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2007年1月14日 (日)

3世界論(その1)。

 強者は弱者を支配することなく、その強さを弱者に還元せよ、と言うのが私及び私の信ずるこの星の神の思想である。それゆえ、現状先進帝国主義の支配がが推し及んでいる世界こそ、霊的に言って惨憺たるものということになり、これに無関心でいては、個人のどんな精神的言説も皮相にして空虚ということになるのである。食卓で人の分まで料理を食おうとする御仁がいたら、すぐ狂ったと思われるであろう。この個人の次元では狂的行為が国家次元では普通のこととなってしまっている。それだから難しい理屈はいらない、単純な精神的価値、公平、というものが今、国家間に求められているのだ。それだから大震災こそは、自然に宿る世界精神=絶対精神=神による日本国がリーダーシップをとっての、かかる公平の実現の促しであることを私は縷説して来たのである。翻って、この帝国主義秩序を覆滅せんとした旧共産主義国家群の企図は、別種の帝国主義秩序(社会帝国主義)の形成の果ての経済の機能麻痺によって、物の見事に蹉跌の憂き目に遇ったかに見えるが、諸人士は歴史を導く経済の原理は何時の時代も共産主義であるべきだったのであり、これからもそうあるべきだという確信を喪失してはならないのだ。だから蹉跌にめげずに新たに、さらによく考え抜かれた共産主義構想が求められる。そして私の確信では、それは経済の自由主義との両立ということが難しい課題として模索されねばならないのだ(続)。

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