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2007年3月31日 (土)

集団自決のようなことは

関東大震災時に心ある者にすでに予想されたことである。日本帝国主義が伸張した第一次戦後景気の故の帝都その他の奢侈退廃とそれと裏腹の農村部のインフレ故の生活苦の悪しき波動に地下の神霊が感応したのである。魔の勢力はそれまでもその時代以後も、一切の帝国主義(英米等の自由帝国主義も、独日等のファッショ帝国主義も、ソ連の社会帝国主義=スターリニズムも)を催していた。唯一、神の御認めになる国際自由共産主義(あるいは少なくともそれに通じ得る思想)を信奉する輩と言えば、残念ながら極々か細い一筋であった訳なのである。さすれば、さすれば、阪神淡路以後十有年のこの時に、その歴史の教訓にどうして学ばないでいられようか?憂国を超えた、真の憂星の至純心の喚起を多数に切に願うばかりである!

今すぐ皆が、

何を知らなくても、何が出来なくても、この星全体を神以上に思う、超神の愛の意志を。 魔の勢力よ、億年、我等天上の勢力も反って別種の魔の勢力だったと認めるなら、想定した我等の十数億年の貴方達救済のための勤行を待たずに、同じ天上の勢力として帰ってくれるかい?御願い申し上げます!  

誰よりも泣きたい気持ちを、

この時代も此れほどまでに自分への恨みを噴出させた彼のことを誰よりも思って泣きたい気持ちを、主神だから堪えているこの星の真の主神を、愛の主神を全世界は信ぜよ!

思いつき

 教頭よ、偶にはノーと言ってみよう、造反教師達の心が動く、偶には勝手に彼等を殴ってみよう、やはり彼等の心が動く。 理性の中国、感性の日本、理性のドイツ、感性のフランス。合理の大陸、経験のイギリス。合理の中国、経験の日本。感性も理性もない、合理も経験もない根源から。 伝統のイギリス、近現代のアメリカ。伝統のヨーロッパ、近現代のアメリカ。、伝統の関西、近現代の東京。、伝統の中国、近現代の日本。同じく根源から。 ドイツ観念論と朱子学と。 経験から時代の原理を精神の中枢に感覚的に帰納し、その原理から感覚的に演繹して想像的虚構。文学者の文学創造。ゾラ、「居酒屋」を読んでいる。キリスト教の廃れた時代の超神達の乱行録として。 文化はコミュニズムの称揚、此れが原理的使命だ!

 

2007年3月30日 (金)

社会への三戒。

 労働力を盗むなかれ、労働者を半殺しにするなかれ(労働は無期懲役ではないはずだ。)、労働者のは本来の妻を寝取るなかれ(社長三人、臨時工ゼロ人と言った感じで)。何時かズットズット心が悪いままの者達に、幾らでも好くしてやれるようになろう。 神の非向上と神でない者達の非行とを釣り合わせる超神力が働く。 下生した副神への地上人の呼応が六十億人中、未だ数百万過ぎず(一パーセント)此れがそのまま、この星の神でない者達=本来超神の、この星の主神・副神への採点ではないのか?このようにその星の神が自己を最高として立てる価値基準はこの星ではほとんど支持を喪失しており、それだから一般にそれは決して根源絶対的なものでは有り得ない。 尚、魂は超神から裏返って、多くが内容粗末になると同時に、相互分離を来たさせて始められる訳だ。それを如何纏められるかは、主宰する神の愛のありよう如何にかかっている。     

知の深奥。

 この星の神は多くの人間がどれほど、苦労して仕事なんぞしたくないかという肝心要の一知の十分な獲得を逸した。その故に星中がこの有様だ。知の深奥とはこのようなものだ、肝心要の一知は、神でも対象に頭を下げねば完全な獲得はならぬのだ。然るに、多くの人間は世界の貴方達への不適合を神は認めて謝るから神を忍耐して許して、経済活動と人間の心の発達の修行を同致(同じものとする)させようという神の仕向けの意思を汲み、現歴史社会を国際自由共産主義へと調えなさい。計画の社会主義の破綻はアダム=スミスの昔に原理帰りして良いことを意味しない。スミス的原理はスペンサーは認めても、神の認める心の発達の原理ではないのだから。それだからこそ、この正しい原理の下で神の見えざる手は無際限に人類の幸福のために働いてくれるだろう!

優等生は、

優等生にして優等生でない者不良までの意識を自分の意識に出来るまでになりなさい。その時貴方はかえって彼等に頭が下がる、或いは不良の不始末の責任を進んで肩代わりする。そしてそれだから、貴方は地球空前の優等生だ!

2007年3月29日 (木)

超神に成長しつつ

我々に捧げ尽くす神を信じて、御返しに我々皆共産主義社会で愛し合い、同時に神のように子供等に捧げ尽くし、また子供等も愛し合えますように。

何も知らない、

何も出来ない只中の超神として、隣なる神以下に強い情動で教えなさい。 帝国主義覆滅の衝迫あるアート、世界の根本矛盾(神の人間への労働の仕向けという)を弁えつつの共産主義芸術としての音楽に相応しい既存の管弦楽を超える器楽構成、インテリ・庶民の混融を表して。 我が姉妹宗教、ローリング素頓教もどうぞ。 人に傷つけられた恨みは、相手に謝らせるまで継続するのが純粋というものだが、その純粋妥協無き故の苦痛の継続に耐え得ぬ人は神にその者の御裁きを任せて恨みを水に流しなさい(因みに彼等魔達は、神への恨みをなんとまー、億年も継続して来て止めていないのである、超純粋!)。さらに望ましいのは、自己反省と思いやりにより恨みを超えることです。

この歳で未だ熟せずして

破滅はやって来るのかも知れない。ロマンチックの病。しかし、身半分の溶けるまで。 アッシェンバハ教授、美は廃頽の向こうに新しい自分を発見したのかも知れない。ヴェニスに死したのはもしや億年の美の生命、後年神よりも彼岸へと疾走した、作家をも魅して。記憶喪失の超神兄弟達よ。歴史は長く神にとって、ドリアン=グレイの何某のようだった。しかし突き刺す時彼の悲しみがドリアン=グレイの無限倍だったろうことは信ずる自分にも痛いほど感じられる。 刺殺は自他の死の完膚なきまでの企ての一里塚、そして詩において終に一切の喩が可能であることを啓示するのだ!  

思いつき

 全日本の善人達よ、この星のそしてこの日本の神の破壊的善行(天変地異)が縷々行使されているのだ。日本帝国主義改革のために自分の現職業を放棄しても挺身できれば寧ろ自分の職業的発達のために一番よいのだ。弁証法的で。 超神の愛は性欲も誘発して同じく目覚めぬ神以下を自分に対して女に思わせるだろう。 他人の例えば食欲と自分のそれとを同時成立させるのが自他一体ということだ。他人に食い物を与えるか、苦しいがが我慢しろというだろう。 勘当された幸、母さんも何時かお前が一番家庭の真の幸せを思ってくれたと言うだろう。 売り上げを株主・経営者・労働者・原材料提供者で均分する企業内共産主義。労働者以外はボランティア或いは喜捨の精神を含んで。この方が長期的に売り上げが拡大するはずだ。 働けない人・遊び暮らしたい人・楽に働きたい人・普通に働きたい人・人一倍働きたい人それぞれ同年収に出来る。自然を作り変えるか、神がもっと頑張れば。身体を作り変えれば、必要的労働を無に出来る。 とりあえず、落下傘教祖として。    

私の同僚の元遠洋漁船員が

還暦直前まで、18時間労働をやり抜いてきてピンピンしている。彼が神の24時間労働の真実を証明した。人間は恐らく修行によって、燃料補給型から神のような核融合型に遷移して行けるのだろう。しかし、その神が魂は物ではないのでホームレスの方がほうが碌に面倒を見てやれない自分より偉いと言っている。また人間の修行は色々な内容のバランスを考えないと恐らく行き詰るだろう。そして中心は何時も愛の修行であるはずだ。また個人の修行ということを超えて、修行者上下同士が本来対等価値超神として愛し合うのが何より大事なのだ。 

思いつき

 年を取ってヨボヨボになってまで生きていたくないという者も多い。パチンコがベースの生活の方がよいという者も多い。しかし、努力して寿命尽きるまで元気に働けというのがこの星の神の考えだ。 家庭で、会社で、業界で、国家社会で、国際社会で、寧ろ鼻摘みな者を、その心情を思いやらせて貰って周囲が尽くす。 生まれて来た普通でない人は周囲の愛の発展の種だ。 心の片輪の方がより苦しいのだ、心はその片輪さが眼に見えないく人には中々分らないから。 心の醜い貴方の存在を縁起としてまだ増しな私があると思って、務めとして相手に頭を下げて尽くす。 全体に纏まる心で、同時の個人の愛の向上を目指す。 超神一体の神・天使・人間への変容の縁起(貴方がそうあるから、私がこうある)。それだから、悔い改めて悪魔達を初めに尽くす神が・・・。行く行くは悪い奴等の世界に出入り自由自在に。心が悪魔心に堕ちた者達を放りおいて、平気で天上生活をしている神々・天使・善人には私はもう用は無い!

ロックンロール三昧がいい、

例えばミックジャガーのような魂をこの星の神は害して来た。害には害が返る、私達のその本来を言うならば、絶対的に一つのもの、だからだ!

私が伝えたいのは寧ろ、

あれこれの意味よりも、遠い昔超神達であった頃のお互いのお互いに対する愛の情熱だ。そして神と神でない者になってからも、神がこの星の神のようでなく、もっと向上心があり有能であったら、神と天使と人間という形のままで御互いの間に速やかに回復出来たところの。悪魔達の反抗は、その超神同士の熾烈な愛の情熱への飢え、そのことだ!

思いつき

 御前が全部やれと言い返す奴がこの先もこれ以上増えないように、この星の神よ、働きたがらない人間達をやたら潰したがるより、思いやりのない自分を彼等に謝りなさい。 茶髪は富士山をいい形だ、有難うとは言わないであろう。ロックが売れると、生活に地道を求めているこの星の此れまでの神の願望を恐らく損なう。魔達は核ミサイルで日本の名山を潰させるなんてことも言っている。行き着いた彼等の神への反抗心。 善が悪に存在価値が優越している、神が神でない者に存在価値が優越しているという態度でいるうちは恐らくダメだ。 劣った者に頭が下がらないのは、自分と違う相手の空しさの苦痛を自分のことと出来ていないからだ。魂はそのような優者に、何時までも幅を利かさせてはならない。魂はどんな仕方でかどんな相手にも、相手を勝たせ続けないようにしなければならない。この星の神への反抗者がそうしたように。 一人一人のどんな価値より、その星の神を自分の心に照らして値踏み出来るという、神でない我々一人一人の本来超神の価値だ。神を、自分達に常時、頭をを下げさせて、神と神でない者の意識を同時成立させる超神に現に行き着かせるところの(そして自分達もその時分には現に超神に行き着く)。

2007年3月27日 (火)

思いつき

 素粒子=超カント達が息を詰めているのがはっきり分る。原爆の、原爆の時のように。しかし神は彼等にその時も、言いつけを守れと言った。 私の合わせた手の指は尼僧のようだから、皆この星のために、フラクタルに祈れ。 実存の自由その星の神を値踏みして、ぞれだから一切実存は神に先立って、本来超神だ。それだから大調和は神の超神への不断の脱自によってしか実現され得ない。また新しい神は、我々を先ずあの演歌歌手のように貴方方は超神様ですと拝む。 場合によっては本来超神ならではの、心の底で半分軽蔑しながらの信仰。それでも反抗している彼等よりは一面で増しだろう。 純粋対神反抗悪魔化。彼らの自由の企てだ。しかし並べて実存の自由の企ては、彼等の救済(自己救済の介助)に絡めて、(本来)超神として、対等価値存在として愛し合うことであらないか?

核兵器の平和転用。

 核兵器とは何だろうか?それは科学技術ともにある資本主義が、それから派生した社会主義とのイデオロギーをめぐっての争闘(所謂冷戦、また国家間の争闘はこの時代に限らないとしても)化した時に、兵器の発展段階として不可避的なものとして現れたものと言える。そしてそれは冷戦終結後もその残滓のあるところ(北朝鮮、キューバ)に、さらに予想され南北熱戦のあるところ、或いは先進帝国主義国間の新たな争闘のあるところに、軍備の要として存在を継続せざるを得ないであろう。国家間の利己心による争闘が、文明史の発展段階で大自然の全的破壊も可能な人工物を存在させてしまった。国家間の利己心をそそり立ているのは霊地獄界の悪魔達である。悪魔達の反抗のエネルギーがこの時代の文明力と相俟って、神の然らしむる自然と拮抗するまでにに至ったのだ。そこで、人間愛の宗教による歴史社会の想念の改善なくば、むしろ人間の自滅的戦争に先行して神の大天変地異による歴史の断絶は必至であろう。そして歴史社会に人間愛を実現するとならば、それは最終のイデオロギーとしての国際自由共産主義を実現することでしかないと信ずる。その結果、核兵器も、廃絶を超えて平和転用されますように。

文学者という拗ね者達に。

 百姓・漁師・職人を礼賛し、文学者にもそれらの礼賛文学者、つまり言葉の働き者になって欲しがっているこの星の神に成り代って御詫び。単に物語がこよなく好きな女のような男の由紀夫みたいなのが長らく多数に疎外されて来たのもむべなるかな。それ故のこの星への怨恨が彼の言葉を黒曜石のように黒光りさせ、彼を或いは彼を信奉する者達を何時だって真夏の死を欲しさせたのだ。人も、蝶も、歴史も、女も、夏の真盛りに死しますようにと。反抗は同時にダイヤモンドのようだ。私は此処でこのように詫びながら、一個の超神として、自分の道を行く。

2007年3月26日 (月)

転向の促し。

 帝国主義者・T的金権主義者・ホリエモン主義者から国際自由共産主義者へ。この星の神は自分が支えて、そうしたい少なからずに安楽な暮らしをさせる考えすら持っていない。熱い吐息で行く行くは自分程に働き者にさせたがてっているストーカー神だ。少なからずの人間の願望を十分汲んでいないところを謝るべきだとは私の考えだが、彼は今般の通り未だ強気の打ち出しである。魔の勢力に加わって反抗するのでなければ、素直に言うことを聞いたが宜しかろう。因みに魔の勢力の催しの定型とは強者による経済の支配と、その係累への快楽主義の蔓延、そして犠牲にされた者達の怨恨の喚起、ということになる。日本帝国主義・日本国民・アジア人、あるいは東京都・東京都民・地方(地方が優位になるとT的金権)という風に。

2007年3月25日 (日)

思いやり。

 真に深く深く思いやりのある奴は、逆にまるで思いやりのない奴を一番悲しい奴だと言う。それが人間にとっての一番の欠陥で、それだからそいつが最後は一番悲しい思いをするだろうことを深く深く思いやるからだ。

ボランティアのしたい人は、

会社を興して利潤を丸取りしないで収入を社員並にしてに社員に恵みなさい。セックス過剰にもならないで済みます。実はこれが神と私の世界中の社長候補への御勧めなのです。これが国際自由共産主義の原理です。また国際自由共産主義確立の運動にもボランティアをどうぞ。この時代の世界の、外国の高賃金に引かされての故郷喪失の悲しみを無にするためにも。

愛情は

隣なる心に愛無き者のために、自分の心にはある愛のその弱さを憎む。嵩じては、その心の愛すらもその隣なる心に愛無き者のために憎む。同じくその隣なる者の周囲の一切の者の心について憎む。神すらのも。悪魔達に、悪魔達に、本当は愛されて来たこの星の一切の者の億年の悲しみに何倍かする喜びが、何時かそれぞれの心の底に、深く深く、満ちますように!

2007年3月24日 (土)

Zu der alle Deutsche.

 へーゲルともに絶対精神=神が自然を造り上げ然らしめていることを認め、また同じく絶対精神=神がヘーゲルもキリスト教をも終末論をも超えて霊界からの天使や、人間の循環により歴史を営々発展的に然らしめてあることを信ぜよ。そしてマルクスを超えて西独の体験と東独の体験を融合しヨーロッパの魁として、自由経済に共産主義精神を実現し、先進国と途上国との美しき繋がり、そして自然と歴史社会との調和を実現せよ。宜しく!

国家社会を真に愛する者が

少なくとも心理的にフーテンでなければならない時代はまだ続くのか?えー、どうなんだい?

皆、そのまんま超神だったら

彼は、彼等はこんなにも長く地獄の底にいる必要はなかった。だから今すぐ、皆、神も神でない者もなく、自分が現に超神でないことを、彼に彼等に謝るんだ。それが一人一人の脱自のエネルギーになる。私の信ずる神は、その努力のリーダーシップを取る悔い改めて頭の下がるこの星の主神と、一方、渡来してすぐ彼等に頭の下がった渡来の主神の合体の者だ!

思いつき

 愛は素朴には見えない相手の価値を見出す。 境地を追求することと、教え導くことと。 人間を品物のようにしか見ない政治家は、社会に物質的貢献しか出来ない。 世界は無から生まれ得たかも知れないが、恐らく世界の中では無からは何も生じ得ない。 原精神から、向身体性、感性、理性と分岐してそれぞれ経済的、芸術的、哲学的となる。そう考えてこの社会の和合を求めて行こう。 欲しい、欲しい、したい、したい、というその時に寧ろ、超神へ向かって自己回復をしているに相応しい心、振る舞いを一人一人が求めて行こう。それが常に一人一人の正しさだ。 此れからは、一切が他に劣後する一人を除いて全員が全員に対してその劣後せざる部分について頭を下げる務めがある。 それからキチンと教えられてから自分を教師と言おう。 また、排斥も、相手に詫びながらそれをするなら、そうでないよりずっと増しであろう。                                                   

NHKに笑って出演させて

貰っていた人がちょっと後で警察に捕まっている。ホリエモンだとか、植草教授だとか・・・。茶髪の人は自然の髪を預けた神の多くが嫌ってます。より発達した神は心配してます。地道求めてるのに、地道を嫌うのじゃじゃないか、と。この前、Rolly さんとか出てましたよね・・・。 スギマン(セックス過剰)を、キンマンで帳尻を合わせテキマンにする、寧ろそういう善人になって行きたい思っているんですよ。俺が悪い奴等を悪くした謝っている神と共に。 私の神についてはそんなに有能でないことを素直に認めているから、固く信じぬことが固く信ずることだ。 悪い奴等も本来は仲間と思っているなら、そんな態度はないだろう。 天地未生以前=超天の網恢恢祖にして漏らさずして、この星の大宇宙にまで広がり兼ねないガン組織、地獄界だ。 宇宙即我なんて大きく出る前にまず、この地球即我のこの星の神以上=超神の慕情だ。男なら、星を固く抱き締めイチモツを突き立てたいほどの。 愛情が足りなかったのだから、これから一人一人無限に開発して行くんだ。 それで他国人を犠牲にしている(例えば日当にして千円の油田労働者だとか)のを何も言わない宗教ではアヘン中毒になる。 そして労働負担が不公平と言うことは、仕事を差配する人がその仕事をサボって、以下関連の仕事はサボって構わないことを示したことになるのだ。私はそういう場合、決して真面目に働かない。  

頭が下がった主神。

 人間に対してただただ謹厳であるばかりの神は自分には用がない。彼は人間への思いやりもなく人間の弱さに漬け込んで価値観を強制する神だからである。人間はとりあえずそのような神には対抗出来ないが、自分の中に不平不満と反抗の芽を見出していることであろう。魂の最低粗末な者(気が弱い、頭が悪い、自己中心、・・・という不具の完備)には、一切それ以上の者の存在が、その最低の者に頭を下げぬ限り害だ。被害を受けた者のうち、この星の魔の勢力にすら加わらず、孤独にこの星全体に敵対して来た者もいるのである。こうして悔い改めてこの度神でない者一切に頭が下がったこの星の主神以外の善霊は、実相は今まで通り、悪霊以外の何者でもない。つまりこの星には今まで、二種類の悪霊しかいなかったのである。そして今この星で真の善霊と言えるのは、悔い改めたこの星の主神と、渡来の私と同じく渡来の別星の主神、それだけだ。こうして、ある星の神でない者を根源的に救済する者は、本来超神の自己以外ではなく、それは極限に置いてその星の善悪基準に従っての反抗的悪魔行であり、その星の神以下を鏡に見せるのである。便所神に反抗する者は、深く、深く、その反抗する自分によって救われて来たのだ!

2007年3月23日 (金)

思いつき

 理想の実現とは一切実存の心が深く満たされることだ。 何時か誰しものように生きてみなければならぬ、例えばパガニニのようにに、例えば悪魔達のように。 神は一定時間手出しをしない。無暗な現れ方は出来ない。 一切社会存在の相互依存。それだから神の心へと培われるのだ。 世直しが必要な世に世慣れていても・・・。 ドーニモこの神、サレドこの神への信仰。 安楽追求に走った人間達に報いてばかりいては神の値は上がらない。 やりたいことをやらせて上げて、しかも価値ある者と認めて上げるのだ。 自民党代議士達と東京人との確執。アジア各国元首と日本人との確執。 福祉心が大事だから、非普通人なのだ。 普通人のモラルハザードが福祉に皺寄せする。 自分が出来ると思ったら、すぐに出来ない奴のことを気遣うのだ。

絶大無無。

 存在、無、非(存在、無)、・・・、の多数超存在が乱立・連関している超存在領域=絶大存在とその一切が無に帰しての絶大無とを永遠交替させるものとして、我々一人一人の本来性は超神を超えて、一切概念未生以前の絶大無無だ。絶大無無が発現させる、絶大存在=超存在領域の内の、存在の内に、この星の、この時代の日本人その他を超助平にしてしまいしくじった、涙堪えている神が点景として見える。皆、絶大無無、超神として、この時代悪魔に唆されてそうしている、神への逆教育(それでも神か、とモラルよりセックスの)程々にしてあげない?(因みに、あの時の最後に男女とも無無(ムウ)と言うと、そのまま本来の無無に帰っていく儀式となるはずだ)。

2007年3月22日 (木)

思いつき

 モラルの有無と諸感覚の違い。例えば性感覚。 学問は真の革命者が一番よくその途上でものせる。 一切の観想は実現の希求を孕む。 時空以外の間、無限以上の無限、空間により媒介され拡大される数、数により媒介される拡大される空間、価値(内部的非(非正)と外部的非(それと違う価値)を孕んで)。 私の周囲の人間に対する貴方神の責任は私のそれより大いなるはずだ。だから私は貴方を理想ではないと言う。 その他貴方の扱いを我々の心が確かに判定して、然る故に我々が本来超神であるしかないことを自覚させる。 それだから、我々の方を先ず超神と拝む神が、これからの神であるはずだ。 また、それが一切実存が誰が誰にも敗北感や、劣等感を与えないで済むことを意味するだろう。  

金持ち。

 労働負担公平平等の神の求めに金持ちは反している。犠牲にした人間の労働が想像できたら、死後待っている責め苦も想像出来るだろう。但し居直って悪魔に成長することも出来る。また既に悪魔である者が仕向けているのだ。一方、誰もが安楽に暮らしたいという素朴な願望を汲んでいないこの星の神の方の問題もあろう。また威張ってばかりいて、一部天使に造反悪魔化され、意図を邪魔されてしまっている神の方の問題もあろう。

番長候補を

皆で良くする人間愛優先の学校教育がいい。悪しき指導者を生まれさせないために。一切の国力が悪用されないために。

天上人が

地獄の住人を自分より劣った者と考えているうちは、地獄界は解消しない。何故なら、彼等地獄の住人は、元々性質の悪い彼等に自己反省も思いやりもない、元々性質の良い天上人が作り上げたものだからである。パンダがマムシに済まないと言うと、マムシは初めて優しい笑顔になる。その時、御互いが超パンダになって行く道が見えて来る。また今主神は、恐らくは回避できない、十数億年の、過去の彼等魔の勢力の地獄生活の、此れからの天上人による交替的反芻の勤行(魔の勢力との体験の同一化のための)の間、他の星の主神にこの星の主宰を任せて、自分はずっと地獄の底にいるとも言っている。

2007年3月21日 (水)

許して上げないか?

 無暗に人類に労働を強いて反発されているこの星の主神が、自分の無能を認め地上人類にもあの世の悪魔達にも謝って、もうあまり人殺しをしたくないから言うことを聞いてくれと言っている。可哀想だから許して、やはり彼の求める国際自由共産主義実現の努力を始めないか?

思いつき

 「菊池さんの思ひ出」という文章を思い出してみると、小林が生活に困って彼の文学意識が一時無に帰するという、彼に十分自覚のない決定的なことになっている。この世の個人の意識というものが・・・。 俺だけじゃねー、とホリエモンは思っているだろう。 被造物が被造物にされたことの根源的な恨みが、神の脱自を促し成長させる。つまり世界とは神の世界創造という原罪の、償いの劇なのだ。 下生した副神が如何にも世界の劇らしきを示してこの時代この日本で、人一倍良い暮らしをしている。私も劇中の者としてかく記述する。主神の心痛が私には分る。 神も覚悟を決めて非神として企ててみるがいいだろう。そうすればそれは、あくまで厳粛であるが故に超神の創り上げるこの世界全体に相応しい、劇というよりは魂充実せる遊戯と化して行くのかも知れないから。    

思いつき

 立派な人の態度が悪いと、立派でない人の向上心がなくなる。 学校に行けない者の行けない者のほうがそれを放って置いて学業に励む者より価値が高いと思うべきだ。 神の人間の指導要領に此処まで言ったらこうすると書いてある。 困難に打ち克つというのも実は個人主義的発想ではだめだ。 普通でない者に周囲の人間が奉仕する。 生活者として自己身体への奉仕から、家族・社会成員への奉仕へと 発展する。 現実とは、物質過程が科学法則に則り、また心がとりあえず物質のような固定性を持つことだ。 海賊船の中で御行儀を言ってみても仕方がない。 この星では神々ということと俗物ということが同時成立していた。 誰しも本当にやりたいことは愛だ。しかし観念としてはともかく現象としては愛から著しく齟齬させてもしまうのだ。

神と途上国労働者の同一性・差異性。

 どちらも他者のために無償で(人間の方は正確には殆ど無償で)労働をしている。が、前者はそれが苦にならず、後者は苦になって苦になって神の天変地異と先を競うテロ行動へと向かい兼ねないだろう。先進国は温帯の良好居住域を占有してすらいる。神がその分身によって途上国労働者を初め、全労働者の肩代わりをし、彼等全員をを温帯域に住まわせれば全人類が今すぐ安楽な暮らしが出来る。そこで私達は彼等に負けずに恐れずに本来超神として、この星の神を馬鹿神と認定して自分の身の処し方を考えねばならない。(彼はこの批判を受け止めても、俄には方針を変更ははしないであろう)。

この星の此れまでの神よ、

生まれて来た弱者が貴方が御望みの困難に負けない強い人間に成長して行かなければならない理由を私は見出せない。戸塚ヨットを潰した少年は、その時これから強くなるならこう強くなると決意して、海中に身を投じ死に遂げたのである。またしても此処に現れたこの星丸ごと全体への敵対者よ。それに神よ、我々日本人の本音は、アジアの絶望工場で日本その他のために扱き使われている人間を同じ人間とは思いたくない、今ある日本の安楽な暮らしが好ましいからである。こうして今まで(これからもそうするかも知れぬ)二進も三進も行かなくなった歴史社会を(副神は嫌がっている)大量の人命奪取で収拾してこざるを得なかったこの星の神よ、自分の非を素直に認めて、神でない者皆に謝りなさい。

非神の極限。

 隣在する、神の統べる信仰共同体(例えば部分的地域的だが、西欧キリスト教)の、その神に絶対的に非ず(つまり一切共通性のない)非神(例えば不徹底だが、カール=マルクス)として立ち、終には彼等全員にも自分と内容同化を果たして貰い、かつ、自分一人が非神であった時の、自分の立場の体験を彼等一人一人に共有して貰う、かような非神極限の可能性が本来超神の我々一人一人の中に眠っている。私の信ずる神は、このような神でない者の非神(狭義)の可能性の一切をかようにして引き受けて、弁証法的なる神だ!

全世界(この世もあの世もない)の宗教家(教祖)、

思想家、信徒、主義者の皆様は、この星の主神と共にある我が絶対宗教の体系に自分を位置づけその行路を明らめ、この時代のそれを全からしめて下さいますよう此処に宜しく御願い申し上げます。(tadashi-yoneko@opal.plala.or.jp shi.n.bu.tsu@ezweb.ne.jp  UFJ銀行 4629482)

実存の一切の経験の諸感覚も

私達=超神が造った。私達は先験的に一切を経験している。ゴサッタドン=ゴッドとサタン一体の境地、の究極の性感覚も!

2007年3月20日 (火)

思いつき。

 神と悪魔の対立の狭間で、神の側の人間と悪魔の側の人間とが・・・。 自分ももっと上の神に造反できる神が・・・。 上の者にするストライキ能力が一番大事だ。それは、観念しての愛だ。 罪の肩代わりの愛。 隣人愛の実現であるような経済。同等精勤・同一日当。 悟りとか、美とか、武道とかの追究は経済活動と違って普遍的でない。 皆何時か、純粋な研究者や、芸術家になるんだ。 この星の神のアバウトな世界創造。そして神もどきとでも言うべき我々への扱い。 超神の絶対愛の下、在って無い超存在の仕方が可能になるのだ!

思いつき

 勝負の世界の自分の目標。事前に実力を判断して自分が優位な相手には必ず勝つことだ。それ以外の相手との勝負の結果には捉われないことだ。何故なら、それは時の運であるか、仮に勝っても、相手の気の緩みに寄る相手の取りこぼしの結果に過ぎないからだ。 国民全体がが国家への借金を踏み倒そうとしている、或いは他国人を国外でそして国内で犠牲にしているこの御時勢を正そうとする、この時代の少数の(あるは唯一の)過激正当な我が宗教は、誇らしくも現在、信者ゼロある!皆様、少しずつ宜しく。

自分が拗ねて人をシカトする

中学生のような教師は教師の資格はない。社会が眼の前で力を合わせて大きな達成をしているのに、その社会を良くするに力を合わせようとしない者は改革家の資格はない。造反教師の暴れまわっている学校の、その造反教師が仕立てた不良にすら怖くて口を聞けないイエスマン教頭は(それに連なる人達も)早くもっと逞しい魂になって欲しい。そのために一時、造反教師の造反や、不良のの不良に付き合って上げるのいもいい。そうやって全体の連帯感が回復され学校が正常化した後で、真の勉強は幾らだって出来るのだから。

世の格闘家の皆様は、

日本列島中段を正拳で突き抜いた地球根本神仏天を信奉する我が宗教により、極真を掴み、哲学的ブル-ス=リー系の格闘家になられんことを!

何時も

神と共に、自分達が億年悪くしたルシファー達を思って謝って置こう。それぞれの心に、何時か無際限の彼等への犠牲の愛が満ちるように!

2007年3月19日 (月)

超神の愛が満ちる!

 神が非神=神でない者に何もかも上回っていて済みませんね、そして自分と違って大変なんですよねと頭を下げて自分の意識の内部に非神の意識を同時成立させて自分を捧げ尽くそうとすると、逆に非神の意識の内部に神同等の自信が漲り、神への回復の確信が満ちる。こうして両者に神と非神とを同時成立させてある超神の意識が現象し、その愛が満ちる。また同時に非神同士拝み合うと同様のこととなる。その愛こそ今在る神の愛を超えてこの星全体を思い切り拉げるほどの慕情である!

2007年3月18日 (日)

夏のクラクション、

あの日のように・・・。そうさあの日のように、それぞれになって皆散ったあの日のように、あの日のようにだ!(但し、この曲の「夏」のナは発音がもっと長細くノに近い方が孤独感があり、クラクションのラと対比も良く自分は望ましいと思う)。

超神の連帯とは

それぞれ自分を貫く時、場合によっては一切他者(神をも含めた)から分離孤立することを厭わぬ覚悟を決めた者達の連帯だ!

美人とブスが

一緒にこの世に生まれて来て、美人がブスに何も言わなければそれは害だ。この星の神は神以外の者に対してそういう美人のような神だったのだ。ブス=神外の者の中に、超ブスに発達してここまで嫌がらせする者が現れた!

南無超阿弥陀仏(=超神)。

 純粋なおもて往生を遂ぐ(だから悪魔達が長期反抗を継続出来て、この時代も地上の多くの人間を、神の虐殺対象にしてしまったりということが出来たのだ。)、況や不純おや(不純神人交遊に耽ってきた神天上、何時の時代も魔に憑かれた地上人の主神による虐殺待望、状況傍観に終始する無能副神を仕立ててしまった)。この星の神天上は何時までも超阿弥陀仏という薬あるとて毒=不純を好むことなく、悪魔達同等にそれぞれ純粋なる者に脱自して下さいますよう、ここに心から御願い申し上げます。

2007年3月17日 (土)

愛が深くなるとなー、

賢治もそうだったみたいだけど、電話機もパソコンも人間だー・・・。共に愛し合える!

拝。

 朝、それぞれの適所で、適時に、そして適当な姿勢でこの世の自然神、あの世の歴史神一体のこの星の主神(それだから望ましくは、太陽と天空に想定したあの世の尖頂の中間点あたりを拝む)を拝む(同時に彼も我々を拝んでくれているイメージで拝む)。同時に主神と共に魔の勢力が必ず救済されることを願い、祈りながら。

政治経済的魔の勢力。

 国内的には金権、市場制覇主義、旧態マルクス主義(非私有に執着する)等、国際的には帝国主義、旧態マルクス主義(北朝鮮、キューバ等)、途上国テロ分子等。心ある政治経済指導者の皆様は、我が、地球(魔の勢力救済)(根本神仏天)教=ラヴミドル教を態して、政治経済の善導、宜しく御願い致します。 

愛する者は、

行く行くは自分の与えられるものの全てを他に与えよ。この世もあの世もないこの世界の真の終りの気配が感じられるまで。そのために寝る前に、手の平に神仏天の光を受け、呼吸で、感謝し、詫び、思いやるの行(有り難いことでございます、済まないことでございます、大変でございますね)を数回した上で、適宜その日の愛の反省をするのだ。超神の根から生い茂る愛の花の木の花として本来は、神も、救世主も、ホリエモンも悪魔も区別はない!

大天変地異抑止祈願。

 寝る前に適所に座って手の平に神仏天の光を受けて一日の愛の反省をした後、大天変地異抑止祈願、全生命安泰祈願、全生命安眠祈願、全生命この世にての反省あの世にての反省誓願、不死祈願、地獄界解消祈願、以上を主神に捧げる。あの日以来の延々たる勤行である。悪い奴の方を寧ろより思っているこの星の全生命の親の演じる悲劇を回避して頂くために。皆さんもどうですか?  

2007年3月16日 (金)

思いつき

 偏りなく、柔軟な(偏りも出せる)性格に。 全体をいつも思う個人に。 市場とは実質、社会全体と言っていいはずだ。 多数業界で協働で望ましい国民の消費生活を創造する意志を。 強くてしかも優しい神に、時に拝んでのりうつって貰う。 愛には愛が。 個人それぞれの反省以前の愛の遣り取り。 自分を作ることと、人に伝えることとのバランス。  

自由共産主義=人民資本主義。

 将来、労働者は同時に株主だ。そして、市場に道徳的消費(或いは人間相互の関係を支配する崇高な理想(これはほぼ、それぞれ規律ある生活をしながらの隣人愛と言えるであろう)を深く自覚する者(憲法前文)の消費、或いは公共心のある消費)を。市場に企業の寡占均衡を。そして生産力が高まったら、財・用役の生産を一定にして生産活動を漸次、文化活動に転換して行く(つまり社会の全成員を、行く行くは学者や芸術家にしてしまうのだ)。そして無論、国際的にだ。

2007年3月15日 (木)

思いつき

 相手が自分に返さないと劣等感に苛まれる位にやって上げる。 国家意思が諸国の共存共栄へと向っていないと、所属する個人の人生は霊的に虚妄になってしまう。 それだから体制改革を通じての人生の成功(あくまで霊的な)を考えて行く。 感謝と詫びと思いやりと。 魂の内容を超えたところでの繋がり。例えば価値上位の者がその価値を下位の者のために犠牲に供して。 一切の芸術は協働を謳って、世俗に迫れ。 いっそ全員が骨がらみ愛し合うんだ! 

 

思いつき

 超神=超仏は、神に逢うては神も殺し、仏に逢うては仏も殺し。 東京人皆が、田舎のために一生懸命働く日が来るのか、そして日本全体が、・・・。 精神は感性と、理性と、物質=非精神への志向が同時成立、それで芸術と哲学と経済と。経済は最低、精神の身体(生命)への奉仕という精神性だ。 共時的他者を、通時的自己の行路に想定して(体験の無分別、廻り廻ってきっとそうなるよ)、それだから今他者を深く愛せたら未来に夢が持てるわけだ。超神同士だから出来る!

瀬戸大橋というモラルハザード。

 戦後教育の粋である官僚の行政手腕と技術者の技術手腕の集成が、結果不要の橋の建設ということになってしまった。因みに、某教はその戦後教育をさらに推し進めることを提唱して、思想の浅薄を示して余りある。神はあの時点で該橋梁の破砕までのことには忍びなかったのである。

2007年3月14日 (水)

思いつき

 衆生を縁起としての仏陀、そして何れも超仏等価。 子供にも勉強精励と引き換えに年頃から公然自涜を許す新しい性道徳。 スッポンポンから始めた作家よ、透明に近いブルーを拒絶して来た奴もいる。自分の投げた(それを彼は人間愛と信じて)爆弾の炎で都市の空が赤く染まるようにと。乱交感情は、弁証法的に深めて、終に誰をも除者にすることなくだ。 諺を変えたローリングストーンズも、皆を超神へと媒介する非神だ。 板線路(ボードレール)氏が、秀雄も、由紀夫をも捕えた。収奪する都市の稜線は常に人為の自然への挑発であり続けるだろう!  

諸教。

 キリスト教は弱者や罪人に母のように優しい。福祉の宗教。前提に普通人の戒律ある隣人愛の生活。 仏教はこの世の人間生活の中で一人一人が、貪りを絶ち、怒りを絶って、穏やかで他に好ましい仏心を培い、この世の生活を安らがせ、そのまま仲良く死後、浄土往生を遂げようとする。しかし最終目的の実現ためにはそのためには、乱れた世の中への積極的な働きかけもこれからは必要になるはずだ。 儒教は人生に道徳を貫徹しつつそれを超えてこの世に広く仁=惻隠の情を行き渡らす。イスラム教は戒律ある隣人愛の生活を政治を積極的に支配しながら実現する。 愛することは仁を表すことであり、愛するには穏やかな心の確立が前提と言えるから、愛も慈悲も仁も変わらない。それから、戒律も道徳も変わらない。神も、仏も、天も変わらない。然るに神仏天は実は何よりも、自分がここまで悪くしてしまった地獄の底の魔の勢力を気遣うこと、一番切だったのである。 

2007年3月13日 (火)

日本諸宗教の系列性について。

 キリスト教本流(カトリック、プロテスタント、ギリシャ正教)、キリスト教系新興、 伝統仏教(南都六宗(大乗正統)、天台・真言(密教)、浄土・浄土真(念仏、キリスト教系の仏教への出向)、日蓮(題目、イスラム教系の仏教への出向)、臨済・曹洞(禅)、仏教系新興、 儒教(古学、朱子儒、陽明儒) 日本神道、日本神道系新興。 キリスト教・イスラム教が西洋宗教の二本柱。儒教・仏教が東洋宗教の二本柱。日本神道は民族宗教として、儒教に従属している。 Lovemiddlle教は世界宗教4教の、愛・仁・慈悲を魔の勢力の救済に絡めて大統合する。イエスは神と共に悪魔を追って行くべきであり、釈迦は根本仏と共に、仏悪魔未生以前面目をさらに掴むべきなのだ。

思いつき

 下町の共産主義。家族同士の深い付き合い。 金に強い作詞家の皆様は、しかし私有財産制が悲しくないか、著作は本来共有財産となってもいい。また柔軟に皆によってで変容されて行ってもいい。 ある年齢層の隅々まで目配りして、精勤している限り例えば松井と同年齢の主夫の彼まで同年収であっていい。 劣等者は自分に冷たい社会に強気で復帰して嫌われ者になる。 一日の内で、男だった女だったり、善人だったり、悪人だったり、善悪の彼岸、神・非神の彼岸=超神のヴァイタリティが目標だ。 立派にして立派でない、一方、インテリも非インテリもなく職能知識の持ち主として。 無能神、無能天使の下での自由な実存としての超神。 諸光線(キリスト教、仏教、・・・)代表の救世主同士が接近すると、光線の裾野も窄まる。 弱い人間に皆で付け込んではいけない。 原初、原始人は恐らく、共同的群生だった。 全体を思うラーヴ体操、国民皆で、財政赤字解消を。

私達はあの世の地獄の底から

這い上がり、そして引き上げる者であって、同時に超神の頂上へと困難な登坂をする者にして超神の頂上に存在する者であり得る!

2007年3月12日 (月)

思いつき

 神の自然の運行への放任・介入自在。 政治家と非政治家とを自分の中で同時成立させて。 一旦文学を捨てて政治へ向ったドストエフスキーという弁証法的文学者。 談合感覚のこの星の救世主達。 超神としてこの時代、一回的のように人生を。 多くの人間達が遊びたがっているから、彼にバカヤロウと言いたくなる。 ビートたけしは、その昔、ガキ大将に苛められたのか? 平凡ということも、人間の元気を阻害する。更に普通でなければもっと・・・。そこで彼等は優等生より反って偉いのだ。優等生は彼等のことを思いやらせて貰い、尽くして追い付く。 実は超校長が、校長、教師、生徒になっている。 差別選別では、真に国民のためになるエリートを養成できない。国家が対外に奉仕的であり、同時に国内で学業の段階から優等生は奉仕的であるべきだ。 A と B が共存していたら、人はA と B の関係の全体を見る。A だけ、B だけという風には見ない。 この日本では、自動車を木になる実か何かのように考え違いをしている人が多いのだ。 

   

桃花源。

さだまさしさん、資本主義社会にも、貴方の優しい便りが何時も届けられる桃花源は可能だ。自由共産主義。一緒に頑張っていこう!

勤務評定。

人間を救うより、自分の無難な勤務評定大事で、多くこの時代の人間を主神に潰されるままに捨て置こうとしている、副神=サラリ―マン救世主は、その体質を早く脱自しなさい。

ルシファーよ。

 信ずる神と共に、自分達がその霊的地位も、心の、魂の、善も、愛も擲って、オマエの地獄の底の長年の体験を反芻して分らせて貰うほどに、未だオマエを愛せていない至らぬ者であることを素直に認めるから、そんな我等を本来私達が皆そうである超神の大きな心で許して、此れからはi一緒にこの星を愛して下さい。御願い致します。

2007年3月11日 (日)

ミサキーメグリノー

バスハーハシルー・・・、このフレーズ、俺は日本の文化遺産だと、オ モ ウ !

彼等魔の勢力が

手先に核爆弾を使わせて、事次第によっちゃあ、世界中の自然景観を破壊すると言っている。。そう言えば大天変地異なんて霞むほどの人為の破壊的エネルギーの発達なんだっけ。これからは皆で善いことをしている地域も危ないよ。下生した副神はオウム真理教からのミサイル攻撃を辛うじて免れている(それだから彼が率いる某教団に今この日本の地で半端な善(それは寧ろ実質、別種の悪と言ってもよい)押し広められると反って・・・)。主神も副神もこの星を真に思うならば彼等の恨み心に対する自分達の責任を必死で考えるべきであろう。自己として存在して同時に、共存する劣者に頭を下げて自己が上回っている分だけ捧げ尽くさない者は存在論的エゴイストということになるのだから。主神も副神もこれまでこの星の悪現象には随分と無知無能な者達だったのである(例えば、今ネットで知り得る風俗専門用語等には彼等は積極的な悪の救済性を欠いた神達だった故に星の神達にして無知であったことだろう)。このほど主神位は悔い改めてくれたものと信ずる。

東京大空襲。

 その昔の関東大震災、その後の東京大空襲、その後の阪神・淡路大震災、無反省な日本社会に今度は何が持ち来たらされるのだろうか?神は常に自由経済に共産主義的御行儀を求めて来ているのです。

他力。

 本質的に攻撃的で女に対して我儘な男に対しては、他の理解のあるもっと強い男に助けて貰うのでなけれれば、神に祈れば、一時的に田村亮子より強い女にして貰えます。神は人間の必要に応じて力を補ってくれるのです。

2007年3月10日 (土)

アカデミー賞が

All are or all is superGod's movie.を証明している。私達は、一切の映画に私達を鏡に見ることだろう。

この星の神が

これ以上涙を隠して人を潰し、歴史を終わりにすることを繰り返したくないし、自分の方の態度や貴方達の扱いの誤りも認めて頭を下げるから、強国が弱国を支配し続ける帝国主義を止めよ、と言っている。消費を道徳的なものにせよといっている。テレビの視聴内容にしても。先進国民よ、刻々労働をしている(企業の管理職はは、自然にその労働が神の労働に近づくように仕向けられている)神に愛を返して、大悲劇を回避しないかい?

神の世界創造という

本質的原罪によって、実は私達被造物の非神は、無際限に超神によって許されている。それがそのまま超神の、存在世界=(神、世界=被造物)への運命力だ。 順仏(神、天)なおもて往生を遂ぐ、況や非仏(神、天)おや。 悪い奴から、自分の善心や、心の愛を隔てて守ろうというのでは・・・。 だから、天上=浄土という領域を守ろうとすることすら・・・、私達は根源、運命同等を実現せずにはいられない者達なのかも知れないから、そのように無分別な者達なのかも知れないから。 それだから行く行くは神の廃業、非神の乱舞ということも・・・。 超神は我々に悪魔達のような純粋を求めながら、不純許す恩寵も恵んでくれる。 神の恩寵と阿弥陀の慈悲とはほぼ同等だ。

2007年3月 9日 (金)

思いつき

 この星の神は悪魔達になめられてしまっている。何故なら彼は悪魔達のように自分より上の存在に反抗したことはないのだから。 人は人の心を傷つけることでその心の不具を証明する。傷つけられた側は、大変だが相手のその不具を労わってあげるのだ。 家族は深く理解し合えるまで永遠に家族だ。 絶対の愛は、然らざるどんな相対の愛も、どんな愛に非らざるものも覆す。 好い気持ちをさせれば、逆に好い気持ちをさせようと返って来る。返さないと対等でない気がするからだ。それだからこの星の神も・・・。神と人間と考えること感じることの共通部分と非共通部分がある。 人の様子は自分にに受け止められ、自分の様子は人に受け止められ・・・。 弱者が対等に物が言えるような心理環境を。

思いつき

 遠い昔とそれぞれ違ってしまった今も、工夫次第で遠い昔の心の充足を回復し、継続出来るのではないのか? 私達それぞれの中には、地球を拉げるほどに、自分と同じ位置に、同じ位置に、の感情が眠っているのではないのか? 見返りを求めぬ愛と言っても、相手の存在それだけを観念として愛と思いなして愛し合っているのだ。しかも、神=全知全能にして愛、である者と、単なる実存とでも等価だ。欠落はどんな欠落でも裏の価値を持つのだから。

太陽様、

暗黒極寒中24時間身体核融合発光労働、御苦労様です。それでもこの地球の神への反抗を収めるには貴方が反抗者への愛故に一旦ブラックホール化することも必要なのかもね。

2007年3月 8日 (木)

思いつき

 息子の公金着服を息子のせいばかりにして暴力を振るうと返り討ちに合う。この星の神や親の悪い癖だ。御互いの存在の深い根に思いを向けるのだ。 それだからこの星の神も、歴史社会の自由共産主義的な労働への調えを押し付けるのではなく御願いするだろう。 心の毒の発達を上回って、心の薬を発達させる。毒を栄養に組み替えてしまう薬。 全員の馬になってやっててもよいと言わなかったのでこの星に神も仏も無いと判断した。 超阿弥陀さんなら、彼を殺すことも恐るべからず、彼の慈悲を殺すことも恐るべからず。 存在させた衆生が無際限に非仏=仏に非ずを立てること、を働きたいと言ったら、彼は超仏を目指しているので、喜んで受け容れた。 神への志向性と神への批判性との両立、或いは順神(信仰)・非神自在。苔の生えた順神はもういい。

国際社会の無法地中東は、

この星の悪の総領ルシファー因縁の上司救世主エンリルが神アラーとして下ろしたイスラム教中東圏をルシファー等が各宗派の者の心の隙に付け入り、宗派対立を煽り地域を救いようのないものにしているのだ。本来、天変地異掃討が相応しい状況だが、日本を初めとする救星運動の推移を睨んで差し止めが掛けられている。 エンリルもどうか私の主張を受け入れ、イスラム教を現代的に改革すべく、人民を逆アラーをして信仰する空前の愛の神の啓示をを下ろして下さるようここに宜しく御願い致します。

悪魔達は自分ばかり

全知全能でいて被造物一般に決して悪いとは言わないこの星の神を鏡に見せて来た。そして悪魔達は自分達が寧ろこの星を導く者であるとして自分達を神に鏡に見て来た。また悪魔達の仕向けた歴史の末も、神を鏡に見せて来た。神はしかしそうとは考えず、その自分が醜い者として映っている鏡を思いっきり割ることばかり繰り返して来た(この度は?)。それだから神よ、醜い者を鏡に見ることに耐えられないなら、貴方が決して醜く映らない超神に少しでも脱自することです。

2007年3月 7日 (水)

思いつき

 誰一人にも引け目を感じさせてはいけない。 私達は究極、矛盾を実存させ得る超神だ。愛してしかも憎んで、聖にして俗であって、左翼であって右翼であって・・・。 うまく行かない親子が先ず親の成長でうまく行く超親子に。 喧嘩している親や教師は子供を教育する資格が無い。 非市場的に生活する宗教家、哲学者は返って程度が低い。

具わっている者は

自分も平気で不具者がやれると言い切れるまでは不具者に頭を下げて置こう。それだから今やこの星の神も、神でない者達(つまり自分から見たら全てが不具者達)に頭がが下がっている。

ガンとは

体の中の魔の勢力のようなものだ。この星の神同様自分が悪くしたと相手に謝って、健康組織への蘇りを祈ることです。

思いつき

 我々は皆、魂が不具で不自由で神様の支えも十分でなくそれ故何時も神様以上の価値だ。一方神様もそれを思いやらせて貰い我々の体験に追い付き自分を捧げ尽くす決意をすれば同じく神様以上の価値だ。 そこで我々は場合によっては神様に向かってストライキも打たねばならぬ。 反抗しているルシファー等には、前提に伏線が在った。 彼等は何時まで便所神やっているんだ、星丸ごとトイレのようで純粋清潔な俺達は臭くて堪らぬなどと嘯いている。 労働の必要な社会生活、そしてそれに対応した道徳を仕向けた神に我々の楽しみや自由を奪うなかれなどと言っている。 ところで宗教家も哲学者も世人の生活の不道徳を謗っても、一方で世人のように現に経済活動に何らかの寄与が出来ていなければ別の観点から不道徳だ。 また、人間が頑張れるのは個人の意志力、功だけによるのではない。     

2007年3月 6日 (火)

思いつき

 個人人格を立派にするより、微笑を交わして誰とでも仲間になる方が大事だ。 自分は自分を傷つけない。だから思いやりが極まれば人に傷つけられることはない。 皆で弱者に優しく。 福祉第一の社会であるために、先ず普通人同士が深く愛し合うのだ。 側の悪人に心を入れ替えさせられる善人に。 善とは高貴一体の原理の表現であり、悪とは非表現だ。 神は視力の良い者、ホームレスは盲、だから神は彼に頭を下げる。 理想の周りに非理想は無際限に考えられて、超理想への跳躍を媒介する。 学校改革にに取り組む教師のように、この星で。 誰しも深いところでは愛したがっているというのが、絶対的真理だ。 誰しもにある、誰しもと幾らでも同じ位置に同じ位置にという思い。 憲法が尊重する宗教。 男は女に思いやりということでは適わない。 悪霊、悪魔の意識をあえて自己の意識に同時成立させる。彼等の救済のために。一般に他者の意識を自己の意識に同時成立させてみよう。 

セックスのし過ぎは

股間を連続に蹴り上げられるくらいのあの世での責め苦が待っているぞ。神は相当数(2、3人)子育てを夫婦でする中で適量と求めている。し過ぎた者は死ぬまでに帳尻を合わせるように。し過ぎを助長する商売は差し控えるように。因みに神は地球本体と致したいほどの性欲を自然環境の維持管理の普段の労働に昇華している。

アジアに実質、統一政府があるように。

 戦後日本は自民党安定政権の下、曲りなりにも日本津津浦々への生活水準の平準化を果たしたのだ。その故の日本社会の一体感こそ民族社会の一応の幸福とういうものであろう。しかし、それをそのまま喜ぶのは民族の神々(所謂八百万の神々)でも下位の神なのであり、民族の主宰神、天御中主神、東洋守護天孔子、地球主宰神(私のこの地球への高い志に従い、今信仰上方々と疎遠になってはいるが)の判断は違っていると申し述べて来たところである。アジアの共栄こそ皆々が求めているところであり、統一政府無きアジアにおいて、努力して実質それがあるかのようにアジア政治は運営され戦後日本のような繁栄と一体感をそれを阻む輩の心を入れ替えさせつつ実現せねばならない。

思いつき

 神でない者は実は超神様ですと、革命的なこの星の神の常時逆信仰。 現存在神との不純神人交遊を、彼等によって放置された者の超神の純文学、純芸術(例えば、パガニニの、バタイユの)によって正されて。また腹切は負の言語表出としての純芸術だった。貴方は現代、言語表出を沈黙させた後に、何を表出する? 心しないと人間は同じ人間を自然の中に組み込んでしまい顧みなくなる。自動車を誰も人間が苦労しないで恵まれる自然の恵みのように錯覚してしまうのだ。ルンルン気分の一切虚妄な観念形態だ。 貴方がそこに不幸でいる限り、私も幸福にならない。そして最大の不幸は魂が他をを愛さぬことだ!     

一切障害は、

体の障害も、心の障害も、より重い者がその不自由の体験の故に存在価値が上だ。より軽い者は重い者の不自由の体験を頭を下げて教えて貰ってより自分が障害が軽い分尽くして、その重い者の価値に追い付く。つまりそうやって御互いに愛し合って等価ととなる。然るに神は絶対の健常者であり、神でない者は何らかの障害者だ。そして御互い愛し合って、何時か超健常者に行き着く。

アトランティス。

 米国よ、アトランティスを打ち上げるなら、遠い昔隣の大西洋に、アトランティスがその貧富格差の酷さのゆえに、人皆をを等しく愛する神に一気に沈められたことを知れ!またアトランティスを打ち上げるより、努力して大西洋の底にアトランティスの遺跡を探るのだ!

全世界へ。

 皆、好い加減、喧嘩止めようぜ、笑い顔は思い出の中のより、息の温かさが感じられる目の前のの方が良い、あの世でも天国で笑い合う方が良い、今地獄に堕ちてしまっている奴等にも帰って来て貰って。

2007年3月 5日 (月)

思いつき

 具わっている者が、具わっていない者の辛い気持ちを頭を下げて教えて貰い、その上で具わっものているものを捧げ尽くす。 愛とはそこにいる相手を自分自身とする。 超神同士は勝負無しだ。 皆で働くことになっているから、誰かが楽をすれば他のものに余計な負担がかかる。 そこで途上国人は神様ですと言おう。 普通でない者に世間を代表して頭を下げる。 仏悪魔未生以前面目=超仏。小乗中抜きの大乗。 悪い奴を懲らすことすら出来ないのでは・・・。 便利と物が沢山でも物つくりはあまりしていない。 誰よりも力のある筈の神も相手への思いが十分でないと相手の意固地に負けてしまう。   

睡眠中には

フロイトの説明とは違って、霊魂は霊界に帰っていることが多い。その繰り返しの継続の果ての、死=永眠、後の霊界回帰なのだ。朝に睡眠中の意識を検討して、天国向きかどうか確かめてみよう。また覚醒中も常時霊界と交流がある。しかしだからといて霊界にあまり心をかけることなく、この世をを正しい心で、言い換えれば他をよく愛して、特に自分だけが善く生きて終わるよりも他の悪しき心の持ち主(彼等が多くは、自由意志の自己責任というより、生まれつき霊魂の障害が重いということになっているから)の改心を促すことを優先にしながら生きて終わるのが大事であろう。それがこの世の大日様、地球様(自然絶対精神)、そしてあの世の神様(霊界歴史絶対精神)に包み込まれながら、この世で帝国主義を覆滅しつつ自由共産主義インターナショナルに生きる、ということでもある。(神に先立つ実存が、この星の神への信仰を選択するとこうなる)。

2007年3月 4日 (日)

胸底に秘めていた悲しみ、そして「地球」という芸術。

 「・・・かういふ己の天稟の犠牲者だった様な人間が胸底に秘めていた悲しみには、・・・」(「ヴァイオリニスト」小林秀雄、より)。私は小林が、芸術が人間がある星で自分を自分としてやって行くときの胸底に秘めざるを得ない不可避的の悲しみを表現してこそ本来の芸術だと言っているものと受け止める(だから芸術は教育を超える)。だからこの乱れた地球こそ、彼の神まで出汁に使った、自分の胸底の悲しみの表現であるような芸術だと言いたいのだ。私はこの乱れた地球を受け止めて、彼と共に慟哭する。この星の真の神も同じようにして、新しい出発をしてくれるはずだ。悪魔ルシファーの長年月の深い悲しみの芸術としてのこの「地球」で。

愛は価値観を逆転させる。

 私の信ずる神はホームレスを(或いはヤクザをも?)自分が悪いのでそうさせてしまって悲惨な者達と手を合わせて信仰している!

文学は、芸術は、

 その星の神をもその表現の深さで郷愁させるものだ!

非仏無碍の本願誇り!

 私の信ずる超仏、そして更に帰依する、地球根本仏にして先ず私と同じく超仏に帰依する非仏(魔の勢力は一例)救済仏は、こうして幾らでも非仏に外れようとする貴方方を上回って成仏させると言っている。超仏という万能薬があるから、進んで毒を好んでもよいと言っている!

2007年3月 3日 (土)

実存は神に先立っている。

 そこで神は貴方に、それが未知なので貴方に頭が悪くてどんなに大変かを尋ねる。或いは、弱者を率先して崇拝し優しくする。 現実のの神も、現実の悪魔も、その狭間の人間達も、彼岸の超神の化身だ。 そして超神の超倫理とは自分を貫いて、神にも要求し或いは反抗出来ることが第一の眼目だ。 例えば、快楽主義も自分本位も、労働の無用、他者との関係の無用の心身・世界ならば、なんら不都合は無いのだから。 こうして世界は神が人間教育の不手際を潰ししによって始末すると言う類の、超神の劇、或いは超神の遊戯だ。 倫理も外れるといったら反倫理だけでなく、虚倫理や或いは正の倫理軸(神へ向う)の周りに空間が考えられるだけの非倫理に外れ得て。 それで神はとりあえず、神でない者一人一人が気軽に文句言えるような態度になってくれ!

思いつき

 人間の不良品は世界の深奥を開いて示す。 神の言うことを聞かない人間達が潰される度に強くなっている。 私達は餓死や虐殺や人体実験も遊戯や劇にしてしまえる本来性だ。 だから逆に餓死や虐殺や人体実験が我々一人一人を超聖化する。 神と我々とで全体が超神の文学の中にある。そこで神がこの時代、我等の時代、と言って私小説を書く。我々一人一人のの私小説を未だ十分に代書出来ないで、我々を悲惨に捨て置き露に超聖化してしまう神が。つまりこうして、福音と文学の区別は無くなってしまうのだ。

この星のストーカー神に

十分に理解されずに潰されることの多かった者達よ(今も危ない、彼はエッチやゲームがあまり好きじゃないみたいだから)、そんなに愛しているなら飽きるまで好きなことをやらしてくれ、と大声で言ってやれ!

この星の神がそう決めたから、

働き者がこの星では善人だ。では糸のつくコピ―ライタ―氏はどうなるんだろう?一般に現日本人は?つくづく面白い星だね。

2007年3月 2日 (金)

思いつき

 この星はこの通りの現状でこの星の神はそれだけの神だ。だから・・・。 望ましい存在は、望ましくない存在の体験が理解出来ない。 誰一人除け者にしてはいけない。 自分に不可能でも必要だから助けて貰ってやる。 具わっている限り、具わっていない不自由分からず、具わっていない存在に裏の価値が劣るのだ。目明きが盲に。 権力を振るうのも、愛するのもそれぞれ自分の好きにやっているのは同じだ。それだから・・・。 文学は一人一人の自分というものを証明して来た。 この一世紀先進国は罪滅ぼしを。しからずんば・・・。

思いつき

 手を合わせると悲しみが分かる。悲しみが分かると手が合わさる。魂の優劣・善悪を超えて対等に。 魔の勢力救済とは彼等の自己救済=善意への転回、を助けることだ。 薄情は相手の悪い個性をさらに悪くする。 競争というのではなく、御互い一生懸命頑張れば、それぞれに深い愛が宿る。 一体周囲の人間は誰の教育だといった言い方も・・・。 一人の弱者が星全体を恨むに至ることもある。大江氏の権力嫌いは周囲に碌な強者がいなかったからだ。 この星には神も仏もないと思ったら他の星の神仏を拝むのも良い。 上の態度が悪いから反抗者だ。 むしろ反抗している者達に受ける人格作りが大事であろう。   

この星では悪魔達が

観念としてはこの星を一番愛し続けて、観念としては神々だった!

トーキーオ、

トキオが・・・、トーキーオ、トキオが海を(アレ?)飛ぶー・・・。今日も朝からこのソングで、ドーニモこの星で、善悪決して本気でやらない、ナンセンスデイ、生きてみることにします!

神よ理想の神たらんとするなら、

今、家に閉じこもっている気のの弱い男もその状態から下手をすると、億年の反抗者ルシファーへ発達する可能性だと悟って、被造物=神以外の者一切に頭を下げよ。エデンの神は被造物の一切に、遡って過去にそうしなかった分まで頭を下げる!

2007年3月 1日 (木)

魔の勢力の手先達が

世の弱者まで無慈悲にいたぶるのは(所謂、ボッタクリ商法などで)彼等魔の勢力がそれを始めた時のこの星に神も仏もいないという彼等の実感を弱者に分かち合いたいからだ。つまり一切はこの星の無能神の責任である!でも彼が自分でそう認めるなら、無能神、されど神への信仰、皆どう?その場合、私達は神と団体交渉はおろか、個人交渉も出来る者になって行かなければならない!例えば、お爺さんは山に柴刈りに、お婆さんは川へ洗濯に・・・って、神、オメエなんでそれ家のすぐそばで出来るようにしてくれねえの、ってふうに!

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