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2006年12月31日 (日)

私は教わります。

さだまさしさんに。コブクロさんに。和田アキコさんに。氷川きよしさんに。ドリームズカムトルーさんに。五木ひろしさんに。SMAPさんに。川中美幸さんに。北島三郎さんに。愛の学びに、誰が教師も生徒もない!

紅白桃色は?

 美川憲一や和田アキコの組の桃色は?元気なくして御行儀のよいNHKかい?安倍ッチに合わせることもねえだろうー・・・。まそれでも、年越しは国民的に皆、桃色、いいじゃなーい・・・?

大のつくこの星の

頭の狂った副神が、隣国人民が次々餓死していく時に、ゆっくりいい湯に漬かっていてしまった。自分の心の平静だけが大事でこの時代のこの星の悲惨への共感性を麻痺させてしまったのである(自分は諸行無常のこの時代相には関与しないで涅槃を得ているなどと言っている。)。大氏はどうか早く副神の看板だけは下ろして、この時代主神の意を態して営々救星の努力を続けている、地上・天上の諸霊の心をこれ以上傷つけること(無論それ以前に主神の心も)無きよう、ここに心から御願い申し上げます。本当に無常なは、貴方の霊界での地位だ!

2006年12月30日 (土)

思いつき

 彼は神だから、我々一人一人のことが絶対に全部は分からない。例えば一人一人の悲しみの色なんぞも。だから諦めれば、一人一人強く歩いて行ける。 老醜とは人生の時間とあの世ということだ。だから実は一番美しい。こうして人は、一切の相反する意味が一つになっているところからの光を受けるのだ。 自分を偽り続けた俗流神。 校長にイエスマンの教頭以下は、造反教師の仕向ける不良すら扱い得ないであろう。 献身、しかしが何が本当にためになることなのか、よーく先ず考えるのだ。

誓願。

 私は、この星、この地上に、一人でも貧しい人間がいる時には、私も決して豊かな生活はしないと言い切れる魂を目指します。目指してもらいます。同じように私は、この星、この地上、あの世霊界に、一体でも悪霊=愛の貧乏人がいる時には、私も神の恵みの愛の心を、神にお返しして、お互いの心にいつか愛の心が宿り、善霊に成り変われるまで、同じく愛の貧乏人であり続けると言い切れる魂を目指します。目指してもらいます。悪霊にすら淋しい思いをさせないために、自分の愛の心を犠牲に供して一体化できるようにと、努力します。努力してもらいます。そして願わくは、神すら、神以上の者に願い出て、愛の貧乏人として一体化して下されますように。そしていつかまた皆で、愛の金持ちになって帰って来れますように。

祈り。

 信ずる国際自由共産主義者は、神と共に、むしろ自分達が悪くしたあの世の魔の勢力およびその地上的手先の帝国主義者、スターリ二スト(北朝鮮権力が典型)達に頭を下げて、彼等の心の入れ替えを深く祈りなさい。神はそれが成らない時の、大天変地異による彼等魔の勢力の地上的手先達の、抹殺、堕地獄(責め苦に満ちている)を忍びないと思っていらっしゃるのだから。(ついでに、彼等に少しも関知しようとしない某教その他の一応形としては善でも実相は第二種の魔の勢力に等しい勢力に対しても)。

2006年12月29日 (金)

思いつき

 この星の神は神にして、神以外の誰彼のように自分のやりたいことを本当にやっていない反倫理だ。俺は決して振る舞いを乱すことは出来ないという管理者発想に執着している。然るが故に、神以外の者の多くとに分け隔てを生じさせている。 星の神なんてこの大宇宙に掃いて捨てるほどいる。 そんな神の下では、神以外の者同士で、神が容喙出来ぬ仲を作り上げたりもする。 立法・行政の意見を積極的に譴責する姿勢のない司法は権威が疑われる。我が憲法は前文ではっきり信仰と人間愛を謳っていると考えられるので、我が日本政治は国内外とも、恒常的に違憲だ。 魂の最低内容の者の意識体験は、自己完結的に他者に此れまで十分に認識されたことがない。語れぬ太宰はごまんと存在して来ているのだ。 表面意識上は予期していなかった転落・反抗体験が、潜在意識下の転落・反抗願望とが合体して、彼のその体験をここまで継続させたのか?    

2006年12月28日 (木)

無常。

 超神(原理)が、初源の現象=神・天使・人間の調和関係、を無常にする。そして、終に任意の非神の乱立の果てに、一切を自己に還帰させる!

被造物はその劣った地位を嫌う。

 こうしてあのエデンの園では、蛇がアダムとイヴを誘惑し、その後の人間の堕落とこの星の神への反抗は継続されたのだ。この星の神よ、これからどうする?

本当にしたいこと。

 魂にとって、その星の神の示す善を行ずるより、自分の本当にしたいことをすることの方が優先する。謂わばそれは超神(全魂の本来性)の倫理だ。彼等魔の勢力にとってはそれが億年、星の神への反抗ということだったのだ。この星の神は現下も明々白々なように、幾らでも安楽な暮らしがしたい多くの人間達に、負担公平の共産主義的労働を仕向けている。人間のそのようなかなりの部分に対してはそれはもう押し付けと言ってもいいものだろう。かくして彼等魔の勢力は、こんな神に対する多くの人間の自己欺瞞的信仰と善行を悔い改めてくれるよう、自らは超神の倫理を固く行じて待ち続けて来ているのである。

2006年12月27日 (水)

思いつき

 この星の神は神以外の者に、オマエハナンボノカミジャと凄まれても仕方が無いだろう。そんな神の下で世渡りならぬ星渡りを巧みにして来た者も多いのだ。 しかしこの星の神の労働は、太陽の寒冷暗黒の虚空での24時間の発光労働に準じて(太陽光線の中継)それ以外の者とそれとは懸け離れてはいる。 一方悪社会を打つこともする。形相を表わしたら、さながらブルース=リーのようだろう。 そこで、セックス過多の者は、打たれて堕とされた地獄での股間刑罰を覚悟せねばなるまい。

思いつき

 星の神の思いやりの無さの批判としての彼等、魔の勢力の悪行がある。 彼等に反抗より満足出来ることを提供する。そのためにも思いやりだ。 また星の神には何時か、自体神を犠牲に供する愛の実践も必要だ。非神という犠牲の愛、超神への弁証法的脱自だ。 不具の人の前で具有をひけらかす愚。逆に、憐れんで捧げ尽くすんだ。悪魔の前での神の愛すら。 一方なってない神には逆らうばかりでなく、包み込むことも出来るはずだ。 かくして神が相対的であるとき、彼が示す善も絶対ではない。 

弱者に

それ以外の者全員に頭を下げさせられるような神ではなかった。その理由で実相は悪魔だったと言ってよい。その証拠にそれを鏡に見せるように、弱者だった時分から星全体を敵に回して強くなり凶悪化したに三島のような作家(私はそう診立てるのだが)もいる。それで、太宰さん、大江さん、殺されたホームレスさん、貴方達はこれからからどうなさいます?

不可避的であることにより

絶対的に充足すること。つまり貴方はその時、超神と一体なのだ。あるいは本来の超神を表わす。その一言、一言、一行、一行で刻々そして取り合えず、しろしめす神の示す善悪をも超えて世界の心も体も凍らせて、世界の真の革命者であることだろう。

2006年12月26日 (火)

北島三郎ファミリー、鳥羽一郎ファミリーの

の演歌には、この星の自然神、大日・父と大地地球・母の情に通ずるものがある。父母神は、心が悪くなっているヤクザや企業戦士やその金満H妻を一番気遣っている。そして列島中段を打ったのだ。この者達は、北島や、鳥羽の演歌で当たり前の善意・人情を勉強し直しなさい。

職務放棄。

 校長(神)に苦しくて思わず職務放棄をしてしまう、自分達と同じ運命へと仕向けようと努力している造反教師達(堕落天使たち)よ。魂の証明、ご苦労さん。校長も学校を全く自分自身と思い為しているなら、その仕向けに応えよ!

思いつき

 神と悪魔とのハッケヨイヨイの行司のような超神として。 ゲームしている人達。それは実は、存在という超神のゲームの中のゲームなんだ。 金より他を思う心を求めて一生働く自由共産主義だ。 お客さんを善人だと思って一生懸命働く。そうすると実は善人ではなかったお客さんも善人になってくれるかも。 悪人を徒に責めるのではなくて、愛で包み込んで説得する。 平静心と利他心を同時に追求して真の成仏だ。 天を信じ(信)、長上や聖人君子を敬い(礼)、善悪を弁え、仁の智慧を培い(智)、善・道徳を行じ(義)、またそれを超えて他を愛しむ(仁)。儒教の真髄。 言葉や観念は物体のようには精神に抵抗をもたらさない。然るが故に一般生活者の方がそういう意味では、文化人より精神が強いのだ。 笑顔は、醜貌をも快く思わせる。美貌とはまた違う、感覚の仔細がある筈だ。 神悪魔未生以前面目=超神、仏悪魔未生以前面目=超仏、天悪魔未生以前面目=超天。 愛を諦めるなら、相手に済まないと言ってそうせよ。     

2006年12月25日 (月)

幸、神を恨むな!

フ―ゾク系の女の子が、大学教授の娘に生まれさせられて。

2006年12月24日 (日)

幸、母さんも神も

規律でオマエを窒息させ続けてゴメンと言っている。多くのヘンタイヨイコ達にも。この星の神よ、どうかどうかこれからは、人間一人一人の自由をよく受け容れられる神になって下さい。

思いつき

 魂はどんな悲惨な体験をしても無くならない。その悲惨な体験から何かを学び取るだろう。 魂は止むに止まれずあらゆることを企ててしまい、しかも一切他者は彼への愛故に彼の企てを反芻せざるを得ない。こうして一切魂は、一切の可能性を劇し、遊戯するのだ。 相手の感じているところを相手に変わって正確に語れる位の共感能力が目標だ。この星の神も到達していない。 リアルタイムに状況を思うこと。 日本帝国主義が出会い系の主婦とホストとの出会いを作り出している。金を運ぶ旦那が働き過ぎでインポで、職場では誰彼を蹴落としている。 発展の理想は、否定に媒介されることなく跳躍的であることだ。 状況への関心が多様で分散しているが故の精神の不安定に耐え抜く。 私の信ずる神は悪い権力者にも自分に責任を感じ認めて頭を下げる。 現に何も具わっていない魂が裏の価値を十全に担って価値最高だ。 ゲームとしての存在世界。本来超神であるなら。 同じ魂なら、俺がやっている愛、やってみな!   

日本帝国主義という、世界の脱構築。

 世界は神=創造主が創って、生態系と、人間心身の、両面の相関的造りから共産主義システムが相当であるよう造られている(但し私は縷説したように共産主義と言っても、計画経済のそればかりを言っているのではない。)。然るに、その下にある人間の多くがしたがっている安楽な暮らしをその世界制度の下では決して全体的には不可能である時に、一部民族がうまくやって自分達だけがその暮らしを実現しようと、世界制度を脱構築し、結果一部に富を集中出来る制度として非対称に別構築して、帝国主義の出現ということなったのだ。そしてそうして経過するうちに、原構築者=神によって、先ず日本帝国主義が大制裁を食らう羽目になった。それ故私は、この日本帝国主義という、本来の世界制度(世界構築)への脱構築・別構築を、原構築対応に変容させねば大変なことになると主張して来ているわけだが、しかし神よ、現構築を例えば日本経済圏全般に日本国内並みの生活水準が即実現出来るように貴方の超能力で超構築なさる気がないのなら、先ずは自分の神としてのなってなさを素直に、渋谷の竹の子族にも、中国の日当にして(そして日本円にして)五十円の収入の多数の貧困農民にも、手をついて謝るべきではないのか?一超神、敬白。

インタヴィュー。

そんなに長続きしたのは何故? 愚問だね、好きなことだからさ。 だけど、一億二千万年も? ウン、あいつにキチンと頭を下げさせたくてさー。あるいはタメを思って。ダガ、誰のタメだか、何のタメだかも分からず。あ、ゴメン、失礼するよ、今竹の子の兄ちゃんから・・・。

2006年12月23日 (土)

俺は(アタシ)は一切他者の

情夫(婦)だって皆言え!済みません、ちょっと酒入ってます・・・

劣者の意地。

 劣者は反抗によって、自分の深みからの意地を優者に示せ!(例えば、低知能の政治家が、高知能の官僚に、逆に気弱な官僚が、強気の政治家に(此れはかなり難しい)、というように。極め付けは・・・)。

済まない。

 歩み行くと悪霊に出会った。私はすぐに、自分の愛の力が存在(世界)の隅々まで及び得なかったことを彼に謝り、罪滅ぼしに自分ももっと彼を愛し、また他者一切にもそうして貰うことを彼に約束した。 米を我々恵む稲の心、さらには神の心を蔑ろにするように、製品を日本にもたらすアジア人労働者の心を蔑ろにしていてはならない。稲の種蒔きと、アジアへの投資を同じようなものと考えていてはならない。 世界の辺縁までの一切の他者と場合によっては対峙出来る者同士としての、世界の辺縁までの一切の仲間の連帯。 愛することはその表現としての行為の責任を取ることそのものではない。愛する者は真に愛するためにそのことに責任を持たねばならないということだ。

詩、そして死。

 詩は、自他、の死の時へと紡がれ、自他、の死の時纏いつける栄えある死衣装を綾織る、悲しみの糸だ。そして自他は、時の向こうで自他以上のものとして再生し、その繰り返しの循環の果てに、まったく無きものとして深く眠る。より以上の神々=超神達として何度も再生しては、最期に無として深く眠る。詩はそのように死へと紡がれる悲しみの糸だ。自他という生は、生としてあって以来、自他の死=無に投げ渡され、見据えられている。自他の生=存在の中に、神もあり、人もありさらには悪魔もあり、愛もあり、物質もあり、観念もある。自他の生=存在は、いつか一切未生以前の無に帰し、さらにそのようにして無よりも以前の一切意味以前の無無の発現としてあることになる。故に言葉は無論のこと、その他一切事物も常に、無無の使い、無無の発現としての絶対希求性でなければならない!

2006年12月22日 (金)

思いつき

 一番はビリの辛い気持ちが(それが魂の裏の価値と言えるような)分らない。 それなら魂は、表の価値(頭がいいとか、性格がいいとか)をどんなふうに退行させられ、転換させられてもよいと言い切ろう(今利口な自分が、明日から馬鹿に成り変っても構わないと)。 医者も裁判官も本当はなくてもよい職業だ。人間皆が発達したら。両者とも寧ろ当の相手を頭を下げて憐れんで、更生の方向をはっきり示してあげるべきだ。 体験ヤクザで魂に罪の匂いをつけるなんてことも。ずっとそのように基本、罪に染まって来た奴に親しむために。皆遠い昔にそれぞれとして散ったと確信して。 親心は一日にしてならず。そしてそれは神心に通ずる。 その神の心憎い世界創造を、その通り憎んで来た者達がいる。感嘆するより、神の自分達への態度に不満があって嫉妬心をそそられたらしい。 それだから人は時に、その神の作った世界制度も、それに即しての社会制度も、脱構築して生きてみるのも良い。 

2006年12月21日 (木)

社長は

自分のように威張れない社員一人一人の空しさを思って、寧ろ内容上回っている分、社員に頭を下げて奉げ尽すんだ。そして社員に一人に一人にも、自分の妻にそうするんだと言うんだ。

この星の此れまでの神も善人も

悪くなった仲間を黴菌のように思って抗生物質を投与のような御行儀広め的、疎外的善意(某教が推進の如き)により反って彼等を耐性菌のようにしてしまうことを悔い改めなさい。彼等は、それが大変でも遺伝子組み換えのような包容的善意を待っている。

与え合う、恵み合う。

 頭の良くない姉(次姉)と、性格の悪かった自分とが、与え合い、恵み合って此処まで来て満ち足りている。何が立派だ、どこが立派だなんて自慢しながら生きて行くなんて空しいことなのさ。それだから、技術のない国と、資源のない国とが与え合い、恵み合うのだ。 ネットでネットをネットのない地域へと及ぼす。ウエブが悪い蜘蛛のウエブであることを解消して行くのだ。 自由共産主義インターナショナル。

盲人の側で

目明きの目はその盲人のものとしなさい。一切の意味の、盲人の側で。

2006年12月20日 (水)

実存は敗北を嫌う。

 これが絶対的真理だ。そこで私達を被造物として貴方に対して絶対の負け組に置いた神よ、貴方はこれからどうするつもり?えっ、とりあえず被造物皆に(だからアダムとイブにも、蛇にも、その子孫にも)頭を下げるって?

予感。

 近いうちに、誰しもの心に超神=神以上、の愛が満ち、それだからこの星全体にはそのまた無限乗の愛が満ちる予感が強くする!

屈折。

 自ら自分が一番悪いと言う神なら、信仰も不信を含んで屈切しないで済む。私の信ずる神は今そうなりつつある。 また私の信ずる神は、自分がこうして不幸にした神以外の者に、自分以上=超神の価値を認めて、手を合わせ頭を下げる。先ずその態度を真似ぶことが、彼をよく信ずることだ。 また彼は生産労働は御前達に良かれと思って仕向けたと言っている。しかし、それが合わなかった者には素直に謝ると言っている。とりあえずその者達は我慢してくれと言っている。

2006年12月19日 (火)

思いつき

語調で人の心を傷つけたりするので仲々難しい。 トラウマについての反省は、古傷を暴くようなものなので程々にして心を前向きに。 相手に頭を下げる福祉を。 悪い奴等を除者にばかりしてきた地球霊団の転換期が今来ている。

堕落天使達は

その昔、神のように人間を救済しようとしてやはり神のようには果たせなかった。この星の神よ貴方が神ならば、その無念と悲しみをこれからはよーく分かってやって下さい。

人間よ、欲に打ち克って

青空に(月面の真っ暗な中に太陽がギラギラ輝いているだけのものに、周りに大気が纏い付くと、光が散乱して地球のような青空になる。こうして青空は神が作り上げているものなのだ)、雲に、山に、川に、斜めの平野に、鳥に、獣に、魚に、虫に、花に、地面に、そして天上の者達にも、さらに地獄の者達にすらも希望を感じさせて(彼等の悔い改め、立ち直りへの祈りが一番大切なのだから)、笑って貰えるこの地上社会に!皆、見守り愛している。それだから君達も御互い欲に打ち克って深く愛し合うんだ。自由共産主義。

2006年12月18日 (月)

神霊は

諸形相も質料も創出した霊・地上二界のこの大宇宙を創った。しかし天使の堕落や、周囲に馬鹿にされた弱者の悪魔化を想定はしていなかった。こうして私達の心は神霊を超えて超神に繋がっている。 よって神と関係なく、神外の者同士の本来超神としての交流も有り得る。ほんの恋人同士にしたって。 自己中心・快楽主義・非向上と悪の三点セット。その悪に関わりたがらない善は第二種の悪だ。 教える者の教え方を先ず疑う教育。 神が過ったこの星の地上では、死んだ方が増しの苦痛がざらに存在してしまう。 つまり、ホームレス(表の価値ゼロ)、悪魔(表の価値マイナス無限大)の悲惨な感覚・感情体験は=裏の価値は超無限大だ! 

思いつき

 人間として一番意味のあることを。 個性は長い時間に有為転変するのかも知れないが、その底を貫徹するものを。 それだから、私が仮にお粗末な内容の魂でも構わない。 私達が本当は高貴にして一つであることを、寧ろそれぞれが自分を貫徹することで証明すること。 そこで愛する者は他の誰をも切り捨ててはならない。 反社会的な者も、社会の方が悪いというと、その反抗が少し収まる。 裁判官と犯罪者とが深く心を通わし合って。 

思いつき

 魂にとって一番大事なのは、それも一つの愛の表現としてあえて自分より力の強い者に(無論それがある星の神々であってすら)に対して、それが出来ることを信じてまたそれが御互いのために必要なことと判断してストライキを打てることだ。つまり此れがこの星の堕落天使=悪魔達がこの星の神々に対して身につけて、一方その神々がもっと上の神々に対して身に付け得ていない超神の能力なのだ。田村亮子も、場合によっては彼女の取分けひ弱な子供にすらそうされて決して勝てないだろう。 それだから威張ってばかりいて言うことを聞かない人間達に顔を顰めてばかり来たこの星の此れまでの神はどんな神なんだろう。人間の多くに思いやりが乏しく、古来、生産労働を押し付けて来たこの星の神はどんな神なんだろう。彼がどんな星でも、神以外の者が、本来超神と自覚するしかないことを証明したのだ!  

嫌われ者は

周囲が嫌われ者であることに実は責任の無い相手に深い負い目と憐れみの持つと嫌いでなくなれる。そしてそのうちに相手は好かれる者に成り変る。エデンの蛇もこうして、何時か女神に成り変るだろう。

2006年12月17日 (日)

自分に負けてしまうことを

願望する神を。そうなれないとき時に、人間に謝っている神を。人間は如何しても、自分に負けてしまうものだから。人間を愛するに無制約な愛の神を!

何故か水のある場所を作って

その水の中の生活を始めて長い者達を、元の水のない場所で生活させたかったら、そして行く行くはその水のある場所自体をすっかり無いものにしたかったら、きっと自ら進んで、その水の中に入って行くしかない。恐らく誰も、だか恐らく数多の神々も、無論私も出来ない。出来ないことを、きっと神々の中で此れからはそうすることを決意した私の信ずる神(恐らくこの星の主神)と共に深く彼等に謝って置く。愛はこうして何時も、自分の愛の至らぬことを相手に謝る。そしてその、済まない、が口先だけで無ければそのことにより必ず、彼の他への愛を発達させる。

2006年12月16日 (土)

深い愛は

現象(神、天使、善人、悪人、・・・)を無にして、常時、実体=超神(の愛)、を感情させる。皆がそれに目覚めた神のリードで超神として愛し合い、、超神として射精し、超神としてヨガルんだ!

2006年12月15日 (金)

オシン。

 一昔前は一切女性にオシンの苦労を求め、この時代は日本だけがうまくやったものでそんな求めを決して聞かなくなった日本女性達も殺ってしまう気でいる、また何時の時代も死の恐怖で人間を脅かし続けて来た、こうして覚束無い人間皆を馬鹿に仕切って来たこの星の神を貴方達は許せるのか?許せない人達には、貴方達を待っている地獄の底の魂達がいる。私は私の道を行く。人間皆に頭が下がっている発達した神を捜す。

優雅な暮らし

をしたがっている多くの人間に生産労働を押し付けてきたこの星の神は、そういう人間達に頭を下げて言うことを聞いて貰いなさい。間違っても言うことを聞かないそういう人間達を打ち殺すという神としての醜行を重ねて下さいませぬよう、ここに心から御願い申し上げます。私も微力ながら力添え致します。例えば自ら下生して、そういう女性達に出会い系でアクセスしてべッドインして説得なんてこともしてみたら。

原罪。

 この星の神が神以外の天使、人間を造ったのが三億数千万年前(それ以前に諸生物霊、そしてその地上的身体は既に造られている)、大反抗者ルシファーが現れたのが一億二千万年前、そして彼等反抗者がその態度によって、この星の神に自己の存在論的原罪認識(内容優れて存在して、同時に側に存在する、内容劣った者に少しも頭が下がっていないという)を求めてきたのに彼、神は終に近々までそれを肯うことなく、ユダヤ教の創世記に原罪は人間の方にあるかのように書かせる始末だった。然るに原罪はむしろあのように態度傲慢なる彼の方にあったのである。この星の神がそれを認めて彼らに頭を下げてこの地球世界創造四十六億年来の自己の原罪無視の謝罪の行を始めねば(そしてそんな神を容認し続けた大宇宙神霊社会も同じく)、彼等魔の勢力のこの地球から始める大宇宙社会を超えた存在世界の辺縁までを覆う反抗的悪の拡張運動は停止しないであろう。この星の魔の勢力はこうして、この大宇宙生命体の全体癌化の胚種=ポリ-プなのである。またこうして、この星の神以下上等霊は実は、自己の存在論的原罪を自覚できない実相、魂のクズずばかりであったことになるのである。一超神、敬白!

2006年12月14日 (木)

富士山を造った存在が

同時に列島直下から揺らした。某宰相一派の国家の私物化と、某政治勢力の唯物論的で不毛な革新政治運動、そして国民一般の快楽主義的消費がが極まったからである。某教による人間の御行儀の広めと、現に進行する人間悪の抑止による社会想念の浄化の努力は始まっていたのだが・・・。 自分の心に徴してこの星に神も仏もないと考える者達が、あの世地獄界の底に常住していて、この世地上界の人間の心のスキに付け入って仕掛けて、地上の誰をも同じく神も仏もないの思いにしてしまう。某教に支えられたかに思われる政治改革勢力によって、神・天上の側が一矢報いたのか思いきや、その偽善性がこの度暴露されるに到った。一方某教は今や、道楽仏教教団に堕してその他の数多の宗教団体と同じく社会への真実の霊的救済力を欠くことになってしまっては、歴史の行く末は最早定まったと言うべきであろう。神による地上の多数の悪霊の掃討が成っても、そのまま彼等は地獄に堕ちて地獄界の負のエネルギーを強化してしまうのだ(今次は少なくとも、十数億の悪霊の増加だ)。そのエネルギーによって再び地上人への憑依が始まる。この循環によって地球霊団は、早晩、全体悪への肉薄ということに成らざるを得ないであろう。つまり彼等魔の勢力の、本来超神根拠の、全体一体化の宿願が成ってしまうのだ(ヘーゲルとバタイユが癒着したヘバータゲイルユの実現)。それだから今まだ、善霊である者も、自分の善なるを保守したくて隣なる悪霊を隔てるのではなくて、いざとなったら神を真似んで彼を打ち殺す位の覚悟で彼を説得し、また場合によっては彼に同化し、彼に悔い改め、或いは心の入れ替えを促す悪霊救済性のある善霊を目指すべきだ。

2006年12月13日 (水)

SEXのし過ぎは

死んだ後、この世で性器ををいたぶられた時の様な責め苦が待っているぞ。特別の事情のない限りきちんと子育てして貰い、そうしている夫婦間で適量ということになっている。 究極の素粒子、クウォークは規律正しいカントのようで、神霊が成り変っていて、本来、理性も感情も意志もあるのだと思う。科学の善用を願っている。 学力もあり、品行も良い兄も、暴力弟を教導出来なければ価値が無い。そのために場合によっては品行乱すことも、喧嘩することも必要だ。  頭の良い官僚や技術者が、その頭のよさに反感を持っている政治家に言いなりににされた。よく愛し合うことが必要な所以だ。  

皆、可能性はある!

 神様が神様だから、皆、彼等、魔の勢力のようになる可能性はあると彼等に言ってやれと彼等の御蔭で俄然、神以外の者に腰が低くなったこの星の神が言っている。それが彼等への何よりもの愛だ!

2006年12月12日 (火)

思いつき

 愛が形あるものを、美しくも御洒落にもする。例えば人の名前の発音。 愛と反愛(自己中心、憎しみ等)の対立軸の周りに空間が考えられるだけの非愛の軸。 三島も太宰も芥川もこの星の神が実質放置したに等しい孤独者達だ。今、神は彼等に謝っている。 此れから何より思いやりのある神が支えてくれるならば・・・。 道楽学者の提言より宗教家の鶴の一声と思ってもらえないか? 邪教一般はこの時代中に、正教に生まれ変われるのか? 生徒会長の番長以下に対する態度が悪いと、普通の生徒が酷く攻撃される。この場合、自己反省も思いやりもない生徒会長が悪いのだ。 堕落天使ルシファーのような心は、誰の中にも眠っていると思ってあげたい。  

神 vs 日本の金満女性。

 H好きの日本の金満女性達よ。うまく金を掴んで思いっきりHしたがっている貴方方はそういう生活をして、自動車工場の工員や、レストランのコックや、ホテルマンやら同じ人間に犠牲を強いることになります。この星の神がそれを全て肩代わりしてくれればそうならないで済みますが、この星の神はそういう考えは持っていません。どうしてもそれをしたかったら、アーン神様、言うこと聞いてくれないともっと悪女になっちゃうぞ、と脅かしてオネダリしてみたら。因みにどうせするなら、一回神様としてみたいもんだよね。

人間悪の存在が

それを乗り越える愛の存在を証明する。自分本位に権力を振るい、常に自分中心に自分の利得とか、自分の感情しか考えず、他に求めて快楽を貪り、自分を向上させることなく他に自分の現状を受け容れさせるばかり。しかしそれでも、彼等への与えきりの愛が、何時か同じく彼等をも与えきりの愛へと歩ませることだろう。

エリートは

非エリートに御前とはレベルが違うという波動を向けたとき、彼がする淋しい思いはそれはそれは深いものだと知れ!御互いは真実、本当は超神なのだから。酷く喪失した者は、それだけそうでない者より、より悲しい!

ルシファー(この地球の超大魔王)よ。

今日俺一人、君の深い心がよーく分った。それはこの地球の全魂の郷愁=里心、だ。今日自分は、豪雨のように泣かないではいられない。それだからこの地球の心ある魂が先ず彼のために、L`s love song  を歌え!

2006年12月11日 (月)

空手。

 空手とは空の手であり、空とは素朴には存在が空しい(在るとは思われない)根本仏の大御心だ。それが日本中段を地底から突き抜いて大極真だ。それだから現日本に真の仏教徒も、極真健児も、右翼も、左翼もいない(私に言わせれば、極右は極左なのだ)。誰しも空の手=地震、雷のように心を強くすることも必要なのだ。 日本のパソコンや自動車や、重機を使う仕事にスピードを求めないと、それを作る外国人にばかり重労働をさせて自分達は楽をすることになる。仕事を楽したいのは人間の本音だが、神は基本的には認めておらず御不興を買う。 心が宿っている体は、その宿る心がモラルハザードの心から神のように与えきりの心に至るまでで、それぞれによって働きが違ってくる。

金銭追求とモラルハザード

 一定の労働で幾らでも金銭を、或いは一定の金銭を幾らでも楽な労働でと考えると人の心は、自分が人に一定のことしかしてやらないのに人には幾らでも要求し、または人が一定のことをしてくれたにも拘らず、自分はなるたけ楽をしてしてやらないというモラルハザードの心に堕ちてしまう。神が基本的には御認めにならぬところの。財政赤字も、金銭追求対応の快楽過剰の消費行動が国民一般の心をモラルハザードにしたその結果なのだ。

日本の豊かな暮らしのために

原料や製品を作ってくれる途上国の貧しい労働者達はSEXだってそれはそれは侘しい思いでで営んでいるだろう。日本の金満のH好きな女性は少しはそれを思って皆が豊かになれるまで程々にしてみよう。またモラルと節度のあるSEXは、したい放題のSEXと違って感覚が違っていて格別なのだ。なぜか出会い系のメールが殺到した今日の発言。因みに神は、その手の欲の一切を仕事に昇華しているらしい。

この星の主神の全知全能は

彼にまだ身についていない、他の意識を他自身とまったく同等に分かる超神の一知一能に如かない。それは他に頭を下げて教わる態度がなければ身に附かない。それはそのまま他を今より更に深く愛することである。私の信ずる神は、悟って恐らくこの時代からそれを始めた、自分の此れまで態度を悔い改めた主神だ!

気の弱い自己中心のそして頭も悪い

、つまり外から見て品質最低そうな魂も、その思いや気持ちは直に彼・彼女をやってみなければ神ですらすっかりは分らない。だから創世記の神も、アダムとイヴや蛇の思いや気持ちは分らない。彼・彼女はその態度振る舞いで少しずつ、神も含めた他者全てに教え始める。つまり物体ではない魂である彼・彼女は物体のように見れば品質最低であっても実相は本来超神として、神以下他者全ての教師となる。それだから他者神以下は、彼・彼女に彼等の思いや気持ちを頭を下げて教えて貰うべきだ。

2006年12月10日 (日)

超神として愛して。

 自分を超神と思いなしなさい。そしても誰しもをも、そう思いなした自分超神として愛して、誰しもにも同じく超神を見出しなさい。ある人の一ミュージックにも、気の遠くなるような時間の経過を感じ取って。

思いつき

 存在させられた時、その内容が負けているものの望ましい負けてい方が示されているのだ。この星で一部天使が神にストライキを打って何時か必ず神に頭をを下げさせる気でやって来ていた。 インスタント・コーヒーの飲み過ぎと、研磨歯磨を買うのも面倒なので歯が黄色い。それに真っ白い歯でインタビヴィューの田尾監督があの通りだ。リッチな日本では少数派と思いきやそうでもないみたいだ。 文化人は文化を社会の社会の生活必需品にしてみろ。 一流で、しかも二流以下の惨めな感情にも共感出来るのが超一流ということだ。一流以下が、優者が劣者の気持ちを先ず教えて貰いつつ、優を劣に恵むという仕方で愛し合って皆が行き着く。その極が超神だ。 愛は常に母性が優先だ。つまり優しさだ。 自分のことしか考えていない消費者一般に、同じく自分のことしか考えていない企業が供給するという市場の悪循環を絶つのだ。 ビル=ゲイツが慈善事業だなんてどうしたんだろう。何しろ、米帝を宗教的に叩けるかが歴史回生の鍵なのだが・・・。

詩は、

歴史社会を囲っている自然と、歴史社会地下犠牲になっている自然(それぞれ神霊が宿っている)の連帯両者の心を叙景的・叙情的・叙事的渾然一体に歌い、さらに自然の神と連帯しつつそれを超えて天上から歴史社会に働きかける歴史の神の心も歌い、さらに自然の神・歴史の神一体の星の主宰神として歌い、歴史社会の社会構成も市場の消費行動も企業経営も変える力を持て!(その他芸術も詩と同じようにするんだ)。

最低のホーム。

 六本木に苦労して最低のホームを(自由だろう?それにこのように境界ってことがきっと大事だろう?)建て、ヒルズの住人に色んな人間が一緒に生きていることを目に見えるようにしてやろう。ついでに、六本木ヒルズが実現されるために働いた労働者の全ての日生活よく分かるようにしたイメージグラフィックスヴィデオを作って配ろう。人間の共生・連帯ということを分かって貰うために。御札に刷られた人物が笑う金回りというものを分かって貰うために。そして六本木地下にも眠っている神霊にも笑って貰うために。

超神の辞書。

 魂の全員それぞれの底に秘められた超神の辞書には神の項目があって、その辞書に照らしつつ、その辞書の意味と違う神の前で、その態度の更正を要求して来た者達がいるのだ。 彼等は戦後日本の帝国主義を助長し、かつ国内の悪宰相による国家の私物化をも仕向け、一方反対勢力の決して実ることのない唯物論的で不善なる革新運動をも仕向けてきて、神による震災による逆襲を引き出した。 ここにおいてか、戦後社会の成員の一切の人生行路が、根底において虚妄であったことが示されてしまったのである。戦後社会の成員は、誰が何年生きたとて、その通り馬齢を重ねるばかり真実の人生の成熟ということを果たしえなかった筈である。成熟とは、魂が自然に則を超えぬ境地を獲得することなのだから。 震災で自覚させられた国情の反省を踏まえた、今ではそれを仕向けた彼等に頭を下げつつ彼らの救済に向うことと、日本国、さらには世界の更生とを同致させんとする神を信じつつの、国際自由共産主義インターナショナルに一人一人が一人一人に即して身を投じつつ、喪失した人生の成熟の追求を再開しよう。

2006年12月 9日 (土)

金持ちは

自分の少ない労働で、多くの他人の労働の成果に与ろうとする者でもので、基本的に善人とは言えない。東洋では古来、自分は粗末な暮らしをしても、民に良い暮らしさせるのが、理想の君主=聖天子であって、現代の社長も利益を可及的に社員に還元して社員と大して変わらない暮らしをすべきだ。つまり心の正しさの行き渡った社会に金持ちの存在は相応しくないし、また、金銭の追求より、良品の供給を目的とする会社経営が善いのだ。

2006年12月 8日 (金)

オメエミテエナノガ

神様だって言うなら、この大宇宙にだって一切神様なんてものはいらねえ、だって?つまり、大宇宙神類殲滅計画?御前達、まあ、まあ、まあ、まあ、まあ、まあ、まあ、まあ、・・・。

思いつき

 神と人間、親子、上司・部下等の非対称を、上の下への思いやりを仲立に対称にする。つまり、実質、対等の関係を結ぶ。よって上から下への命令口調はよくない。 労働負担公平な共産主義で、一生、全体を思う愛の心を培う。 便利万能の時代、我慢出来ないワンクリックカルマ(短気な魂の傾向性)世の全体を覆いそうだ。心正しい者は、短気で我儘な者達からの攻撃から、自分で身を守らなければならない。それは神の正拳獲得への道程でもある。がしかし、先ずは自己反省と思いやりと共に相手を説得をと心がけてみよう。 人格には内核の内容(物体の品質のように受け止められる)と、他への思いの向い方の2要素があって、全体としてその人の愛のありようのことだ。 インターネットは心的連帯の実相を、物理的に対応させたことになる。つまり霊的ネットと物的ネットとの対応だ。そして物心の調和・対応はどんな場合にもそうすべきだ。

思いつき

 一人、一人時に絶対孤立して、その星の神の統べる信仰共同体をすら弁証法的に発展させる。一人、一人、本来超神だから。 その時一人、一人が超神の御紋を持った、黄門だと言え。今も、自分もそう言っている。否、魔の勢力もそう思って来ている。 歴史社会の、観=哲学、科学、作=経済、科学技術開発、行=政治、福祉の一体化。 大学教授は、植草教授のようでないことを積極的に示せ。そして一般に文化人は経済人に囲われることなく営め。囲われ文化人では価値がない。   

悲しみが来て

彼等(魔の勢力)の思いを語った。誰も自分達に声を掛けなくなる度に、恨み心が弥増さり燃え盛り、かつ心根が大宇宙の芯に届く程に荒涼として行った・・・。それだからこの星の神をも含めた一切の魂よ、自分の何もかもを彼等に千切って与える、或いは彼等のためにならぬものを何もかも捨てる(彼等を決め付ける心だとか)熱愛の情熱をどうか此れよりは強く喚起して下さいますよう此処に心から御願い申し上げます。

借金。

 借金を平気で踏み倒している人などにはきちんと仕事などしてやらない。然るに、相手がそういう自分を反省しないと、こちらの方が悪い人間に思われてしまう。一般に悪い奴の前で自分の方の振舞いを反省しないと、実際以上に相手を悪く思ってしまうことになる。

2006年12月 7日 (木)

思いつき

 先ず自分の行動が教える。 ある個性の内部に他の一切の個性の可能性が潜んでいる。他の個性を理解するとは実は、その自分の内なる可能性を引き出すことなのだ。 勝つことは全員に及ぼすことが出来ないから、勝ちたがることは善ではない。 十分に愛された者、相手に自分の内面を分かつ。 長い時間も現在が変わり映えしないものであればその積み重ねであっという間に過ぎる。 一切概念を造りし者=絶大無無(無という最終概念自体の無化)=概念一切の癒着としての愛の極限=非意識的超理性、から意識の外に無数多様な非意識(意識の方からはそのようなものが在るとだけ言えるだけで後は最早関知出来ないもの、また理性的、構想的・認識的意識=観念(=狭義の精神)が規定して後に生まれる非意識=非観念(例えば物質)でもないもの)も生まれ得るのか?

太陽と闇。

太陽の闇の只中での発光は、回りの悪の闇の只中での強い善の光の発現を象徴している。そして現にこの地球の神霊以上のものが宿っている。どんな悪もの心を入れ替えさせるところの(場合によってはみずから悪霊・ブラックホール化してそうするところの)。そこで行く行くは心に太陽を持って夜勤に夜勤を継いでそれにまで鍛えるのだ。

2006年12月 5日 (火)

自由。

 その人のあるがままの自由、という透明絶対の価値、そしてそれがどんな価値にも優先すると考える価値観。生まれて来てその人はその自由で、親兄弟や、家庭や、友人や教師や、学校や。企業や、社会や、その星や、その星の神やらを根源的に理想なるかを判定するのだから。

弁証法。

 望ましい事態が、一旦望ましくない過程に移行し、その後超望ましい過程に移行することを、現象の弁証法的過程と言う。世間の多数の普通の男が、一旦美川オカマに一体化して、その後に、超男らしくなることだ(つまり皆オカマの心根が理解出来るようになるのだ)。因みに、男らしさ等の正の半直線の価値軸には、その周りに数・空間表の試行(前ブログを見よ)の果ての極限の空間が考えられるだけの非正の価値軸が考えられる。非男性は180度反対軸のの女性だけどころではないのである。

一切概念を造りし者。

 存在、無、非(存在、無)、・・・とい多数の超存在形式が、聖・俗、真・善・美の価値基本を拡大した、価値多様体をまといつけた、時空を第三間、第四間・・・と付加して拡大した多様・間結合域に乱舞している。数と空間は、数(1,2、・・・)が空間(1次元。2次元、・・・)を造り、空間(1次元、2次元、・・・)が数(実数、複素数、・・・)を造りという、数・空間表による試行の極限にまで到達している。そこで神は、ある領域を創出して、幾つかの肯定価値観念で統べ調える主宰者として、ほんの一部分である。かような一切概念を造りし者による、一切超存在形式を包括する。絶大存在!そこでは一切の可能性が、遊戯として、劇として!

2006年12月 4日 (月)

思いつき

 文学は社会まで非人情の風景に書いてしまう薄情から、自然や一切生物の深い感情まで書く厚情に終に達する。今、自然や一切生物は深く悲しんでいる。 重病に拘るについては、感染は覚悟の上だ。また実は、何時の間にか自分が相手の病を嵩じさせていたりもする。 御互いの存在の不公平(優者、劣者という)をよく償わぬという、神も未熟ならば犯してしまう罪。そしてそれが被造物の非行によって、未熟な神に先ずはそう自覚されることなく裁かれてしまった。 年の瀬が近いが、年が明けて何も変っていなければ、それは不年賀と言うべきであろう。

場合によっては

この星のためを思って一人になるしかないと考える者達だけが、魂の芯の芯での絶対の深い繋がりを獲得するだろう。

石原慎太郎,鎌田慧共に

学校嫌い、官僚嫌いの文学好きが、この星の神の教え導き=福音と、それが少しも面白くないという個人の告白=文学との鬩ぎ合いをよく物語っている。それこそこの星の、(本来)超神の劇の一幕場だ! 

老いの衰弱に

打ち克つには、太陽さん、太陽系さん、大日さん(光の中継者)、地球さん(地球本体意識)(以上この太陽系の基本神霊)が、暗黒寒冷宇宙の只中でこの地球に昼を作り、夜を作り(科学的な過程はその結果だ)の、人間の生き死を超え、労休を超えた重労働をし続けていることに肖って労働を寧ろ安易に軽減しないで鍛えるべきだ。但し無理はしないで、一人一人に即して。もう一つ大事なのは、自分が単なる善人であるばかりでなく同時に、側にいる二種の悪人(素朴な悪人と、善人でも彼等悪人への関与を拒絶する愛情がけちな善人)の心を入れ替えさせる心がけを持つことだ。無論これも一人一人に即して、そして救済神仏天に固く帰依して。

社長は。

 心と体を調和させるのが大事だというなら、好き合ったら体の結合にまで及ぶのが自然であろう。ついては世の社長も皆様は、社員全員のイチモツを捥いで、モツにに煮込んで肴にして超特級酒をカックラい、あるいは去勢した社員全員に御酌させ、その後に片っ端から可愛がってあげたいというほどに、そして幾ら自分が一番強いからと言って自分ばっかりそうするのでは悪いから今度は自分が犠牲に成って社員にそうさせてあげるほどに、社員全員をよーく可愛がって下さるよう、ここに心から御願い申し上げます。社長は社員に、唯唯権力を振るうのも(地獄向き)、目一杯可愛がるのも(天国向き)自分の自由だ!

思いつき

 神への反抗は、神の超神からの隔たりの反映だ。 超神には能力や人格の理想に、それが欠落せる者への深い思いやりや、さらに欠落せる者への退行・転換自在性が兼ね具わっている。 超神から不良に、欠落せる者の直の悲惨な感情体験が、エリートに能力や人格の理想が分かち与えられる。だから両者愛し合って、共に天使に、神に、そして超神に自己回復して行け(神や天使にはエリート以上の具有の外にさらに深い思いやりや退行・転換自在性はあっても、恐らく超神のように究極は行っていない)。

失格。

 太宰治が長く人間失格なら、小林秀雄は長く天使失格だ。そして救世主達は次期主神=次期根本神仏失格だ。副神=救世主が、今世、主神のやることを田舎に引っ込んで黙って見ているように。こうしてこの星の魔の勢力以外の魂には、魔の勢力の魂を張っての向上妨害の成果がよく表れている。

イジメ。

まずなによりも、民族間の大がかりなイジメを正していこう。また学校生活の目的を再確認することなくイジメ問題を根本的に解決することは出来ない。現在社会では、むしろ無慈悲な人間の方が社会適性があると言えなくもないのだから。

2006年12月 3日 (日)

表・裏。

価値がゼロやマイナスの者の感情体験、あるいは他の者のそれへの理解・思いやりが裏の価値。この星の神は裏の価値が不足で理想の神=超神でないので、裏の価値が極大のホ―ムレスや悪魔を作り上げてしまった。

この男

屈従も老いも知らなかった。 神の苛めに耐え抜き(彼にそのつもりはないにしても)、彼を俗物野郎と罵って来た者達。 彼等の地上的な手先になり易い者達が、人一倍性質の悪い人間の誰知らぬ悲惨な感情体験=魂の裏の価値を、現にヤクザとして手先になって社会に対抗して誇れること証明した。ヤクザとは、魂の裏の価値をそうやって誇っている者達だ。或いはNHKの歌謡ショーを牛耳ったオカマさんも。 一般にそのような普通でない者たちに良くしてあげる福祉は、それをする者の自慢の種にするためではない筈だ。 仕事は物やサービスを作るより先に、あの世に持ち帰る、自分の美わしの心を作ることだと考えよう。 

神・非神未生以前面目=超神。

 この星の神が、係累非神=天使・善人との間にそれを掴んでいなかったので、係累外非神=悪魔・悪霊が派生的に出現し、この星の神への億年解けぬ公案に等しいものになってしまっていたのである。

2006年12月 2日 (土)

思いつき

 ラーヴ体操で、自己中心を全体を思う心に。財政赤字なんてものも。個人への御勧めだから、決して全体主義ではないよ。 単純労働は辛いから、単純であればあるだけ心を強くする。神も一方で、最高の単純労働をしているかもしれない。 人生一回性を(生まれ変わりがあるにしても)歴史の両端にまで。新エデンの園計画(アダムとイブの子孫によるエデンの園の再現。原始人から、新原始人の創造へ)を目指しての、自由共産主義インターナショナルに賭けるのはどう?

不具。

 諸々の不具者は、普通人の薄情を責めてばかりいないで少し許してあげる気にならないか。不具者は普通人とっては素朴には厄介な者だし、また少しでも普通に近づいて貰えれば普通人は有り難いのだ。それも要するに互いに愛し合うということ、また在るがままに流れるのも良いが、進歩・向上するのもまた良い筈だ。

辺境。

 広い宇宙と自由に行き来できない地球はきっとこの宇宙の辺境だ。まだ中心の強い愛の及ばない。  大人と心の違う子供を傷つけない社会に。それも思いやりだ。  芸術のフォルムはこの星では皆、作者の個性的な悲しみを表している。

2006年12月 1日 (金)

思いつき

 助ける人は、自分が実は生まれつき助けられる人のようでなくて良かったと思っているのを相手に謝りながらすること。また相手のほうが実は偉いもんなんだと考えて頭を下げてすること。私は周囲のそういう人達に対してそうしている。 愛する者はこうして、価値ないと見える相手に別の価値を見出す。 オカマ賞(これはそれらしきものが)、ホームレス賞、主夫賞、ヤクザ賞(これが流石に問題?)、等々。

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