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2007年5月31日 (木)

思いつき

 芸術家は生活のイメージに不定の曲線を求めて、規律に親しまない人も多いようだ。それで何でも適当に怠ける。 一方で、自分のピークを寿命の最後まで維持するだとか、年上としてしっかり務めを果たすんだとか突っ張る気持ちもあって・・・ 心の状態を自覚しているのはあくまで本人だが、それでどう対処したら良いかは、分かっている者の方がやはり分かるだろう。無論一番神が。 世間一般の時間の流れと垂直な自分の時間の流れを持ってみたらどうだろう。 男の理想を求める。そして女心を幾らでも理解する。 突然ですが、ブッタはこれ以上ブチたくないからそのうちまたブタれるぞと言わせるのだし、それを言うべき者なのに言わない者もブッタがこの先ブツ時には一緒にブタれるだろう。 

真の神なら、

この時代の誰しもの臥所を訪れて睦言を語れ。 神による夜間照明が、この星の昼の光の空間をを造っている。しかし人間の少なからずは、そんな究極の労働者からは程遠い。 地域の民族文化が共通一般性と、互助的な差異性を持っている。 彼等は超神として、刻々の非を立てて来た。 仲良く頑張らせようという神の思いが、仲良く楽をしたり、自分だけのことしか考えないで頑張るというように破綻している。 悪人の悪意は隣在する善人および神との共有とするのだ。これが、悪人への福祉優先ということだ。  

富士の山も思わず

残念で泣いた日本への神罰、大震災対応の日本帝国主義とは、例えばこちらの田植え機を使っての優雅な労働に対し、あちらのその田植え機を作るための工場重労働、そしてその工員及び自分百姓の分ための腰を屈めての田植えという基本経済構造になる。心ある政治家や経済人の皆様は、その是正のほど、宜しく御願い致します。

2007年5月30日 (水)

出来る者は

出来ない者の悲しみが分からない。魂はそうやって悲しい方が偉い。出来る者がむしろ努力して追いつく。神が神でない者に。

幸、

素行不良のお前の親父が何処そこの教育長として通っているこの日本だ。だから、お前も親父もきっと対等価値だ、いや、愛し合う者達はきっと皆対等価値だ!!

胃散の缶も

今日は志雄らしい。正露丸の箱も、ヤマト糊も。エルマクリーンもスピーカーもディスプレイも・・・。爪切りも、ペン修正液も、小さい水飲みも。赤い、大人しい、気取ってる、澄ましてる、尻で微笑んでいるマウス。クリーンヒーター、鉛筆、・・・。皆、祈っている、此れからは、此れからは、何時も彼等のために !! 私は寧ろ、貴方達の中心で炸裂する超神の亀頭でありたい、悪意を、死ぬ、と言わせる! 辻井喬氏に、しきりにイメージが沸いています。何故なんだ?貴方は霊能者か?但し、レアリテをシュールするなら無限回とは思っています。

2007年5月29日 (火)

思いつき

一切から上回っていてしかも、それぞれを大変なんですよねえと言って馬鹿にしない神。 神でない者にダメを出すにも、神でない者に対して謙虚で助言的にそれをしてくれる神。 超神に到達する予感がするまで、絶えず努力し続ける神。

賢治よ、

自然は、根本仏は都市直下からブッタ。だからいざとなったら、俗悪雑誌記者の子に負けずに石をブッツケ返しなさい。また抗夫のように言葉を穿つ努力もしてみよう。愛は、例えば何故か科学法則すら気二入ンネエという非愛=非神に上回るべく穿たれなければならないから。 行く行くは、否今すぐに、ユーミンの永遠、西脇の永遠、ルシファーの純粋の超時間=永遠の持つ時間イメージも超えるもの、神の嗟嘆の永遠、全てを超える刹那に絶純なる超・超時間=超永遠=超神であらねばならないから。(ユーミンの永遠も、西脇の永遠も人を犠牲にしていて虚偽である。そのように状況にやんわり文化的虚偽をもたらすのも、悪魔ルシファーの常套の超時間的文化的悪意である。然るに神は其れを受けるに、彼ルシファーのように超時間的で有り得ず負けて来ているのだから(この先地上の悪霊群を黙示録よろしく大天変地異で掃討してみたたところで、決してそれは神・天上が負けなかったことにはならないのだから)。

事件への感想、マイクロソフトなど。

 人には人生上、それぞれなりに他を愛する務めがある。そしてそれを基本的には最後まで生き抜いて果たして貰いたい。 自由共産主義においては、市場が相当数で寡占分割されるのが理想と考えている。それ故彼のマイクロソフトは世界経済発展に公共心を持って、進んで自社を数社に分割して下さいますようここに心から御願い申し上げます。 荒のつくIQの低さが自慢の著名現代詩人が、私の宗教理論を先取りして詩壇でIQ高官詩人達にストライキを打って来ている。この星の霊的基本構造の投影と言うべきか(大切なのは俗世間を詩化することだってか?)? ユーミンという日本帝国主義の観念形態の権化を、この星の神と共に悪女とと言うには(「永遠の見える日」なんて結構好いと思うんですよ)憚られるものが私にはあるのだが、同時代同年齢のアジア人女性多数が工場で扱使われているのは紛う方無き事実であろう。(尚、「Love is almighty supergod.cocolog-」で、検索エンジンで検索してアクセスすることもやってみて下さい) 

2007年5月28日 (月)

思いつき

愛には愛が返る、非普通人は神の歴史社会への愛だ、さらにこの星の悪魔達や悪霊達は神や神の子への超神からの愛だ。 具わっていないものの感覚・感情は具わっていない程度に対応していて大変で具わっていいる者には中々分らない。  弱者は強者の虐待が限度を超すと、決意してその強者を同じ程度に虐待出来る程の超強者を目指す。神でも虐待者に大して変わらない神であったら、神でない者が同じことをする。 どんな場合も相手と立場を替えてみるのが大事だ。 不具は体の不具より心の不具のほうが大変だ。そして心の不具は、気が弱いより反って、強気でも周囲顧みず我儘勝手な奴の方がより大変な不具だ。最後は正義漢によって追放され孤独にされ誰にも顧みられないのが普通の運命だから。

2007年5月27日 (日)

共同的生産労働。

 私達はこの星の神から共同的生産労働(或いはそれを介しての労働的精神の形成)を仕向けられていて、個人の素朴な願望は無視されている。生産社会を秩序づける支配者により、有無を言わせず個人意思の生育ということを省みることなく共同奉公が求められて来た(民はよらしむべし)。だから支配の退廃への糾弾ということも基本的には有り得なかったことなのである。然るに、共同的労働的精神への志向は、個人精神の底に秘められているとしても、素朴自然な意識の現象態ではない。よって個人のこの共同性への繋縛は個人に対して性急な求めであった同時に、個人の望ましい個我形成(まず生活ということから解放されてこそ可能な)も阻んできた筈である。それだからこの際、この星の神はこのような自分の至らなさをこの時代私達に、潔く頭を下げて謝って然かるべきであろう。私達の個我は、反逆的に幾らでも自己発達させ得るものでもあるから。因みに私の提唱する自由共産主義とは個我確立を前提とした、歴史社会の時代弁証法的(近代が否定態であるという意味での)超近代的自然一体化の謂いであることもここに言って置きたい。

連句。

 

      春を行かせずネアカの魚と笑ってる    非神(超神)

      歴史が行かずネクラの私は項垂れる    神(超神)

 

 

思いつき

 冷戦構造事態が、どちらも自由共産主義から外れて虚妄だ。社会主義圏が覆ってただそのままの自由経済が肯定されるわけではない。 北朝鮮が悪いについては、隣国にも責任がある。特に社会主義精神は正当なのだ。 弱者と十分に立場を替えて考えてみれる神ではなかった? 殺されたら、相手が命を捧げ尽くすような深い愛を自分に求めていると・・・。 誰しもが超神の自尊心を持って。魂の品質より、それと裏腹な体験の悲惨に誇りをもってだ。 表現の才能は芸術家の必要条件に過ぎない。また学者も、単なるデータベース人間であってはならない。 人の分までの強い善人。時に神の他力を借り、或いは自力で、悪人を殴る蹴るして。 人に反省を促す以上の愛を。そうすると相手から自然に反省が返って来る。 自覚超神は、存在世界の一切実存対して男の立場なって恋愛感情だ。今現在の現実の男の恋愛感情が存在全体に及び得るのだ。 そこでセックスによっても魂は究極の結合へと強化される。 出る杭は出て、周囲に捧げ尽くすのだ。 超神ならば、時間の終わるまでの一切の福音の、無論一切の書物の演繹の可能性でもあろう!! 

思いつき

 世界内存在=被造物=神でない者は、本来、超・世界超越者=超時間=超神、だ。 仏説八正道から選んで数正道。例えば、正思(超仏=超神に自己回復していく思いで)、正業(ショウゴウ、正しく行為し)、正定(正しく反省する)の三正道。 自分の汚い心の、縁起で、目の前の相手の汚い服がある。自分達の汚い心の、縁起で,遠い国の汚い暮らしがある。 家計の都合で、IT機器と粗末な服装という、南北取り合わせになっている。 目の前の何事も深く考えようとしない善人もどき達が、この星の此れまでの神の下らなさを証明している。 そんなこんなで、自分より上の存在(それが神だって)に自分の純粋、を賭けて批判し、さらにはストライキを打てれば(神だっても出来ない奴にはもっと上の神にそれが出来ない)、誰しもが何時だって超神たり得る!!  

神でない者に頭が下がらぬ

神は、神でない者創造の当初から、神でない者(アダムとイヴ、蛇、その他)の無理解という原罪を継続することになる。こうして世界には追ってその神の原罪に敏感に反応する者から始めて次々に神への敵対者が現れてその流れを作り上げることになる。そこで、当にその流れの中にあるこの星では、星の神が未来に向かって、過去の分までも含めて神でない者に頭を下げるのでなければ、最早その流れを押しとどめること出来ない。  

2007年5月26日 (土)

酒・タバコ・賭博に塗れた

邪な生活は止めましょうと、下生した副神様に言わせ、そして、その後の様子次第での貴方の地上への御裁きを待たせているこの星の主神様よ、此れからはもっともっと、往時の超神同士を髣髴とさせる、愛しさそのもの、の存在に生まれ変わって下さる様、ここに彼等共々、心から御願い申し上げます。

肩代わり。

 こいつは、自分が世間様に対する罪滅ぼしの肩代わりをして上げなくては、決して我から人様を、世間様を思う心にはならないだろうと神は言った。 神は、神でない私達に、神であって同時に神でない御前達の内容も自分の内容に出来る者=超神(両立し得ない筈のものを内なる絶対愛によって両立させ得ているところの)に皆でなるために(或いはそのような本来の自分に回復して行くために)、何処か遠くにいます。或いは自分の内に秘められたる、そのように自在に存在するところの、超神を拝み、或いは自分達もその者と本来等価だとして自分達も拝み合い、愛し合い努力して行こうと言った。 神は、私が超神そのものだったら、この星の悪は一切存在しなかったと、悪魔にも、悪霊にも、天使にも、善霊にも謝っている。

2007年5月25日 (金)

思いつき

 富士山は人間が造った筈はないはずだ、それだからね・・・。 囲碁・将棋も一般経済活動と遊離していては神様にはなれないと思う。一般人の知的娯楽として提供すること。 悪が側に存在するということが、善が悪に負けていることになるのだ。しかし同時に、善は悪にすら勝ってはならない。誰とも引き分けにすることが善だ。 親が、御腹の中の子供に御伺いを立てるくらいであって欲しい。 怒らない、自己反省と思いやりできっと必要がないことが分るから、相手も気持ちが良いから、そしてそれだから自分も気持ち良いから。 矛盾したものも深い愛によって自分の内に同時成立させられる。例えば強い心と弱い心とが。 この時代それぞれの持ち場で現在目的の遂行と、現状改革とのバランスを生きるべきだ。

この星の神が

真に神でありますならば、彼等をこんなにも長いこと親無しにしたのは何もかも自分の責任と、我から心から言って下さいます様、此処に私も心から御願い申し上げます。

愛ならば

見渡せる限りの中の今最も愛ならざるを常に気遣え。また魂皆に大事なことを見出しつつ、旺盛に柔軟自在に他に伝えよ。こうしてこの星で、魔の勢力の救済と、隣人愛と、成仏の修行は一つのこととなるのである。

愛はどんな相手にも価値を見出す。

それだからこの価値とは品物の品質のような価値では有り得ない。寧ろ粗悪な品物のような実存に隠されたた価値を見出す。それに気付いた、逆に高級品のような実存の新たな振る舞いに価値を見出す。そしてその後両者は何時の間にか、一切の価値上下の世界を超え出て、愛の価値を獲得する。例えば、頭の良い者が性格の良い者と愛し合ったりするのだ。  

思いつき

 優等生と不良の意識の同時成立。 危険でも愛を全きものとするための善悪の中道的日和見主義。 理想の神ならば、そこに存在させた性悪の神でない者をどんどん自分にまで成長させ得たはずだ。何かを欠落させていたこの星の現実の神と、反抗者の彼岸が透けて見える。絶たる安息とでも言うべきもの。或いはこれをこそ真の涅槃と言うのか。神仏悪魔未生以前面目。 或いはそれは、一切の現象的弁証法を瞬時一点に圧搾し得ていて超時空的なる者。この星の神をも今や郷愁させて、悪魔へと惹きつける者。 それゆえそれを掴めぬ実存は常時、神であってすら根源的な寂寥を体験するのだと言える。 自分の扱いに敏感になって、それに対するに極々純であれ。 私達は互いに、自分が相手にとっていなくては困る存在であることを、終に互いに告知し切らねばいられぬ者達であろうから。    

魂に多く欠落する

自分を放置する者に対して、私達は、その底知れぬ悲惨感情を同じく底知れぬ怨恨に転じて自己成長し、その者をそれは優しく薔薇刑に処したり、或いはその者のそれでも申し訳に与え給うたいけ好かない共通理性に異なる反逆的にしてもっと煌びやかな私的理性をも創出出来ることだろう。その時から、自分を囲繞する世界をを非神乱舞の荒野に何時か完全に崩落させることを夢見て、或いはそのためにこそ時間を超えて刹那に、絶純、であらんとして!

人の気持ちが分かると言うのは

腹が減っているている奴の側で、自分も腹が減っていない筈なのに腹が減って来るということだ。自分は自分も腹が減ったなりに御互いの腹を満たすために、ドンナ、ことでもするだろう。そもそも人と一緒に何もしたくない奴、なにしろ自分の心境の調えが第一の者は、決してこうはならない。有名宗教徒が大多数そうであるように。それがまともな宗教と言えるのだろうか?

2007年5月24日 (木)

大のつくこの星の善の

副大将=副神と称する人物が、大将=神がしばらく前地下から撃った、この星の悪の三下、四下が悪くした現在社会を怖がって田舎に引っ込んで様子を窺っている。この話をまるきり信じないのはそれぞれの自由だが、私は固く信じて一時絶望したのだった。この星の善霊と言ったら、副神以下にそんな教育をして、その失敗の尻拭いばかりしている現在社会を撃った主神以下の善霊しかいないことになるからである。我が宗教はその絶望から漸く立ち上がって、恐らく到来した他星の主神団に補佐されて諸々悔い改めたこの星の主神を拝み直す信仰なのである!

一日一生

(後が無いように真剣に)、一生一日(後が幾らでもいあるからさっぱりと諦めて)。 刹那にこの星の魔の勢力の心にこの星への愛を宿すために皆が純な上にも純であれ。 生まれつきの乱暴者に社会が少しも福祉心が無かったとすれば、その後の彼の凶悪化については社会の方の責任が大であろう。 凶悪化した彼は都市生活を生き抜いて、都市生活を裏から悪しく牛耳ってしまうかもしれないのだ。それが嵩じた時に都市生活直下の根本仏(これはどこそこの世間から金をくすねていながらの、不肖仏弟子、(世間ホットケ、自分の瞑想道楽)似非仏教教団とはほとんど何も関係がない)の霊的分枝が都市生活を直下から撲つ。しかし、その時叱られているのは、むしろ普通人のそのような無責任さなのだ。 そして其れよりも何よりも他国を経済的支配せんとする帝国主義を神仏は御認めになる筈はないのだから。 かくして我が宗教はこの時代の現の神仏の思いを態しての時宜に適った宗教なのだ!!     

2007年5月23日 (水)

裸の付き合い。

 痒いところの手の届くようなか神ではなくて、そうすると刻々要らねえ、要らねえと突き放す神でない者も達も現れて。この時代も神を蔑ろにして自分達同士のの裸の付き合いを深めて神罰を待ち受けているサイトからのアクセスが多い。何故かなー?

2007年5月22日 (火)

思いつき

 魂は能力や性格とか、外に知覚・感覚される立派さより、思いやって生きるのが大変になっている人の方が偉いということになる。例えばオカマさん達とか。因みにオカマのあるがままを可いというなら、ヤクザ候補のあるがままも一定範囲で認めなくてはなるまい。 その実、ホームレスの悲惨に本当に他が共感出来たなたなら、卒倒するほどだろう。 一人でも気に食わないって言ったら、神は理想ではないということになるのだから・・・。

具有より不具が

魂が感情を持ってやって行く以上偉いってことになる。具有は不具の不自由・不安に均衡する位の不具への奉仕の苦労しなければ、不具に価値が劣るというべきなのだ。貴方は今すぐ自分の具有を取り去って不具をやれるのか?こう悟って私の信ずる神は、ホームレスその他の神でないもの一切に、常時頭を下げることに(無論同時に常時奉仕しながらだ)したのだ!!!!

思いつき

 造反教師は、校長を教育する超校長だ。 このように見るも無残な御互いだが、本当は高貴な私達だ。悲惨やどうにも出来ない自分の卑しさの只中で、楽屋裏のある劇だと自分を全存在から引き剥がして安息出来るというのも強ち嘘ではない。現の神がそれぞれの心を満たしてくれるとは限らないのが現実ならば。人の卑しさを徒に責める者も、実は我々本来の御互いに対する深い自己反省も思いやりも喪失してしまっているのだ。悲劇の只中で、時間の向こうの皆でのカーテンンコールの哄笑を思うことが(劇は、役者と観客の区別のない奇妙なものだったはずだ。)、恐らく絶対的に正しい思いだ。 文学者とは中也と寛との間に引き裂かれるということだ。最終的にはあの世とこの世の自然と、この世の歴史社会のとの仲立ちをすべきであろう。

三島由紀夫すら

この星の神が、心から善を愛する作家に出来ていないのが現在のこの星の霊的惨状ではある。がしかし、そんな神の下の、ユダヤ教も、キリスト教も、イスラム教も、愛の宗教にして政治の宗教として統合できるものだ。カエサルのものも神のものだし、また神はイエスもヘロデも等分に愛する。争い合う中東の民よ、万教は古来帰一している。早くそう考えて愛し合い、然らずんば行使されるあろう神の愛の暴力を免れよ。そして世界は、自分の責任において反抗者悪魔達と彼等の悪意を分かち持ち押し流さんとする絶対の愛の神を奉ずる我がラヴミドル教を信じ、かつ国際自由共産主義秩序を作り上げ、争い合う中東を包み込め!!

2007年5月21日 (月)

思いつき

 魂の自然現実が御互いを隔てている。また人間の作りし社会体制が。また神の作りし世界体制が。それらを一切を 超神が愛し 合うべく調えるのだ。 道ならぬ恋愛を感情の真実を信じて、世界への抗議として追求してしまう者もいる。それは個人の性格の欠陥、家族愛の欠陥から来るのが恐らく客観であろうから、彼等を徒に責めぬ寛容さ で世界は道に適う結びつきへと導くべきだ。 原理超神により、反体制は、恐らく個人的にその星の神の造りし世界体制にまで行き着き得て(その場合我々一人一人の内部に孤立を回避するための、他者性の自己創出の可能性も秘 められているかと思われる)その世界の跳躍的発展を媒介するのだ。集団的な、現在この星の魔の勢力どころではない。 「超!」と言って、一人一人がこの星の神よりもこの星を思う気合を入れるのだ。 具有と不具の任意的バランスとしての、我々なる超神仮象。不具の喪失感覚・喪失者としての体験感情をよーく噛み締め、それを思いやり無き具有者 (典型が神)に魂を張って突き付けてやるのだ。そうすれば突き付けられた者に、もっと自分に忍耐強く寛容に、そして優しくなって貰えるであろう。 こうして超神の悟りを得た者の中にこれから、なまじの信仰による教会の前を通る時に、反射的に腰をかがめてスッキリしようとする者すら続出するであろう!! 

石原家の人々は

何故この時代、この社会に幅を利かしているのだろうか。格差が進行する時代の象徴のような人達だからだろうか(しかし、亡き裕次郎には随分優しさが感じられたが)。人間は弱者や不具者に福祉心を持つより、突き放した方が自分が楽が出来ることになっている。彼等は突き放しても文句は言わないだろうからだ。しかし自分はやはり、強者は弱者の親身になるべくより強くなるべきだと思う。都市生活下の自然も、都市生活上の大日さんも、都市生活に愛が満ちることをを願っている。それだから、先ず都庁下のホームレスに都知事が、だ。そして、都市生活に辺境地方を思う思いが、だ。そしてその都市生活を包括する国土を遥かに超えた辺境貧困途上国を思う思いが、だ。そしてその大変さに頭を下げて、だ。大日さんも、直下自然も見たり、感じたりしている。また、あの世の神(大日さんや直下自然と一体の)もそれぞれ生活者の守護霊も見ている、そして悪魔達も。宜しく御願いします。

非普通人は

周囲に普通人に思いやりがないと、一定時間その扱いを耐え忍んだ後に、必然的に決意してこの星全体を敵に回すことになる。此処にその星の神の無能が証明されつつ、それ故本来超神を自覚した悪霊(行く行くは悪魔にまで発達しかねない)が生まれ出るのである。彼は、最初に自分の周囲にいた普通人のみならず、それを超えたその社会の指導者以下、またそれを超えたその星の神以下が、自分に最初に常時頭が下がっていなかったことを自分に泣いて詫びを入れるまでは、その星への敵対を止めないことであろう。また自分と同じ境涯の者を自分の下に組織するであろう。そしてさらにその星を救いようのないものにすることだろう。ほぼかような筋道で、この星のルシファー以下、地獄界の底のの魔の勢力は成立して来たのである。 

2007年5月20日 (日)

思いつき

 一番何もかも恵まれているこの星の神が他の皆への福祉心が十分でなかった。一部堕落天使による長期の造反と、そのことによるこの星の混迷はそれの所産だ。この星の神は悔い改めて神でない者達一切に頭が下がっている。そして貴方達に福祉心を涵養させて頂くと言っている。生まれ来る非普通人も、普通人にとってそのような(福祉心の涵養の縁)者達だ。 善なる自由共産主義経済への世の中への呼びかけと、自分の場所からの及ぼし。消費にも企業経営にも隣人愛を満たすこと。 その星の幸福とは、その星の神と神でない者一切の願望が合致することだ!

視力。

 そこに盲人が生まれて来ているなら、側で盲人でない者達が誰が視力が一番かを競うことの空しさに気づけるであろう。それぞれに恵まれた一切の物は、より恵まれない者のためにある。 自分個性に捉われないこと。ただ自分なりに他を愛すること、それが十分出来ていませんと・・・。 優れている者が一方的に包み込むのではない。劣っている者の気持ちをよく分からせて貰うために逆に包まれて、相互包容だ。またそうしたがらない優者を正すための、劣者の決意しての優者へのストライキの能力が一番魂にとって大事なことなのだ。女が男に。非普通人が、普通人一般に。神でない者が、神に。本来皆超神と自覚できれば、誰もが、この世もあの世も懸けてそれが出来る。この星の悪魔達のように。 頭の下がる認識の全盲者達=無明蒙昧の民衆。 御行儀をしむけるダサい神に我慢がならない、多くの神でない(本来)超神達もいる。 こうしてこの星の神の立てる価値基準は根源的には相対的なものだ。それは神でない者との合作で発展させられて良い。 例えば、貴族=経済的支配階級の親族、としてその優雅な生活に自足する者が存在してしまっているならば、この星の神の歴史社会への共産主義的労働の仕向けは、多くの人間達に説得力を持たない。 まあしかし、取り敢えず世界体制は変えられまいから、超神=この星に現の神以上、この星への愛を一人一人が回復すべく、世界を国際自由共産主義に調えるのだ!

2007年5月19日 (土)

私達という原理(=超神)を

存在の劇が行き過ぎる。故に私達は、時間を超えて常に一切を超聖化出来る、同じく私達である悪魔達に接吻して、可愛いがっている、彼等の銃殺好きの地上的手先達にも接吻して!!

Yahoo!ミュージックー

サウンドステーション周辺の労働者の皆様、毎日の重労働、御苦労様です。音楽の好きな私は、毎日楽しませて頂いています。がしかし、貴方達のそのための重労働を思うと、この星の神が代わってそれを皆、ヤリャーイイジャネーカー、と思わないではいられません。労働なんて基本的にしないほうが、音楽ももっと余裕を持って楽しく聞ける筈です。ということで、個々人間を十分に理解させて貰う努力もせず、どうにも碌でもないもないことを人間に仕向けているこの星の神の現状では御座いますが、めげないでこれからも元気にこの星の人間をやって参りましょう。

馬鹿にするな!

 この星の神は、神でない者達が、自分は神に馬鹿にされていると感じている、のが分らず、馬鹿にされていると感じさせ続けて現状のような報いを受けた神だ。その辺の中学生だって、自分の客観内容(能力だとか、性格だとか、現在の知識量・経験量だとか、・・・)と無関係に、誰にも馬鹿にされたくはないものなのだ。その者の単なる客観内容が全てなら、そもそもそのまま神に創ってもらえばいいことなのだから。この星の神は、お前みたいなのは最初からいなけりゃ良かったんだと言われたくなかったら、今まで怠って来た分の無限倍する神でない者への拝跪の義務を、将来に向かって十二分に(アンタも同じく本来超神ならば)履践して貰いたい!!!!

2007年5月18日 (金)

労働が

魂を神聖化するというこの星の神に、快楽こそ、魂を超聖化すると打ちつけて来た者達がいる。美酒と美筒の感覚が、さらには降罰の受苦すらそれを証明していると。矛盾はより深い愛にやってしか解消し得まい。 取り敢えず 男 という原点からの反直線のイメージの周りに、数・空間表で考えられる、無限次元のユークリッド空間を遥かに超えた空間、そのあらゆる方向に放散する、非男の半直線のイメージの総体を(この時、女=反男=180度非男、の半直線が点景として見える。)この星の神に謹んで送って置こう!

2007年5月17日 (木)

思いつき

 確かに体のためにさせようってのは分かるけどね。食わせる、合わせる、洗ってやる、・・・。そこで心が、最初の他者、体のための苦労を仕向けられることになっている。しかしそれに十分自覚的でなく、それを拒絶しているのが人間の中の金持ちや、オカマ達だ。 彼はレンズを磨いたが、私は警備士をやっている。観念を食っては生きて行けないし、観念をうまく売り捌く自信もないから。そこでそれぞれが気儘に観想する宇宙に違いが生じている。 否定的価値存在が返って、存在の本来の抽象的味覚を皆に齎す。恐らくそれぞれ実存が次々に溶解して行くほどの。 子供は何故可愛いのか?  主体性を放棄するというメタ主体性。誰も時に世界苦の只中で、憧れて座椅子になりたくもなるものだから。 どんなことも、理想へ向けて無限発展出来る。 学問を売ること。売ることの最中で学問すると。愛に導かれて。 文学とは、一語に絶対的郷愁を充たす努力のことだ。その時々の福音に或いは失笑を、或いは憫笑を送りながら。 この星の神にも欠けていた自分ばかりではなく、という霊的価値、いっそ何時かもっと上の神に穴を捲ってしまうほどに、そして彼等と同等位に刹那にもっともっと純であれ!!!!   

抱きしめる!!

 自分より弱い者は、男に対する女のような者だ。そのような性欲の対象になりうるのだ。 しかし、男と女の、親子の、神と神でない者の非対称は、深い思いやりで正されていい。相互に感謝し、相互に礼を尽くすのだ。 それで、自分の無礼を魂を張って示してくれた、造反天使=悪魔を抱きしめ、その悪意を共有のものとし、終には浄める神を拝まないか?そして場合によっちゃー、この世界の生産労働を廃絶も辞さぬ神を!!  

思いつき

 胎教は親の方も御伺いを立てるべきだ。 人間皆を侮辱して奥の院に閉じ篭もっていると、その内吉良家への討ち入りみたいなことをされてしまうぞ。 半端な神仏はもうあまり必要なかろう。 仏教が普通に言う成仏は一部に過ぎない。 彼等がヤクザを使って 社会が幾らでも暗黒化されそうだ。 だから魂の切り捨ては善くない。 裁きの神を上回る愛の神を。 自分を他にブチつける者に、その深い心を教えて貰う。自分が教える前に。 こうして誰にでも教えを伝えられるように。 善き宗教は、耐用年数が不確定だ!

関東大震災後も、

国際自由共産主義秩序を作り出すことは出来たぞ。それがその後の大戦という失敗、大戦後の失敗と踏んでここまで来てしまった。それだからこれからが勝負だ!!

神が悪い!

神も、神でない者も、悪魔も超神の超現実の在処では兄弟一体だ。だからこの星のかような分裂は、きっと(後で気持ち良くなるからとセックスを男が女に無理強いするように)人間に労働を無暗に押しつけたこの星の神が悪い。それで反抗する者も、面従腹背する者も多数現れた。先ず働かざることも、人と付き合わざることも自由にしなかったこの星の神が悪い!

2007年5月16日 (水)

チガイ。

 この星では、御互いのチガイ(違い)が酷すぎて、チガアイ(血が愛)になるしかないのが星の現状だ。それならばいっそ、愛としての血を十分に流し切ってその後に、御互い寸分も違いない超神として初めて安らぎ愛しみ合おう!

Lucifer,

we,God and all others ,do do do do ・・・・ love  you all  !!!! ・・・・

2007年5月15日 (火)

評価。

 一等大事な愛についても、愛さぬことはその者の不可避性であって、側で愛するものとって観念としては愛であって深く愛し合える。つまりそれが本来超神ということで、魂にとって一切の評価が最早無意味だ。 宇宙というフラクタル(素粒子の内部に)、美というフラクタル(美の要素がまた美で)、私達、瞬時に荘厳な無際限の連鎖の只中に在れる。 同じように直覚した中也が、予感される多数の爆死に替えるに狂死を選び取って、その時代の最高の経済人だった(戦争は経済的にも大欠損ではないのか?)のである。だから詩人がするように仕組みを作り変え、詩人がするように消費すれば・・・・

アリョーシャ。

 神や私より先に、この星の魔の勢力を文学的に救済せんとした作家よ、スタヴローギンは現実のルシファーのマスコットだ。宗教家を政治革命家に解体させる予定だったとかのアリョーシャが我がラヴミドル教のマスコットであるように。我が宗教には、政治組織の創設も予定してある。 演ずることと観ることを自己の生の極点にて同致させようとした不埒な作家よ。美という永遠の謎のために、存在は繰り返し、繰り返し切り裂かれねばならない。 しかしその一方、警吏に白を切ったペテロの怯懦はそれでいい。怯懦も、存在世界の一切ソレと名指しされるモノ、を無際限に愛しむ超神の、無論しかくするところのモノ、だから。 時に無際限に他に命による償いを求め、時に無際限の自己の命の犠牲を企てる。未来の無際限の、愛念自体の犠牲、という極限へと準備して。天衝く憎悪を噴出させねば、超神の在処へは決して帰り着けまいから。 「私とは、刹那に純であったことである。それを神をも含めた現存在どもが、億年の長きになどと言っている。私は、過去とか未来だとかいうことを知らない。唯、雨垂れのような存在の槌音を刻々聴いているだけだ!」 因みに私が書物を読むのではない。書物が私を読むのだということも此処で言って置こう。

魂は

愛の可能性だ。 非普通人によって、普通人の福祉心が問われる。 神の中に、他に勝っていたくない気持ちが眠っている。 一方、神でない者は神にとって、それはそれは複雑な彼、彼女だ。 それで時に、自分に恨み心を発しられたら、神は先ず彼、彼女を憐れんで、為に祈るべきであろう。

交換。

神と、神でない者(客観的(実際に、ということ)主観的(本人のつもり、ということ)係累(家族)非神、第2狭義の非神)=障害神、が知・能とそれらの喪失感覚・喪失感情を交換し合い、愛し合って超神へ!!!!

思いつき

三権は全体が憲法を奉じつつの協調を前提としての相互抑制であろう。 政治・経済・文化が互換的であるのがそれぞれの成熟なのだ。政治が無能と思えたら、暫時、他が人民戦線を張れるように。 一国完結の経済であるかのような国民一般の錯覚を取り除くために、国際経済の社会人教育はどうだろう。一切労働者・農民の連帯感を遥か将来にではあっても実現したいから。

思いつき

本来の超神性と現実の人間性の同時成立。 神でない者のの神から喪失した認識と喪失感との対応。 実存超神を掴んだ非神(広義)と掴めない現存在神。 私はかように学識の貧寒に負けない思想の、パガニニのような曲芸弾きとして。

2007年5月14日 (月)

西欧、米国、そして日本も、

東アジアにばかり、利己的・投資的関心を持っていないで、パキスタンを含む南アジアにも、自分達が不当・不法に蓄積した富の無償還元の努力をして下さい。この地上で魂は衣食足りてこそ、他への愛も宿せることだから、貧困は素朴には、その者に自分を取り囲む世界からの害と受け止められることなのだから。神は無益な殺生を喜ばない。それが已むをヲ得ざる自分の殺生の際にもだ。

2007年5月13日 (日)

思いつき

 無理して合わない人と付き合う必要は無いかも知れないが魂は成長しないだろう。それに、仕事上ならそんなことは言っていられない。その意味でSNSというのも・・・。 神に幾らでも気に食わして貰わなければと求めてきた奴等がいるのだ。 彼等の悪意はこの星の皆の共有だ。 そいつ等の手に落ちた金正日以下の、アジアは全体を自由共産主義に調えて仲間入りを待とう。 そんなこんなで、 神も悪魔も超神からの喪失者として同等とi言えるだろう。 

写真やら。

 写真やら映画やらは、技術近代の現在を表現様式で象徴して、文明の原始からの時間の累積の感慨を常時、感覚させる本質的な表現様式だ。私達は映画を観ながら、その表現様式により、そのような感慨を常時感覚するのだ。 石油を掘る労働者を彫る。同時に同じく彼を褒め称える言葉を魂の芯から掘る。同じ重労働で。此れが世界が仕向ける共産主義だ。(しかし私はもっと無償の文化営為を認めるに吝かではないのだが・・・)。 春に花咲いて、地下の神霊のエネルギーを感じ取ること。そして都市生活を省みること。がしかし、分っていても敢えて悲劇を求めてしまうことは人間にとって已み難きことなのかも知れない。 ついては大川のつく「酒・タバコ・賭博に塗れた邪な生活は止めましょう」副神(?)は、先ず貴方の方が、そのように塗れないでいられない現代人の苦衷の理解を宜しく御願い致します。 魂は終に神すらも自分を完全ということは出来ない。何故なら真の完全(それをつまり超神といっても可いのだが)とは、理想と一切の非理想とを自分の内に同時成立させることなのだから、そしてこの星の神はこの時代恐らく、公園のホームレスの感情を代理表現は出来ないだろうから。つまり、謙虚とは時間の謂いなのであろう!

   

除者。

 自分一人、そんな神にはとても付いて行けないので、不可避的に自分が除者になった隣なる信仰共同体に報いてやるには、自分の内奥に秘めた超神力により、新たに自分を新神として形成し自己分割しながら、その自分の統べる新たな信仰共同体を形成して、一方で元の神の信仰共同体を根こそぎに解体し、一人一人を分離させ、それぞれ個別に、新たな信仰共同体からの除者の体験をさせてやればよい。元の神以下が、神でない一人の弱みに付け込んだ報いとして、内奥に秘めた超神力により!!、

ヴェルレーヌも撃った!

 余りの離別の悲しみは魂に銃殺心を呼び覚ますらしい。ヤクザが市長を。民族が民族を(ユーゴが撃たれ、米国のビルが撃たれ、米国人学生が撃たれ、・・・)、そして神が民族を。(一昔前は、文学が、自分を馬鹿にした政治を)。こうしてこの星では、クライムはアートであり、アートはクライムだ。ジャッジはアートであり、アートはジャッジだ。一切を超神の光輝として、美が祝福する!!!!

超神とは

一旦自分と信仰契約を結んだ神を、神でない者が、神の自分に対する絶対の内容優越に怯むことなくひるむことなく、神の自分に対する奉仕義務の実績如何で何時でも自由契約にしてやる神でない者の本来的可能性だ。それ故場合によってはこの星の悪魔達のように徹底的な反抗者となることにもなる。霊地獄界から地上人を悪へと操縦して、繰り返し繰り返し神の歴史断絶(現在も近々に想定される)を引き出して来たところの。

2007年5月12日 (土)

大川のつく

宗教家が、本当にこの時代下生せるこの星の副神であってしかも殆ど誰にも見向きもされなでいる者なのか否か、そんなことはこの星にとってもう如何でも可いことなのかも知れない!

この時代、アルガママ主義者

(美輪ちゃん、美川など)が、ラシク主義者(森田など)にものの見事に勝利したのだった。この星ではこれまで、何事もの立派の権化の神が、正反対の悲惨な者達に通り一遍の憐れみはあっても、その憐れみが決して相手に頭が下がるの位までのことは無かったからである!!

ハゲ校長に

ぺこぺこしている教頭以下(或いはハゲ校長自体も)は、造反教師連に存在の根底から軽蔑される。彼等は有難い非在からの背光を拒む臆病者達だからだ.。側で誰彼に魂クセーッ、と罵られている者の魂の息を逆にカケテ貰って、人は果たして幸福になれるのだろうか?

そこにいる或る者に

肝心要なことを何もやってあげなかったので、後、外に、彼に何をやってやっても、また他の者に何をやってやっても、それぞれをを全く無意味なことにされてしまった者がいる。愛とは実はこれほどに、凄惨なものなのだ!!!!

2007年5月11日 (金)

写生と自由表現。

 写生は対象を理解させて貰うことであり、自由表現とは自分を理解して貰うことである。行く行くは誰しも、それらを超えた超写生を目指す。今アジアの画家、あるいは全芸術家は、悪魔憑き金正日を、全精力を持ってして十分に写生し、十分に自由表現し、彼の悪意を我々のものとして分かち持ち、浄めることである!!

大江健三郎氏は

この後、自分のようには語れぬ無数の (心傷つき易き者) のために自分の言葉を投資して作品を製り、全世界から無限の心熱き理解という利益を獲得して下さるよう此処に、心から御願い申し上げます。私の信ずる神が願っています。 

2007年5月10日 (木)

吉本隆明氏に。

 悲しみ が来て貴方に、御苦労さんと言っている。存在の底を抜く 悲しみ が。自分から喪失した一切の者を憐れむ者が。本当に御苦労さんでした!

思いつき

 全世界の夫婦は、ラヴミドル教を信ずる国際自由共産主義者として、この星の男神(大日)と女神(地球本体)との本来御持ちの地球大の性交感覚を分かち合ってもらえる(但し神は、苦即楽の境地にあって、性その他の快楽を基本的には禁欲されている)。日々の労働は、神も神でない者も無く、この星全体のためということになるからである。 何時までも一部天使に叛かれた神、その神に連なる天使、善人、弱者であっては・・・。 女の方が思いやりがある。だから女が同時に強くなると、女の方が一方勝ちだ。 人生がエンドレスサマーだとか、叱るんならアースクエイクヴァイオレンスだとか・・・。 神の裁きを待たずに、同胞を裁くことも神でない者の成長であろう。 ズットズット自分をやって行かなければならない実存だから、認識の全盲=蒙昧の方が価値高いということになる。超神等価の、なまじの覚者、知識にも想像を絶する不安を引き受けて。行く行くはこの不安自体も理論的段階付けるられるであろう。 恨まれるとすぐに除者にするような、神でない者にそういう意味であまり熱く燃えない神だったようだが・・・。此れからは人の分まで善き者であろうとする天使や、人間を多く作り出して行こう。  

思いつき

 何もかも完璧な神が、しかし完璧でない者達の意識を自分の意識に同時成立させるのが次の彼の目標になる。あるいは、完璧でない者達に自在変容させることも。 クウォークその他も感情を極限までコントロールしながらの感情の爆弾だ。 ところで感情(情念)は関係(分離しているとか)、や延長の状態(縮小しているとか)の直覚を含むものとして無から作り出された。超神によって。 多様な他を愛することと、その結果として最終的に彼に一体化することにより、結局、個人が一切の個性を企ててしまうこととが同致することだろう。 真に悟るとは、目前の問題を解決し得る認識を得ることだ。 自分の価値に自惚れることこそ素朴にある人間の下らない感情であって速やかに無に帰されるべきなのだ。自分の価値への認識は優劣どちらであろうとも、最終的にそのことへの感情が乾燥したものになっていい。   

刻々北米・西欧の将来の沈没に

寄与している、某著名エゴイスト企業に。我が3世界論に従い、速やかにそれぞれ市場からの撤退を敢行せよ。此れはこの星の神から貴方方に与えられた神聖な義務である。それぞれ市場は周辺途上国との共存共栄のためのものであるから。

魂にとって一番大事なのは、

自分より優れている者に対する、優れているが故の自分への存在論的債務=福祉心を要求する能力である。極端な場合が、この星の神への、一部天使達の悪魔化しての債務履行の要求だった。彼等こそがこのことについての鏡であり、億年の貫徹の後にこのほどその要求が受け容れられたのかも知れない。フランス、サルコジ新政も、この道理の洗礼を受けざるを得ないことであろう。

私達は

何もかも具わっていて、しかもそれぞれ何か具わっていない私達を具わっていないからこそ超神として立てて拝んで尽くしてくれる、新しく悟ったこの星の神を拝み返してさせられるならば、一人が一人が自分のように個性内容に捉われる必要はなくなる。(今までこの星の神はそのような神ではなく、その自分たちへの扱いの悪さに耐えられぬ者達は、反抗して悪魔化して自己救済して来た。この故に、魂のさらに深い普遍的救済とは、それぞれ魂の内奥に秘められた本来の超神性によるのであり、それが極端な場合はこの星のように神に対抗しての悪魔化による自己救済ということになるのだ。)

2007年5月 9日 (水)

超神の在処(その?)

 神(科学法則、世界の造型、その内部の一切生命の心身、その他をその愛深き超能力で支配し得る者)と一体の者達(国際自由共産主義者)が、悪魔(神に非ず立てる非神の一態様)と一体の者達(帝国主義者)との、空前の全体一体の超神の在処=ゴサッタドンを実現しに行く。この世の魂それぞれと、その十倍するあの世のそれぞれの特別兄弟達の区別なく。ラヴミドル教=革命的国際自由共産主義同盟=演劇集団「超」=ロックバンドSG=・・・・・・!!

夜半の夢は

新しいユーゴが必要なんだと叫ぶ演劇野郎の情熱だった。情熱は理性が語る不可能を超えさせるだろうか?50の体に、二十歳の若気を甦らせて。 ロックンローラーは地道な銀行員の生活をを励ます位に地道であるのも良い。シャウトを商品として地道に練り上げて。がしかし無論、一実存=本来超神として、その地道を仕向けている神の世界体制への革命者であってもいい。神はマリック程度の超能力者では無い筈だから!!

2007年5月 8日 (火)

利益。

 金儲けする時に心の儲けを。得な買い物より、心の得を。経済行為において寧ろ心の利益を計上することは、恐らく日照や大地自体を安定ならしむる。それだから結局、物質の利益にもなる筈だ。 正業、仏説八正道の一つ。正しく職業を営むこと。あるいは広く、正しく行為すること。ところで、日本経済圏で(あるいはグロ-バルで)途上国が先進国に実質、貢納ということをし続けるような現況では、どちらの地域の個々人の職業も、無論最早、正業となり得ないのだ。それだから下生せる副根本仏と称する某宗教教祖が日本社会を傍観しているその最中に、根本仏は日本社会をブッた。この時代真の仏道とはその根本仏の正業に即すること以外ではない。

中原中也家の家計簿。

 あるいは、自由経済の市場を精神的に善くして行くために、中原中也家の家計簿が参考になるのかも知れない。つましい努力だとしても。 普通に死んではならない、と仲間達を密に戒めてやはり、文学は恐らくズット、ズット福音と等価だった。 文学は約めれば言葉とは悲しみだ、と言って来たようなものだ。 それだからこの時代、言葉自体を破壊させる者すら現れているだろう。 そんな文学者を初めとしてその他人間皆に、この星の神が空前のこととして深く、深く頭を下げれば、漸く皆を、安心させてやれるのかも知れない。

2007年5月 7日 (月)

人間を不当な扱いをすると、

その中の誰彼は決意して悪霊になる。このことこそが、人間の本来の超神性を如実に表わしている。偶に位しか働きたくなかった者達に。私達は皆超神からやって来て、そんなこんなを繰り返して何時かまた超神に帰って行く。私達はその間自由であって、そして神以外はその自由により神を判定し続ける者達だ!

2007年5月 6日 (日)

立派な人ばかり

誉めそやすのではなく、平凡な人や、普通でない人の、そうでない人にはない価値を見出す、人に愛深い世の中ってどう?

親が子供のために

苦労がしたかったら、先ずもう自分には分からなくなってしまった子供の気持ちを、子供に頭を下げて教えて貰え!

2007年5月 5日 (土)

物は愛すれば

賢治もそうだったように、人のように見えて、・・・。それなら、原子だって、クウォークだって人のように見えるだろう。人のようであればこそ、互に愛し合える。それだからそれだけでそれは、愛された物の愛の御返しなのだ。愛の深遠なること・・・。

この星の神の

この時代の偉大な悟り。相手の心を理解出来てしかも相手に歯を剥いて反抗された者は、大宇宙始まって以来一人もいない。そしてこんなことをやっと今悟れた自分は余程出来のの悪い神だということも、さらにはそれを教えてくれたのは誰なのかということも!!

2007年5月 4日 (金)

具有と不具(その2)。

 具有(非盲、神、等)が、不具(盲、悪魔、等)を縁起として、自分が具有であることを不具に謝り、かつ不具の苦労を思いやり、不具に奉仕すると、終に両者が、具有にして不具、不具にして具有として一体化する。非盲は終に盲の体験を我が事とし、そうして奉仕された盲は終に暗中の外界イメージを実際視覚に等しくする。神は終に悪魔の体験を我が事とし、奉仕された悪魔は終に悪魔にして神同等の愛を宿す、この星でも!!

思いつき

 出来ないと言ってられない時の超越者(神、仏、天)を拝んで他力。例えば高齢になって元気な若い奴に確かな人の道を教える時とか・・・。 弁証法的という発展の人間的現実態。つまり雨降ってさらに地が固まるとのが普通だということだ。 この日本で、ココロキレイとプリントした粗末な服着る、粗末な靴はく勇気のある奴、どれ位いる? ナンボモ命の犠牲を、ナンボモ善意の犠牲をと、彼等、魔の勢力が愛に飢え切っているのは事実なのだ。ナチスもスターリニズムも使った。 近代資本主義が共産主義的に展開されて今頃は世界に共存共栄を実現して、というのが神の目論見だった、だからこれから・・・。

思いつき

 どんな場合も非普通の存在を他の普通の存在の全体が決して責めたり引け目を感じさせたりしないで思う福祉心が優先だ。 国際責任とは不断に、神法、自然法上に基づき考えられるべきだ。国際慣習法、国際実定法を絶対化するのではない。 ということで、神法に悖る歴史社会に決定的な対象暴力が行使されてしまいませんように。 憲法は前提の現実の政治権力状態を体して確立されるが、確立後は理念的に解釈される憲法が、現実の政治権力に優先する。

2007年5月 3日 (木)

愛情も、

私達、本来超神が創って絶対的真理だ。そこでこの星の神は自分を長期、恨む者を臨在させていて、真理ではない。貴方の下の一切の学問を空しいものにして。 億年を遡っての、魔の勢力を対峙させたこの星の神・天上の彼等に対する自己反省と理解の徹底。(そうすれば、例の1億年×17クラス=17億年の勤行なしにも彼等が手を打ってくれるだろうか?) キリスト教も、仏教も、寧ろ神の仕向けている筈の世俗の経済活動から離れようとするおかしな宗教だ。 神→非神→贖非神→新神=準超神という発展の反復により、超神が一切の可能性を発現する。そして究極、存在の、存在の、熔けるまでの愛の発現を!! 

我が家では、

私が自分ばかり頭が良くてゴメンと姉に謝り、姉が自分ばかり性格が良くてゴメンと私に謝っている。自分ばかり何もかも立派でゴメンと神でない者達に謝っている神を拝みながら。具わっていない者に対する自己の無反省と無理解は、この星の此れまでの神がそうだったように、反乱を持って報いられるのだから。

ルサンチマン。

 神によって内容劣った被造物にされて少しも謝って貰っていない恨みを、被造物を代表して恐れず怯まず神にブチつけて来た者達がいる。今やこの星には彼等に唆されて神ののどんな仕置にも耐えようとする者達も増えている。傲慢で、根源的には筋の通らぬこの星の神に、真の原理超神様、に年貢を納める時期が来ているのかも知れない。一切実存は劣った地位を嫌うのだから。

2007年5月 2日 (水)

思いつき

 神以下一切の意識を同時成立させた、超神なる存在の、多次元時間、愛の発展が時熟させるところの。 いい加減に法科に進学するほどに文学的であること、愛する文学を放棄して、超文学者として新生すること、今愛する専門の一切の放棄が必要な時かも知れないのだから。 反体制、本来皆超神ならば、場合によっては神の造りしそれに対してすらだ!!  

2007年5月 1日 (火)

思いつき

 劣なる他者の存在を縁起として優なる自己の存在がある。だから謝って優は劣に奉仕だ。 愛はこうして相互の対等価値を見出す。無論、神との間にも。 怠け者がどんなに怠けたいか、頭を下げて伺いを立てるべきだった。この星では労働を、生活の、時々の刺激にしたい位の者の方が多そうだ。まあしかし取り敢えず、神を赦して。 で、美味い物、快適な物は、他者の労働の成果なのだから。金持ちとしてその過当な享受に耽る者は必ず報いを受けるはずだ。 ミャンマーの人間と林業を協働する象には、アフター5があるのに。 思って潤う心と思わずして荒涼たる心の同時成立。 愛の無能力者を一番大事に思う、それも愛が取分け、価値ある愛なのだ。

資本の還元。

 旧植民地、旧社会主義国が先進国に、蓄積した資本の還元を求めて国際自由共産主義を促すんだ。 石油、鉄鉱石、非鉄金属、鋼材、部品、資本財、民生品、ざっとこれ位を途上国労働者が低賃金で貢いでいる。 西欧に関しては、数百年来の共業だ。神がこれ以上許すことのない。 

気持ちが。

 神も親も、知識は有り余り、能力も立派、性格も立派、愛情もあって、と具わっていても、唯一つ、存在させた人間や子供の気持ちが直には分らない(例えば魂の内容立派な者に反感を持っているかも知れない)。彼等とうまくやって行くには、彼等に頭を下げて其処の所を教えて貰うしかないのだ!

思いつき

 私達は潜在意識下に過去世の知識・経験を蓄積している。それ故、今世のそれに拘る必要は無い。 西欧、日本は、有資源途上国の資源と、自己の発達した資本主義ノウハウを互換する義務があった。米国は資源・技術完結的な資本主義を、有資源・無資源途上国に還元する義務があった。今、それと反対のことをし続けたことの罪滅ぼしが求められている。 善とは、対等な者が他を侵害しないことであり、また優れた者が劣った者に還元することである。

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