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2007年6月30日 (土)

存在論的優位。

 ハイデッガー教授は、存在論的優位(存在問題を論ずる際に優先すべきもの)な事象として、存在者(素朴に存在しているもの一般)の現前を選択するのではなく、奥さんの作った料理という存在者が、何分か前、奥さんが作ったから存在し現前しているという事象を選択すべきだった。これが一切存在者通有の存在論的規定として、存在は時間(作られてからの)・空間(作った者との関係)ということになるからだ。哲学的現存在、ハイデッガー教授自身についても。そしてそれに気づけなかったのは、生産労働的現存在(労働者・農民)への恩知らずの、長い伝統ある西欧の、カール=マルクス告発以後も絶えない如何わしい講壇哲学者の類だったからであろう!!

ウウッ、二フティ!

 誰もが経験があるなら分る慕情感覚、無論神も同じ慕情感覚、聞き分けのない神の子にも同じ慕情感覚、どうかブログの切れ目が、神の猶予の切れ目にならぬよう、宜しく御願い致します!

思いつき

個人分離の意識は本来の意識ではない。 誰かが働いているから自分の自由な意識が可能だという繋がりはこの地上では常にある。 生活上の知性は、学問的知性に転化し得る。学者たけが特別人なのではない。 いい仕事は結局、思う心がする。 愛し合うということを望ましいものにする。 そこに互いの上下が認識されたら、互いの中間点を境にして男女関係同等にする。 登校拒否児も精一杯だ。誰も(神も、救世主も)馬鹿にすることは出来ない。

戒。

 神は神でない者の個性を殺すなかれ!!!!

アール・デコラシオンは、

オシンの辛抱より、この星の多数女性の願望だ。この星の神=超・・・二宮金次郎、は(アンタがドン百姓や工員全部やれば?))もっと女性一般を、優しく殺して、下さるよう此処に心から御願い申し上げます。

今、弱者である者は

本人の責任ではない。その昔、神・天使・人間と魂の内容を大よそ三分した時、想定外の特別の弱者が存在してしまって今の今迄継続しているのである。この星の神はむしろそれが一番面倒がないというので、弱者に不当に自主的な鍛錬を要求するするような神だった。正当な対応は、周囲の務めとしての弱者に頭を下げての特別に優しくという福祉心ということになる。そんなこんなでこの星には、、頑なに決して自分を強化しようとなどしない弱者や、さらには自分を強化するのでも星全体に敵対的に自分を強化して行く者などが現れた。こうして思いの浅墓なこの星のこれまでの神が、神以外の者が、ギリギリの場合には神をも含めた星全体に一人で対峙しなければならない可能性であるところの、本来超神であることを証明した!!

2007年6月29日 (金)

思いつき

 他を思えたかは他が判定してくれる。だから自分の方に何処か欠陥があると考える神を、だ。 政党や企業や教団の一括入信も期待する。 引き分けを常に目指して、結果常勝の勝負師だとか・・・ 競争の只中で競争心を外らして自己目標だけを追求する。 助ける者は助けられる者と同じ苦労になる。 妄りに殺すなかれ。一体の家族を引き裂くから。 時に怠けたいなら、祈って神に必要的労働を神に肩代わりして貰ってもいい。 男の中の男が、女にも、子供にも、弱者にも頭を下げると、実は集団が一番良く治まるんだ。 頭の下がる善神も可しとされる、況や然らざる悪神おや。 神が気持ちが分っていないと判定出来たら、 気持ちが分っていないその部分で、貴方は超神だ。   

差別も理解出来る。

 人間と動物は違うのである。高校出と大学出は違うのである。中小企業と大企業は違うのである。その者の内容の違いにより差別待遇は自然である。また現実にはそうしてこそ、人間世界に現に優遇者にのみ高級生活が実現出来る。内容の違う人間との深い付き合いは真っ平である。こう考える人達も多いんですよ、神よ。宜しく御斟酌下さいますよう、彼等に成り代って代って此処に深く御願い申し上げます。

信仰とは、

神以上の思い(慕情で)、或いは地球大以上の思い(慕情で)、神に奉仕を(自然を介して=自然絶対精神、或いは歴史社会に直接=歴史絶対精神)促すことだ。また信仰ある歴史社会とは、同じくそうしながら、同時に生産労働(次第に物質から文化へ)を介して、御互いへの(一対他)同じ位の思い(慕情の)の交換ということ(神が期待している)自体を、神へと返すこと=自由共産主義、だ。とりあえずは、反自由共産主義=帝国主義、スターリニズムの覆滅の努力だ!!

2007年6月28日 (木)

全人類は、

自分達を見殺しにしようとしている、今までの副神、救世主大川隆法への対応、宜しく御願い致します。

2007年6月27日 (水)

超神の

理念態(擬された)と現実態によって、任意の二つの魂が、或いは一対他全体が、男女の恋愛を!!

2007年6月26日 (火)

霊空間。

 物理空間には、周知のように光速有限の制限がある。よって発達した宇宙人は、宇宙船も自身も一旦霊体化した上で、霊空間経由で相当時間に星間移動をするらしい。この地球の途上国から先進国は遠い国であろうが、その逆がそうでないように、発達した星からはこの地球は交通感覚として恐らくそんなに遠い星ではない。とは言えやはり辺境であろうこの地球に今、大宇宙からの救済使節がやって来ているのかも知れない。

霊界。

 悟りの宗教(仏教)、福祉の宗教(キリスト教)、政治の宗教(ユダヤ教、イスラム教、付軍事、スポーツ、格闘技、超能力、その他(スポ-ツ以下、裏霊界))、実業の宗教(儒教)、哲学思想(付諸科学)、向自然思想(老荘思想、付文学、諸芸術)。それぞれ黄(金)、橙(地球では白)、赤、紫、、青、緑の霊光線。この専門霊界の分立に、地域霊界・民族霊界が交叉している。基本、人間霊(普通人霊(善悪中間霊、善霊)、選良霊まで)は、民族霊界に属し転生、天使霊は多国籍で転生(例えばプラトンが、ヘーゲルに)。霊界人口として、善悪中間霊が百数十億、善霊が二百数十億、選良霊が数億、天使霊が数万、(常時の)悪霊が数十億、本来の健全構成、善霊(広義、善霊(狭義)と選良霊)が三百億余り、天使霊百億余りから遠く外れた悲惨なことになっている。ルシファー等を造反させたこの星の神の無能と言わざるを得ないのである。尚、地上霊一体に、霊界の魂の兄弟が数体、準魂の兄弟が数体伴う。

新ツアラトストラ教(新カトリック教)。

 我が教別称。スーパーアフラマツダ=超神、アフラマツダ=主神、スプンティマン=副神(=大川隆法?)、アンリマン=ルシファー。新ツアラトストラは?似非ツアラトストラをニーチェに語らせ、この時代までに世界に、ニーチェ主義者=帝国主義者、スターリニスト等、を蔓延させたのは、往時そう言われたアンリマン=ルシファー、だ。新ツアラトストラ教徒(新カトリック教徒)=自由共産主義者は、一切この地上のニーチェ主義者を覆せ、あわよくば、霊界・暗黒領土のアンリマン達も!!

2007年6月25日 (月)

存在と空間・時間。

 存在は存在させし者のと不可避的な関係=空間、であって同時に、不可避的存在させし者への一体還帰への、時間だ。神以下と超神と、神以外(物・非神霊)と神と、自然と神と、歴史社会と自然と、子と親と、用品と製作者と、文化作品と制作者と・・・。神を信じず、時間としか言わなかった彼の、ドイツ人とユダヤ人を区別しての悪行、神を信じず、空間=類的存在としか言わなかったマルクス主義者の計画化=経済の、生命の無化、時間の無化、による停滞。以上を揚棄して、存在は空間・時間=信仰ある自由共産主義、だ!

全知全能の神が

その持てるものを挙げて、無知無能のホームレスが自分より偉いことを半知半能の我々に証明しくれる。また、善知善能の神がやはりその持てるものを挙げて、悪知悪能の悪魔が自分より偉いことを、半善知半善能の我々に証明してくれる。その後に、神以下我々が彼等にまで順々に相手ほどに偉くなるために頭を下げて奉仕するのだ。 具有と不具の任意的混交として、それぞれが非超神的超神実存だ。具有の部分で奉仕し、不具の部分で具有の者に奉仕を促し、それがされない時、或いは泣き叫び(大江健三郎のように)、或いはなじり、さらには敵対し(悪魔達のように)、全体として超神の愛の実践だ。 不具の、具有者の想像を絶する欠落感情を寧ろ誇るんだ。 大量死ぬのが頭の悪い奴らだからと言って、頭がいい奴は虫が死ぬように思っているな。一人一人の死は反って重い。 十分相手の身になると、相手のために自己変容が出来る。 どんな他者にも御互い如何云う仕方でか全体として負けない、これが、超神互い、ということであろう。 

強い人よ、

逆にに弱い人は、普通の人一般からも圧迫を受けて何時も苦しい。そし普通の人の善意の笑顔も自分をを馬鹿にしているように感じられて顔が強張ってしまう。そしてその結果、周囲からも嫌われて周囲の笑顔が消えて行く。その地獄の心理経路をよーく弱い人に頭をを下げて理解させて貰い、その結果自分と違う大変さを引き受けていることが分かって真に頭が下がる程の強い人になってくれ。弱い人は、現に心が弱い人であっても、そういう自分を馬鹿にされたくない気持ちも持っている。また、心に愛を宿したそれだけでは、他に対して客観的には愛になると限らないということでもある。

歌手なら、

ひばりも、橋も、お水も、舟木もいる人間世界。違った個性には、頭を下げて理解させて貰わないとその実態は分らないぞ。誰が本当に偉いかも!

十分、他の身になってあげて、

相手からツバをを引っ掛けられた者は、この大宇宙始まって以来一人もいない。ある者が相手にツバを引っ掛けられたとすれば、それはその者が相手の身に十分にならなかったからである。この星には神に長く反抗して来た者が多数存在してしまっている。それだからこの星の神は神にして、神でない者の十分身になれない神だったと断定せざるを得ない。それが証拠に自分の周囲にもしっかり働くこと仕向けられいるはずのこの社会にこの人生であるらしいのに、無責任に労働の怠業を続ける者も多いのである。というか、そもそも膨大な日本社会の財政赤字ほどういうことなのだろうか?それは予算の無駄遣いであり、利益を受けている者がその負担をしていない現実ということなのだ。世の中で色んな奇麗事を言う者もその前提の、一億同罪ということを忘れている。そればかりではなく、日本人がほかの民族にどんな酷いことをしていることになるかも告げ知らせてきたはずだ。しかしそれは逆に言うと、人間皆が出来ることならそうしたい本音なのかも知れないし、そのような本音が蔓延して乱れたこの日本社会を、神はあのように撲ったのだった。こうしてこの星の神はどうにもこの神と言わざるを得ない神のようだが、それだから私は、我々は神を上回った超神の成り変わりであって、そう信じて肩で風を切って行くしかないと主張しているのである。尚、その神のスポークスマンである下生した副神・大川隆法が某地方都市の館の奥の院に納まりかえって、世の中の様子を窺っているから文句や疑問のある方はそちらの方へ。

2007年6月24日 (日)

笑顔の光。

 生まれつき他を思う心の乏しい者の周りには、物の道理で人の笑顔の光が乏しくなる。周囲が余程気を遣わないと、さらに彼は全く周りを思わない者になり、周囲からも全く笑顔の光が消えてしまうことになる。ここにおいてか、彼は心の失明者=世への拗ね者、として完成するのだ。彼のような者を心の低視力者と見て取り良く手当てして,その後の心の失明を食い止めてあげられた人は、この星では少ない。それだから、悲しい早くからの心の失明者、そして一生の心の失明者は数多い、肉の失明者に劣らず悲惨で免れている者が頭を下げねば済まぬところの!

労働意欲。

 この星の神よ、私も此の頃では労働負担公平にして貰っても、進んで働く意欲は生じないような気ががします。それが現実は公平どころではありません。この現状は、貴方の我々への十分な愛とは思えません。 一人の性質の悪い奴のために後の全員に頭を下げさせる神に。 福祉を、世の中の中心課題とする。 造反教師のいる学校のイエスマン教頭以下。 受験も公共心を持ってする。 文化人はどこで知識とか能力を獲得するかではなく、この時代をどう一番望ましく生きるかという生の倫理が優先な筈だ。 この星の神の矯正を使命にに感じて来た奴等がいる。 結局普遍的なのは、善悪関係無く自分のやりたいようにやるということだ。 個性に関係なく全員本来、超神ならば時にこれからは神を愛妻のように思って。 十分やってあげると相手も負けずににやって返したくなる。 ひ弱な善人達がすぐに逃げ帰りたがる地球霊天上界は最早、虚妄な領域ではないのか?下方から天国ナクナレコールが聞こえる。 愛する者が愛さぬ者を余り愛する故に、相手にどんどん、愛する者として、内容、差をつけてしまうのは止めようという思いもあっていいのだ。

美空ひばりを

秋川雅史が、歌謡曲なら彼女の方が余程上手いと誉めていた。ひばりは皆知っているように、問題のある家族もかかえて(秋川の方ははどうか知らないが)頑張ったのだった。そのような問題のある家族は、他の家族の付合いが悪いと、端的に言って、秋川の歌う千の風も恨みかねない人間達と言えるのである。このほど秋川を支持した多くの人間は所謂生まれつき健全な人たちであろう。しかるに、ひばりは恐らく問題のある家族との付き合いを通じて、心に秋川の千の風以上の自然の心を掴んで、恐らく秋川の歌唱を上回ったのである。然るに彼の大川隆法こそ、世の指導者が秋川のようなエリートであればそれで済むと唱える宗教家なのである。ヴァイオリン(自然からの贈り物)は何時も俺の気持ちを分かってくれると呟くパガニニのような顰蹙者の演奏家もいた。また世人は、世界には問題のある家族同等の国家も少なくないことも思って欲しい。

中東は

造反天使ルシファーの直属上司救世主エンリル(ユダヤ教、イスラム教共々立ち上げた)との因縁の対立の場所だ。地域があんなにも荒れ荒んでいるのに格別の天変地異の行使がないのは、それが決断される時こそ、今回歴史の断絶の時ということなのかも知れない。西欧も(罪滅ぼしとして)、米国も、そして日本も自国国益を省みぬ、当地への犠牲の奉仕の強い深い愛を!!!!

生まれる前、

悪い奴はいない。皆、天国からこの地上に生まれ出る。但し、その天国にしばらく前に引き上げられた奴も結構いるのだ。あの世の親分は、手許を離れていった子分達を手放したくないんだよ、きっと。それでこの地上でまた、元の子分達を引き摺り下ろす。無論新たな子分獲得もしたがる。それだから一番大事なのは、この星の神があの世の親分を止めさせられる神に成長することだ!!

2007年6月23日 (土)

偶さかに指を組めば、

まるでこの星を余り愛して、思わず戒めを破った、尼僧の乱舞のようだ。実は日々瞬間にこの美しさを結実させるために、日常の労働に耐え続ける。培った心がこうして美を発しさせるのだ。 カント、感覚を、その後の知的諸分析の前提の、対象の形や色を知覚することだけのように言っている(純粋理性批判)。芸術家が笑うべき、鈍感な哲学者一般の感覚観念。行き着いた芸術家は一つの石を見て、反射的に詩をものすようにほど感覚する。このようにこの地球では神と悪魔の善悪の分裂により、間に失格と離反ということが蔓延しているのだ。 鍛金作家が物質には確かに感情があると言った。つまり、人間と物質とは、魂の静・動のコントラストなのだ。今日は私も遠い昔を偲びながら、この部屋の一切のクウォーク達と一つの静かな者となろう。 感情は粘土をひたすら捏ねてその極まりの時にそれを作品とするだろう。そして「彼との一件」と名づける。 一つの物という宇宙の喩、一つの物を語るという神の喩、こうしてこれもフラクタルだ。 物をなした、形と色が息を止めた時・・・  「中原中也の思い出」 それはこの世界の方が不良だという真実、そのことなのかも知れない。   

私達というフラクタル、

(フラクタル=植物の一つの葉がさらに小さい複数の葉で構成されるようなこの世界の反復構造)、クウォーク(物質の最基礎単位粒子)の内部に、新たな宇宙が望み見れる。それだから私達も、自分の、尼僧のような指の先をしっかり合わせて、自分も尼僧のつもりでフラクタルに無限に、このフラクタル宇宙のために日々祈れ!

全世界にコーラスラインを!

 ゴロー(野口五郎、ヒデキの友達の)のコーラスラインが歌っている。祈りは唯一つだ、悪魔達も、それ以外の者も皆、自分の何もかもを犠牲に出来る位の、その昔の神以上の自分達として、この星を愛せよ!

2007年6月22日 (金)

超神失格。

 神として生まれて済みません。世界創造したくて、全て貴方達実存主体を自分より劣った内容にしてしまい済みません。それ故、世界展開とは、此れからは私の世界創造という原罪の贖罪としてあることになります。申し訳ないとは時間ということです。 5分、一切の不具なる者の体験をを想像してその偉さが分ったら、自分の具わっているものの一切を彼に捧げ尽くして彼を支え、彼の偉さに追い付きたくなるだろう。 何でも具わっていること最低の者に、他の者一切がその具わっているものを捧げ尽くせ。そして具わっていずして、より大変なのは、先ず愛であり、次に人格であり、次に能力や、美貌だ。そして具わっていないことより夥しければ、より大変だ。それだから、それだから先ず誰よりも強固な悪意の持ち主にこそ、頭を下げて愛を捧げ尽くせと言っているのだ!!

2007年6月21日 (木)

刻々、

悔い改めた神=本来の自己、超神として実存し、それだから存在深奥の超神の光を受ける、そして刻々時間自体を新生させる、を信じて、自分が悪くしたと頭を下げて、あの世の悪魔達、この世の悪魔憑き達=帝国主義者、スターリニスト、邪教教祖等、に努力してそれぞれの心の底に眠っている超神ほどの愛を恵みなさい、時間を超えてそれを続けなさい!

2007年6月20日 (水)

自分達の不具を憐れんで

頭を下げてくれる神では少しもなかったんだと、それでこんなにも長く魂の臍が曲がってしまったんだと。魂はこうして無際限に自由だ。神でない者一人を、馬鹿にしないために、馬鹿にさせないために、神が神でない者全員に頭を下げる必要があったのだ、この星の神は速やかに悔い改めよ!

美と共産主義。

 この世には少ないが、確かに既に美しいものが存在している。また誰しもが美しいものをイメージ出来るし、その中で芸術家は現に美しいものを創って示すのである。それではその美はこの世に何のために存在しているのか?それは突き詰めると、実は経済が共産主義であるべき絶対的真理を、この地上に啓示するためなのである。共産主義であってこそ、経済のイメージは美しい。だからマルクス主義者はその成功を信じて疑わなかったのにこの体たらく、落胆は大きかろう。結論を言うと、彼等は経済に貨幣流通させてこそ経済は生命として保ち得ることを洞察出来なかったのである。貨幣の流通なき経済は死に体である。然らば共産主義者はこれからは、貨幣流通する自由経済において、共産主義精神を無際限に追求するのだ。とりあえず、現今の欧米資本のアジアの進出、逆にアジア資本の欧米進出共にイメージ醜いことをここにはっきり言って置こう。

太陽という元気。

 太陽に近い人は、ギリギリまで誰をも切り捨てず、寿命のギリギリ一杯まで元気に働きます。昼も夜もない、あの世もこの世もない(この世は昼に、あの世は夜に対応して、普通人はほぼ、(百年ー二百年)という循環です。天使はもっと長いスパンです。)奇跡のような太陽の強大なエネルギーが、誰しもの心の底に深くに実は眠っているからです。

ルイ・ルイ・ダンス!

 今日は何故か朝から、ルイ・ルイ・ダンスの無限旋律だ。多くが恋に破れて来た地球の昨日はバイ、バイ、なのさってね!!

個性について。

 その昔、凡そ神、天使、人間として造った。その後は、その初期条件と、本人の他への愛としての自己向上の努力と、周囲の他の本人への愛が結び合わさったものだ。何度も生まれ変わってそれぞれ周囲への愛が求められ、その責任が問われる。一部天使の造反があってから、多くが成長不全(慢性自己目標失格者)になった。よって常に大事なのは造反者の心の入れ替わりを祈ることと、(悟りの内容、人格、能力等)諸々の優者が、劣者に決して威張らずに、逆に、(優れていて)済みません、(劣っていて)大変ですねと頭を下げて奉仕することだ。また、不具、劣等の方が体験が大変だから、素朴な具有・不具、優劣の価値上下を超えて、根源価値同等(=超神等価)だ!

2007年6月19日 (火)

ラーヴ体操。

 慕情のメロディに乗って、足を開き、手も大きく開いて、心を大きく地球に開いて、地上・霊界の隅々まで心を及ぼすつもりでラーブと叫び(空声でもいい)、大きく包み込み、次に目を瞑って足を閉じて、地球世界の一切を懐に抱き締める。特に魔の勢力のいる地獄界に焦点を結ぶように。これを曲が終わるまで適当なリズムで繰り返す。こうして現実の神と共に、彼の現在の愛を超える超神ほどのこの星への慕情を一人一人が回復して行く。ちなみに詩中のmakes a man a kingのa kingとは超神ということになり、またtwo loversを貴方と、この地球一切の他者一人一人、あるいはこの地球という星そのものと思いなすことです。(二木絋三さんのサイトに慕情ののMIDIがあります。)

心の愛に性欲が

伴って、それだから一体化は原理超神(という愛)=本来の自己へと実存するための儀式だ。その刹那に自他の区別は無に帰する。 思う心が深い理解へと循環する。 億年、刻々の悪意に、的外れな善、愛だった。だから何時まで経ってもダメだった。それが悪魔超神達の厳しい裁可だ。 毎日、存在としてして覚醒し、無=超神の極限として眠り、時に行為により無(さらには無無=存在・無未生以前)を念じ切って眠る。 今、緊急困っている奴には先ず理屈抜きで助けに走って行くのが上だ。私はそいう面では低能だ。 人が安心して眠っている寝息は自分の気持ちを深く満足させる。 間違いのない人の道を伝えて終わるために皆ギリギリまで頑張り抜け!   

学者という

書物経験主義者の皆様は、超神宗教家という書物合理演繹主義者の言も御一聴下さるよう此処に宜しく御願い申し上げます。例えば絶対精神が身近に発現している時に(大震災のことです。)、それに上の空ででの哲学的営為であっては(また同じく宗教の修行も)、それは全く虚妄ということになりますから、此処にはっきり告げ知らせて置きます。

助平衆生と

衆生ホットケ仏弟子(そこで毎日何やってる?)をこのまま行ったらワンツービッグパンチでブツつもりなんだと、根本仏。 この地上では哲学者の意識を、哲学者の分まで余分に生産させる生産制度に盲従する生産大衆のる意識が成立させている。カール=マルクスが恩知らずの哲学者どもを撃て、と呼ばわった由縁だ。 非神として行く行くは、意識即存在、ということにすら非ずを立てる。非意識、かつ、非存在として。 儀式より、思想が大事の宗教。 それぞれ神でない者の直接意識が、神との間にもそれぞれの間にも、常時、恍惚=自他未分の刹那、ということを実現出来れば、それが自分だけでは出来ずに来た神の意識内容を上回って、本来超神の意識の中核が蘇る。 神に対して内罰的である者と、外罰的である者と。 善から悪へ、そして超善へ。対応して有調、無調、超有調。具体、抽象、超具体。写実,デフォルメ、超写実。 有限時間に或いは刹那に、無限に行き着くことは可能か? 究極の超越は、究極に内在することだろう。逆も然らしめて。

神は

神でない者を時に悪魔にしてしまう。自分の不完全を証明して。不完全こそ存在の死へ向けての時間性だ。エロチシズムが絶対的に郷愁するところの。悪魔達は信仰者を指差して、こんな奴等のように教育するオマエの教育を我々は拒絶して来た、真の美に祝福されて、とも言っている!

2007年6月18日 (月)

思いつき

 理想と非理想が根源愛によって統一されてある超理想。 超神という壮大な遊戯者として。 退落している世人ならぬ、神々の世の世神、現存在神。 気遣いは終に常に超神ほどでなければならぬのだ。世界=神と我々という生、が死と常に交感し、終に死に訪れさせるために。 絶対知と、対応する絶対無知の構造的喪失感情、未だ少しも遍く共感受も、解明もされていない犬の生活をするホームレスの。 そして私達を脱自させるべく、先駆けて刹那に絶に企投して来た彼等魔の勢力に此処に強く合掌しよう!!                                                                                   

必須の産業。

 農業・漁業・牧畜業という歴史社会の成立に必須の産業を皆嫌がっている。この星の神は人間達の素朴な願望の深い理解を、宜しく御願致します。そして場合によっては理解のあるこの世界の変革を御願い致します。 (神の世界創造は本来、神でない者=神から見ての障害者、の望ましい介護所に等しいものであって然かるべきだからです) 無理解は非ずを立てられる。ああ言えばこう言われ、ああしろと言うとこうされる。それだから教え導く者は、導かれる者の気持ちの理解自体を、宜しく御願い致します。終には誰しもの心の底深く眠っているかも知れぬ、無償の非ずの衝動(恐らく結果、相手の愛を発展させるところの)への理解も。 行儀の色塗りを広めるばかりの宗教家(同じことだが、行儀の悪い者をすぐ追放したがる宗教家は)は薄情で全体を反って悪くする。そんな宗教家に率いられれ宗教教団は、不当に追放された者の強力な反撃を食らう前に、即刻解体して、一人一人その追放された者と同じ孤立無援の苦しい体験を追体験し、その者と本来は同じ仲間であることをなんとか証明して貰いたい。

2007年6月17日 (日)

他を愛さぬ者は

他を愛する者に対して観念としては愛で、観念としては愛し合う御互いだ。自分の愛を反省させて貰い、相手の心境を理解させて貰うんだ。こうして愛にとって、ゼロ(ホームレス)やマイナス(悪魔)がプラスより上だ。 美は醜に恵まねば、その存在のイメージが醜で自己矛盾だ。醜を包み込み覆す美(或いは超美)というものが有り得る。 頭のいい奴はタンと教学するがいい・・・。 優者(最たるものは神)に義務履行させる能力が・・・。 悪いと分っていること、それだから報いが廻って来るることも分っていることを御一緒してあげる心の犠牲だ。 仲良く頑張れと仕向けたら、仲良く怠け、或いは自分本位にのみ頑張ったんだ。 一生放棄不能の生活労働なんて性急だよ。自分達ばっかり楽しようとする者達に犠牲にされる側はこの世の地獄の生活になる。 その昔某劇作家が、テレビドラマでいい歳をして何時までも日がな一日パジャマ着て暮らす生活止めてキチンと当たり前の親になるんだ、と、でもその後も金満を推し進めたこの日本帝国の若者に必ずしも通用する説教ではないだろう。

社会保険庁職員が証明した

この星の神の、地上人間への生活物資・用役生産労働要求の不適合。国民の皆様は、公共部門の労働の怠業は御互い様なのであり、民間部門でも二重構造的収奪、他民族収奪は常態である日本帝国の現状に鑑み、徒らに彼等ばかりを責める不公正を御止めになって貰いたく、、此処に心から御願い申し上げます。文句のある方は、その日本現状を直下から撃ったこの星の主神の第一の遣いの下生したこの星の副神・大川隆法が、某地方都市の館の奥の院に鎮座ましまし、世の中を観望していらっしゃいますからそちらの方へ。私個人としましては、主神の要求を不当と自主的に判断して、此処に主神に成り代り主神の不行き届きを地上人間の皆様に心から御詫び申し上げます(また主神がそれを支持することも期待致します)。

天使を馬鹿にした神が

彼に悪魔として造反され、皆に馬鹿にされた人一倍の弱者が、悪霊へ、悪魔へと発達し、そんなこんなでこの星は善悪二元の星に成り果ててしまった。この先この星の億年の愛の過ちの罪滅ぼしが待っている。因みに取り合えず、この時代悪魔が仕掛けての、劣者を差別しつつの性的乱痴気への神から齎される厳しい報いが将来に待っている。しかし彼等は、テメエ、フリーセックスに何の抵抗もない俺達を妬んでるんだろう、と嘯き、決して暫くは悔い改めはしないだろう。(尚、セックスは心正しく相当数の子育てをする夫婦の、生活の慰藉として適度に許されるもので、従ってこの、他民族支配的日本帝国では最早、その神の求める性のモラル完全に満たすことは殆ど不可能なのである。)

2007年6月16日 (土)

中上健次というジャズ。

 音は何処から来るか?言葉と音が泣き別れした在処から。また一つに帰るには、純粋故に神をも憎むという体験を超えねばならぬ、存在の時間を発現させているところの。言葉は暫し、所詮最後は空しい、音との一場の契りを結んだことであったか?

コンピューターも

計算し切らぬ円周率を全桁、既に知っているこの星の神が例えばセイクラブの女の子達の気持ちがカラキシ分からず、きっと俺以上の者の生まれ変わりだと思って手を合わせて拝むと言っている。女の子達良かったねー。(ついでに彼、メイメイのアレの感覚もよく分からないと思うよ、キット)

思いつき

 今世の中で、ジェントルマンであるべきか、人一倍銭取男であるべきかそれが問題だ。 存在とは、超神だ。存在者とは、神と悪魔の対立の狭間だ。そう了解して、一人一人現存在を脱自し、超神として実存だ。 超神は、極限的には隣在する虚偽なる神への信仰共同体に勝利して、自分の苦しい孤立の体験を一人一人共同体成員に反芻させ得る可能性だ。 頭のいい奴は往々にして、それと裏腹に鈍感だ。それを露にしてあげること。  革命行動の中でのみ、真の学問が可能だという、マルクス主義の学問倫理。真善美はそうした形で番うものでで。 

私の体の弱い胃袋が

社会の中の普通でない人達みたいだ。どんな場合も苦しくても、厄介者や、足手纏いを切り捨てないで一生の付合いだ。それで一人一人の愛が強く、深くなる。因みにこうしてどんな人間も最低、自分の体の社長として、一生社長気分だ!

儒教徒へ。

 超天が天に降下し、天が天理として、一切、気=霊質、物質=質料を造り、形相賦与して、一切の霊体、物体、(霊・物)体=地上生命、を造った。そして全ては天の大仁の下での一切霊魂の地上・天上の循環で調う筈だった。然るに非天=天に非ざる者に、造物主=天の、意想外の超天の反転素が宿されて、天の手に負えなくなり、天下はかように悪魔憑きが乱立するほどに、乱れに乱れた。唯、天の超天への自己回復的成長だけが、天下の救いの縁だ!!

仏教徒へ。

 仏悪魔未生以前面目=超仏。諸行無常・超仏有常、諸法(諸存在)無我(非真実在)・超仏真我、涅槃寂静。一切皆有情(一切に感情があって霊魂である)、一切本来無分別。超仏一体より劣者の縁起に因る優者。超仏一体より、衆生その他の非仏を縁起としての仏陀(貴方方が衆生その他の非仏になってくれたからこうして私は仏陀である)。仏陀その他の薄慈悲を縁起としての悪魔達、拝跪して悪魔達を救済に向かって、超仏一体化して涅槃寂静。在家の縁起としての出家(貴方達が食わしてくれるから私達も生活が出来る)。それだから寧ろ、出家を出家して在家に入り、仏教的共産主義者として在家の悪魔憑き=帝国主義的諸権力者、北朝鮮権力等残存スターリン主義者を慈悲利益し、救済せよ!!

2007年6月15日 (金)

超・南無。

 =私達は相互に本来超神です、同時に本来の私達である超神は時に、自主的に自己分割して他者・超越者として私達を支えてもくれます。よって一超神として、根源正当に他の同胞一切から孤立する時にも、私達は必ずしも絶対孤独な者ではありません、南無=そして私達は、私達である超神の内の悪魔達(の心)を救済せんとする、同じく超神である神に帰依します。 優劣の区別なく、かつ優劣の区別に即した意味において(劣者は優者にとって存在してくれるだけで、実存する、愛の相手として有難いのだ)、一切他者に対して、有難い事で御座います・済まないことで御座います・大変なんで御座いますね、と呼吸と共に思いなさい。

2007年6月14日 (木)

クラシック・ジャズ・ロック。

 クラシックは何時も、帝国主義の支配体制の音楽だった。ジャズは支配されて沈み込む者の、ロックは負けずに覆さんとする者の、・・・。音楽の現代的な混乱の一切が揚棄されて、信ずる者達の透明なコミュニスティック・フォーンの予感がしている!

信仰により、超神定立により、

苦難を乗り超える。前者により、神を信じぬ者の齎す苦難を、後者により存在する神すらが齎した苦難を。 他を愛して生きれば、或いは死ぬ時大いなる看取りの愛も帰って霊的に贅沢な死も迎えられよう。或いはしかし愛が通じるのが死後ずっと先という悲しいことにもなろう。愛する者として神だって完璧ではないのだし、精一杯である時、神の愛と価値等価であることも弁えて置こう。 思いは、性格や知識・能力とは関係がない。誰しも地球大の、神以上の慕情者で有り得る。そこで時に地球全体をダメダと言って超神キックもだ。 世のため人のために苦労する百姓の心が基準としてこの星の神が認める価値、まあ自分としては実はさしてそれに不満はないなー。 がしかし悪魔達がそれに反抗して長くやって来ている(それがいいから)以上、彼等に連なるのもそれぞれの選択であろう。

思いつき

 神でない者の気持ちの分からない神の価値基準自体、疑わしいものとなる。 神の扱いの自己検証と、それを根拠にしての反逆の権化としてルシファー。 神批判としてのエキゾチスト=此処より他の場所を求めたがる者、同士の恋愛小話。未だ誰も見ぬ深奥の光を垣間見せて。 究めて、全部周りのせいにするド根性も持つんだ。 一方神へと、神でない者の直接体験が不能であることへの逆の贖罪心、福祉心も必要だ。 然るにそうして謙虚になって貰えた神の願いであるのなら、私は何でも代わってやらせて貰う積もりでいます。

思いつき

 劣者に贖罪心や福祉心のない優者は価値がない。そのような優者に存在論的債務履行(頭を下げて、劣者に奉仕すること)を御求めるための、ストライキの模範が悪魔達によって示されて来たのだ。魂にとってそのようなストライキになる確立が一番大事になる。世間で何某の賞を取った親父の、家庭での親父としての実像を暴き立てるだとか・・・。愛は相手が存在しなければ空を切る筈だから。 具わっていることと具わっていない時の意識との同時成立させる超神へ向けて、具有の極の神と、不具の極のホームレスは存在等価なのだ。愛し合って共に超神に行き着く。 女性器のように魂が空しいホームレスに、自分の具有せるもの一切を充填した男性器を突き立てるように捧げ尽くしてみろ!この星の神は未だ、ポテンツが十分ではないのである。因みにホームレスへの神の愛がアンマリ御留守だと、彼は悪魔へと自分を発達させててしまうのだ。 何もかもを神でない者に捧げ尽くす神を拝み。その怠慢の追求の仕方を悪魔達に学び、悪魔達との関係改善交渉に向かう。

独身の超神の

無聊を慰める女は悪魔ルシファーだった。終わったあとで他の皆も自分と同じようないい女にしてみせると言った。御返しに、それじゃあ自分も一旦、いい女になるから、そうして変なパーテイを盛大に始めようと言った。

理解。

どんな魂も、相手を理解して相手から反発を蒙ることは有り得ない。どんな内容立派な魂も、色々な内容の他を良く理解出来ないようでは価値がない。そして他は何時も、自分自身の体験ということでは超神様だ。従って、文学は常に超神の語録だ。悔い改めたこの星の神が、皆を引き連れて他の無限の理解という旅に出る!

2007年6月13日 (水)

副神・大川隆法は

この日本の秀峰富士その他を国生みした(一体人間皆が麗しいという富士が、その昔人間達自身が土木工事で作ったとでもいうのか、因みに最近の能登地震は、地震学者の予想を裏切って、地震学その他の現代自然科学の実証水準を物語っている。つまり彼等の言っていることが、絶対確実なのではない。)主神=根本仏=根本天、が悪想念満ちたる日本国土を撃ったとき、世俗の反発をおそれ世俗に阿り、世俗受けを狙って、信者を当地の被災民を救済に赴かせたのである。私は、副神なら主神の意思を態せよと彼に要求したのだが彼は容れず、孤立した私も十分に世俗に毅然たることは出来ず、現在にまで至ってしまった。然るにこの話を聞いた者は、誰が主神を固く信じての救星運動を阻害しているかよく分かったことだろう。多数信者を従え、その他の謂わば宗教的インフラだけはでよく確立し、但し、間違った教えを説き続ける彼が、今所有する一切を主神に帰依奉納すれば一切は大発展する。彼はそれを、誰かが人の褌で相撲をとること、のように錯覚しているのである。世俗の後生のためにも、彼等の後生のためにも多くの理解者が、彼等の悔い改めを促して下さいますよう、此処に御願いする次第である(因みに私は、この世俗や、副神等の有様を見て、等の主神に対しての信仰の情熱も自分として幾分か醒めさせて来ていることも今迄告げ知らして来た筈である。その主神に億年反抗し続けて来た者達が、現今歴史社会の悪しき状況を作り上げているのだ!)。

2007年6月12日 (火)

思いつき

 私達というこの星。私達の数の分だけの多重現実。例えば、アラーキーの写真的現実。 市場の中原中也度。美的人間関係の下での美的消費。或いは隣人愛である消費生活。 死ぬと、霊魂になって死がなくなる。 他の全員が卑怯だと言って対決出来る。現在の魔の勢力どころではない。 感受性の微分的差異の知性的解明が目標だとも言える。 時にこの星の神の下での霊的な失墜者に共感出来て、この星の神の方を、魂の風上にも置けない奴と言ってやりたくもなる。神の自己実感でもあって欲しい。 こうして悔い改めたこの星の神は、神と神でない者を同権だと言う。 最高の内容を、何時だってどんな風にも、他への愛として犠牲によく供し得る者こそが恐らく最高の内容を担えることになっている。よって恐らくこの星の神すらも、何もかもが未だ非最高だろう!! 

God,

if you say I am God of this planet,look direct the truth ,and let all look direct the truth !

神と一体の我々が、

先ず権力宗教家、権力政治家、権力企業家を抱き締めに行く。それはそのまま、あの世のルシファー以下魔の勢力を抱き締めることだ。超神が抱擁し合ってゴッドとサタンと一体のゴサッタドンだ。イエスの昔には、それはパリサイ人であり、ヘロデであり、サドカイ人だった。現代ではどうか?何しろこの時代、ラヴミドル教徒も、キリスト教徒も、イスラム教徒も、ユダヤ教徒も、仏教徒も、儒教徒もなく、中心の神(仏、天)を信じて、イエスが荒野で隔てた悪魔を、そして彼の仲間を追って行き、魂を挙げて深く愛せよ!!!!

2007年6月11日 (月)

思いつき

この時代、宗教家にして政治活動を優先する。この根本神仏天があの通り(震災)なので。 それが避けられない流れだと言う、業種の違いの壁ももうない企業買収劇も改善点なのだ。そのような企業に公共心が想定出来るのか?投資の融通無碍なるが、必ずしも全体の発展に繋がるとは限らないと思う。 民族の在り様の理想と現実。 本来超神と認識して、現に存在する神への繋縛から解放される。 他者意識を代替意識出来る自己に、そして自己意識を代替意識出来る他者に、だ。 政治家は労働負担を公平に、公正にするのが第一の務めだ。それがされなければ、労働者の方の怠業も正当化されてしまうだろう。 一切の芸術家=表現者は、表現者であることにより、美へと仕向けられている。そして美とは畢竟、経済社会のコミュニズムへの祈りであろう。一切の花達の心を満足させる。よってこの時代一切の芸術家は神を信じつつ、あのドストエフスキーのように、弁証法的に芸術家であることを返上して革命家であるべきだろう!!

討ち入り。

 大岡越前や、遠山の金さんよろしく、大衆の前で悪を制して今迄通り大衆に大受けする自信が無くなった下生したこの星の副神が、某地方都市の奥の院に納まって悪くなった社会の様子を窺っている。その内、彼に今迄魂的に恥を掻かされた者の臣下達による討ち入りが挙行されるかも知れない。

中条きよしさん。

中条は中道、善悪両睨みの中道、それだけに歌が一際、きよい、のかも知れない。

御前は恋をしたのだろう。

その通り、しかしトンデモナイ奴にだ。しかも神へよりも深くだ。そして皆にも競って貰いたくてだ。皆で、昔のような純粋に帰るために!

2007年6月10日 (日)

本当の絵ならば、

自分をルーブル(フランス帝国主義の中心、パリの)へ運ぼうとして近づく者を、その霊力で打ち倒した筈だ。本当の仏像ならその霊力で、タリバンの攻撃を撥ね返せたように。この星で本当の絵が描かれ、本当の彫像が彫られたことがあったか??

超神遇評。

 ビッグ大リーガーの中の小兵松井は、この星の神の不当な民族差別を物語っている、大和魂も思わず萎えるよなー。松井よ、この星の神に落とし前をつけて貰え。 それが分かんねえことを教えて貰う者の態度か、と一人一人が穴を捲くって神に言えるんだ俺は主張しているんだよ。 超神とは、神であって、同時に神でない者皆で、神でない者皆に頭が下がって、奉仕そのもので、絶対愛だ。 悪魔超神達が、神・天上が、下生して既に天上へ逃げ帰る支度をしている副神よろしく何時までもオレッチ隔てて冷たいと、地獄から天国ナクナレコールを思いっきり浴びせるぞと言っている!

2007年6月 8日 (金)

ヴェロニカよ、

意味の一つ一つが泣き別れをしていたその時を・・・ (私も恐らく、純粋や反抗ということ求めて破滅的であるより、保身ということを求めるサラリーマン魂なのだろう。そこで)百姓の苦労を考えずに、金文字表紙の書物を好んで読み耽るのは、この星の神の虐殺を免れぬ悪行である、と全人類に告げ知らせます。 

エアコン。

 エアコンがより必要なアジアの南の国が、北の国にエアコンを貢納してしまっている。しかしエアコンのある北の国=温帯域、の暮らし位で人間にはちょうどいいですよ、神よ。この地上、自然環境も、人間環境も、このように、ままならず、ではねー。それはともかく、この世の地獄となっている南の国の暮らしを、早く何とかしてあげよう!

2007年6月 7日 (木)

アルチュール=ランボーの下部構造。

 彼は少年期、市立のコレージに入学後、異常な信仰心と学力を発揮して神童振りを謳われたことになっている。しかしその学業こそ年来疑われずに来た歴史上の階級社会を反映しての人文学に過ぎなかったのである。また信仰というのも当然階級的的限定を受けたもの(根本神への信仰とはならない、何故なら根本神は本質的にコミュニストなのだから)ならざるを得なかった。彼はその後親の仕送りの続く限り放浪してみたり、思いつきで革命行動に参与してみたりということをしている。その間彼は一回も自分の生存を可能にしている下部構造に思い到ることがなかった。また自分より経済的成立において増しなはずの当代の市民ブルジョアを痛罵したりしている。彼の詩の中の諸人間について、その階級的成立が(貴族やら、騎士やら、百姓やら、商人やら、旅芸人やら、・・・と)全く考察の外になっていて空しいものになっている。かくして彼のそのような虚妄な詩業が、放棄のの運命に到るのは必然だった。またその詩業が当邦の文芸批評家の一生を誤らせた(ブルジョア文学者として)知る人ぞ知るなのだ。詩人は若年の詩業を、生活者として謂わば弁証法的に否定して、詩語がそのまま事物を実存させ得る、神の精神力に行き着く縁を獲得することだろう。成熟した、革命宣揚の詩人として!

霊的帝国主義者。

 この星の神・天上は霊的帝国主義者だった。彼等は愛の貧困者=実存当初からの性悪者に、進んでより恵まれた自分の愛を恵むことなく疎外してさらに彼等を愛の困窮者に追い込み、そうして自分等は自分達だけで愛し合うものとして肥え太り、いい気な天上生活をこんなにも長く送って来ていたのである。今や、彼等神・天上によって自分の愛の可能性を収奪され、愛の可能性を枯渇させた魔の勢力によるこの星の霊的共産主義革命が立ち上げられている。彼ら魔の勢力による悪霊同化への仕向けは、自分達が収奪された愛の、収奪した神・天上への、還元の要求なのだ。彼等の愛の困窮は、神・天上のそのような善意の犠牲の愛による一体化によってしか償われ得ない。我がラヴミドル教は、悔い改めて初めてそのような霊的共産主義者として新生、魔の勢力に同化せんと(そしてさせんとする)するこの星の主神を信ずるのだ!!

2007年6月 6日 (水)

バカ旦那。

 この星の神は、家庭での女房の有難味の分からぬバカ旦那のような自分を早く返上して下さるよう、此処に心から御願い申し上げます。(旧約に書いてあるようなアンタの態度が、人間のバカ旦那どもに投影している!)

人間に労働を押し付け

聞かない人間達を、今回歴史もそうであるように大天変地異で(今回なら日本のちょっと前の震災が走り)皆殺しにして地獄に堕とすことばかりして来たこの星の主神(震災を生起させた)・副神=幸福の科学・大川隆法(世の中の様子を窺っている。)は今すぐ地上界、霊界もない人間にも、天使にも頭を下げて謝れ。また、あんなのの言うことを絶対聞くな、と神でない者一切に言って造反を勧めて来た、造反天使達の勢力=魔の勢力にも頭を下げて謝れ、それこそ、御前達を超えた、大宇宙神仏天社会(大宇宙の神々の社会)の総意であろう!!!!

2007年6月 5日 (火)

思いつき

 自分の愛の弱さを赦してくれという神。 普通でないことを馬鹿にされたのが悔しくて、普通でいるのが反って悪いみたいに思われる社会にしてやるだとか・・・ しかし悪い権力者には厳しい運命が待っている。 弱者があるがままで周囲から少しでも圧迫を受けたなら、弱者に周囲への反抗の権利が生ずるとも言える。 物質の北=富裕地の心の北=富裕地は小領域だ。 御互いは御外に無際限な要求を宿している。ナポレオンやカール=マルクスが、当代に聖職者より光り輝いて、芸術家を惹き付ける。超神の狡智が働いているのだ。 物を愛用していると、人間に愛を返す物も生まれ出る。 田中角栄がリードした金権国民も、そろそろ道徳的、隣人愛的に生まれ変わらないか? 思いやりが極まると頭が下がる。 紆余曲折はあっても、最終的には世の中のためになることをしよう。

 

内助の功。

 美川憲一や美輪明宏やさだまさしやさとう宗幸、等、オカマやどちらかというと優しくて女性的な男性が世の中に受け容れられたについては、周囲に逆に男らしくてやり手で、しかも彼等に理解のある男性の、通常とは逆の意味の内助の功があったかに思われる。世間は彼等から、決して当人に引け目を感じさせることなく人間の在るがままを受容れることの大事さや、男にも女性的な優しさが必要なことを学ぶだろう。また彼等も少しずつ、彼等を支えてくれた男達のように、と思うのかも知れない。                                                                          

地球環境問題とは、

それはそれは厳粛な問題である筈だ。それをクールビズで論議だとは、それぞれ首脳の根本姿勢が疑われるということになるのである。政治家の皆様は、服装の精神的意味というものを心ある文化人からよく学んで頂きたく、此処に宜しく御願い申し上げます。

2007年6月 4日 (月)

日本農家の

田植え機を操作している皆様に。貴方達は他の腰を曲げたアジア人農民に乗っかって自分を運ばせ方向を指示し、彼等に田植えをさせているのと同じことになりますから(田植え機は今やきっと、農家出身のアジア人工員が工場で重労働で作っている。)これからどうするか宜しく。(因みに、このような日本国内向けの生産財のみならず、無論、消費財、及びこれらの米国向け輸出の見返りの米国産の高級農産品が、日本の他のアジア人犠牲の三点セットだ。)

2007年6月 3日 (日)

五木さんは

本当に精一杯だ。皆、彼に精一杯ということの尊さを教えて貰おう!

思いつき

 食って行くために働く。豊かになるために働く。文化を創るためにために働く。 世間は、ヤクザを小さい時から除け者にして悪かったと言おう。 十掛ける九足す零=九掛ける十、にするこれを福祉というんだ。善意を、愛を代入してみよ。 私は一切の不具者より、自分が偉いと思ったことはない。 これからは、自分の前に神でない者がいてくれるだけで有難いと言う神を拝むんだ! 

2007年6月 1日 (金)

(本来)超神として

深く愛し合うもの達は、刻々、自分の意識と他者の意識を交替させ合う。この星では神すらそれが出来なかったところの。 超神は、神の具有と神でない者の不具の体験の体験の矛盾的兼備、愛によってのみ可能な。それ故、神も神でない者も超神に向かって本来超神として、かつ既にかなりの程の超神(それぞれの具有と不具において)として愛し合う者として等価だ。 不具が具有に十分に愛されないと、逆具(逆のものの具わり)に発達する。具有がその逆のものを進んで共有する努力をせねば,その逆具は解消しない。(例えば、善の具有、善の不具(欠如)、悪の具有)。こうして、愛し合うことはこの星のように凄絶な悲劇となるが、悲劇の主人公は脇役(この時代のあの下生せる副神こそ、いい脇役ぶりだ。イエスマン教頭のような彼を彼等は全く問題にしていない。)を何時か同じく主人公にしてあげるべく、密に魂を燃え上がらせて深く深く充足し続けることになった!!

君がドストエフスキーを批評したくば、

この時代を、当時のドストエフスキーのように鮮烈に生きよ。ゴッホを批評したくば、同じくこの時代を鮮烈に生きよ。それは人間を本当に愛しているから、たとえそれが全体であっても、悪いものは悪い、と言い切ることであろう!否、さらにそれ以上に愛さんとするなら、神と共に、まず自分達の根源的な非をこそ先ず認めることであろう。

思いつき

 存在という生命の単性生殖(内部エロティズムの完結)により、生命=存在と、死=無と、が永遠交替する。つまり、存在内の一切の実存が絶対を目指しつつ、しかも即時に絶対的に愛し合うのだ。 互いの他への恋愛感情の圏が共通域を持って相思相愛だ。神はそれぞれの人生上それを保証していると思うから、先ず片思いなら、スッパリ諦めなさい。因みに、ペア同士の恋愛、さらには乱脈恋愛という、背徳?順徳?もこの時代、人間間で始められているみたいだ。 帝国主義下、先進国の哲学者と、途上国のホームレスとの程に個人実存の精神現象が互いに無関係に違ってしまう。それを何とか相互交通させたいわけだ。 物質力のある者の愛の貧困が、他者の物質的貧困が鏡に見せる、しかしその愛の貧困自体が、この星の神の相対的愛の貧困を鏡に見せたものだ。働き者ではあっても、怠け者である少なからずの人間達に十分な理解がなくて。 心を捻じ曲げた者達の反省心を呼び覚ますこちら側の我からの反省による深い愛というものがあり得るであろう。

帝国主義とは

先進国の途上国への、「差別」、の悪想念と、対応する途上国の、「怨恨」、という悪想念の二様の悪想念を歴史社会に蔓延させ、放って置けば神による断絶を免れることのない歴史経済状態を言う。此れを全体的に善に転じようとするのが、この星の神を信ずる国際自由共産主義運動ということになるのである。然るにこのような帝国主義を現出させてしまった世界を、超神根拠により、自分という一実存が根源的に批判する時には、この星の神が超能力により新たな肩代わりの生産労働者として先進国にも途上国にも貢納なされれば、世界全体が今すぐ先進国並の生活が出来るということになるのである。しかしこの星の神は恐らくこの時代、そのような御意志を御持ちにならないであろう!

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