということを成立させてしまうことだ)。神が神であるが故に犯してしまうところの。それは立場を逆転をさせるまでに償って貰っても(悪魔達がそれを要求して来たところの)償われ切れない。その場合、時間の先後は如何ともし難いからだ。そこでその部分だけを赦すことが、根源的な赦しということになる。

それは非存在(な)いから、

存在(あ)る者達への、想像を絶するエロス(それ自体非存在い)の持ち主だった。彼等の悪意を如何にも煌びやかにして。悪魔主義とはその者のそのようなエロスの昇華だ!

2007年8月 9日 (木)

マルセル=プルーストのような首相では、

国政は勤まらないとは思わない。政治は寧ろ彼によって、人間の陰翳といういうものを理解し大発達するだろう!

2007年8月 8日 (水)

一日にしてならず。

 心と体は別物だ。母の胎内に生まれ出た幼児の体にあの世から心が宿る(だから、オカマのような心と体の矛盾も起こる)。また心は自然には、遊び暮らしたい願望を持つ者も多いし、幼児期には現実にそれが全員的に許される。然るに体は、心が体のために体を動かして食糧を獲得してあげねば、すぐに死に瀕する危機状況の下で、労働を、しかも基本的には集団的労働(その方が、食糧獲得が確実になるので)が仕向けられ、社会生活が形成され、継続して(人それぞれが幼児として生まれてく前に)あることになっている。また青年期の異性への心身渾然一体のエロス的願望により、幼児を生み出さざるを得ない必然性も仕向けられている。こうして個人は、社会の身体生命の全体の維持・充実のための労働へと不可避的に仕向けられて、その経済活動の前提の自然運行を然らしめる労働者・神、同等のこの世界、この社会への奉仕労働者の心を培わされることになる。つまり個人は一生働いて、一生の時間をかけて、準神の心を獲得させられるのだ。またそれだから社会はそうやって長い時間をかけて(能力以上に)強い奉仕の心が培われてある長老が常にリーダーシップをとるべきだ。一方逆に、生まれてすぐ性質が悪い者として心無く疎外された者が時間をかけて、準悪魔の心を獲得してしまう筋道も同様によく理解出来るであろう。

2007年8月 7日 (火)

地球は一回誰かに蹴られて、

大宇宙の隅々まで回って来てみろ。きっと霊的に、断然、スッキリするだろう。 この世界の上下、上の者は下の者に、済まないことでございます・大変なんでございますよね・有難いことでございますと言って、上回っているものを捧げ尽くすんだ。そこで、上下が仮象となる。

農業の土地利用度を大幅に低めよ!

 今や日本の農業人口は全体の5パーセント程度だと言われているのに、何故面積的には何時までも幅を利かしてしていたりするのだろうか?経済的非効率も甚だしい!土地利用を産業人口対応にせよ、そして広い住宅地を確保するのだ。この根源改革のための、鋭意の研究を望む!

超神を掴んで、

本当は我々を愛してくれた悪魔達、今されている途上国の、先進国の優雅な暮らしのための、この世の地獄である犠牲的重労働は今すぐこの星の神が肩代わりすればそれで済む。こうしてこの星の神は最早、彼等にオカマを掘られるしかない存在に堕したのだ!

存在する者は

超理性的なる=矛盾を同時成立させる、超神、の然らしむる観念としての愛として自己を全うする生命である。例えば彼等の悪意は、神の、済みませんでした!、の声を聞くまでは決して自分は死ねない、と周囲に言って来た。

腰を屈めての水田農耕という

現実原則を嫌った日本農民達よ、今他のアジア人達が作っている君達の農業機械を、神が全部作れ(ついでに機械のための石油、鉄鉱等の基礎資源も全部御前が掘れ)、と外のアジア人達のために叫べ!

超自我。

 一人一人の超自我は、下らない親や、下らない神のそれの、移植でであってはならず、先ず超神の超自我でなければならない。多くの不良が、良く実現しているところの。願わくはこの星の神が押し付けている現実原則の全的変革をこの星の神に向かって叫ぶ、超自我であれ!

全世界の俳優は、

芝居その他が大好きで、もっと違うこの星の神の求めに聞き分けの無いオレッチを今、潰し(それしか能の無いところの)に掛かっているこの星の神に、生産労働は御前が全部やれ、と思っきり文句をつける超神の劇外劇を企てよ!

この星の悪魔達を思っている私に、

彼等が憑いた。やたらに快楽が貪りたくなり、この星の神へのやたらの不平不満の心が沸いた。私は自分を良く反省し、悔い改めるべきだろうか?自分を企てることが神への反抗ということのなっている者達のいるこのの星でそれがそれほど意味のあることだろうか?私が仮に転落したら、この星の神以下がその際の冷たい態度を今までのように逆に悔い改めぬなら、彼等達に対すると同じように何時果てるとも知れぬその冷遇に対抗しての、超時間のこの星への怨恨と攪乱によって報いることになるだろう。超神の在処から然らしめられて

2007年8月 5日 (日)

思いつき

 美は根源的には、超神が相手を自分と一体だと感ずるときの感覚だ。よって、善悪を超えている。 超神の自覚のある者は、自覚のない者に欲情する。 価値観同士を価値付けるメタ価値観。神を最高とする価値観に、実存が自由である時の通有一般の価値(観)が優位するのだ。何故なら、その自由は神をも査定してしまうのだから。 リーダーが年老いて枯れてしまったら、生きていて仕方が無い。それだからかれないで済む方途があるだろう。 魂は決して他を馬鹿にしてはならない。 帝国の一切の生活と観念の根底的虚妄。精神は放って置くと、自分の都合のよいように存在圏を限ってしまうのだ。 人格要素として、普通でない者への気遣いが一番大事だ、行儀の色塗りではなく。 憎い、恋しい、憎い、恋しい、廻り廻って今は・・・。 掴んだことを伝える努力の内にさらに深く掴まれる。こういう時代にはこう生きる、ということが一番他に教えることになる。 私達の深奥に実は、神への被造物一体化の熾烈な要求が眠っていたことなのだ!

思いつき

 他に文句も言えないほどの不具の悲惨。 強姦されそうになって刃物を振り回す女のような、心が初心な神もいる。 霊体はそのまま身体化も出来る。また霊体は不滅である。 軽度の障害から人をを段々に傷つける仕方を弁えてしまっている人もいる。 超神の根源から来る彼等のファシズム。皆俺達同様に悪くなるんだと・・・。 身を乳鉢で擦り潰すような感覚での奉仕。 自分の悲しみは、超自然だけが、超神だけが知っている。 神がホームレスや悪魔に拝跪して、私達の超時空が実現する。 同等精勤・同一日当。 医者は健康はコンサルタントに。裁判官は遵法はコンサルタントに。 我慢が相手のためになっている時、深い魂の満足感が生まれるのだ。 自分の面子が優先のような神ではだめだ。 五木ひろしが美空ひばりの前では、格段生き生きしていた。人格の感化力というものがあるのだろう。

現実。

 現実は、科学法則が恒常的に貫徹していて、その徹底認識とそれに基づく科学技術開発によってしか、人間の諸能力を発達させることは出来ない。また人間の個性もかなり固定的で、その個性なりの運行を辿るしかない。その前提で、社会成員全体の身体生命を内容充実的に(それは必ずしも、便利・快楽の増産ということではなく)全うさせることが目的である。それゆえ、社会成員全体の食糧の生産・獲得が何時の場合にも肝要である(農業・畜産業・漁業という、産業の基底)。社会的労働を社会生活のベースとして、それがベースの社会生活(個人生活を含有しての)の全体を充実させる。 但し、科学とは別の宗教的観照に従えば、人間の眼を惹きつける美しい大自然を人間が造ったとは考えられない。諸生命、また人間自体を人間が造ったとは考えられない。また物質自体を人間が造ったとは考えられない。また、科学法則自体、人間が造ったとは考えられない。人間を超えた超越者が存在してそれを行い、しかも自然の造化が如何にも美しいが故に、その者は善なる存在、我等を愛する存在と想定出来るのである。またそれ故、大天変地異の意味も自然に想定出来るることであろう。 さらに、一卵性双生児の個性が著しく違っていたり、性染色体と気質の性が違っていたりで、人間は心身二元存在と考えられ、また不完全な人格として生まれ出て不完全な人格のままに死んで行く人生の解釈学的観点からも、あの世とこの世を循環する転生輪廻というものがると考えられる。人間は、何度も生まれ変わっては、自分の愛としての広義の人格を高めて行く存在なのだと、先ずは言えるのだ。 然るに、人間は、その善なる超越者神からの、善の促しに何故か素朴には素直になれない心を宿していて(此れ自体は最早、人間を先ずは造ったと考えられる神も関知できないものであろう)、神と人間の関係を不可避的に悲劇に(そして乗り越えれば喜劇にも)してしまう、つまり弁証法的発展態にしてしまうというのが私の超神学なのだ!

2007年8月 4日 (土)

男流文学者は、

進んで、哲学・政治・経済に擦り寄り、文学の水準を高めるんだ。 一番のになろうと競う者は、決して一番である神にはなれない。 社会は少しはヤクザの皆様の人生行路に気遣いを。 農業・畜産業・漁業という産業のベース。しかし、それも大自然の望ましい運行あってこそだ。 男の外での仕事能力の発揮に、妻である女の内助の功が確実に寄与している。 この星の此れまでの霊天上界という霊的帝国主義。その一応の善人にしての心の冷たさが恰も霊的に他を収奪するかのように魔の勢力の魔心を嵩じさせたのだ。

この地球にも、

生まれつき自分と違って物質的に貧しい人達のことを気遣う人間のいることを証明するために(中国七億農民は、日当約五十円、物価が向こうが日本より十倍安いとして、この日本で仮に工員をやるとするなら日当約五百円、毎日重労働をして、家賃タダの公団住宅で最低の物を食い、古着を着続ける生活だ。断ってって置くが、計画の社会主義が悪いのであって、社会主義自体が悪いのではない)さらにそれ以上に、生まれつき自分と違って、性質の悪い=人への気遣い(=愛)の貧しい、人達、自体を気遣う(こちらの気遣いが、上に言った気遣いより優先だ)人間のいることを証明するために!

この星の此れまでの神、というファシスト。

 人間は生活のための労働など必ずもしたくない。嫌な奴とも付き合いたくもない。子供の養育などもしたくはない。然るに、この星の此れまでの神は、世界構造、人間の心身構造により、それが不可避であるようにしてそれを人間に強制して来たのである。それもこれも彼が個人の、共同奉公の精神を善し(彼が正にそのような精神だから)として、人間皆にそれを一生掛かって培わせかったからなのである。彼に悪気がないにしても、人間一人一人の意志を無視したファシスト以外の何者でもない。そしてファシストらしく、反抗者にはこの世、あの世貫徹しての厳しい強圧を報いることになっている。こうしてファシズムに抗う民主化の意志は、場合によっては、この世、あの世の全体を統治する神のファシズムへの抗いにまで行き着かねばならない。然るに人間一人一人が、神を批判し得る本来超神の誇りにかけて、場合によってはこの難事を敢行しなければならない!

2007年8月 3日 (金)

人に常識外れの心の傷つけられ方をしたら、

その人がきっと生まれつき目に見えない心が人よりも不自由な、それだから誰よりも可愛そうな人なんだと判断して下さい。この世の悲劇がそのことで少しは、消えて無くなってくれるだろう。

魂は互いに対等差異だ、だから一切が恋愛だ!

 男女は上下ではない。男が勝っていることともあれば、女が勝っていることもある。そこで上下ではなく、対等差異だ。また。優劣は実は上下ではない。何故なら、劣の方の思いが御互いにとって貴重だからだ。だから優劣は上下ではない、対等差異だ。だから任意の神近き者と、神から遠い者とは、対等差異だ。そしてだから、男女のように恋愛だ!

超時空。

悪魔に頭を下げて愛を恵む神が、この星の時空を超なるものにするだろう。

2007年8月 2日 (木)

人は何故に、

死んで行くの、恋人達さえも何時か、愛し合ったその時から、永遠の生命(とわのいのち)だけが欲しい。  心凍らせて、心凍らせて、今が何所へも行かないように、心凍らせて、涙の終わりにならないように。 サムデイ、サムホエア、・・・・・・・・・。 ・・・、生まれ変わる札幌の地に君の名を書く、オリンピックとー・・・。

暴政。

この星の神の、人間の素朴な願望無視の。どうか速やかに悔い改めよ!

思いつき

 御互いの他を愛する務め。それだから、自分の成功も他の御陰様があるのだし、他の失敗に側の自分の責任もある。 他への気遣いは、他に淋しし思いをさせないために何時の間に自分を他の内容に近づける。 家族には、こいつが我々を理想の家族にしてくれるのだ他の家族が手を合わせて拝まないと、どうにもなってくれらない家族も生まれて来る。  労働をしないと、死に瀕し、或いは惨めな暮らしに甘んじるしかない、かようにしてのこの星の神の、人間への謂わば、オシン対応の労働の仕向けを嬉しく思う者ばかりではあるまい。ユーミンは?この星の神はそのまま威張り続ければ、反抗を収拾することは決して出来ないだろう。つまり、全然、理想の神ではないのだ。だからそれを赦せる人は赦して。 超神を掴んで、瞬時に絶対を実現して、唯、現象の転変を行き過ぎさせることも出来よう。この地球も、今でも、これからも超神を掴んだ者には刻々、絶対の地球の絶対の充足だ。 誰もどんな個性の自分をも受け容れてくれる超神という理想を周囲に求めているのだ。 嫌な奴も、自分の方が人間として生まれつき嫌な奴を免れていることを謝れば、次第次第に自分の心が受け容れられるようになるだろう。 

2007年8月 1日 (水)

ハシモト!

オメエココデナニヤッテンダヨ、俺だよ、覚えてねえか、こんなまねして一体あれから何があったんだよ、エッ、ハシモト・・・神であるハシモト、俗物であるハシモト、悪魔であるハシモト・・・ハシモト達の愛は時空を超えるだろう。

アクユウ、

文化人にも、経済人・庶民にも。五番街へ行ったなら、わたしもマリーの家に行ってみます。御冥福を御祈り致します。

一言。

 あいつは神にすら頑なだった。ただその一言、が欲しいのに聞けなかったから。愛ということに決して妥協を許さぬ者も存在しているのだ!

実存(サルトルの、ハ教授の現存在)は、

原理超神(ハ教授の実存と)、現象個性の番として。何時でも何所でも、孤独であって孤独でなく!! 

地下室。

 地下室のことは、後から生まれた家族によっては知らぬ者も多かった。どうにもならない者はいないに等しい者とする家庭の親の家庭運営の方針だったからだ。然るに地下室の者達は、魂の道理として地下から家庭の茶の間をまるで直下型地震のように揺することを始めたのだった。家庭の親は今では、自分達普通の家族の方が彼等をどんどん暴れ者にしはしなかったか、を皆で考える気でいる。

副仏(副神)が、三文仏教家に堕ちた。

これを唯超仏慈悲有常の下の諸行無常と言う。遠い昔の転落者達を他人事に思ってきた御仁だからだ。これを超仏による因果応報と言う。この通りが、ある星の神と、神でない者のとの関係の真実だ。文学を、福音や説法より深いものとして。どんなものより以上に、超神のシニフィエとして!

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