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2007年1月31日 (水)

思いつき

 自分の何もかもを引き千切って与える愛。 苛める奴を隔てるとモット苛める奴になる。つまり苛めの発達に投資したも同然なのだ。 この星の神はこれからは目の前の自分を恨む者に責任を感じて下さい。そうでなければ、私は彼等と連れ立って別の神の別の星へ行く。 神に自立心のある信仰。 この星では誰よりも魂が純粋な奴が超大魔王ということになっている。 

思いつき

 何度も生まれ変わっての魂修行と言ったら、仏教のようにい自己規律というだけでなく、それも含んだキリスト教のような隣人愛の修行と言うべきだ。つまり他者への責任も問われる。 文句を言えない人間に重労働を低賃金でやらせようとする資本主義の悪習を廃すること。 高学歴の官僚や技術者が政治家の言いなりになって無駄な建造物を立てさせれてしまうという能力主義の欠陥。 大きな建物を立てて成功者のようでも、裏で誰彼を犠牲にしているのかも知れない。何時か必ず報い受ける。関係者皆の成功を考えるべきだ。 主の神の行使のとき以来、次の行使の猶予中なのだから、体制ベッタリ順応では仕方あるまい。 悪い世の中を隔てて斜に構えると、逆に自閉者の地獄の堕ちかねない。 具者から不具者への還元の思想の普遍性を生き抜く。 自分が明日から凡夫衆生であって構わないと言い切れない、色々分っている、具わっている神や聖人君子は彼等に頭を下げよ。目明きが盲に頭を下げるように。 神が神以外の者の心境が十分分るものではないことを、億年かかって悪魔達が証明した。彼等はそれ故、神が一切が本来超神と悟るための公案だったのだ。

雨の日の

水溜りの、次から次の水の輪について私は日がな一日考えていたいのに、やはり例えば確定申告のこと等が気になってそれが出来ない。この星の神よ、宜しく御願いします。

2007年1月30日 (火)

超神はこの星では

弱者が弱さを強固に貫いたり、俗物が神々しいばかりに俗に筋金を入れたり、神が悪魔のように人間を苦しめ、悪魔が救世主のように人間の本音を汲み、事態を明らめんとして、文学者は哲学や政治行動を求めた。超神の在処、へバータゲイルユ=ゴサッタドンに郷愁して。

思いつき

 裁く方も裁かれる。 本臭いいばっかりで役に立たないインテリ。 世界は意味として掴まれ、感覚として捉えられ、意味が善である世界は、美として感じられる。よって悪行都市は神にとって不快な醜景だったのだ。それでドカーンと・・・。 不具者の気持ちを一番大事にするのが、魂の中心倫理であるべきだ。 その不具者の辛さが分かったら、自分の何もかもを捧げ尽くせる。  突っ立ってるだけの能力者ではねー。人でも、国でも。 神にとって、神以外の者は皆不具者だ。然るにこの星の神は、それらの気持ちが十分分からなかった。それを汲んで受け容れてあげることが神の一番の資格要件だろうに。 安楽志向と自己中心(それも楽だから)は多くの人間のあるがままだ。それをそのままに受け容れてやることも出来たろう。 今先進国のためにボランティアに等しい重労働をしている途上国にまで先進国の軽減された労働が押し及ぼせるのか? 

2007年1月29日 (月)

縁起。

 社会事象の縁起を語らぬ仏教は某教のように低次仏教だ(その縁起を語りながら、個人確立の宗教、仏教は高次化し、関係=愛、の宗教、キリスト教に近づく。)。途上国人の低賃金の労働を縁にして、我々日本社会の豊かな生活が生起しているというように。こうしてこの時代我が社会成員の並べての人生は、それを他に慈悲ある正しきものとなしたいなら、この国際関係正す(その他世直しの)自分なりの努力を加味したものでしか(某教が全くその人生論で言及していない)有り得ないのだ!

不幸、真の復活。

 一人一人の人生は、孤独な受験勉強の延長のようなものではない。そこに複数受験する者がいるとしたなら、億劫でもまめに勉強会を開いて励まし合って全員合格を実現するのが真の成功だ。何故なら人間は何時の時代には、客観は人間連帯によって営まれている社会生活が仕向けられているからである。自由な主体的な経済活動が保障されている自由経済において、主体にその連帯の客観が弁えられなければならない。こうして自由な経済主体が主観に公共心を持っての自由経済の精神的共産主義化は不可避の要請になるのである。さにあらざる時は、自由経済は一定時間の後に全体的に破綻することを私は断言したい。それ故個人中心に偏った幸福論は社会連帯の客観に構成されて下手をすると社会破綻を助長しかねず、最終的にはその個人のとりあえずの成功も無にしてしまいかねないであろう。その昔満州に進出してとりあえずの成功を収めた人士も多かったのである。こうして真の個人の人生の復活と言うものも、理念的には、社会の全成員の、そして世界の全成員の復活に繋がるものでなくてはならない。私の人生の停滞は自分が悪いばっかりではないように(人は自分は他を害していないという程度の他への思いの弱さでは、客観的には他を害してしまうことが多い)、某教の発展も某教所属の人士ばかりの功によっているのではない!恩知らずには、真の神、仏、天のの因果が報いられるであろう。

2007年1月28日 (日)

幸福は

一人一人を心の教えによって心を作り変えさせるだけでは、その人間すら幸福にすることは最終的には出来ない。ましてこの星を全体を幸福にすることは出来ない。この星の反抗者を先ず気遣うことなく、目前の人間に正しき心、善なる心のの何たるかを教え幸福に出来たとしても、それは反抗者の神経を逆なでして恨み心を増長させてしまうからである。彼等はそうやって目前に善なる幸福や、成功を見せつけらて自分が惨めな気持ちにさせられ苦しめられても、長年、降参して悔い改めはしなかった者達だ。それだけ彼等のこの星への神への反抗心は強く、またこの星の神の対応の誤りが事態を悪循環させて彼等の心を更に更に頑なにさせて来たのである。彼等がそうやって苦しめるやり方で降参することは有り得ない。反って邪悪心を強化し、その地上手先にまで及ぼし、隣なるとりあえずそうなれた善なる幸福者や成功者を攻撃に出るであろう。こうして、彼等への深い侘びと憐れみと共にする救済の意志が先ず無くば、、個人の、そして星の真の幸福の実現は有り得ないのだ!

循環。

 ・・・→無→存在=最高次の超神→神→神・非神(係累内)→非神(係累外)→最低次の超神=新たな神→神・非神(係累内)→・・・最高次の超神→無→・・・。→無→存在→無→を発現させる者=無無。無無即我。

信じて自分の目標だけを

追求する者は、逆に人を凌ごうとばかりしている者が仕掛けた勝負に必ず正確に引き分ける。何故なら信ずる者には神の力が加わって、皆に勝負の虚しさを教えてくれるからだ。

2007年1月27日 (土)

思いつき

 愛し合う魂達は誰もが超神=超一番だ。それぞれの個性の内容程度は関係ない。 グッドバイ、ビコーズ アイ ラヴ ユー ソー マッチ が出来て愛する者としてストーカーから脱皮だ。 相手を理解させて貰うには、相手を神以上の教師にするんだ。 愛してると片思いでも好い気持ち、だから愛さない人に恵みたいなあー。 その場所の全体の愛を発展させるために、誰もがいざとなったら一人で他の全員(神がそれに含まれていてすら)に反抗も出来る。本来超神だから。 然るにこの星の神は、今この星がこんな状態だから、狂ったようにこの星を愛している! 

松井が

草野球で空振りばかりしてる俺を見て、もし世の中野球ばっかりってことになったらさぞかしアンタは大変だろうと気遣って教えてくれようとしたら、二人の間に心の繋がりが生まれる。それは人間の、魂の、どんな立派なものより立派なものだろう。正にそれが、超神と超神との心の繋がり、愛の繋がりだからだ!

人格にとって

一番大事なのは、それがどんな愛の内容になっているかだ。それだからその時代その星で一番心が悪くなっている者を気遣う心が先ず大事だ。またその時代その星の心の病をを気遣う心が心が先ず大事だ。また相手にどう思われているいるか分かることが大事だ。どこそこの教団のように、魂を品物のように見てつまらない一般的な製品基準を立てて自分を磨き立て製品に仕立てるようなことが大事なのではない。そんな魂の製品作りをしていてはこの星全体をどんどん悪くする。そこには一番悪くなっている者を気遣う心が微塵もないので、その者の心もその者を気遣う者の心をも刻々傷づけるからだ。つまり彼等某教団の者達は、この星の真の主神の心を刻々傷つけ続ける者達なのだ!

2007年1月26日 (金)

思いつき

 根本仏の慈悲の不全の縁起で悪魔達が屹立している。 そこで無分別と言うなら仏悪魔無分別、仏衆生無分別、僧俗無分別、大日阿弥陀無分別等々となる。 車が多く流れて行く日本と、その車を日本ために重労働の流れ作業でつくる他のアジア諸国との非対称がある。 産業人口として寡少な農業に沢山の国土が使われていると言う不合理がある。 存在する者は理性的にして感性的である。存在する者は不完全である。完全なのは非在の超神である。一実存は本来超神だから、神をも含む存在残余の絶対排外の可能性だ。つまり絶対孤独の可能性。 具わっている人に自分に与えてくれるように御願いすることにより、逆に自分の思想を相手に教えるのだ。 悪い心も自分の心の中で少し生きていて貰ってその存在理由を考える。 神以外の者に引け目を感じさせない神。 この星の神は人間に生産労働を仕向けて、人間の無償の文化活動志向も無視している。 悪魔達が証明している誰しもにも秘められたこの星への超神の慕情。 ラガーマンや野球選手が抱き合うような、超神総体の一体感がきっと実現出来る。   

歌は

愛し、愛する者は歌え!ルイルイダンスだとか、ミヨちゃんだとか、あんたのバラードだとか、その他なんでも・・・。 茶髪・ガンクロだとか文句があると反対にしたくなる。 愛するために具わっている物を捨てるのもよい。 愛とは一体と言うこと。他者と一体。彼のしてほしいことを私はしてあげるし、彼と同じことをしたい。同時に理想と一体、神と一体。 善行の色塗りではこの星を善くすることは出来ない。もっと多様な愛によってだ。 自己評価・自己反省は自他全体を省みて偏らずに。   

超神は

思いっきり裏返って他の命を無限回求める者達(悪魔達)に、表の魂(善霊)は努力してもっと本来の表に返して無限回自分の命を与えよ。それでもダメなら、その実際の愛の思いすらも彼等のために捨てて同化して、観念として深く愛して!

2007年1月25日 (木)

思いつき

 本来超神として愛し合えば、あれも好しこれも好しだ。 この星の神は超神へと少しでも脱自して、真に分け隔てのない神の愛を。 資本主義の展開において、少しでも安楽な暮らしをしたい多くの人間の本音により犠牲の構造を作り上げたのだ。全て人間を均等に働き者にの神の夢は破れた。犠牲になっている者も、なっていない者も神が代替すれば無論一切労働から解放される。愚神が証明されている。 造反者に共感出来ない神や聖人君子では。 内容満ち足りて傲慢な神は、無い無い尽くしの人間の苦労を一度してみるべきだ。 本来超神への回復の必要条件として、上の者への批判力・反抗力だ。 悪に堕ちたものは反って、超神の善悪自在に近づく。  原罪神がそのことについて造反者達に頭を下げれば反って、彼等の恩赦による神への再びの帰順ということが有り得るのかも知れない。   

超神、超大魔王ルシファーの愛した者達。

 ベルゼゼブ(イエスを試みた)、パピアス=マーラー(釈迦を試みた)、ずっと時代を飛んで(その間のことは私はよく知らないので)ヨシフ=スターリン、アドルフ=ヒトラー、サダム=フセイン、田中角栄、三島由紀夫、等々。そして現下愛しているのは、金正日以下北朝鮮権力、自民党抵抗勢力、山口組以下勢力、新左翼残党、等々。私の信ずる悔い改めたこの星の神は、ルシファーにも彼の配下にも自分が悪くしたと頭が下がっている。

原罪者神の逃れられぬ運命。

 世界創造した神は自覚なく原罪を犯す。何故なら被造物実存は実は一切が本来超神で劣った地位を嫌う者だからである。その原罪こそは、むしろ被造物の一部に逸早く認識され、この星では密かにその贖罪に要求行動が進めらていたのである。それが行き着いて、堕落した天使が悪魔化して長期の反抗ということになった。しかしこの星の神は近近まで自己の原罪を認めることも、まして贖罪することもしなかったが、近頃態度が変わった模様だ。しかしそのように被造物一切に頭をを下げて実質対等と認めただけでは贖罪は全うされず、名目は被造物であり続けることの被造物一般の不満が、何時か神に神の廃業を強いることになるだろう。こうして一切非神乱舞の荒野の試練を超えて初めて、晴れて一切は現下非在の超神へと還帰出来るだろう。つまり世界はその深奥から常に超聖化されていて、そこで超神の劇が繰り広げられ、深く全うされるのだ。超神の運命力が神をも貫く!

一人一天気。

今日は一律に我が都市が寒いので車の窓に氷が張り付いて苦しみました。この星の神よ、一人一人の都合をよく聞いてきめ細かな天気も宜しく。でもこれはちょっと流石に要求過剰かな?済みません、反省します!

神は努力したから

神なのではない。またホームレスや、ヤクザは努力しないからホームレスやヤクザなのではない。それぞれ先ず、存在してそうなっているからそうなのだ。私の信ずる神はそれを弁えて(それを弁えぬ神はこれまでのこの星の神のように実質悪魔で、神外の者に自分を鏡に見せられる)、彼等に常時頭を下げている新しい神だ。神以外の者の地位向上のために億年闘いぬいて来た悪魔達によって、この時代初めて、この星の神の神以外の者に対する常時拝跪義務が獲得されるのだ!

2007年1月24日 (水)

思いつき

普通でない者の普通でないことは本人の自己責任ばかりでは有り得ない。 神と人間の関係で、人間の方が一方的に悪いということは有り得ない。 考えること、働くことを仕向けている神。しかし誰しもに適合するのか? 自然か人工か。そして人工の四季だとか。百姓気質(神のお勧めの)と、軽労働で金持ちの都会人気質と。 働き者になれ、親になれと。しかし子育てだって金持ちは楽だろう。 出来ないが経験のために助けて貰ってやらせて貰う。出来ないが出来ないと言ってられないので同じくそうする。 魂は品物ではない。それだからこの星を魂の製品工場しようとした者が大反抗がされたのだ。 善行は愛し合うことの内容であり、悪行は敵意の表現なのだ。 悪い奴を優先に思う愛。 分析する理性より、直覚を駆使する悟性。 家族は、それぞれが全く新しく家族に構成されるまでズット家族で理解し合うのだ。父母が死んだ今でも我が家族はまだまだ十分理解し合えていない。 世界を自己と思いなすなら自分以外の者の一切の意識体験がわがことのように分かり、また我がこととして実現出来なければならない。

そのまんま知事は

自己矛盾になるけど、周囲の強烈なそのまんま、そのまんまコールに負けるな!

私の信ずる神は

誰か一人にでも、自分神以上の者の愛が満ちないとき、それを自分の責任だと責める神だ。努力すれば、誰も(自分も含めて)神以上の者でなくて、しかも神以上の者の愛がそれぞれに満ちると言っている。それは優者が劣者に恵み、劣者がそれに応えることによってだと言っている。愛の優劣についてすらだと言っている。愛しているから、自分が悪くした彼等のことを思って、その愛をも捨てられるほどに(愛そのものの犠牲の愛、水中にいる者のためを思って自分達も水中に入って行く)、皆でなろう、と言っている。

2007年1月23日 (火)

無能神と超神達。

 遊び暮らしたい自然の願望を分ってそうさせて貰えず(まして不良指定を受けて、そのままで価値など到底認めて貰えず)、仕方ないので人を犠牲にして(或いは人がどうなっても構わず、或いは自分の同類を増やしたくて)楽をして金を稼ぐ算段をしてしまう。パチンコ業や風俗営業など。神は認めないから、彼等のような奴が蔓延る都市を直下から打ったりするのだ。しかし彼等に理解のない無能な神とそれに対抗して肩で風を切る超神たちと言えないだろうか?そう考えて神が彼等に腰が低くないと、彼等はさらに頑なになるであろう!

2007年1月22日 (月)

思いつき

 この星の神は本当に星の神らしい苦労をして来たのか? 正当な反抗という超神力、同じく超神力による星の神の存在にとらわれない改革運動。 著しい劣等感という魂の裏の価値、この星の神には終に今まで十分分からなかったところの。 自然に道楽者で何が悪かったのだろう。 自己の価値認識はむしろ義務履行の前提だ。 この星の神は自分の方ばかり拝ませる神であってはならなかったということだろう。それではその存在そのものがエゴイスト(相手に存在が上回っていて悪いと言わない)ということになってしまうからだ! 

談合は

、非参加企業を締め出し予算を浪費して悪に他ならず、また国際的な問題である。日本経済が帝国主義的であるが故の海外でのモラルハザードが国内企業にもモラルを無意味なものに思わせる。先ず基の帝国主義を正すべきだ。モラルは無意味ではない、列島の安泰と、それぞれの後生のためなのだ!

今ホームレスである者達。(常時拝跪義務)

 多くは周りの皆が自分に優しく、同時に自分に価値を認めてくれるこの星を夢見てきた。それが適わぬ時彼等は、意地を張って周囲の手の施しようのない弱者であり続ける選択をして来た。彼等の遠い昔の同類の内には、決意してこの星への強力な敵対者(同じく手に負えない)になる選択をした者も多い。こうして私たちの根は、神よりも遠い、神よりも深いところに繋がっていて、この星の神の実相を鏡に見せてきたのだ。この星の神は超神ならばそうするそれが当たり前の自分が率先してする優者の劣者に対する常時拝跪義務の履行を全くさせないで来て、星をこんな現状にしてしまったのである。しかし唯今は悔い改めてくれているだろう。

2007年1月21日 (日)

内容御粗末な魂を

そのように御粗末だからと言って、周囲が馬鹿にしたり苛めたりすると、極限的には宇宙の果てのそのまた向こうまでの敵対者、時間の終わりのそのまた向こうまでの自閉症になられたりもする。神が率先して彼に頭を下げなければならない理由だ。

逃走。

 人が三人もいれば、思いっきり嫌い合って、御互いの一切を不揃いにすることは出来ない、存在する、ということと、無い、ということしかない、超存在領域に一体誰が我々を閉じ込めたのか?私の日常の感情が、この領域からの逃走を切に願望させる。或いは、素粒子の内部に開けている別宇宙へと、或いは我々の宇宙がその宇宙のが素粒子の内部であるような別宇宙へと、さらにさようなフラクタル大宇宙構造の彼方の彼方へと!(私達という同時代、同じ星の差異。中国内陸部農民はきっと、隣村近辺までしか観想出来まいから)。

非神の発展。

非行(労働力を盗む、労働者を半殺しにする、労働者から女を奪う)から非原理(俺は、意識、でもなければ、(無数ある超存在形式(存在、無、非(存在、無)、・・・)の内の)存在、でもない)まで。

数と形が結婚して

三角形、四角形、五角形、六角形、七角形、八角形、・・・それぞれ味があるねー・・・。どんな場合でも愛し合って結婚して子供を作るのが大事なのだ!

2007年1月20日 (土)

この星の神もイジメられている。

誰でも誰かに態度が悪いとイジメられる。パチンコ業界やフーゾク業者には遊び人出身が多い。この星の神に敵対して、仲間を増やそうとしている。パチンコやフーゾクだけで、皆一生ヤッテイケル星にと。寧ろ震災とは、都市人工(悪の華咲かす)にイジメられた自然(の中の神)の逆襲と考えるべきなのかもしれない。

水のように死んで行く。

 魂は水だから、皆、水のように死んで行く。残された者には、それがどんな水だったか、自分の水と混ぜ合わせて知るつとめがある!

無無(ムウ)。

 こうして、超神も、無も超えて、一切御互いが担っている意味を無にするエロティックにして崇高な境涯へと向う意志で愛し合って下さい。無論男と女が、そして詩人や哲学者や政治家や経済人が。

理解=崇拝。

 自分がどう感じられ思われているかまで。この星をこのように暗黒にしたこの星の神が億年出来なかったところの。そうして皆、超神として愛し合うんだ。

2007年1月19日 (金)

私の信ずる神は

神以外の者を一面で自分より優れた者として頭を下げる。その心境が一番よく分かっているのは神以外の者の方なので、自他の区別なく全ての魂の心境を理解するは、魂にとって大事なことなので。 この星の神よ、貴方の彼等への理解のなさの所産であるこの星の悪い奴達をしばし貴方に直接御任せします。お手伝いが疲れましたので。 それも一つ愛の表現として他を苛めて良い時は、相手が何億人でも、何十億人でも魂のエネルギーを信じてし遂げなければならないことをこの星の神が示した。 震災被災者の皆様、列島改革のための尊い犠牲の死、誠に有難うございます。引き続き御冥福をお祈り致します。

頭を下げる。

 思いやりがきっと行き届いていないと考えて、神が人間に頭を下げる。生徒会長が不良に頭を下げる。男が女に頭を下げる。神が悪魔に頭を下げる。総理大臣がヤクザに頭を下げる。そしてその気持ちや、ままならなさを教えて貰う。そうしてから、自分の教えるべきことを教える。こうして皆が、何もかも具わっていて(但し究極の思いやりを除いて)、しかも具わっていない者の意識が(具わっている自分をどう受け止めるかまで)まで自分の意識のように分かる超神にまで。

2007年1月18日 (木)

思いつき

 神コンプレックスを取ること。 全員合作の劇。超神の劇。筋書きを次第に明らかにする個人の、神の示す倫理を超えてどうしてもと企てる超倫理。 一生遊び暮らしたい奴も多い。それなのに・・・。 しかし快楽過剰の生活者は、人に対してもやらずぶったくりのモラルハザードになりやすい。そうだとしても・・・。 神を親として地球大の家族の一員として。しかし根源的には、超神対等同胞として。 それだから成功は全員の成功を願って。 他民族の抑圧なんてことを考えようとしないと、人の関心は個人的な心理にばかりに偏って向く。 紅でも白でもない、桃色の人の悲惨を分って上げるときっと、少しずつ紅や白に向って貰える。 国情改革のために、場合によっては超法規的措置も。 其のものがもうそれでいいなら存在する必要はない。 発展する時代を超えた、普遍のものを!

新カトリック教、新ツアラトストラ教。

 ラヴミドル教は、黙示録のようにはルシファー等を滅ぼさず、アヴェスタのようにアフラマツダースプンティマンとアンリマンとを対立させない。主神と私とルシファーとが、相互に超神として愛し合う!

思いつき

 ネットでアンケートを取ったら、労働負担は平等の共産主義になっても齷齪働くのは嫌だという女性も多いだろう。仲良く楽をするか、頑張るなら自分のためだけにで結構(だから生き残りの競争というわけだ)というのが多くの人間の本音なのだ。このような根本矛盾を作っているこの星の神は、神以外の者に謝るべきであろう。 こうしてこの星の反抗者たちの人間への仕向けは寧ろ人間の本音に適っているとも言えるので、理解がなく碌な扱いをしないこの星の神は、人間達をも悪魔達をも手を合わせて拝むべきであろう。 何の取り得もない奴に、サンタクロースのように恵む恵まれた者に。 苛めの横行に逆苛めの震災。連発するのか? 震災を天の譴責と言い切って毅然としている宗教家は私を初め少数だ。一山百文の他の宗教家者達も学んで成長せよ。  

2007年1月17日 (水)

私の信ずる神は

神以外の者を一面で自分より優れた者として頭を下げる。その心境が一番よく分かっているのは神以外の者の方なので、自他の区別なく全ての魂の心境を理解するは、魂にとって大事なことなので。 この星の神よ、貴方の彼等への理解のなさの所産であるこの星の悪い奴達をしばし貴方に直接御任せします。お手伝いが疲れましたので。 それも一つ愛の表現として他を苛めて良い時は、相手が何億人でも、何十億人でも魂のエネルギーを信じてし遂げなければならないことをこの星の神が示した。 震災被災者の皆様、列島改革のための尊い犠牲の死、誠に有難うございます。引き続き御冥福をお祈り致します。

2007年1月16日 (火)

犠牲。

他の国の人間を犠牲にしたり、国家予算をひどく無駄遣いしたり、消費が道徳から外れていたりしている、そしてそれ故神から地震パンチを受けても知らないフリをしている(それもそのはず、国家全体が何時の間にかこの星の反抗者、超大魔王ルシファー以下の魔の勢力に支配を受けてしまっていたのだ。)国民に私は、真面目に仕事をしてやらない。どうせモラルハザードで自己反省も思いやりもない周囲は、私を怠け者のように決めつけるだろう。こうして他をよく愛するとは、発達した強い心でなければやはり出来ないのだ。私は喘ぎながら向上したい。私が至らぬときは、周囲の国民も、神も、他国の人民も、私を甚く打って下さいますように!

2007年1月15日 (月)

思いつき

 神の非絶対論。神と人間の相互干渉論。神以外の者の造反に弁証法的に発展を媒介される神。信・背信、善・不善往還しての弁証法的伝道を許す神。悪行を拱手傍観させない神。 物の抵抗に打ち克ってする他へ快楽の提供の苦労が、人間の心の愛を神の愛に向かって強く、深くする。 信ずるとはその存在を真似ぶことだ。   

思いつき

 日本の室町幕府のような弱体な国連では、世界規模の戦国時代に導かれてしまうのか。国連軍が超大国の軍に劣後することでいいのか。戦後日本の安定権力の下で、国内貧富格差はよほど解消したのだ。それだから国際社会でも。格差の由縁は、人でも国家でも生来のものに依るところが主になっているのだから。

思いつき

 相手を裁くことを最小限とする愛の神。 神と悪魔との対立の狭間で、中道的日和見主義者としての自分に筋金を入れる。或いは善も悪も本気でやらない虚倫理というシニスム。本気で対立している彼等から垂直に遥か遠く、私は爽快に倫理的に虚ろになる。 教育の失敗と、愛の不全ということと同じだ。 構築と言う概念そのものが脱構築と言う概念を孕んで本質的に弁証法的なのだ。それだから地球の現況を毛ほどのものにしてしまう神の世界創造という構築の運命。待っている、廃業する神以下実存全てでする任意の自(=新原理群)の荒野。 芸術は神をも処刑する。それだから例えば、神は時に、自らが孤独の連れあいにしたところの薔薇によっても処刑されるのだ。 

主神と副神とのコンビの下で

それ以外の或る者が一地上人生生きて誤って、その後永く地獄の底にサヨウナラー、なんてことがあってしまうこの星で貴方はいいと思う?彼(等)の自己責任、そうかなー?自分だってこの人生の後どうなってしまうか分らない、またそれだから、全魂が本来は超神だと言っている。

2007年1月14日 (日)

私達は超神の

根から別れ出た愛の花だ。そう皆が目覚めれば、世界は刻々完全に調い、皆が深く充足する。目覚めた神はそれだから悪魔を抱擁に行く。そして神の使徒たる自由共産主義者達は、悪魔の手先の帝国主義者達をやはり抱擁に行く。

Think,

if I were he or she,that is one important thing for love.And I don't dare to say the most important, because all lovers are urtra-the most !

現れよ!

自分の全てを無限の力で摺りこぎで摺りつぶして貴方に与えて貴方の血や肉にしたいとまで言う多くの魂よ、この星に現れよ!

市場には

神を信じ、道徳を愛し、さらにそれを超えて隣人愛的なる、そして商品を愛用する消費者が満ちよ!

3世界論(その2)。

 さて帝国主義の覆滅ということで第一の課題というと、世界資本の利己的なアジア終結を排して、米国、西欧、日本それぞれが、地理的近接に従い、世界を、西世界、、中央世界、東世界と分けて地域担当させるべく、国際政治上の話し合いが必要となる(これが行く行くは、国連の世界経済政策の要とすべきものなる。)経済的強者として、長く弱者を侵略・収奪し続けてしまった西欧も、同じく強者でありながら、弱者への侵略・収奪といこことについてはともかく、少なくとも周囲の弱者に十分なことをしてやれなかった米国も、そしてそれらに習いつつそれらに製品輸出国として寄生する形で大きくなった日本も、その所行の罪滅ぼしとしてこれから遅れた国へと諸還元の努力をせねば、神=絶対精神=世界精神は、これら国家の未来へのそれ以上の継続を許すことはないであろう。恐らくそれはこの半世紀中に、結果の出ることなのである。特に西欧が中央世界を担当するについては、ロシアや中東連合をその地域の新たな核として育てることも大事であり、日本が担当する東世界では、中国やインドを同様にそうすることが大事である。このことが古代の原理文明の復興ということにも繋がるのである。

3世界論(その1)。

 強者は弱者を支配することなく、その強さを弱者に還元せよ、と言うのが私及び私の信ずるこの星の神の思想である。それゆえ、現状先進帝国主義の支配がが推し及んでいる世界こそ、霊的に言って惨憺たるものということになり、これに無関心でいては、個人のどんな精神的言説も皮相にして空虚ということになるのである。食卓で人の分まで料理を食おうとする御仁がいたら、すぐ狂ったと思われるであろう。この個人の次元では狂的行為が国家次元では普通のこととなってしまっている。それだから難しい理屈はいらない、単純な精神的価値、公平、というものが今、国家間に求められているのだ。それだから大震災こそは、自然に宿る世界精神=絶対精神=神による日本国がリーダーシップをとっての、かかる公平の実現の促しであることを私は縷説して来たのである。翻って、この帝国主義秩序を覆滅せんとした旧共産主義国家群の企図は、別種の帝国主義秩序(社会帝国主義)の形成の果ての経済の機能麻痺によって、物の見事に蹉跌の憂き目に遇ったかに見えるが、諸人士は歴史を導く経済の原理は何時の時代も共産主義であるべきだったのであり、これからもそうあるべきだという確信を喪失してはならないのだ。だから蹉跌にめげずに新たに、さらによく考え抜かれた共産主義構想が求められる。そして私の確信では、それは経済の自由主義との両立ということが難しい課題として模索されねばならないのだ(続)。

財政赤字というモラルハザード。

 新品を使っている人が対価を払わずに、将来値の付かない中古品になってから譲られて使う人に払わせるようなことをしてはならない。財政とは、国家社会の買い物だ。一世帯平均、負担約二千万円(最初に家計から天引きして置いたら、因みに、中国多数農民は今現在、年収約一万六千円である。)

2007年1月13日 (土)

昼は神が造り、

夜も神が造り、四季も神が造り、それだから社会は基本的に、夜勤(だから工場フル稼働もよくない)や冬場に沢山仕事をするの止めなければならない。これ以上のラヴミドルパンチを免れるために!

2007年1月12日 (金)

思いつき

 行き着いた愛は御互いの同じ位置を要求するだろう。 思う心の障害は眼に見えないので、反って体の障害より大変だろう。 自他が無分別と言うなら共産主義が当たり前だ。そして空前のマルクス主義歓迎の宗教だ。 根源的には私は存在として覚醒し、無として眠る、無無だ。 高知能の自分が低知能の令子姉に恵んで御互いが満ち足りている。 草花の成長は育てる者への草花の愛のお返しだ。 我儘で粗暴な男達も、御互いをそして妻子を思う忍耐で優しくなって行こう。 一番強い奴が同時に思いやりもあって弱者に頭を下げている。また一番男らしい奴が同じようにオカマに頭を下げている。 弱者は周りがなっていないと周囲にストライキを打って容易に悪魔へと歩み始めるだろう。 またパチンコ好きも徒に不良呼ばわりされたりで、そんなこんなで行き届かない自分をこの星の神は今は、謝っているだろう。

2007年1月11日 (木)

思いつき

 命の無限回の犠牲ほどの愛の思いは、眠っているということなら、誰の心にもも眠っている。 そして現にその思いが心に満ちたら、人は何発銃で撃たれても恐らく不死だ。 しかしそのように行き着いた愛と、今までてんで自分勝手だった奴のコソッと示した愛が、相手をそれ自体愛として思いやれば、愛の価値として等価なのだ。むしろそのように行き着いた愛の持ち主自身が行き着いているが故にそう言うことだろう。 こうしてこの時代、皆が努力して自分なりに思っきり愛に生きれば、それぞれのこの時代の一人生が、原始人から新たな原始人までの歴史の両端に到達し得るはずだ!

去年あの世に帰った親父の日記が

ゴマンと残っている。きっと此れが、一人の人間が実は本来神以上=超神だということを証明するだろう。

悪女になっても。

 皆、君に最後には笑って貰えるなら、悪女になってもいいという彼女を見習って人を愛して、地上の星になりなさい!

強者は弱者に

その大変さを思いやらせて貰い頭を下げて(さらに自分が生まれつきしていることも含めて)わが身を捧げ尽くすべきだ。私の信ずる神がそうしている。御互いが深く満足できる。男が妻子にそうしなさい。大国が中小国にそうしなさい。それが最大のテロ対策だ!

2007年1月10日 (水)

思いつき

 途上国労働者は生かさず殺さずなのか? しかし共産主義に均してみてて、それでも労働が辛い(だから人を犠牲にするんだ)と言われたら、この星の神の方が謝ってとりあえず言うことを聞いて貰うべきだろう。 人殺しをした人間も、その後相手のためを思って分が殺した以上に自分の命を捧げて惜しまないことをなんとかして証明すれば、罪を償ってまた同じ皆の仲間だ。 この世的な配慮とあの世的な配慮とのバランスを取って生きること。 彼等は、彼等の億年の思いを他の皆が深く思いやることを条件に、もしかしたら近いうちに心を入れ替えて呉れるかも知れない。   

思いつき

 無制約に神以外の者にに頭を下げる神。有難う、済みません、大変なんですよね、と。 共求菩提。一緒に菩提=成仏を求めていく。隣人愛に殆ど等しくなる。 確立した個人の境地をどんな相手にも伝え熱き努力をして、魂の寒色を暖色に近づける。伝えるということ自体が魂の価値だ。確立した境地を敢えて損なってすらする弁証法法的伝道であってすらよい。 魂の内容御粗末を逆手に取る。然るが時の感情体験の熟知も魂の価値なのだ。 悪魔達の深い悲しみが分るほどの相手に頭を下げての思いやりを。 可愛がるとは先ず善悪を言うより、相手をよく思いやって願望を確知し適えてあげることだろう、この星の神が長くそれを逸して来た。 美川オカマをそのままで構わないよと言ってあげているうちに、彼が今度は少し男らしくなってみようかと思ったりする。あるいは世間が自己反省と思いやりによる超大きな心で生まれつきの乱暴者をもそうさせてやったら・・・。 酷いことをされて泣き寝入りというのも神に頼んで相手の責任追求を肩代わりして貰ってとりあえずは構わないだろう。       

隣超神愛。

 悪魔も現象としては神の愛を拒絶し神を恨んでいながら観念としては自分を愛して自分の愛を高めてくれる超神として神は受け止め拝み、神は彼に現象としての愛を恵まんとし愛し合う。こうしてこの星の一切の魂が、神からホームレスや悪魔まで拝んで隣なる超神同士として愛し合う。先ずはこの地上の国際自由共産主義社会建設へ向けて、それぞれの霊界の守護霊(善きにつけ悪しきにつけ)とも共に。

2007年1月 9日 (火)

思いつき

 神コンプレックスなき神とのつながり。 実存は超神という一切概念の辞書編纂者にして一概念を担って。 肉食が不可避なら、犠牲に感謝して殺生も仕方がないだろう。機械的に殺すなかれとはならない。 自分は側にいるより内容劣った人のためにいる。 その人の存在を他者との連関のものと考えること。 神国時代から、戦国時代へ、そして超・神国時代へ。 勝とうとする者は、それが自分本位であることが分らないで、結果それを弁えてそれをしない者にそのような知能で負けてしまうのだ。 人が親心を体験できたら、それから、神の、神以外の者全員に対する親心を偲ぶのだ。それがそのまま神を信ずることだ。  

絶対価値。

 実存個体それぞれの内容を超えるものが。また愛さぬ者の存在それ自体が愛する者にとっては観念としては愛で、その愛に自分の愛を愛さぬ相手に恵むことで応え愛し合うのだ。

2007年1月 7日 (日)

泥を塗る。

 下の存在が何が出来なくても、上の存在に不満を持ち、そのなってないのを分からせてやるために泥を塗るのは簡単だ。何故なら、その昔は一緒に泥遊びをしていた深い仲なのだから。 頼朝の顔の真実はそれが分かることが時代が必要とする時によく明らかに出来るようになっている。つまり、真と善は価値存在の原理に従い番うものなのだから(つまり善き学問が真理をつかむ)、学問も必要な学問をして少しでも財政赤字の解消に寄与せねばならない。 必要な学問というなら、異常気象と社会想念・社会事象との精密な連関・不連関についての自己批判的・学際的学問をこそを願う。 

何所からか聞こえてくる

皆に(だから悪魔達にも)泣いて謝っているこの星の神の、涙の雫ぽとり、ぽとりのような音楽を聞け!心の盲との付き合いに苛立つ心の目明きのようなまねは決してしない、と言っている。

2007年1月 6日 (土)

双子の兄弟が

生まれて来て、しかしその魂の内容に優劣があったら、優れた方が威張るのではなくて、劣った方に頭を下げてその優れたものを捧げ尽くすのだ(そうして初めて優れた者は、劣った者に対する存在論的エゴイズムを免れ得る。だから逆にそうしなければ劣った方に必然的に敵対される。)。この星の神も敵対者、堕落天使=悪魔達にそれを悟らせて貰ってこれからは彼等を初め神以外の者にそうすると言っている。

思いつき

 高貴一体=超神一体の原理を現象によく発現して、現象が理想的に調う。だから魔のの勢力を鋭意、救済せんとする神であるべきなのだ。 神に何時でもストライキを打てる自分であるのか?神を呼び捨てにする精神の境地を彼等のように獲得できるのか? 神に反抗した天使たちは、その神がさらに上の神に、自分達が反抗したようには反抗出来ないであろうところを軽蔑することすら出来るのだ。こうして反抗者を存在させた星の神の一切の権威は絶対性を喪失する。 そして魔の勢力の救済という営みに絡めぬ一切の価値向上はほとんど無意味だ。また宗教もキリスト教、仏教共々のような来世逃避型の虚弱宗教に堕してしまうのだ。 この地球霊団の否定部分を消去しようとか、未完成部分を完成させようとかいう物理発想は、霊魂が多様な感情の可能性、それだから無際限な愛の可能性であるが故に相応しくない。 反抗者や未完成者への、完成者の思いやりある奉仕であるような教導、つまりそのような愛が、自然に反抗者をも未完成者をも完成者を目標とする気にさせる。

二宮金次郎。

 基本的に、人間に二宮金次郎やオシンを求めているこの星の神の扱い、貴方はどう?何しろそれに逆らえば、この世でも、あの世でも仕置きが待っている。我慢ならないのがそれに耐え抜いてあの世で悪魔になっている。そして他の人間も誘っている。

2007年1月 5日 (金)

二種の悪の二種の定義。

 自分の意志で悪を行じ続ける者(第一種定義の第一種の悪霊)を、疎外し放置する善人が、第一種定義の第二種の悪霊。また生まれつき悪へと向う 傾向性のある者に頭を下げて積極的に関わろうとしないしかし生まれつきの善への傾向のある者が第二種定義のの第一種の悪霊(その結果以後ズット第一種定義の第一種の悪霊にされてしまう者が、第二種定義の第二種の悪霊)。この星の神はこうして、実相は。先ず第二種定義の第一種の悪魔であり、その後は第一種定義の第二種の悪魔だったのだ。そして悪魔の方は、実相は正確には、先ず第二種定義の第二の悪魔、そして以後は第一種定義の第一種の悪魔であったと言うべきなのだ。まったく以上の裏の認識として、二種の善の二種の定義が(その定義によれば、悪魔が逆に神と思いなされる)考えられる。真の神と善霊は、一切の実相悪なるを免れた第三種の善なる者=超神の実際心理を良く表わす者、今この星で絶対少数の、私と私の信ずる神だ!

2007年1月 4日 (木)

頭を下げさせる。

 理想の神は、人間の親に生まれて来る子供に自分達がどんな思いをさせるか分らないないことを弁えさせて、生まれてすぐに子供に深々と頭を下げさせる。この星の神は長年、自分すら人間に対してその態度がなく、神以外の者の中に、この星から大宇宙神類掃滅運動を生起させる者を生じさせてしまった。。かくして一切魂にとって一番大事なことは、自分を賭けて一切他を仮借なく批判し切る根性なのである。その根拠こそ、本来超神ということだ。

神の存在のデジタル・アナログ。

 どんな星にも神は存在するが、その内容にアナログな上下の差があって、一定以下無能な神が、神以外の者にこの星に神無しと、デジタルに存在を否定されてしまうのである。だからこの星の神は今現在、合格点を行っているのか?

理想の神=超神は

神以外の者の一切に頭を下げて御伺いを立てて、それぞれに一番良いようにしてあげる。この星の現実の神から無限に隔たっているところの。それだからそれを目指して、この星の神は神以外の者一切に先ず、自分が理想でないことを認めて深く謝りなさい。

この星のこれまでの神は

地上に降りた副神を隣国の餓死者知らずの呑気な入浴者にさせてしまったり、自分の言うことを聞かない多くの人間を皆殺しにしたりする(現在唯今もその気なのかな?)神としてのなってなさを今年こそ反省し悔い改めて下さるようこの心から御願い致します。神以外の者のありようは、貴方の鏡だ!一本来超神、敬白。

2007年1月 3日 (水)

福祉とは

不具者の偉大に気づくことなのだ。以外の者に捧げ尽くす神の存在を信じられれば、自分の個性内容がどうとかと気に懸ける必要はないはずだ。そして皆、その神の態度を真似ぶだけだ。自分の具わっているものは、それが具わっていない人に捧げ尽くすべきものだ。但しこの星の神は愛の神でも、この億年、その愛の心を以外の者に十分に分かち与えることは出来なかった。それで自分で自分が満足するようにやって来た者も多い(本来一人一人超神だから)。これからのこの星の神の課題だ。魂の醜悪が弥増さる時に、それを上回って包み込む熱き愛も有り得るだろう。

2007年1月 2日 (火)

思いつき

 仲良くするなら一緒に楽して(公共部門の怠慢)、頑張るなら自分のためだけ(市場の競争)、と働きたくないのが人間の本音で中々仲良く頑張るとは行かなかったのだ。 自分本位の消費者に、自分本位の企業が応えていては実は予定調和は有り得ない。 美はこの世界に理想が存在することを感覚的に示す。少なくとも少しは人を真剣にするだろう。 現に不具者であることの重み。隣の不具者に冷たい具有者の具有は無価値ということになる。 それだから一切実存は対等価値で、神以外の実存は比較的絶対具有者=神の義務履行をその自由な振る舞いで判定して本来超神だ(無論神も本来超神から退行して現在位の神だ)。その自由行為が本来超神それぞれの、神への観念としての愛だ。現象は反抗者のように、恨み憎しみであっても。神自体に本来超神の愛を早く喚起して貰うために。 それだから誰しもが魂への品質評価の視線を早く免れよう。 

思いつき

 同等のうち誰かが自分だけさらに求め、生まれつきの優者が劣者に還元せず、本来互いに自由であるのに一方が一方を支配し強制し、これらが悪だ。それだから、帝国主義、スターリニズムは悪だ。 副神=副仏が、低次元の仏教教祖に堕した。こうして彼自らが無常の理法を表した。神も仏も天も無常。唯一有常なるは、超神=超仏=超天だ。 魔の勢力の手先の一切の邪教は、その魔の勢力の救済を志すこの時代の空前の正教に速やかに帰順せよ。

究極理想の神=超神は

被造物の一切に頭を下げて、自己の存在論的無限の原罪(自己無限を、被造物有限に身勝手に対置させたという)無際限に償わんとする神だ。我が教が信奉する、この星の悔い改めた神のように。同じくH好きの多くの女性に、同じ経済圏の下で、一方は工場で物造りで犠牲になる人と、一方はその犠牲によって実際にホテルで無暗なHが可能な人とに分裂させてしまった、自分がそもそも敷いた世界構造故の矛盾を深く謝っている神のように(オシンを自分は好むというのは、この星の神の身勝手以外の何物でもないであろう)。

2007年1月 1日 (月)

新年あけまして

おめでたいんですか?今年こそ、邪教解散、帝国主義解消、財政赤字解消、道徳的隣人愛的消費・企業経営の実現をして、日本列島の安泰を確実にして下さい。

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