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2006年11月30日 (木)

世界を自己と。

 神も、神でない者も全て愛する者は、一人一人努力して、この地球世界を自己と(つまり自分と一体と)と思いなせ。然るにこの星には悪魔以下悪霊も存在している。私の信ずるこの星の悔い改めた主神はそれだから、誰よりもこの地球世界を自己と思いなしているから、潔く、悪霊達に対する自分の責任も、自己の悪の可能性も認めて、悪霊達に極々優しい神である。品行方正な親の家庭に、性質の悪い子供が生まれ来た場合、余程彼に対する態度に気を遣わないと、つまりその品行方正も彼の前では考え直さないと、彼をさらにどんどん悪くしてしまうことをその親は悟った。一本来超神、主神にまで敬白!

三波や、黒沢や、手塚や、美空が

がどうより、私が興味があるのは、彼等と家族との心の繋がりだ。それが愛のありようということで、一人一人がどうということを超えるものであろう。

テルケルに御手数をかけずに

言語が自己破壊した。自己がそのようであることが憎いので、統辞であることも、語彙であることも、文字であることも、音であることも破壊して、言語の死骸として自分達をばら撒く。彼等には他の諸範疇の自己破壊者と共に、遥か遠くに、任意の自=非意識、非存在の荒野、が見えている。流れ行く群れの中に、一人、つい先だって自分は神だった、と呟く者もいた。

私達の生活。

 日記に、私が貴方っている、貴方が私っている、とばかり書いてある。深く愛し合っています。そしてそれが、私達と私達、とに広がって行く?そしてそれが終に超神の共産主義へ?

2006年11月29日 (水)

思いつき

 神が神以外の者=恋女房達に俺が悪かったと言えば、その晩の営みは、えもいわれぬ、ものだろう。 私達という根源の辞書から、私達はそれぞれである者を選び自分とし、他をその根源の辞書に照らして判定する。神すらをも。先ずはホームレスのように感覚的に。 愛し合うものは、御互いの恵まれたものを恵まれぬ方に分かち合い合う。しかも恵まれぬことの引け目その他の感情はは恵まれた奴には分らない貴重な体験として、それも別の恵まれようでそれも分かち合い合うのだ。こうするうちに、超神の愛が蘇る!   

反抗。

 この星のこれまでの主神は、神以外の者に態度が傲慢だったので、天使の一部に徹底的なストライキを打たれ続けて来てしまった。この主神の傲慢さは、人間の男の傲慢さに投影して、反抗的な女を多数(自立する女、高齢離婚する女、等)作り上げてしまっている。主神は此の頃その部分を悔い改めた模様なので、人間の男達も常に常に女達に頭を下げ続けなさい。そうでないと女達多数が反抗的になって、悪魔ルシファー傘下の悪女へと更に更に堕ちてしまうことだろう。

金銭。

 社会的な労働の交換の方便として流通させよと神は仕向けている。社会的な労働の積み重ねは、同胞への愛を深くするだろうから。しかし労働を忌避したがる多くの人間への思いやりが神の方にまずあってしかるべきなかったろうか。自分の安楽な暮らしの手段として、その裏で他の多くの人間を犠牲にしてしまう事など頓着することなく、多額の金銭を獲得しようとするものが現れ出た由縁であろう。がしかし恐らく神はそのことを皆に謝っているから、とりあえず我慢してそのルールに従ってみよう。お札に刷られた人物に顔を顰められずに、御l苦労さんと言って貰えるように。

思いつき

 思いやりとは心の眼を利かすことで心の盲を見抜く。 未熟なこの星の神は人間皆に頭を下げて教えて貰え。 絵描きは絵描きということをやはり一番掴んで最後には全天職というものを掴む。日本人が日本人に徹して、全民族を掴むように。職業や民族精神の精髄が展開する。これも色即是空、だ。 性質の悪い兄弟は親が特別受け持っても善くすることは出来ない。親の思いをを態して兄弟が行くのだ。個人家庭でも、地球家庭でも。それが家族の繋がりだ。 

仮の姿。

 この星の神々(主神すらも)は、乞食や犯罪者の心が隅々まで分ってやれるような発達した神ではなかった。文学はひそかにそれを告発して来たし、素朴な犯罪者はその犯罪性を深くして来た。こうしてこの星の神々の至らなさは特に彼等の振る舞いによって客観、明白になっていたのである。こうして魂の内容上下は全く仮の姿で、内容具わっていない者が、その悲惨感情をその星、その星の神々への怨恨へと転化しての犯罪者化によって、その星を、その星の神々を告発して、本来の超神性を表して来た。さればこの星の下層を風景ではなく、状況として表現してこの星全体を戦慄させる新泥棒日記の作者よ出よ。そうしてこの星の神々を、人間一人一人に頭を下げてその心を理解させて貰い、その結果何時も何時も一人一人に頭が下がっている神々に生まれ変わらすんだ。(私は、主神ぐらいは悔い改めてくれたと思っているのだが)。

この時代も値のついていない主神が

神以外の者を拝んで出直すと言っている。この時代も多くの地上の人間を自分にそっぽを向かせたこの星の魔の勢力その他が、自分をそしてこの星を深く恨んではいても観念としては一番愛して来た(つまり彼等の恨みが寧ろその恨みに感謝してされる周囲の愛の営みによって超えられた時、この星に想像を絶する、空前の実際の御互いの愛が噴出するはずだと)と言っている。

2006年11月28日 (火)

政治都市と

生産地(農村、漁村、鉱山町、工業町)は、政治都市が生産計画を生産地に提供し、見返りに生産物を戴く。こうして生産物も、文化も、都市も田舎もなく、分かち合うのだ。

消費者。

 週日スーパーへやってくる消費者も主婦労働をやっている労働者だ。こうして一切社会の人間が生活のために支え合っている。それを自覚して労働を世のため人のためと思うと、一生の積み重ねで神のように人間皆を思うをもう愛情が培われる。全ての人間が愛しくなる。そのとき人の妻子も自分の妻子もない思いになる。そのような愛情の培いが神の仕向けなのだ。最後に残るのは、そのような愛情に満ちた裸の心なのだから。それだから自由経済であって金銭に捉われないで。

パチンコ。

 この星のこれまでの主神は、人を犠牲にしなければ毎日パチンコをやっていることなど決して出来ないように、この地球地上世界を造ってしまっていること、そして言うことを聞かない人間を度々大量虐殺して来たこと(今次も阪神大震災から始められている)、そして副神を今下生してそうであるように、全く自分にイエス、イエス、イエスマンの、この星の状況に即しては全く無能な副神に育ててしまったことを、この地球人の多くに心から謝って下さるようここに願い申し上げます。尚、多くの地球人達よ、主神の態度が改まらない場合、彼等のように悪魔になって反抗するのではなくて、この星から外の星の神を拝み、外の星の善を実践する選択があります。一本来超神、敬白!

2006年11月27日 (月)

フィリピン人。

 日本で働いているフィリピン人と働いたとき、転んだ子供を、すぐに助けてやれよ、と言われた。 物心両様の貧困者のことを何時も思うこと(但しこの場合、この心が貧しいとは聖書と反対の意味だ)。 転落検事は有能なヤクザになるのかも知れない。堕落天使が腕っこきの悪魔になるように。 相手の心を傷つけない時に、相手に恨まれることはない。  談合を長期放置してきた、検察・警察の責任もあるだろう。 保険屋さんも掃除屋さんもお互いに支え合っての金銭の流通が方便の自由共産主義社会だが、その中で宗教家や哲学者や芸術家は、何らかの形で、善なる経済活動が自然の運行を全からしむことを訴えて金銭を戴くんだ(或いは、経済のモラルハザードリスクを回避させてあげると言ってもよい)。 心身相関に対応して、上部・下部構造連関だ。強い魂は下部に独立して自由共産主義の上部・観念形態を形成して、下部現状を革命しようとする。

任意の自の乱舞。

 私達は(神をも含めて)今や誰も、思ってもいなければ、在るのでもありません。このような、恐らく不可避的な、任意の自の乱舞、の運命を、私達は深く愛そう!

理想の神、真の神は

自分の全知全能で、覚束無い天使や人間達を圧服させたりなどはしない。そんな神には何も教わらず、反って彼の目的を目茶目茶にしてやると頑張りぬいて来た者達がいる。素直に教わる気にさせたかったら、自分の方が頭を下げろと言って来た者達がいる。私は彼等の言い分をやっと認めたこの星の主神、支える他星の主神と共に、彼らを愛しに行く。

2006年11月26日 (日)

アナログ性予報。

 私は明日、朝方、男性でしょう。十時頃から、180度非男性=女性でしょう。三時頃から、60度非男性だったり、135度非男性だったりでしょう。御付き合いに気をつけて。

思いつき

 理想が高くて孤立すると、つるんでいる者達とはとは、一人一人が同じように理想を堅持して孤立をやって見せなければ、もう仲間にはなれないと言いたくなる。超神とは極限に仲良く同時に極限に立派ということだ。行き着くために、仲良い者達は立派を求め、立派な者は、立派でない者を立派にしつつ仲良くするのだ。

引き分け。

 魂は何時も相互に引き分けを求めて。それが愛し合うということだ。それだからこれからは、善霊も、悪霊に(先ず自分の意志と関係なくそう造られてしまっているので)に、頭を下げるし、教えて貰うし、神も天使も、人間に頭を下げる、教えて貰う、だ!

信ぜよ!

我々一人一人の心の底に眠っている超無限の愛を。そして彼等の心にも再び、実際の愛の心を蘇らすのだ!

創世記。

 創世記は、この星の現実の寓話化だが、それ自体超神の発現として仮象だ。蛇とアダムとイブが神の世界創造を判定した。蛇とは超大魔王ルシファーのことであり、アダムとイブは原始人のことだ。因みに、ユダヤ教のエホバも、イスラム教のアラーも、天上にあってルシファー因縁の直属の上司救世主だった、エンリルのことだ。主神の意志を態して、悪くなった人類を虐殺するのが得意なところの。今中東をめぐっての、エンリル、ルシファーの因縁の争闘が無論ある。それがイラクのの争乱の現状だ。かくして私達は一人一人が実は本来、造物主という概念も、実在も創った、超造物主と考えざるを得ないのだ!

2006年11月25日 (土)

都庁直下の

ホ―ムレスは自由にそう振る舞って、この星を自分には全く面白くない星と評定して彼等も本来超神である。この星の神も首相も石原都知事も彼等に威張れる理由はないのだ!

土下座して。

 未だ悔い改めぬこの星の副神=某教教祖は、悔い改めた主神と共にこの星がここまで悪くなったのを反抗者達のせいに何時までもしていないで、むしろ自分達がこの星をここまで悪くした張本人として、彼等魔の勢力に、全人類に、この星の全霊魂に、土下座して詫びよ。主神は最早この時代、貴方や付随う者達が待ち望んでいる御得意の、心悪しき時代の人類の大量虐殺をするつもりはないのである。

チェッカーズ!

 俺達この日本で大事な何かを失くしちまったぜ。だけど諦めないで、俺たち誰もが見ていた夢よもう一度に、皆、賭けてみよう!

恋女房。

 男も女もなく、この星の神と同じくこの地球を恋女房にしてみないか?慕情=ラーーーーーヴ、を歌って、そしてこれまで神も出来なかった地球の心を凍らせるほどに。だから先ず何より、この星を誰よりも本当は愛してきた彼等に恋するんだ!

頭が高い!

 頭が高い神に、自分達の真の思いを決して教えることなく反抗し抜いた彼等に、誰しも魂は学ぶべきものは学ぼう!

2006年11月24日 (金)

思いつき

 不条理なのはこの星の神の態度であり、罪深いのもこの星の神の態度だった。 一人一人道徳的経済主体となることが、資本主義の諸矛盾を一気に解決する。 誰もが自分の個性内容に囚われることなく、具わっていれば他に頭を下げて恵み、いなければ、ストライキを打ってでも、自分に望ましく恵まさせるのだ。

超校長。

生徒一人一人は自由で、校長や学校を判定する者として本当は超校長だ。人間一人一人は同じように本当は超神だ!

対決の構図。

 人の心は自由にならないなどとよく分からないことを言って(じゃあ、どうやって人を教育するの?)反抗者悪魔ルシファー等の手先達の跋扈するこの日本を傍観するばかりの副神と違って、独り主神らしく完全対決してきた主神に肖り頑張り抜こう!

この国で愛やモラルを語る者は

自分も含めての日本人の、他国人の低賃金犠牲の解消、財政赤字の解消の努力を前提に語れ!

他力。

 個人の力に限界があるからといって、目の前に困っている人がいたら自分に助けることなんか出来ないとは言ってられないであろう。そういう時に神仏は助ける者に他力の手を伸ばして特別の力を与えてくれるだろう。但し、そのような神仏の他力を乞うことそれ自体に気力がいるので場合によっては出来ないことは出来ないと放置することになる。

優しい。

 高齢のホームレスが虐殺されるこの星のこの地上世界に生まれて来た弱者に、生活も優しく、向かい来る死も怖くなく優しいものである日はここ当分は来ない。弱者は世界をこのようにしてしまっているこの星の神を恨んで、次第次第に自分で反抗者として強くなり凶悪化することも出来る。しかし私は寧ろ弱者に、この星の至らぬ神を許して、先ずは助けてくれる救済者に縋るか(その救済者が理想(弱者に頭が下がっているのが理想)から外れて自分に態度が悪いのには目をつぶり、また色々のことに対して十分に納得の行く説明を求めることはしないで)、或いは自分で自立した強い善人になって行くことをお勧めする。

2006年11月23日 (木)

不信。

 今日のテレビのチャリティー・コンサート、確かお辞めになった会長在位の時にも麗しくやってましたよね、またそのころテレビに出て日本経済を指南してくれていた大学教授が・・・。大丈夫本物なのかなー?

思いつき

 弱い奴の苦しみは、そうでない奴の誰かが、その弱い奴に対して自分のみならず外の皆にも優しくして貰う苦労に匹敵している。誰もそんな苦労までしようとは思わないので、本当に偉いのは一人苦しんでいる弱い奴なのである。だから彼を少しでも助ける時は彼に頭を下げて、だ(尤も、弱い者苛めしないでいられない奴の心の荒みも悲しい)。 思いやりの十分でないこの星の神の前に、御前みたいなのが神の仲間だというなら、宇宙中の神という神を俺達は滅ぼしてやる、外の神にも言っておけと嘯く、反抗者が存在してしまった。彼等に対決できるのは最早、この星の主神だけなのでである。 

普通の人と

普通より立派な人が出ているテレビ番組で、普通より立派でない人の居場所がないみたいだった。みんな一緒に出演してよくないんだろうか?橋幸夫と普通の人達と例えばホリエモンなんかとが・・・。

自由。

 悪魔が人間の本音を刺激すると、神の設えた世界制度はすぐに破綻して、例えば財政赤字だ。神の下で一人でも不平顔の者がいれば、その神が理想の神ではないことは先験的だ。だから、人間は自由に振舞って(つまりそれが、本来の超神の表現)その星の神を判定する者として、自由な存在であること、それが最優先の人間の価値だ!

思いやり。

 深く思いやらせて頂くと、相手の価値が分って頭が下がる。それだからこの星の神も此れからは、ホームレスの、ヤクザの、無頼派の、パガ二二の、小林の、ラスコーリニコフの、吉本の、大江さんの、三島の、そして誰よりも彼頭目の、胸底の悲しみ、をね。

2006年11月22日 (水)

思いつき

神が一切の非行を責めず、それより他を愛することの方がいいと言って貰うと言っている。 神がしっかり世のため人のためを思って働くと、心に深い愛が満ちて終いにはうんこ(人間なら廃人やヤクザのような)もあんこのように食えるようなると言っている、そのために仕向けたと言っている。

定義。

 神という定義に悖る神は、被造物の中の被造物という定義に一番適う者達に長期反抗されてしまう。その被造物の鏡、超神の一番の使徒達に合掌すれば、この星は善くなるだけ善くなって超聖化する!

談合判明の自治体にも

俺はその当時(震災=神の正拳中段突き、発生時)レター(比べると随分軟弱でなんですけど)して来てるんだぜ(そして企業にも)。無視された。だけど談合なんぞより、他国人の犠牲、そして財政赤字、(国民一般は。一世帯平均数百万円を予め天引きして家庭の財政計画を立てよ!)それ自体が既に国家的罪悪なんだ!

2006年11月21日 (火)

思いつき

 心と体が矛盾してい心の深い部分までは掴めない。 支え、支えられる時、お互いがお互いの上下価値観を超えた愛の価値存在となる。他の申し出を無視して、他に喧嘩を売って来ているに等しい宗教は世に教える資格はない。ココログさん、モブログにもジャンル投稿を。

修道院、僧団の不具性。

 そこに集う彼等はあるいは戒律をを守り、あるいは瞑想に耽るばかりで、根本神仏が一方で人間皆に仕向けている真っ当な経済活動を世俗のこととして退けてしまっている。そこで彼等は自己救済的にして来世主義的で、霊的十分伸張し得ない者達に留まってしまっているのである。そこで新時代の宗教家はむしろ心の教えを売る商売人として、神仏信ずる者の商売の模範を示すべきだ(これは聖俗無分別とも称し得よう)。

カール=マルクスには実は主神も付いていた。

 労働力を盗むなかれ、労働者をを半殺しにしておくなかれ、本来労働者の女房でしかるべき女を、自分の愛人にするなかれ。かくして経済の支配が行き着くと、自動的に宗教の基本戒を侵す。へ-ゲルの歴史哲学転倒して唯物史観を展開し、経済の支配を廃せよと高言したカール=マルクスには、唯物論の徒(それだから一方で悪魔が彼に一方的な階級の被害者意識を仕向ける場合が無論あっても)であっても実は志を同じくするこの星の主神も付いていたのだ。つまり主神の方が彼に、屈折した支持を与えていたのだ。かくしてその時代の長者に生活を支えられていた釈迦仏教も、その後の大多数の伝統仏教も、この時代の長者に支えられている某宗教も根本仏教ではない。また。後世、経済支配階級と結びついた結びついた伝統キリスト教も根本キリスト教ではない。主神=根本神、主仏=根本仏は常に自由共産主義者だ!

超神仏。

 神に遇っては神をも殺し、仏に遇っては仏をも殺す。独行の武蔵をも惹きつけられるように。どこそこの教祖のような半端な奴には、場合によってはそうしてやるとういうことだ。

御経自体の空即是色。

 根本仏の慈悲心(般若心)=空=実体、即是、色=現象=諸経。教学はその慈悲心を掴んで自分が表す縁に過ぎず、経読みの経知らずにならないこと。しかるに此れからは、悪魔の手先達を一番思って、日本列島中段をブッタ、超根本仏の超般若心によってだ。美しの山川を造った者は、同時に心悪しき国情を叱る者だ!

人間は一切の他者の

悲しみがよーく分って慰めて上げられるほどに自他の区別をなくすことが理想だ!

2006年11月20日 (月)

思いつき

 神コンプレクス無き超近代の信仰。 天使も人間を思って神に対抗し、妻も子を思って夫に対抗し強くなる。 反抗者は家庭でも、星でも自分だけのためということを自然に超えてしまう。 自然と作為との中程で事が成って行く。   

2006年11月19日 (日)

体が男は

心もやっぱり男らしく(心身仲良く、フラワー以前にそうなって貰って気持ち良く)、それを自分の体を何回も張るつもりでそう考えない人達に納得させて下さる方の多数の出現を心から期待しています!

真の文人は

その認識に、表現に全体的人間を含有して下さるよう、この星のためにも、自分の後生のためにも宜しく御願い致します。今晩の日曜美術館の玉堂は違っています。玉堂のような老荘思想を大多数が生きては、今晩の玉堂の放送自体有り得ないのです。社会生活を社会生活として、大自然の運行と調和するものにすることは人間の努力しだいで出来る筈です。ついては番組にいい気持ちになった人達には私の性急なこき下ろし自体をここに一言お詫び申し上げます。

ドストエフスキー。

 物質的に貧しき人々に対する気遣い、有難う。そして次には、人思う心の貧しき人々に対する気遣い有難う。御疲れさん、それだからカラマーゾフは人物にリアリティがなく最早小説になっていない。最後にそうなってしまった(自分も悪人になってしまった)思い切りのこの星への献身、有難う。小林秀雄さんは彼に自分は(そして日本文壇は)遠く及ばないと、世間にはっきり言って回るべきだった!

プライバシーとパブリシティー。

 人それぞれが色んな領域で固有の価値観を持つので、互いに互いを公開して交流ということが中々難しくなっている。例えば、音楽について、あるいはプライベートの最たるものである性にについて、等々。然るに一方でパブリシティーとは突き詰めれば、それぞれ私的生産の成果、つまり商品を互いの私的生活に流通させる合意なのだと言える。私達の生活はそれぞれ、多くの他人の息のかかった商品に見つめられてそうあるとも言えるのだから、つまりは何時の間にか大いに猥褻なものになっているのである。それだから恥ずかしいといって私生活を隠すのは本当はおかしなことなのではないだろうか?ベッドからネットへと言うことが奇異に思われない社会規模の懇ろの、何時の日かの実現を期待したい。

2006年11月18日 (土)

辛い!

 こんなに自分の前に不良が多いことでは、自分は神でも魂のくずみたいなもんだと考える神なら、人間誰しもが彼を愛しくなるだろう。首根っこを抱きしめたくなるだろう。我々はきっと遠い昔にそれぞれに役を振ったのだ。そしてそれだからそれぞれに辛い。そしてそれを分かり合うことが、そのまま御互いが愛し合うことだろう。この原点に立って、この星地球の出直しを始めよう!

歌が好き!

 中島みゆき。研ナオコ。小柳ルミ子。天地真理。南沙織。森昌子。麻丘めぐみ。浅田美代子。桜田淳子。浅野ゆう子。山口百恵。アグネスチャン。松任谷由実。中森明菜。松田聖子。等々。世代が分かるし、好きなのが分かって貰えただろう。無論これだけじゃない。仕事が暇な時、カラオケをやっている。歌い手は何時も愛を歌え!そして聞き手は愛の生活へ、そしてそのための買い物へ。これが文化活動と経済活動がが愛し合うってことさ!

潜在意識(阿頼耶識)の三重螺旋

 日の巡りを螺旋とし、年の巡りを螺旋とし、生まれ変わりの巡りを螺旋とし三重螺旋。全体として一つの傾向性を作っている=カルマ。私達は数十万回から数百万回生まれ変わっている。文明史は、数万年から数十万年単位で数千回から数万回転変している(今次西洋文明が大西洋上のアトランティス文明の崩壊から。今次東洋文明がインド洋上のムー文明の崩壊から。アフリカがゴンドワナ文明の崩壊として。しかも、諸地域での猿人類の進化と併存していた。)。途中善悪に分裂したこの霊団では、文明史は完結せずに頓死が多いのだ。また個人魂の向上の長期停滞も多い(典型が太宰治)。神のアポロン的調和のの想定が、堕落天使(しかし本来は超神であるところの)の出現により、デュオニッソス的に揺らいだ!

自由契約。

 地震・雷、堕とされた地獄での責め苦に負けず反抗し抜いている彼等のことを思えば、いったんこの星の神と契約しても彼の態度如何で、彼、神をこちらから自由契約にするのも大事なことです。本来超神である我々は、彼等魔の勢力のようにつるまないで、たった一人ですらその星の神と関係なくやって行けます。

2006年11月17日 (金)

へバータゲイルユ。

 神が思わず鼻糞を穿ることがあったら、見ている彼等はそんなに悪くはならなかったかも知れない。 恋の感情はそれだけでいいもんだ。それだから多くに広げて超神に行き着く。悪魔にすら。 皆(神すら)勇を鼓して罪に染まれば、一定時間に超神が皆に超大の恩赦を与える。 超神の愛は畢竟、私達に時空を許さない!

人は競争するより

自分の目標を立て、自分に負けないことの方が大変だ。 超神は、周囲の一切の可能性に、有難う、済みません、大変なんですね、という。 人それぞれの生き死にを超えて生きている神にあやかって、人は自分の目標の達成という人生のゴールに向かって、競争という考えと競争して、人生を差せ!

2006年11月16日 (木)

思いつき

 悪の心を入れ替えさせ得る善。 正教なら、基本的人権同様、前国家的である。 仲良い者は自分ばっかりのことはしない。一方自分ばっかり恵まれているなら、そうでない者に分かち合うと、深く仲良くなれる。 アラーの神も此れからは人間一人一人に逆アラーをする。 集団から孤立した者は、元の集団の一人一人に、自分のように孤立出来ることを証明しない限り最早、自分の仲間とは認めない。 

思いつき

 談合しなくたって仕事代わる代わる来るよ。 財政赤字、自分の使うものは自分で金を払おう。国民一般がそんな悪人ばかりでは私は真面目に世のため人のために仕事なんて出来ない。また消費を道徳的に、健康的に。対応して勤労もそうなるように。そして他のアジア人を何時までも犠牲にしていないように。 自由共産主義では、企業が旺盛な公共心を持つんだ。 

松阪の中学の

野球部の仲間が、今年収が数百万だと言っている。10億の年棒の松阪とまさか能力が百倍違うわけがないから、アメリカという国が馬鹿丸出しということになる。沈没したアトランティス帝国と同じ末路が・・・。このアメリカのためにも同等精勤・同一給料の原理(つまりサボったら能力が上でも松阪の方が給料が安いという原理)を出来るだけ世界に及ぼしたい。

STOP!

生まれてくる人間を生まれつきのもの(能力・性格)で刻々経済的に差別する世界を止めよ。努力による向上なんてブラスαに過ぎない!

一切の技術は

創り出す仲間も、支える家族も、材料も、理論も、送り届ける人達をも全て愛して、愛の技術とせよ!

悔い改めてより思いやりが深くなった

この星の主神と自分達がいればいい。その他の能力存在も,霊格(人格・神格)存在も要らない。彼、主神は相手の全てに頭が下がっている。さに在らざる者は、神でも場合によっては相手を悪魔に仕立てて,誰がその星を本当に愛してきたのか(現に愛の感情がある、憎しみの感情があるという実際心理としてではなく、観念として)分らないことにする。かくして一方で、魂は自由に自分がやりたいようにやっていく本来超神で、結局のところ、何時かこの世界の愛を絶対化する!

2006年11月15日 (水)

神のアート。

 空港の近くの見渡す限りの刈田の田園の中の道路で仕事をしていると、空の雲が刻々神にアートされているのが分った。きっと人間社会の心の調和を願っているのだろう。それだから、人間はお札を求めるよりそれに捉われず、先ずお札に刷られた人物に御苦労さんと言って貰えるような、御互いの麗しの仕事を交換しようではないか。そうすれば、只管この星のためを思う神の愛に自分の心も通じ合えるだろう。人工の鳥、飛行機も自然の鳥達と調和するだろう。

モブログ(その2)。

愛を返したくなった人は、shi.n.bu.tsu@ezweb.ne.jp へ。

一切の意味を作り得る者、作りし者。

 私達はその昔一切の意味を作り得る者、作りし者として超神だった。そして今は一つの霊格的意味を担って(神や、天使や、悪魔や、あるいは素粒子やら、と)それぞれの実存である。そしてこれからそれぞれの実存を全うして本来超神の愛(但し、憎しみも愛と思い為されるところの観念としての愛)を発現し、一切の意味を元のように一体化出来る。

2006年11月14日 (火)

思いつき

 労務配分がいい加減な社会では労働者もいい加減に働くしかない。何故ならその配分をした上の者がその社会の仕事がいい加減で構わないことを示したからだ。 同じ時代同じ社会にに生まれて来てピンからキリまで。ピンから順々にキリまでに尽くして超ピンに跳ぶんだ。 アのつく賞を取った詩人が今朝民放ラジオに出ていた語りを聞くと、二十年位前、NHK教育に出た時の語りと違ってズット偉いさんになっている。その成長は結構だが、彼の語りには同時代同年齢のキリを気遣う者の響きがない。おそらくそのまま彼の詩の内容であろう。

思いつき

 この星の神(仏)の、人間を自分の理想の人間にさせたがる煩悩(つまり彼自体、完全に成仏はしていないのだ〕 その反作用のような 消えない反抗者の悪意への神の心労  その心労を汲んであげてのその悪意への関与(つまり魔の勢力の救済)が神以外の者の一切地上人生、否、一切魂行路の個性に関らぬ普遍関数だ。

ブルー。

 貴方は優しい眼、だけどとてもブルー、凍り付いてしまうほど。懐かしい歌だ。真知子さん、魂には貴方のように燃え上がって他を求めるレッドな魂と、個人的に心の平静を求めるブルーな魂があって、裏表なんだ。それで愛は、熱くてしかも心安らいでいて永続き出来るのが理想なのかなあ。

大きい者は

小さい者に、小さい者がすくすく成長して大きくなるのを見るのが楽しいなと言おう。また、小さい者は大きい者の前で時にさぞかし大変だろうなって言おう。愛する者は相手に価値を認める。親は嘘でも、子供も楽しいだろうがこうやって子育てしている親も楽しいから、お前もすくすく成長して大人になれって言おう。

狼、子狼を。

 此れからは、神も、羊飼いも、羊も、子羊も共々で、狼、子狼を救いに行く!

愛する者は

神も神以外の者もなく、はっきり全員が超神として蒸発する気配がするまで、自分の愛を省み続けるんだ!

ホームレスの男と女が

公園で致しているの見てしまった。犬同士のようで、超・・・・不快だったが、遠い昔、彼等にそいう損な役を振った考えたたら少し不快が薄れた。貴方がそんなに大変だから私がこんなに増しでいられる、有難う、そんな貴方に碌に何もしてやれなくて、済みません、何時もきっと自分が想像出来ないほど、大変なんですね、だ!

2006年11月13日 (月)

生き死に。

 生きていること他を愛することそのものと思いたい。それだから仮に命を捨てるなら生きていての愛に匹敵する愛であるべきだろう。また今どういう理由かで命を奪われた者達は未来の大変な愛の星の地球の実現のために尊い命を犠牲に供してくれたと思うべきなのだ。

無期懲役は

死刑の次に重い刑罰だ。それならば、人を長期不当に扱き使うことの罪の重さも皆で考えてみよう。

伝統仏教を学んだ教師が

学校に行かなくなった。どうしたの?教師曰く、縁無き生徒は度し難し。うわー科学的な宗教って随分冷たいんだなー、聞いただけで不幸になって来た!

無理は悪だろうが

悪を救わんがための無理は、無理が意味を持たない者に助けられて或いは奇跡を実現するかもしれない。真の善人は、悪人が隣在する時、自分等のためではなく彼等のことを思って彼等のために心が楽しまない!

2006年11月12日 (日)

近くの国が。

 国家は世界経済に公共心を持って無闇に遠い進出はすべきではない。アフリカは欧米が面倒を見よ(過去の罪滅ぼしの意味でも)。中国はアジアに留まれ!

邪教も救済する超正教。

 ココログさん。その大きなココロの助けにより、世界のココロが本当に何時かヤスラグことを祈ります。この時代の宗教の正邪はそれぞれが無論勝手に言っているところであるが、私に言わせれば愛と心の反省を基軸にしていない宗教は邪教ということになる。然るに邪教とは私に言わせればあの堕落天使達魔の勢力が、世を惑わすために打ち立てる宗教なのである。我がラブミドル教=地球魔の勢力救済根本神仏天教はそこで不可避的に、それら邪教救済の超正教ということになってしまうものなのである。一応正教といえるものでも話しを聞く者に霊的御行儀を勧めるばかりで、深く邪心に染まっている者の救済には関心のない宗教は、御行儀の光を広めて、その側で悪くなっている者達を霊的に圧迫するばかりの謂わば抗生物質のように冷たい宗教で、その後にに耐性菌のような悪霊を反って増殖させてしまうものなのである。これはそのままこの億年のこれまでのこの星の主神の基本的な誤った発想でかように善悪二元にこの星を固定させてしまったのである。そして神がいる筈の星で一定数魂がかような扱いを受けてしまうこの体たらくこそ、全ての魂の本来超神の運命を表象するものなのだ。わが宗教は、悔い改めた主神が、率先して彼等にに頭を下げて、他にも頭を下げさせて、危険でも彼等の魂の遺伝子組み換えに等しい彼等の救済に赴かせる宗教だ!

思いつき

 労働力を盗むなかれ、労働者を殺すなかれ、だけどそもそも物の取り合いになる世界構造に問題はねえのか?結局、人間を随分と舐めてんじゃねえのか? テレビ局の人が大変だから、休日はあんまりテレビ見ねえことにしたら。人の楽があれば、その裏に必ず人の苦労がある。これも世界構造だ。人の仕事を楽にする機械を作る想像を絶する人の苦労。 魂の価値評価は生まれつきの個性内容を前提として、だからホームレスの方が放り投げられて、彼を救うべき救世主より価値が上だという評価があっていい。それだから、魂は素朴な自分の個性内容を確認はしてもそれにとらわれず、務めを果たすべきだ。 

ゴロまく。

 老醜を恥じて自殺とかいうのは悪ということになっています。我慢して最後まで人生の務めを果たし御迎え待つことです。しかし。多数人間を悪くした神の造った世界だ、人生だ。地獄の底の彼等を見習って、時に歯を剥いて不平不満を言ってゴロまく本来超神のド根性がやはり神以外の者にとって一番大事なのかも知れない。

この星の神の欠知欠能。

 人間の中の多数が、毎日パチンコやゲームをやっていたいのを知らず、またそういう毎日に付き合ってあげることも出来ず、生活のための仕事を強いている。そしてこの時代、日本人が自分の言った通り真面目に(他国人を犠牲にしたりせずに)働かないので怒っているから皆さん、気をつけて。このような神の価値基準は絶対の基準とはならない。したがってこの星では絶対の価値基準を誰も知らない。超神だけがそれを知っている。

2006年11月11日 (土)

愛しているから。

 日本その他先進国は愛しているからその自己中心を止めよ。またその国内のホリエモンその他の個人も愛しているからその自己中心を止めよ。また彼等を仕向ける地獄界の魔の勢力も、出来ることなら我等、真の天上の勢力の億年の愛の過ちを許して心を入れ替えよ。主神、愚息 拝。

世界内存在は

一個現存在としてこの世界を深く愛するとならば、場合によっては世界を脱出し、或いはこの世界を主宰する者に世界の廃絶と、主宰の廃業を迫れ!それが現存在が真実存=本来超神として企投することであるなら、主宰も喜んで同じ真実存として企投して応える!

ダザイオサムル(動詞)。

周囲の誰が何と言ってもフニャフニャの人間のままでいて、生まれてすみませんを言うために何度も生まれ変わる。務めのように。

私の価値観は要するに

男の中の男より、男の中の女の方が偉いって価値観だ。美川さん、アンタは偉い!

任意の自。

 実存=本来超神は行く行くは、意識であることも止め、自同律も侵して、それぞれ任意の自、を企てるのだ。そしてそれぞれが、一切概念を自分が造った、無論神という概念も自分が造っていて彼などに遠く先立っている、と嘯くのだ!

非他、超存在領域。

 私達のそれぞれの内奥に潜む無償の衝動、非他=御互いが御互いの一切に対して非ずを立てること(だから神に対しても)、が存在と無だけなんてものではない、無数の超存在形式の乱舞する超存在領域を観想させる。例えば私であって私でないことも可能な、或いは恐らくは超神の在処であるところの。

思いつき

 パストン、私はその昔、デカダンスの只中である観念をこよなく愛しむことを覚えた。それだからある観念の権化としてやって来た者達もいるはずだ。例えば失格という観念。それは実は、この星の神の失格を表象していた。 プラトン、イデアにはこの地上のまとも生活者(頭の内容以前の、つまりアカデメイアの財政ってことだよ))というイデアも、或いは反価値のイデアもある。   

ベッドからネットへ。

魂は魂の身になれ。この星のこれまでの神も。大宇宙始まって以来、それが出来ていて魂が魂に反発された例はない。その時超神が復活する。

2006年11月10日 (金)

愛してる。

愛してる。主神とともに地球の胴がちぎれるほどに愛してる。この愛で地球の一切の悪い心が消えて無くなりますように!

転落。

 但し、私も(そして主神も)この時代、貴方方を本来の超神のようにそれはそれは深く愛して、十分に破滅型であることは未だ出来ません。がしかし、あの大の付く自己保身のサラリーマン救世主よりはずっと増しだということです。

モブログ。

 携帯から地獄の悪霊憑きのネットを介して、億年、荒涼という観念そのもののようだった地獄の底の彼等の心に、私の、そして私を肯い支持する神の熱き心が伝わりますように。

2006年11月 9日 (木)

思いつき

 悪いやつをのけ者にしたくないから、努力して私が罪の肩代わりが出来るようにします。  専門は他の専門まで博愛すると発達します。例えば、文学が哲学やら政治やらと・・・。  

姉よ、この星に一切悲劇はない!

 一定数天使を地獄の底に転落させっぱなしのこの星にも、実は悲劇は一切ない。なぜなら超神達にとって、一切の悲劇はそのまま喜劇で、何時も何時も悪魔以上に大哄笑していられるからだ。

救世主達よ。

 サラリ―マン救世主(大のつく彼が典型?)から、破滅型救世主へ、そして超救世主へ。一切の意味の区別無き境涯へと。

2006年11月 8日 (水)

超神へのガイダンス。

 威張って反発されることなく むしろ頭を下げて人間を理解させていたくだく神。行く行くは人間の、ためにする反抗を幾らでも喜んで、場合によっては自分の存在を丸ごと犠牲に供してでも人間に同化して受け止め乗り越えて行く神。

2006年11月 7日 (火)

United States,this time,

stop the money game which brings you down to the bottom of the ocean, and to the Hell!

思いつき

 へ―ゲルの体系の中には、性格破綻者バタイユ自身の居場所はなかった。だから彼はそれを俗流とののしっのだ。彼が確かに彼として実存していたからである。そして自己の根拠を神よりも彼岸に直得した。理性すら溶解する地点に。 魂の我執は道徳家を嘲笑いながら、人格存在のようにある魂の内部で超天命を全うすることであろう。今際の時、超天に即して私は去ると言って。

魔の勢力という超神仲間が

 この星の彼等以外の全ての魂のこれより後の勤行を決定した。彼等以外の私達は幾つかのクラスに分けて、彼等の億年の地獄生活を代わる代わる反芻する以外に、本質的にこの星を光明化することは出来ない。特異領域(この場合、魔の勢力)を特異領域として限定してそれを解消することは、それが魂によって構成されているといその理由によって本質的に不可能なのである。

2006年11月 6日 (月)

悪くなっている奴等に。

 私の信ずるこの星の悔い改めたこの星の主神は、今この星で悪くなっている奴等に、御前達がそうなっているのはその昔超神同士が役振りをして自分が神の役を取ったはずなのに、それを忘れてその後碌にその務めを果たさなかったからだと頭を下げて謝ってこれから自分の何もかも捧げ尽くすと言っている。悪くなっている奴等はどうかその思いに応えよ!

思いつき

 貴方の超神度は何パーセント? 貴方はどんな神を欲するのか? ところで、神とは超神の催す存在世界の相対存在に過ぎないのか? それで自分、神でない者がこちらで決める神との契約条件? そのようにして存在世界の限界まで覆って、服従、反抗自在の超神になって行く。 がしかし私はこの時代は、この星の神に帰依して歴史の延命を嘆願して来た!

2006年11月 5日 (日)

怒ってます。

 この日本のリッチな暮らし、他国の人民を犠牲にしていることになっているので、この星の神が怒ってます(全員を打ちち殺したいほどに?)。だけどなー。因みに、仕事で疲れて帰ってから、風呂で体をキチンとと洗わなければならないことにも私は不満を持ってます。この星の神の作ったこの世界は、必ずしも何から何までこの星の人間にとって望ましく合理的には出来てはいないと思う。この星の神よ、この星の人間をもっと愛して、もっと民主的にもっと民主的にです!

神よ、貴方が真の神ならばこれより、

億年、自分の孤独を堅固な実体のように思い込んでしまっている多くのこの星の魂をその熱き愛によって熱し、焦がし、救,い給え!

魔の勢力の歴史社会支配。

 生まれてしばらくして不良になった者が運良く更生して社会適応したが、その者の心の底に所謂エリート達への対抗心が燻っているような場合、ある時彼のその心に火を着けさせ、エリート達を力で制圧して制度中心に悪しき権力支配を確立させ、同時に未だ形としては反社会勢力である者達とも制度の裏で繋がりを持たせ、社会全体を悪で覆わせてしまう。この日本社会でも近々経験された事態。それだから抵抗勢力も、そしてエリート改革勢力も共に、日本の新生、大調和のために深く心を悔い改めなさい。

大調和。

 自然の運行=文化活動=心正しい経済活動。この定式によって、自然と歴史社会との大調和だ。大震災とは、一定時間全く文化が経済をこのように媒介し得なかったことへの、自然の叱責だった。日本社会は速やかに悪しき心を悔い改めよ!

超神という

可能性の遊戯を営々と。ただしそれがこの時代は、神が再び愛されるという奇跡であってくれますように!

霊的株式会社。

 社長=神、社員=聖人君子、商品=心の教え。殆ど売れてません。殆ど投資もありません。これが会社の現状である。こうしてこのような、消費者・株主の喩えによっても、我々は超神なのだ!

2006年11月 4日 (土)

邪教。

 神が、人間よ、力を合わせて社会生活をしなさいと仕向けている時、そしてその社会生活が色々歪んでしまっている時、宗教教団としても力を合わせて世直しに取り組もうとしない教団は、某教団も含めて邪教である。彼等は全く非科学で人間を不幸にする。また連携による無限の成果を無にする者達で、如何にかして無に帰して貰わねば仕方の無い存在である。正しく信ずる者達はそれだから、彼等の悔い改めを深く祈ろう。

2006年11月 3日 (金)

人間の幅。

 大教祖、中小教祖。大哲学者、中小哲学者。大学者、中小学者。大芸術家、中小芸術家。大臣、知事、市長、官僚,地方公務員。裁判官。大企業社長、大企業中間管理職、大企業平社員。中小企業社長、中小企業社員。臨時工。農協会長、農協職員、平農民、校長、教頭、平教員、医師、弁護士、主夫、ホームレス、組長、中間組員、平組員、等々。誰か、同時代、同等の幼児精神から始めてかくまでに到る、社会成員総体の精神現象学を。

減点主義。

 理想は、能力は生まれつきのものの表現だと見て、その精一杯でやっている限り、で能力実績に拘らず全員の給料平等だ。但しその人の怠慢が認定されたらたとえ能力実績が高くても、給料は皆よりも減だ。自由共産主義の俸給原理だ。

私の信ずる神は

生まれて来た不良に率先して頭を下げてくれる神だ。愛が半端ではなく深くて。また貴方がそこに不良としているから、私がここに神としているのだからと言って(超神化体の縁起=その昔、超神が神になり、さらに神が神、天使、人間と別れ、同時にその事実が忘却された。)。

思いつき

 黙示録に予言してある、帝国主義者やスタ-リニストの破滅は努力によって超えられる。 がしかし彼等は仮に破滅するとしても、地上生命を奪われるということで、霊魂は消滅せず、地獄の底の魔の勢力組み込まれるだけだ。一方で魔の勢力はある星の神以外の者の反抗が、(その星の神ばかりではない)存在世界の神という神の一切にまで強力に及ぼし得ることを証明している。つまり本来誰しも、そして何物も超神なのだ。 オカマは遺伝子と違う精神的性になっている。遺伝子が同じ一卵性双生児の性格が著しく違っている。スウェーデンボルグの霊界日記は、彼のそれ以前の諸々の知見と一切関係が無い、等々。霊界はあるんだから信じなさい。 真の教育者は、先ず教育する者にその気持ちを教えて貰う。 ショウペンハウアーの盲目的意志は、実は超神の超理性的意志だ。  

同じ苦労をしよう。

 弱者が一人圧迫される苦しみは、リーダーの集団のその弱者へ向けての優しさ管理の苦労と同等だ。生まれつき凶暴な者のその性格矯正の苦労は、集団の彼への矯正支援のリーダーシップを取る苦労と同等だ。こうして、人は生まれて来て皆同じく苦労をするんだ。

2006年11月 2日 (木)

カンディンスキー。

 存在(もの)は、形を父に持ち、色を母に持ち。そうさ、カンディンンスキー、深い憎しみを超えて、新しい形と色を描け!

ユーミン、”ブループラネット”という観念形態。

 ココログさん、サイト利用料、暗黙に寄進の格好で有難うございます。 だけど、ブループラネットには貧困に喘ぐ労働者が大多数な筈だ。ユーミン、何時までもルンルンな自分を代表にしていてはいけないよ。日本のために、石油掘っている他国の貧困な労働者。鉄鉱石を掘っている他国の貧困な労働者、製品を作っている他国の貧困な労働者、生産財を作っている他国の貧困な労働者、(私はこれらを自分の眼ではなく、むしろ神の千里眼で確かめた?)そしてサービスを作っているのは日本のリッチな労働者。日本の全ての不人情な(或いは冷酷な?)観念形態は、この経済圏の隅々までの想像へと自己変容させて行こう。 そして哲学は速やかに感覚・感情の哲学へと。 実業は官の公共性と民の融通の交流した自由共産主義へと。  

現存在神。

 星の神々の社会の流行に気分付けられてありきたりことしか神以外の者に出来なかったこの星の現存在神、俗流神は、神の実存=超神=超絶対精神を掴んで脱自企投せよ! 時代遅れの御行儀維持宗教は止めるんだ。 この星のずっとずっと心悪くて来た魂達と運命を共にする。 絶対精神と反絶対精神との間を交替的に往還する交流の精神。 されど神の只管の宇宙空間の夜間照明による有難い我々の昼間照明。光の一閃一閃に感謝はするんだ。 不具者の心がどんどんいじけて行くとすれば、周囲の責任が大なのだ。 阿頼耶識と染汚法の同時交互因果。仏教自体の悪霊への薄情の阿頼耶識=潜在意識の傾向性が、悪霊の包囲という染汚法=悪しき環境世界を作り出し、同時交互因果=悪循環する。これが絶対唯識だ。      

2006年11月 1日 (水)

マスイメージの作者は?

 私たちは一人一人心の深いところで理想の神を知っている。つまり本来超神なのだ。その我々がこの星の現実の神の現代的催しを全く受け付けることなく、彼岸に理想の神を求めてそれぞれの表出をして現代的マスイメージだ。この星の神はむしろそのマスイメージからこそ理想の神の姿を探し出しなさい。

超、南無。(念唱)

 私達は超神です。そして地球魔の勢力救済根本神仏天様に帰依します。

特異点の解消。

 特異点を特異点として通常点化する仕方のほかに、通常点一切を一旦特異化して逆通常点化する仕方も有り得るだろう(数学者も考えてみて下さい。)。宗教によっては人間特異点をそうするのだ!

抗生物質攻勢は

極々繁殖力の強い耐性菌を造り出してしまった。何故危険でも黴菌に慈悲深い遺伝子組み換えをしようとしないのか?それをすれば、医師も患者も黴菌も区別がない霊的境涯へと導かれる!

善と愛。

 善は個人として望ましい生活をすること(例えば苦楽中道の生活)と、複数が一緒に何かをすることと結合している。一方愛は広義では、複数が一個の物が分割されたかのよう振舞うことである。一個が何かやっていたなら、その一個が分割されたように、複数が同じことを(事の善悪とは無関係に)やっていれば、複数が愛し合っているということになり、また自分は自分に対して何でも望むようにしてやるのだから、ある一個がある一個に対して何でも望むことしてやっている時(事の一般的善悪とは無関係に)、両者が愛し合っているということにもなるのである。こうして広義の愛は善を包括する。私はだから、事の善悪に拘らず、魂は広義でまず愛し合うべきだと言いたいのだ。恐らくそうして初めて、善も遍く全体に押し及ぼすことが出来るのであり、逆にそこに悪が隣在してしまっている時、自分が善であり続けることに拘っていてはそれが果たせないであろう。

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