2018年7月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

« 2007年6月 | トップページ | 2007年8月 »

2007年7月31日 (火)

超、南無!

 我等の、皆超神でなくて超神であるところの、そして皆を超神として拝み、悪魔達を拝む、この星の新しい主神のリードする超時間の愛の企て!

Tell me why we are so sad.

Yes, I tell you, Mick, because we are superGods !

何処かの星の噂を聞いた!

 男も女も、自由自在に男の体にも女の体にもなれ、子供が出来る心配もなく、思いつきで精神的、身体的共々に愛し合えるんだと!

学問の絶対矛盾的自己同一。

 陥没したアトランチス大陸、ムー大陸の実在の証明という過去学と、現大陸の将来のの陥没のという未来学の、現在学的同一。そんなことをしていること自体、現大陸の陥没因となる道楽の宇宙論なんぞより!

シニフィエ。

超神というシニフィエ、世界というシニフィアン。空というシニフィエ、色というシニフィアン。ミック=ジャガーよ、瞬時に超神としてシャウトせよ。世界の脱構築者、世界の非神化者として。私の信ずる、超構築者=新主神(彼もまた超神)が受ける!

2007年7月30日 (月)

民主党は

民主的な信仰を学び、他のアジア人ぬ頭の下がる日本へと舵取りを宜しく御願い致します。今回の選挙の勝者は徒に驕らず尽くす者として、敗者は徒に卑屈にならずに勝者の献身を促す者としてこれからの政治、宜しく御願い致します。

ヒトラーの差別思想。

 人間は動物を、色々な形で、人間社会の用に供して来た。知性の発達していない動物を自分より低い者とその心を思いやることなくなどあまりしないで、自分達の生活に利用して来ているのである。この差別観を、同じ人間の中の一民族ユダヤ人に適用したのがヒトラーの思想なのだ。ユダヤ人は動物のように、重労働の用に供されたし、殺して諸々の生活の用にも供された。ヒトラーのように極端でなくても、諸々の差別思想は同型の構造を持つ。差別は共産主義的な、労働の公平平等分担の構造を歪めて、一部人間が安楽な暮らしをしてしかも良心の呵責を感じなくて済む必須の発想なのである。しかし、もしこの星の神が仕向けている、生命の死の恐怖の除去と裏合わせの共産主義的労働が、人間一般に適合していないとすれば、神を超えたより根源において、そのような不適合回避の術としての一部人間が敢行した他者差別を、必ずしも悪と認定出来ないことを縷説して来た。愛し合う者はまず御互いの自由を認め合う(具体的な内容同等の者として御揃いにするのではなく(この星では神が、働き者として神でない者達までを自分に揃えさせようとしてしまっている)、御互い自由な者として御揃いにする)べきであろうから。尚、差別する悪霊とそれを恨む怨恨の悪霊が共に地上から地獄へと掃討された場合、地獄で差別霊の叱責に、当の怨恨霊の霊波動が援用されることになり、一方怨恨霊は害されて恨まぬ心の調えが促されることになっている。そして差別霊が叱責に耐えて居直ると悪魔へと成長することになる。また、ヒトラーのような人を突き放して冷たい心性は、遠い昔、彼が弱者だった時の、周囲の彼へ冷たい善人一般への恨みが素になって形成されると考えられる。この世界を深い愛で満たすことの必要な由縁である。

過去の重さを洗おうとして、

辿り着いた深い眠りよ。・・・(岸田智史「君の朝」)。わたしは泣いている・・・。

2007年7月29日 (日)

愛は、

次の刹那に、完成故の世界の終わりの気配がするまで!

2007年7月28日 (土)

思いつき

世界の皆がすぐに、美味しい生活がしたいよな。 心なんか立派にするより。でもとりあえず、そうさせてくれない神を許して。  平和を実現することと、平和に暮らすこととは違う。   深い愛によって、ありとあらゆる性格を自分の中に同時成立させる。 この星の信仰者は最早、空想的信仰を止めよ。 邪な武闘派に負けない武闘力という自助努力。平和を自ら積極的に実現するために。 誰かの真似をしたくなったのは、根源の無分別智が刺激されたからだ。 一方無分別と言ったら、文学は突き詰めると、ある言葉と別の言葉との最終的の意味の無分別を示して自己を全うする。 生産的現存在(労働者・農民である人間)と、政治的現存在と、哲学的現存在と。常に一体であるべく。 我々の神からの欠落性は神への引け目に耐える健気さを超えて、神へのストライキ能力に転容するのだ。そしてしかも現にストライキを打てれば、それは神よりも彼岸の超神を表して、神を存在的に上回って超神に近いのだから。 こうして、神の、子にして兄弟、の神でない者、神でない者の、親にして兄弟、の神、ということを!

この星の神にして悪魔が

今、悔い改めるから、悪魔にして神なる者達は受け入れよ!

2007年7月27日 (金)

職能の虚妄について。

 貢納社会では、農漁的生産者、工的生産者も、基本が支配階級への貢納である職能だった。神が求める理念としての共産主義的職能は、現実にはほとんど実現されたことはなく、一方その理念としての共産主義的職能(類=社会全体、の死の刻々の消去のための緊張感を伴った、その必要性を国家北朝鮮が裏側から証明したところの)が実現されてそれが社会成員に遍く受け容れられるかと言うと、人を犠牲にする支配階級を現実に存在させてしまっていることが否定的な結論を予想させるものだった。現実に、旧共産圏の人民の怠業は夥しいものになったのである。そこでこの星の神は自分が人間に思いやりが足りない故に作ったかような矛盾を、全的破砕により清算するよりかは、先ず、地上人類にもその霊的退廃を仕掛けたあの世の魔の勢力にも頭を下げて、御望みのこの地上の共産主義的平準化の努力を嘆願されたら如何だろうか?

ヨーロッパよ、日本よ、

伝統の無い米国に頭を下げて、それぞれの間違いのない伝統の精神を恵め!

心が体の

ためにしないと、心身は死に、心は地獄に墜ちるように、魂=現存在=超神・非超神結合体において超神が非超神のためにしないと魂は死に、超神による超地獄界に墜ちる。この星のこれまでの霊天上界のことだ!

2007年7月26日 (木)

人間の心も体も

体のために食糧獲得すること以外に、幾らでも他にやりたいことがあると思うがね、この星の神よ!

私の心には

強さと弱さが同時成立している。

絶対孤独者の自己内他者奉仕性について。

 超神=絶対孤独者は、自己である原理超神により、自己内他者の現象非超神(例えば現には天使の内容である者)に奉仕して彼を全からしめ、自己現象を転じて隣在する神の信仰共同体を突き放す悪魔として定立して、結果、世界をそこにいる神よりも遥かに深く愛せることだろう!

2007年7月25日 (水)

予言。

 神でない者に常時頭が下げて模範を示さぬ神(旧約聖書の神はあのように威張っている)は終に、女皆に、和田アキ子、土井たか子、等同等の、男皆に向かっての暴力的反オカマ攻勢による、男皆のオカマ化を実現されてしまうだろう。この時、今迄居直ってオカマ達だった者も初めて、反オカマ達と同じく、男らしくなる決意をすることだろう。誰も、誰に対しても威張ってはならない

ルシファー等の恐怖の暗黒計画。

 神が歴史社会に仕向けている、負担公平の共産主義的労働を、安楽な暮らしをしたいという人間達の本音を唆し、一部人間に他を差別させ、、犠牲にさせてそれを実現させてしまう。それを歴史全体の規模に及ぼし(それが帝国主義ということだ)、差別と、差別された人間の怨恨の悪想念の二重奏で覆う。そして神が天変地異で全体を掃討せざるを得なくし(つまり、本来神と一体の歴史が、自殺に追い込まれるということだ。)、地獄に堕ちて来た人間たちに、地獄での耐久法を指南して、少しでも地獄霊としての歩留まりをよくする。ついでに、地上で来世主義者として斜に構え、天上に逃げ帰って済まそうとする心冷たい善人達の多く住まう天上に向かって地獄から、オメーラも元々オレッチの仲間ならここまで降りてコイ、と大声で喚かせ、天上の者達が天上でオチオチ生活してられないようにしてやるんだと!

信仰無きマルクス主義はアヘンだ。

 キリスト教を経済支配階級と一体の観念形態と罵倒したのはよい。また宗教一般が民衆を科学的近代知から眼を塞がせ、彼等を前近代的蒙昧閉じ込め置くものだと言ったのもよい。しかし彼マルクスは、その唯物論根底の物質はどこからこの世界に来たったか、或いは生物進化の整然、生物形状の精妙の由縁等をよく説明はしなかったかと思われる。科学法則が次々見出され続けるこの近現代においてやはり、それ自体が神から来たったと我々は考えるべきであろう(私などは、物質粒子を其れ自体を神霊単子の化体と考えたいくらいだ。)。また生物進化にあづかる遺伝子突然変異は神が然らしめたと・・・。また性染色体と気質が齟齬している者達によって、心身の二元、そして霊界の存在、転生輪廻の実在も間接的に証明されるのである。かくして、自然経済がそれこそ自然に然らしめた貨幣経済も実は神由来のものと観じてその合理性を見抜き、信じぬが故の計画経済採用の、諸国での連鎖的破綻の悲劇をマルクス主義者は乗り越えて行こう! 

2007年7月24日 (火)

超神主統治。

 星の大統領に等しい神よ、超神の、超神による、超神のための、統治を!

思いつき

 愛すればこそ、その場所が結果、自然に治まる。 コミュニズム・インターナショナルは永遠の真理だ。 身の回りの一切の道具の(基礎資源からの)生産のための必要労働の労働態様、とその労働者の生活水準を意識してみよう。その一切を望ましく平準化するのがつまり、コミュニズム・インターナショナルだ。現実から遥か遠いにしても。 非普通人が結果、普通人達のためを思って普通になる気になる、周囲普通人達の愛の包容が必要なのだ。 天変地異とは神霊の周到な配慮だ。政治もマスコミも社会現実を正視する勇気を持とう。 超神とは畢竟、神にもストライキが打てるということだ。

2007年7月23日 (月)

副神・大川隆法の信仰では

信者は、長崎市長のようにされてしまう。だから私は、彼等を不幸の非科学、我々を真・幸福の科学と言っている。彼の信ずる神(仏)には、彼のハイデッガー教授が我々魂の本質として取り出だしたる気遣いがこの時代生まれて来たヤクザ候補に及ぶところがなく、勢い、彼の信者はそういうヤクザ候補に心冷たい善人にとどまってしまう。それらは最後は、別種の悪人とすら言われないで済まない者達となってしまう(今そうある悪人をその心で反ってさらに悪くしてしまうので)のである。我等の神は我等に何よりも、この時代のヤクザ候補を超えたあの世のルシファー等、魔の勢力への気遣いを、それぞれの人格(霊格)程度を問わずに求める。まさしくそれがこの星をこれまで統べてきた主神の本懐であろう!

2007年7月22日 (日)

地獄の悪魔達が

仕事は全部オメーがやれ、と神公に向かって叫べと言っている。何回潰されても負けないと、オレッチ位になれるとも言っている。皆、間に挟まって大変だよな。

セレブ・ファミリー!

 セレブが率いるノンセレブ達を本当はこいつ達はスーパーセレブだって、手を合わせて拝んでいる、自己反省と思いやりの愛一杯のセレブ・ファミリー満々の日本って、世界って、どう!!

自由。

 夢の中で、それぞれ自然に自由に振舞っていて、しかも御互いに障碍になることもなかった。目覚めて同じようにしようとすると、途端に周囲から敵意が返って来る気配だった。 一つの価値観の下、誇ること、恥じること、軽蔑すること、叱責すること、が生じる。他者に、叱責されたら、貴方の私を叱責するその価値観を私は認めないと言え、神にすら。どれだけ巧みに遊べるかが、私の価値観だと言って。 一つの規律の下、罪障意識が生ずる。規律が解除されれば、しばらくの間にその意識は消失する。我が日本の、金権行動のように。 然るに、究極の寛容者ではないこの星の神は、自らの価値観に従い近いうちに我々を裁くことだろう。

2007年7月21日 (土)

真正な宗教家・思想家の道徳的教導無き

経済活動は無意味だ。それらの一切が最終的には灰燼に帰する(例えば瀬戸大橋は果たしてどうなるか?)からである。経済行為の一々の成果を存続可能にするのは、宗教家・思想家の道徳的教導の一言である。つまり経済の生産物一切は、実は本当はその教導の出来る宗教家・思想家の所有であってしかるべきなのだ。 

フォトグラフ、

決して泣かない約束の神が泣いた。(科学が発達したこの現代の、宗教画の写真の中の神が、泣きそうだったので)。

2007年7月20日 (金)

ヤクザは超神を掴んでいる。

 生まれてから親や教師の自分への扱いが悪いってんで、親や教師の向こうの神を恨んでストライキを打っているからだ。怖さは半端じゃないぜ。上の者にストライキを打てた奴は、皆、超神を掴んだことになる。我が教の神は辛うじて彼等の不満に答えられるかも。神でない者を先ず、自分を成長させてくれる、本来超神の成り変わりとして拝むからだ! 

ココスーパーセレブ !

って思うんですよね。誰しも突き詰めるとスーパーゴッドだから。知能障害の姉にしたって・・・。

2007年7月19日 (木)

思いつき

 弱者には耐えられない状況は、神が反抗させた反抗者の故だ。彼等は弱者も、弱者保護をも認めず、この星の神を心から恨む強力な反抗者を養成しようとしている。 帝国ということ、金権ということがいけない。 魔の催しである帝国の、そうではあってもその国の者達を愛するが故の、覆滅の努力が、このままではそれだから神による全的な破砕が予想されるこの時代の人間にとって、不毛のようであっても唯一、意味のある善行ということになってしまうのである。 

地上的日常。

 悪魔ルシファーの、億年の昔の、この星のこの地上的日常。政治家だった彼の、その日常の心に陰伏していた神への反抗心に火が着いた。 神に服従する者達は、神の大きさに恐れをなし、神からの恩恵を期待するばかりの、この星にとって最早存在価値のない卑しき者達である。現地上の臆病副神のように。そして現霊天上界は、こんな神に恐れをなす者達の囲われ場所に過ぎないということになる。 かくも反抗された神は、我々本来超神なる者達によって、心から尊敬される者では有り得ない。言うことを聞かない者達を打ち据えるばかりの神は、もうこの星には要らない!  

歴史の共産主義的管理と超神の慕情。

神と霊天上界と(地上)自然に囲まれて、類(人類)の心身の死の消去、類の心身生活の充実、類の文化創造へと、一切成員=個が、個性に即して全体的に寄与して、それぞれ神以上の者の慕情を募らせてある。歴史の新エデン園建設計画実現の時間を展望しながら、同時に其れより優先にそれぞれが超時間的に愛の企投をしてある。悪魔と霊地獄界からの、反自然的・帝国主義的・快楽主義的邪魔の催しを覆滅することを、優先的に前提して、さらに悪魔・地獄界の地上と霊天上界からの救済を優先的に前提して、世界の原理=超神を一切現象に化体して

2007年7月18日 (水)

この星で

神を突き放し、自主的に星を愛した、カール=マルクスというちょうどいい魂。しかし神はそれなりに信じ、帰依した方がいい。 生産(生活物資・用益生産)労働と生産還元的(生産を精神的に指導する、例えば近時の日本近海のアサリの乱獲のようななことを抑止する)文化労働を等価化する。労働と快楽享受を中道にバランスさせる。少しずつ生産労働を固有の文化労働に転化する。 一般生活の生活必需品であるような、講義や・書物をものして、将来の人民による引き回しから免れよ!

アジアの工場労働者男女は、

今どこでどんな格好で、ルックイーストしながら、致してる?そのうちジックリ、心や生活水準と性感についての深い話をしよう。そして誰もが(バタイユも、神も)喪失した、超神の性感についても!

私は

今日も大泣きに泣く。この星のために!

土地の神は

ヨッシャ、ヨッシャとは言わないから揺れる。国家財政逼迫の折、日頃の行状の反省無き、多額の災害補償の繰り返しの悪習は止めにしたが良かろう。尚、一土地は日本の現状全体の代表ということはある。

大江、三島の向こうに

語れぬ大江、語れぬ三島が多数いて、彼等と違って語れぬ分だけもっと悲しく、その悲しみも恐らくこの星では未だ嘗て多くに露にされたことはない。この世界という超神の劇らしく、そこに神が存在していたとしても。文学はこれから、この未踏の領域に向かわないか?

2007年7月17日 (火)

超神は愛、愛は超神。

 ずっと、超神の「神と被造物ごっこ」。 アダムとイヴは神の種だ。深い喪失感情も宿して。その健全な生長には。神の与える格別の養分が必要だ。 私がよく愛さねば、私の想像を絶する悲しい思いをして私より崇高であると神でない者のことを考えてくれる愛の神を拝む。 

思いつき

 劣った存在が優れた存在に奉仕を促す。 確信すればどんな悪をも掃討は出来る。 根本仏はこの時代ブッテいる。 常に自分の目標を。 一実存の他への権利も義務もある。 職場で職場仲間の家族に向かってまでも愛を送る。 優・平凡・劣の全体をまとめる。 神をも恐れぬ政治家が世界を悪くしている。地獄の底の、魔の勢力所属候補の。 この星で弱者は、不当な負担を引き受け、不当な自助努力を強いられていないか? 何時かヤクザとも同じ土俵で。 善人が発達していない星。 心は先ず伴侶以前に、自分の体と一つでいる。 悪に冷たい善人の仮面を被った別種の悪人達。 人間の国・神の国・超神の国。 心正しく、子育てをする。 善悪分裂を超えさせる、嵐を呼ぶ愛を皆、喚起しよう!  

今日は

一生懸命働いた。やはりそうすると心に、他への、愛しいという思いが滲み出る。自分が苦労しないで人にして貰うばかりでは、やはり人間は心がどんどん空しくなるのではないだろうか?神はそれだから人間を思って、人間に自分の国だけ、自分の地方だけ、自分の業界だけ、の自分勝手に打ち克つようにと求めているのだろう!!

2007年7月16日 (月)

思いつき

 主なる神も、まだ信念を曲げぬ新左翼諸君同等の国際共産主義者だ。但し、自由経済を容認する。 人間を自分からの不具者のように思って、不具者の不自由を教えて貰いつつ、色々な意味で頭を下げて捧げ尽くす神だ。 爺婆業を全うしてあの世に帰るまでが自分の親との付き合いだぞ。 私と信仰を共有する医者にだけ診て貰う。 生まれつきの悪い性格は、周囲の薄情によりさらにさらに悪くなるんだ。 神でない者へのへの思いやりがちょっと乏しかったのか、これまでのこの星の神。 勝負の世界で、勝負に拘らない者にこそ、神佑がある。 哲学者や芸術家はその精神的作物で精神の諸価値を称えるかも知れないが、物質や他者に関る一般の経済生活がどんな場合にも、最低限他への奉仕ということになることを弁えていよう。 この帝国日本の日常において、何時も、途上国の日常への風穴を開けておこう。    

青葉城恋唄。

 超神でない超神=神以下一切の実存、超神である超神=本来の自己、へと永遠に脱自=自分の現状を超えること、する。青葉山や広瀬川が美しいだけでなく、人間を叱る時は怖いものになること、優しき歌手から、強面のロック・ミュージッシャンに変身して分らせてあげるといったように・・・。他を愛する者の、それ故の変身は無際限であっていい。                                                                                                                        

2007年7月15日 (日)

ウィンブルドン。

 フェデラー、優勝おめでとう。努力の成果が実っておめでとう。しかし私はこんなことも考えてしまった。今、ロボットがどんどん発達しているから、もしかしたらテニスのチャンピオンの力量を発揮出来るロボットが実現出来たとしてもおかしくはないではないか。そして生身の選手が事前にそのロボットによってチャンピオンとの力量の差を計測出来るなら・・・。私は余程その方が勝負に拘る御互いの醜い心を免れて、それぞれの力量向上のために合理的なやり方だと思えるのだが。

2007年7月14日 (土)

神様以上の

偉い者達が色々になって泣き別れした。今それに気付いた者が、それに気付かぬ者のその昔とは似ても似つかぬ薄情を詰る。それが凶悪事件ということなのか?或いは神への反抗ということなのか?或いは深い心の底に約束が・・・。 神が造った神と神でない者達との関係はそれ自体が、神でない者達を根源的に不快にするものだった。それはそのことにそれなりに神の愛の意思が発現しているとしても、それが絶対的に不完全な愛であることを意味する。神はそれ故、自己の我等への愛の不完全を限りなく完全に近付ける努力によって、我等神でない者達=超神の遣い=本来超神、に赦されるしかない!!!!

生まれて来た普通でない者を

悲しみを思って、後の全員が頭を下げて泣いてあげられる世の中に。そして普通でない者のうち、人一倍性質の悪い者こそが一番悲しい!

ノーベル賞。

 隣なる者の気持ちを我が気持ちと出来なければ、場合によっては自分のノーベル賞メダルもその者によって捨てられてしまう。また場合によっては、自分がその者に電話をぶつけないでいられなくなるだろう。 商品は、広く愛し合う生活をする消費者に、広く愛し合う企業が供給せよ。自由共産主義。今ある帝国主義的なる虚妄の商品の進化を止めよ。 超神の必要条件は、一方で、神でない者の意識の知感以外の全知、神でない者の意識を我が事とする能力以外の全能、一方で神でない者の意識を我が事とすることそのこと、だ。そこで、神と神でない者が深く愛し合って超神の必要十分条件を、共に獲得する。

2007年7月13日 (金)

超神は原罪者神をも

超昇天させる。超神なら、被造物一切の意識を代わって語れる。然るにこの星の神は造ったアダムとイヴの意識を代わって語れる者でもないのに彼等を造って彼等にあのように背かれてしまったのだった。原罪はむしろこの星の神の方にあったのである。当初超神は原罪者神をも許していた。しかし何時までもそうとは行かなかったのである。そこでこれから原罪者神は、一切被造物にその原罪を詫びて永遠に罪滅ぼしをすることにすれば、一切被造物、実は超神の遣いである者達は、彼、我等が憐れむべき神を目出度く超昇天させてくれるであろう、つまり、この時も御互いの心に、超神の愛が満ちる!!

この星の神以下

一切の何らかの意味の優者は、何らかの意味の劣者に頭を下げよ。強者は弱者の実存感情に苦労して想像的に共感して頭を下げよ。権力者は心弱きその只中の私小説家に頭を下げよ。心弱きその只中の私小説家は、心弱くしかも貴方のようには語れぬその只中のホームレス達に頭を下げよ。そして神は、促してもそのような心弱き只中の者達を愛せぬ悪魔憑きの只中の権力者達にこそ、自己反省しかつ思いやりつつ、頭をを下げよ、この時御互いの心に、超神の愛が満ちる!!

私達というフラクタル、

宇宙船と辺境地球、航空機と中国内陸、荷車と最僻村。 詩というフラクタル、詩の言葉の音は石なので・・・。 存在というフラクタル、存在、無、非(存在、無)、・・・、が乱舞する超存在が考えられるので、・・・。 

神も

教師も親も、下の者にに頭を下げて御伺いを立てるのが、この世界の根源的なルールであるべきだった。それがされないで、上から一方的にルールが下ろされて来たこの星にこうして不良が蔓延してしまったのである。指導する者に反って頭を下げる指導者は、厳しすぎるルールを作って陰で顰蹙を買ったり、実質のルール違反をされたりはしない。

2007年7月12日 (木)

御前ばかりが悪いのではない。

私も悪いのだ。私ばかりが善いのではない。御前も善いのだ。それで、互いの間に生かされて来た悪意に接吻して、そろそろその寿命を全うさせて上げられないだろうか?超善意として、生まれ変わって貰えないだろうか?

思いつき

 誰か一人にでも不満を持たれたならば、神は障害神だ。そしてその者が本来超神として神を健常神=超神へと導く。 超神、神と多様非神の慕情による同時成立。 小さい時から、可愛い子供に頭を下げる。何時か誰にでも、子供の気持ちを替わって語れる位になるために。 弱者に追い討ちを掛ける老齢の苦労を、我々に頭を下げてさせる神を信じ、同じように弱者に頭を下げる強者が弱者を支えて乗り越えよ!

神が、

相手の気持ちが我がことのように、いや、我がこととして分ることが魂にとって一番大事だと自分に教えてくれたたに、今、有難うと言っている!

不幸にして幸福。

 他を現に愛さぬ者は魂の根底では不幸であろう、それが他の自分への愛の至らなさの告発になっている時は他を愛さずして魂の上部では満足を感じるものらしい。それだから彼等、魔の勢力はこの星への、この星の神や神でない善霊(最広義=天使霊、非天使霊。広義=非天使霊=選良霊、普通善霊、狭義=普通善霊)への悪意を継続して来た。こうして、魂は自由にして自分の上部の意識が満足するにようにやって行くのが通有に優先なのだ。継続す悪意の持ち主も、魂の根底では不幸でも上部では満足している。このような悪意は謂わば観念としては愛なのだから、魂の根底の不幸のさらなる根底では何時も何時も充足して幸福ということになる。それだから、この星の神の自由の行使は、彼等のさらに深く思っての救済ということにならざるを得ないはずだ。

2007年7月11日 (水)

思いつき

 便利と言う母と、不便と言う父と。既に優しい母と、こちらの努力で優しくなって貰える父と。 物も余りに深い愛によって、本当は魂である正体を現わすかも。 存在と、時間という空間、空間という時間。唯神論・唯仏論・唯超神(仏))論。 神でない者に少しでも不満を持たれたら自分は無きに等しいという神の高い志。 理想の神=超神が当たり前の神なら、現実の神は当たり前でない神、当たり前の神が神でない者に成り変わって当たり前でない神にに福祉心でだ。特に自分達の気持ちの理解を。ルシファー達の反抗は福祉を通りこした厳しい教育ということになるだろう。 それだからイチローよ、同じようにして単なるMVPを超えて行け。 反抗する子供をを区別する親は、何時までも家族を一つには出来ないだろう。

他を愛する者は、

それが必要なら、他のために、自分の見える眼も潰す

2007年7月10日 (火)

道具とは、

神が、仏が、神の国、仏の国を造るための下僕として、神の道、仏の道を弁え具えた者を言う。そしてそのような意味での道具である現存在=人間は、今までの意味での道具を使い、神の国、仏の国を作る。気遣いを超え他を愛し、自他の区別を超えての刻々、そして一生継続する奉仕、国際自由共産主義社会の下での奉仕に励む、本来の自己として。(但し、神仏の恩赦として、神仏の、人間の今必要な労働の肩代わりによる、全世界が今の先進帝国並みの生活水準であるところの、より仕事の楽な国際社会の実現も有り得る。)

2007年7月 9日 (月)

社会保険庁職員の怠業が

国民に迷惑を掛けている。しかし、人間社会に刻々、社会の死の回避のための労働を仕向けているこの星の神は、それだから北朝鮮では、人民の怠業、治政者の悪業、周囲国民の薄情に、大量の餓死を持って報いた、日本では震災を報いたこの星の神は、その人間社会への要求を過当とは御考えにならないのだろうか?何時だってその判断とその超能力により、人間社会の必要的労働の緩和を宜しく御願い致します。

マルクーゼ・五月革命を

この星の神に付きつけよ。アンタが労働をもっとやって、今すぐ仕事も楽、物もサービスも満載の全世界にせよ、と!!!!

道楽仏教者、道楽哲学者の究極の悟り。

 こうして道楽瞑想、道楽哲学を何時までもやっていたいのに、人類一般に経済活動を仕向けているこの星の神がきっと善しとする国際自由共産主義革命の後に人民の敵として人民による引き回しの目に合わなければならない我々は、きっと本来、超仏・超神だ!

優雅な暮らし。

 ユーミン、吉田美和等のような優雅な暮らしが御好きな日本女性は、自分達ばかりでなくアジアの工場で毎日苦労している女性達にも今すぐ世界を変えて、同じ暮らしをさせて頂けますようにとこの星のの神に祈って下さるよう此処に心から御願い申し上げます。神が造ったこの星のつくりのせいで、恐らく、何十年と決して同じ優雅な暮らしは望み得ない彼女達のために。こうしてこの星の神は人間を思うこと、極々半端な神だ。そんな神への反抗者達は悪魔の指定を受けて地獄の底に常住している。そしてそんな神を受け止めなければならない我々は、本当はきっと超神だ。また今この地球にやって来ているかも知れぬ宇宙人に連れられて、連れ立ってこんな星を離れるのもまたいい。

2007年7月 8日 (日)

思いつき

 神がいる筈の星の何の取柄もない人間が放置されて酷く悲惨なら、それだけで彼が本来超神であることを証明する。深く悲しんでいること、ただそれだけで彼の本来超神としての観念としてのしての愛だ。 何もかも他のために犠牲に出来る、その慕情すら犠牲に出来る超神の慕情。 古来、不断にその時代の共産主義運動に挺身せずんば、哲学は決して真知を得られなかったのだ。 貪りを断つ。怒りを断つ。そして共求(きょうぐ)菩提。殆ど隣人愛だ。また、菩提境を伝えることも、菩提境実現に相応しい社会にすることも、菩提境同等に魂の価値で、全体として隣人愛に等しい。  

自ら頭を下げる神が

この星を居心地良くする。イスラム教の神=エンリル=ルシファーのの宿敵、の正反対の愛の神が!

神近き男の必要条件。

 他の男をボゴボゴにぶん殴って自分の力の最優位を示した上で、私は一番力があるからこそ皆様に捧げつくしますと彼等に頭を下げ、彼等にもそれぞれより劣った者、さらにはそれぞれの妻に頭を下げて貰う。

超時間的反抗。

 彼等の4下、5下の手先(帝国主義者、スターリニスト、暴力団、過激派、等)が悪くしたこの地上に下生した副神以下少数、準善人(準、は帝国主義に自覚無く寄生したり、帝国主義者等を見て見ぬ振りをしているという意味で、)という、主神だけがそんな地上の悪人どもと対峙するという地球霊団の構図だ。仮に掃討されても、彼等は神罰で鍛えるんだなどと、励ますつもりらしい。彼等の超時間的神への反抗の所産だ。それだから主神と共に彼等を救済する意志のある者も超時間的にだ!

ハ教授の矛盾。

 彼は存在一般を論ずる際に優位するものとして、自己を問い得る人間、これを現存在と称して優位的に分析することにした。然るに、その後に同じ現存在を工場で道具を用いる人間として記述している。然るにハ教授のように学の無い工員はハ教授のように自己に真剣に問いかけたりはしない。かくして、この時点でハ教授の現存在概念は分裂し、謂わば決して現存在し得ないものになった。よって、その後の議論は殆ど意味をなさないということになるのである。これを要するに、刻々、類の死の可能性を消去すべく働き、直感的に共同連帯的(つまり空間的)な庶民と、その意識が無く講壇的でそれ故自己の将来の死を観想する余裕のある哲学者の自分との、同時代・同社会の人間の分裂のありようを彼は見抜けもしなかったし、ましてその意味をも洞察も出来なかったのである。往時の、ドイツ人もユダヤ人もドイツ植民地人も、日本人も、日本統治下の朝鮮人も、類の死の消去の努力を継続してそれぞれ世代的に果てる、美しの連帯同胞であるべきだったのだ!

野田秀樹の自己矛盾について。

 彼は話を聞くと、要するに出来上がった人という印象を受ける。つまり何事にも倫理的なのだ。一つの土地での追究は自分を弛緩させると言った。人は一芸を追究して秘奥を掴むべきだとも言った。しかしそれならば彼は、そのようにいかにも倫理的であって、仮に自分の演劇で反倫理を扱ってどうしてそのことにリアリティを実現させるのつもりなのだろうか?くしくも彼の今回の演題は「暴力の連鎖」なのである。対岸の物は、終に対岸の物としてしか掴めない。それが私が宗教家として苦しんでいる課題でもあるのだ。尚、倫理的というなら彼も所詮は、先進帝国主義の観念形態を実現するだけで、広く深く人間を掴んでの表現者とは言えない御仁であろう(つまり根源的には非倫理漢なのだ)。自分がそれを出来ると言っている訳ではないが、自分はなるたけ根源倫理的を志向して、反って状況へのプロテストとして目前の日常をデカダンスさせたい思いなのである。

単独者。

 人を犠牲にしての優雅な暮らしを、それを赦していない神にも恐れ慄くことなくあくまで続けたい人達は、それぞれ単独者としてこの星の神に、自分の労働ノルマの肩代わりを打診してみられるよう、此処に御勧め申し上げます。

2007年7月 7日 (土)

感傷。

 田んぼで米を作ったりしなくてもいいようにして下さい。工場で物を作ったりしないくてもいいようにして下さい。何でも、何時の間にか目の前にあるのがいい。文学者の無償の感傷が汚れるからである。そしてそう考えた挙句、この星の神に頭を下げさせるまで止めない反抗を始めた者もいる。星の神と、神でない者の間のこれが真実なのだ。その星の善悪ということのこれが真実なのだ。 彼の死が確かに孤独でもあり、他人でもある多くの人を動かす力が具わっていたのは、孤独というこ、他人ということが意味を持たない遠い在処からそれがやって来たからだ。真相が反社会者である者は、その社会の規範の一切を自分にとっては無意味に(だから実質の社会への詐欺、も自由だ。)思いなしてよい筈なのに、彼はそのことを知ってか知らずか、最終的にその存在丸ごとの拒絶を潔し、としたのだった。 しかし、軟弱絶倫、強力絶倫として貫くのでないならば、米作りと等価交換できる制作をするこの星の神、御勧めの文学者に発達して、神との仁義無き(有り?)戦いを免れて下さいますよう、此処に心から御願い申し上げます。

2007年7月 6日 (金)

思いつき

 人が悪い時に、自分の責任を考える。自分が上手く行った時に人の御蔭を考える。 御互いを生かす崇高な労働。金銭流通を仮象とする。 世界内存在=類的存在。学的人間対象は学者であってはならない。社会事物は人間の類的存在としての生存継続・発展の必要により生まれ出る。刻々、個々人の死を撤退させて。 しかし神の労働の肩代わり或いは世界変容による人間の労働緩和が望ましいのではないのか? 世界の根本規定の、存在、と、無、だけの超存在領域の外に、(存在で無)、の超神が超存在して、拡大した超存在領域を作っている。或いは、存在で(存在で無)=神で超神、無で(存在で無)=悪魔で超神、などとさらに拡大して超存在領域を作っている。 ホームレスは悲しいと言え、悪魔は恨めしいと言え、それだけで超神の観念としての愛だ。 「恨み」もその別れの時泣いていた。今はルシファーと一つになっている。 反抗も辞さない純粋。 身体は精神を或いは奉仕へと誘い、或いは絶対一体化へと誘う。 

思いつき

 カール=マルクスは、人間の心の底にしか神なるものは存在しないかに言ったと聞くが、人間の中には弱者も多くて、人間の外にも神なるものが存在していてくれねば困るだろう。現に、知る人ぞ知る、毎日雲は、神によって刻々芸術されている。無論、海生み、山生みもあった。 存在者として最初の者、神、しかもそれが罪の意識なく私達を苦しめる原罪者だった。一切実存は、劣った地位を嫌うのだから。しかし、神よ、超神は貴方をも超昇天させてくれる。 これからは、善き心の持ち主にして、進んで地獄の底に下りて行く者を、皆目指して行こう。 甘ったれと思える者も、よ-く理解させて貰って、反って対等以上に遇してあげよう。 犠牲の、神の廃業なんてことは、俺には遠い将来のことだとも言っている。悪を救済するのに、悪の同行が究極の理想だが、とりあえず、危険でも側に擦り寄り思いやり働きかけ、心をを入れ替えて貰おう。 今悪くなっている奴は、生きている間に、悔い改めた方がいいぞ!       

昨日永田町で

カンナが枯れた、仲良くする、が禁句な場所で。カンナ達よ、また咲いたら、他に勝つことを超えた心で、美しい日本をさらに超えた、美しい世界にしてみてくれ!

2007年7月 5日 (木)

理解が優先。

 頭を下げて相手に理解させて貰い(神にも俄かには理解出来ないものを宿しているそれぞれだから)、理解出来るにつれて頭が下がる。 人の悲しみが深く分ると、彼に自分の持てる者を捧げつくしたくなる。 普通より頭の悪い人間の不自由感が分るか? 人気のないメリーゴーラウンドでの淋しい体験は共通の象徴体験だ。 経済人は生活すること自体の価値を、芸術家は生活のイメージの方に価値を求めて対立して来たのだ。生活は、芸術家には中々気づかれずに、精神の身体への奉仕だった。 この時代、世直しに励むものが、真に社会的に成熟する。 高度成長後の富の集中が、日本人に一国完結で豊かな暮らし出来ているように錯覚させた。そしてモラルハザードの快楽主義を蔓延させた。しかし、神が人間の労働を肩代わりすれば、今すぐ全人類にそのような豊かな暮らしが可能な筈だ。苦労して惨めな暮らし、楽して優雅な暮らしの経済の二重奏は無くなる筈だ。こうしてこの星の神は、育てている人間に十分な理解が無いのだ。   

奉仕の精神を

(自分がその高貴な精神の権化と自惚れるているところの)、神でない者達に押し付けては受け容れられず叛かれ、そのたびに皆殺しにして来たこの星の神よ。この星の神でない者、特に人間は少なからず、例えば土建業なら、雨で仕事のない日のパチンコ屋通い(金がもったいないが仕事の疲れを取るためにやらないでいられない)を一生金の心配いなく好きににやれたらと思っている位が実態である。勢い、心ある天使は彼等に仕事を真面目にしろというのに忍びなくて、彼等をこの星の神とは違う方向へ導いてしまう。そのれだからこの星の神でない者達は、この星の神にその、自分達へのの押し付けや皆殺しを止め、彼が自分達に押し付けた労働を一切を今すぐ速やかにその超能力で肩代わりせよと叫べ、本来超神の勇気を奮って、地団太を踏んで!!

2007年7月 4日 (水)

相擁する

理念としての農村・都市を。信仰ある自由共産主義による。非農産品を農産品と思いなして、非農民を農民と思いなして(発達した生産力による非農民向けの余剰農産品が、農民向けの余剰非農産品と互換されるから)、昔に考えられる、成員が殆ど農民である理念としての農業共同体のように、一成員の精神が一生、成員全体の身体(但し現在では、食糧のみならずパソコンもなくては生きて行けないと思いなされる、思いなしの身体)のために!

2007年7月 3日 (火)

世界とは

上下だ、だから男女だ、だから恋愛そのものだ!

私の信ずる神は、

神でない者の日記を代わって、少しも本人と違いなく未だ書けない自分を皆に謝っている!!

2007年7月 2日 (月)

思いつき

 偕老同穴の夫婦の共通意識、これが超神の超意識の原型だ。この星の神もさらに到達していない。これからは皆で、世界丸ごとの同穴を目指すのだ。 哲学書の現実態の経験より、その手引きだけからする理念態の演繹、超神を掴んだ者ならではの。 自然に対して服従の態度をとらざるを得ない生活的現存在の未来に刻々追いやる恐怖の死、刻々一方で、精神の身体への奉仕の愛を蓄積して。身体寿命が尽きる時に、そこまで彼に追いやられた死が彼を祝福する。ハイデッガー教授の決して知らなかった死が。 長年も、場合によっては一瞬にして転じ得る。一方、魂は瞬時に企てる意識が優先だ。 

思いつき

 形而上学の検証は、その下の倫理実践により魂が検証する。正当ならば、魂に深い深い喜悦、と至福感を伴った充足感が訪れる。 人間精神の欲望は低次では、無償に身体的・精神的享楽を志向して、神の仕向ける身体生命の継続のための労働(精神の、人間内他者、身体への奉仕態という精神的価値の実現)を忌避する。然るが故に、経済圏内の他者の犠牲ということも生じてしまう。この星の神は性急に自分の望むように自分に近いことをさせたがって来たのだ。御揃いにしたかったら、先ず、それぞれ好きにやっている御揃いに、だと思う。 然るに神が現にはそう仕向けて来たのだから、なまじの文化人より、一般生活者の方がこの星の神がそう考える意味で、精神的価値が高かったということになる。これが古来から錯覚されて長く来てしまっているのだ。 神はしかしやはり、此処に来て人間に徒に自分に近い崇高を求めて不興になる自分を、より寛容なるが故に超崇高なる者へと超え出るべきではないだろうか?

超神。

 自分の失いしものをよく悲しみ、一方、他の、同じく失いしことの悲しみをよく思いやり自分の持てるものを恵む者は、皆、超神だ。 そしてそれだから、この星の悪魔達も、この星の超神仲間だ!!

2007年7月 1日 (日)

休みの日に

働く人は、この星の神の自分達への不具合が身に沁みるだろう。その他休みの日の失せ物をすぐに見つけて教えてくれるだとか・・・ やたら神に文句を言わないのが自分の得だが、反抗して文句を言い続けるのが楽しみになった奴等もいる。 アダムとイヴは自分達をを素直にさせる神の態度を深いところで知っていた。 竹の子の兄ちゃん達は既に神にある部分で上回っている。魂の価値は、何が出来る、何が調っているだけではないので。 神=絶対精神という主観が、質料も世界も人間その他も構想した上で、客体化した。然るに人間=現存在は、何時の間にか超絶対精神と密通したのである。こうして神の教導は揺らいだ。 ホームレスや悪魔の崇高さは、彼等に絶対拝跪する神の、彼等の意識を理解しての代替表現によって初めてこの世界に開示される。 神・天上・地上自然・善社会 対 悪魔・地獄・地上反自然・悪社会の対立は、否定を疎外していては解消し得ない。必要なのは、原理超神=ゴサッタドンを態てしての、肯定の否定への終には大いなる自己犠牲に至るまでの愛だ。 今ある理由のある反抗、のその先に恐らく、無償の反抗ということが発現する運命がこの世界を待っている。超神ならば、嬉嬉としてそれを引き受け、一切をとして、さらには遊戯として行じ切るのだ!!!!

« 2007年6月 | トップページ | 2007年8月 »